7.柘榴色(le Rouge)【解決前編1】
暗号文に登場する19個の数字がことごとく3で割り切れない数になっている!
西野さんはそれを、決して偶然ではなく、故人である麒麟丸鳳仁氏が意図的に選択したものだと主張したが、だとすれば、その真意とはいかなるものなのか。しかしながら、3で割り切れない数の中になんらかの特別な意味が込められているなんて、到底想像ができないのだが。
「摩耶ちゃん、3で割り切れない数の集合が何を意味するのか、まるでちんぷんかんぷんだよ。そろそろ解説をしてくれないかなあ」
マスターは早々に兜を脱いだようだ。それを聞いた西野さんは、ニコリと笑顔を振舞った。
「そうですね。もう一つのヒントは、この数字たちには砂漠地帯が存在することです。具体的には、22と41の数字が暗号文に存在しますが、その途中にあたる23以上40以下の数字はどこにもありません。さらには、80,151,152,214といった数字が暗号文に含まれていますが、81以上150以下の数字や、153以上213以下の数字は何一つ現れていないのです」
「それも単なる偶然では?」
「かもしれません。でも、そこに何か意味があるとすれば、ひとつ思い当たることがあります」
「なんだい、それは」
「三進数――です!」
「三進数?」
「はい。私たちは十進数という数の表記を使って、日常を過ごしています。理由は、私たちの指が十本あるので、その数え方が性に合っていたからでしょう。
十進数で使える数字は0,1,2,3,4,5,6,7,8,9の十種類です。一桁目でその十種類の数字を使い尽くすと、桁上りが起こります。その結果、9の次の数である十が『10』と二桁の数として表記されます。さらに十種類の数字で二桁のすべての数を使い尽くすと、すなわち99の次の数字になってはじめて、三桁の『100』という数になります。
十進数における10のことを基数と言いますが、三進数は基数が3となった数の表記法です。そこで使える数字は、0,1,2のわずか三種類。それらを使い尽くせば桁上りを起こしてしまいます。
たとえば、0,1,2の数なら、十進数でも三進数でも同じ表記ですが、3は、十進数では3と表記されますが、三進数では3という数字が存在しませんから、桁上りを起こして『10』と表記されます。以下、十進数での4,5,6,7,8,が三進数では11,12,20,21,22と表記され、十進数の9が、三進数では100となります」
「十進数では一桁に過ぎない9が、三進数では三桁の数となってしまうんだね」
マスターが納得するようにうなずいた。
「適宜なつっこみ、ありがとうございます。ところで、アドニス君に質問です。
十進数における10の倍数にはすべて、表記において、ある特徴がみられます。それはなんでしょう」
「10の倍数と言えば、10とか20とか130とかですよね。答えは下一桁の数字がゼロになることです」
「正解です。では同じように、三進数において3の倍数には、表記になんらかの特徴はないのでしょうか」
「さあ、どうなんでしょう……」
「十進数と同じように、下一桁がゼロになるというのかな」
マスターがもどかしそうに、僕に代わって答えた。
「その通りです。三進数において3の倍数、たとえば、6とか9とか12はそれぞれ、20,100,110と表記されます。いずれも、下一桁がゼロになっています」
椅子に座っていても背筋をピンと伸ばしている西野さんが、こくりとうなずいた。
「でも、そのことが……、つまり、三進数において3の倍数の下一桁がゼロとなる事実と、暗号の解読とのあいだに、何か関連があるのですか」
麒麟丸がたまらず声を張り上げた。
「裏を返せば、暗号文に出てきた19個の数は、全部が3の倍数でなかったのだから、それらは下一桁がゼロでない三進数の数字だということにもなる。でも、だから、なんだろうね?」
マスターも暗号解明のゴールに達するのには程遠い状態のようだ。それにしても、三進数に焼き直した時に下一桁がゼロになっていない数字だけを並べることで、鳳仁翁が何の意味を込めたというのだろう。まったく分からない……。
「ここに三進数の数字を書き並べた表があります。これを見て何か気付くことはありませんか」
そう言って、西野さんはバッグから一枚の紙を取り出した。そこには、コンピューターで書かれたのではないかと彷彿させるほど精密で丁寧な数字が、手書きで書かれていた。
「これ全部摩耶ちゃんが書いたの? いやあ、すごいねえ」
マスターが目を丸くした。
「つっこむところはそこではありません」
西野さんがプイっと返すと、マスターはしまったとばかりに、すごすごと引き下がった。
「こうしてみると分かりやすいですね。数が増えるにつれて、三進数の数字は下一桁が、0、1,2,を繰り返すから、3で割り切れる数字の下一桁は必ずゼロとなるんですね」
僕はようやくみんなの議論に追いつけたように感じた。昔から数学はもっとも苦手とする教科だったから、まあ、致し方ないのだが。
「こほん。もう少し注意深く見てください。暗号文に登場した19個の数字たちは、三進数で表した時にどうなっていますか」
僕たちの理解の進展が遅いのにイラついているみたいな西野さんを、マスターが気づかって、慌ててフォローした。
「ええと、最初の67という数字は、三進数では2111だね。それから、次の80が、三進数では2222か。それから、77,17,68は、三進数表記だと2212,122,2112か……。ふむふむ」
「ここに紙がありますから、全部を書き出してみてください」
そう言って、西野さんは紙とボールペンを差し出した。マスターは、暗号文の19個の数字を次々と書いていき、その横に対応する三進数の数字を書き足した。
「どうです、何か気付きませんか」
西野さんがさり気なくうながした。
「あっ、どの数字も三進数表記にした時には、1と2ばかりの数となってしまうんだ!」
僕が真っ先に声をあげた。
「なるほど。どの数字にもまったくゼロが含まれていない。これら19個の数字は三進数に直すと、下一桁がゼロでないだけでなく、すべての桁の数字にゼロが含まれない数字ばかりだったんだ!」
麒麟丸も興奮気味に言葉を付け足した。
「そうですね。暗号文に書かれた19個の数字たちは、いずれも三進数表記でゼロを含まない数の集まりだったのです」
西野さんがふふんとばかりに説明した。
「でも、摩耶ちゃんはどうしてそれに気付くことができたんだい?」
マスターが西野さんに訊ねた。
「それはですね。数字たちの砂漠地帯が気になったからです」
「砂漠地帯?」
「はい。どうして暗号文の数字たちは、81以上150以下の数字や、153以上213以下の数字が現れていなかったのでしょう?」
「さあ、どうしてだろう?」
「分かりやすいように十進数で考えてみましょう。十進数では100からあとに続く数字には110まで必ずゼロが含まれていますよね」
「100,101,102,103,104ときて、109,110までだね。たしかにゼロが必ず含まれている。そして、その次の111にはゼロは含まれない」
「そうです。今度は十進数で1000のあとに続く数字を考えてみましょう。1000以降の数字たちには1111手前の1110までの全部の数字にゼロが必ず含まれています。
言い換えれば、十進数でゼロを含まない数の集まりを考えた時は、1000から1110にいたる、実に111個の数字にまたがる巨大な砂漠地帯が生じることとなります」
「1000から1110のあいだの数なら、例えば1025とか1105とかが浮かぶけど、たしかにどれにもゼロが必ず入っちゃうね。とどのつまり、1000のように桁がドカンとあがった直後の数字には、必然的に長い砂漠地帯が生じる仕組みになっているんだね」
マスターがすかさず西野さんの説明をフォローした。
「この考え方を三進数に適用するとどうなるでしょうか。
三進数において桁が切り替わる典型的な場所と言えば、27で1000となり、81で10000となり、162で20000となる、などが考えられます。そして、それらの数たちに続くいくらかの数にはどうしてもゼロが付いてしまいます。例えば、81の10000から121の11111の手前の120まで、実に40個の数字にゼロが入ってしまい、三進数表記での巨大な砂漠地帯と化してしまうのです」
「だから暗号文には、30のまわりや、100や200の付近に数字が存在しないのか。摩耶ちゃんは、それを一生懸命僕たちに伝えようと、いろいろ奮闘してくれていたんだねえ」
マスターが絶妙な誉め言葉を発すると、それがうれしかったのか、西野さんはこくりとうなずいた。
それにしても、暗号文の数字がすべて3で割り切れないことと、さらにはところどころの数字が途絶えている事実に気付いて、そこから三進数が背後に仕込まれていることを見抜いた西野さんの頭脳には、今さらながら敬意を表さざるを得ない。
「暗号文の数字がすべて三進数表記でゼロを含まない数字であることは納得しました。でもですね、だからどうだと言うのです?
依然として、暗号文が示す謎の目的地は、五里霧中のままじゃないですか」
奥の席で黙って座っていた麒麟丸雀四郎が、こらえ切れずに、愚痴をこぼした。




