第8話 決着
前回までのあらすじ
ポルターガイストを追い詰めたシンと達也だったが、敵の待ち伏せに会い離されてしまう。シンと離された達也はポルターガイストの攻撃を受け重症を負い倒れる。その時達也の中で何かが変わった……。
俺は今年から……と言うより、シンと出会ってから驚くことばかりだった。
最初はあいつのとんでもない友達勧誘から始まり、あいつの正体を知り、そして俺の知らない世界を知った。世界びっくりコンテスト、まあびっくりさせるんじゃなく‐本当のことを言えば誰でもびっくりするだろうが‐とんでもなくびっくりしたことがあるってことを競う大会なら間違いなく一位確定だろう。ある意味俺ってすげーんだなって思えてくるぜ。なんてったって友達がエンジェル、もとい天使様なんだからな。
だが今、俺の中の驚愕ランキングのベスト5に、いや、ベスト1に入る出来事が起きた。
『一体…何が……』
そう心の中で言った。
なぜ思ったではなく言ったと表現してしまったのかと言うと、俺は今しゃべることが出来ないからだ。いや、もっと正確に言えば俺の体が俺の言葉をしゃべってくれないからだ。
『まてまて!』と俺は状況を洗いなおしてみる。
まず部長のいつものとんでも発言の所為で夜の学校に再び忍び込むことになり、その日の放課後にシンから学校に本当にお化けの類が出ると聞かされ、そしてそのお化け、ポルターガイストを発見、追い詰めていったがシンがやられ、そして俺も死に掛けた。そして今に至る。
シンが落としたナイフを手に取り、俺はポルターガイストの群れの前に立ちはだかるように立っていた。だがこれは俺の意思ではない。文字通り体が言うことを聞いてくれないのだ。
『早く逃げろ』
そう体に懸命に指示を出しても、無言で拒絶の意思を返して来る。
「………」
さっきからこの調子でナイフを持ったまま敵に睨みを利かせている。まるでどっかの魔除けの人形のようだ。
「ケェエエー!!」
痺れを切らしたのか、突然一匹のポルターガイストが大声を上げ、それと同時にまた俺に向かって一斉攻撃を仕掛けてきた。
やられる! 俺はその瞬間に今度こそ自分の死を覚悟した。死ぬ前にいろんな事を懺悔しとこう。ああ、すまない妹よ、冷蔵庫に入ってたお前の高いアイス食べたのは俺だ、許してくれ。
俺がそんな端から見ればアホと言われること間違い無しの懺悔をしているうちに、もうガラス片を構えたポルターガイストの軍勢がそこまで来ていた。もう終わりだ、こんな言うことを聞かない体の所為で……、そう思い、諦めて天国にいけることを願った。だが……、
パパパパンッ!!
爽快な破裂音が響いた。普通なら誰もがいきなり発生したその音に驚くだろう。だが、俺はもっと別の事態に驚き、そして自分の中の驚きランキング一位の座に今見た光景を入れた。
「ギギッ!?」
向こうま何が起こったのか分からず、相当驚いているようだった。それはそうだろう、なんせやった俺でさえ分からなかったんだからな。
ポルターガイストが俺に止めを刺そうと向かってきた一瞬に、俺の体は両手のナイフを逆手に持ち替え、体を独楽の様に回転させながら、向かってきたガラス片を、操っていたポルターガイストごと切り裂いたのだ。
今まで刃物を使ったことと言えば鋏かカッター、または家の手伝いでカレーの材料を切ったときの包丁しか使ったことが無かった俺は、まるでどこかの雑技団の団員のようなナイフ使いをした自分が信じられなかった。
『なんなんだ、一体……、どうしちまったんだ、俺……』
そして、下に落ちていた割と大きなガラス片に顔が写っているのが見えた。鏡に映った俺の眼は暗く淀んでおり、顔もそれに合わせたような完全な無表情だった。不安に感じる俺の意思は完全無視と言った具合に、体は敵に向き直り、今度は自分からポルターガイストの群れに飛び込んでいった。
「ギッ…ギギイーー!!」
さっきからやたら叫ぶ、どうやらボスらしいポルターガイストの一声と共に今度は向こうの全勢力がこっちに向かってきた。
だが、俺の体はブレーキが壊れた暴走列車のように前に突っ込んでいく。そしてナイフで次々に向かってくる敵を、まるでどこから来るのか予め知っているように無駄なく避け、敵を切り裂き、突き進んでいく。自分の目線から見えているのにまるで誰かの体に乗り移っているような感覚で、宛らどこかのテーマパークにある体験型アトラクションに乗っているような気分だ。
「ギャー!」
「ギェー!」
俺にはもう敵の悲鳴と、敵が武器にしていたガラス片が床に落ちて砕ける音しか聞こえない。
それと同時に、俺はなんとも言えない解放感と優越感に取り付かれていていた。
それからしばらく時間が流れた。俺の体はまるで疲れることを知らないように戦い、動き続けた。
敵はもう殆どおらず、残るは美樹の言霊を持っていたボスの一匹だけだった。後ろで指揮を取るばかりで、どうやら戦闘は苦手らしい。
「ギギッギギギッ!」
何かを必死に訴えているが、言っていることはまるで分からん。おそらく見逃してくれとでも訴えているのだろう。だが、たとえ言葉が分かっても俺はこいつを許す気など無い。
『ラストはお前だ』
そう言うと、この状態になって初めて体が俺の思ったとおりに動いた。ナイフを後ろに大きく振りかぶる。
「ギギィ、ギィ〜〜!」
それを見て、より一層必死に命乞いをする。だが勿論、そんな姿を見ても俺の心は揺るぐことなど無かった。むしろそれを可哀相と思うよりも、この上ない優越感と相手の命を握っていると言う征服感で満たされていた。
『死ね』
ナイフを思い切り振り下ろした。
「ギィー!!」
パンッ!
膨らんだ紙袋が割れたような音が響いた。見ると振り下ろした手が止められており、止めたのはシンだった。
「なにやってんだ!」
いきなり現れて俺を怒鳴りつけやがった。それと同時に体の支配権が俺に返上された。
「うおっ!?」
いきなり自分の意思で地面に立ったので軽くふらついてしまう。
「たくっ、ほんとにバカだなお前は」
「お前何してんだ! 何で敵を助ける!」
シンは掴んでいた俺の手をいきなり強く握り、見たことも無いような凄みを利かせた眼で俺を見た。
「黙れ」
その一言で俺は何も言えなくなってしまう。だが、すぐにいつものような顔に戻った。
「少しは後先考えろ」
「ぎぃ〜〜……」
シンの後ろでボスのポルターガイストが安堵の声を上げた。だが、
パァン!
安心しきっていたその顔面に、シンが構えた銃から放たれた弾丸が直撃し、小さな頭が吹き飛んだ。
「勘違いするな」
もう聞こえてはいないであろう敵に向き直りシンは言った。
「あのまま振りかぶってれば言霊まで傷つけるとこだったからだ」
見ると消滅した死骸の後ろには目的であった美樹の言霊があった。シンは掴んでいた俺の手を離し、言霊を拾い上げる。
「もっと、ちゃんと考えて行動しろよな」
「……悪かったよ」
少しむくれながら俺が言うと、シンはクスッと笑った。
「さっ、早いとここれを美樹に戻して終わりだ。ほら」
と言って、俺に言霊を渡してくる。
「俺が戻すのか!?」
「当たり前だろ。お前はこれが目的でここまで来たんだから。ほら、早くしないとみんな起きちまうぞ」
そんで無理やり俺の手に言霊を渡してきた。
「うわ!」
言霊は温かく、出来ればこのまま持っていたいほど心地よい感覚にさせてくれた。
「ちょっと待てよ! 俺どうすりゃいいのか―――」
そう言った途端、急に世界がひっくり返った。思わず地球の重力が変動を起こしたのかと思ったがすぐに原因を思いついた。
そうだ……俺……怪我して…た……。
世界は尚もひっくり返り続け……、
ガンッ!!
音と共に頭部に走る激痛を感じたのを最後に、俺は意識を失った。
「お…い……きろ……」
「ん……」
何か聞こえる。
「おい…きろ……!」
声はだんだんとはっきり聞こえてくる。
「おいっ、起きろ!」
「……!? はっ!」
慌てて起きて辺りを見渡すと、学校から少し離れた公園にいた。
「遅ーんだよ起きんの」
声のしたほうを向くとシンがベンチに座っていた。見るとどうやら俺もベンチで寝ていたようだ。
「あんまり長く寝てたから膝痺れちまったじゃねぇか」
なに!? すると俺は貴様の膝の上で寝てたのか!? 想像しただけで身の毛がよだつ。
「介護してやったんだからありがたく思え」
「なあ…俺…どん位寝てた?」
シンは時計を見て、
「三十分程度だな」
何だたいした時間でもないなと思い、俺はあることを思い出す。
「みんなは!? みんなはどうなった!?」
「あーもう、耳元ででかい声出すな」
シンは耳を小指でかき、うるさかったと言うジェスチャーをした。
「全員無事だ。まったく、俺がいたことの理由説明すんの大変だったぜ」
「美樹は!?」
「無事だよ。もう眼ぇ覚めてんじゃないかな」
「……そっか」
それを聞いて俺も安堵の息を吐く。
「言っとくけどお前のほうが大変だったんだぞ。後で美樹に礼でも言っとけ」
「あっ? なんでだよ?」
「瀕死の重症だったお前が今やかましく騒いでられるのも美樹の言霊を使ったおかげだ」
それを聞いて俺は真に聞き返す。
「言霊を使ったって?」
「言霊の力を分けてもらって、残りを美樹に返した」
順番が逆だと突っ込んでおきたかったが、それを聞いたらなんだか急に疲れてきた。そんな俺を見かねたのかシンが、
「帰るか」
と、切り出してくれた。
もう眠くて眠くてしょうがない。あれほど暴れた学校がどうなっているか気になるが、それは嫌でも分かることだろう。せいぜい教師たちにしらを切り抜けられるように祈っておこう。
「ああ」
俺もその提案に賛同し、同時にベンチから立ち上がり、公園を後にした。
その帰り道にシンが聞いてきた。
「なあ、俺が下に落ちたとき、一体何があった」
「…………」
俺は何も言わないでおこうと思ったが、
「よしっ! 今日からお前は俺のパートナーとして働け」
「はあ!?」
あまりに唐突の無さ過ぎる発言に俺は心底呆れたような声を浴びせてやった。
「あれだけの戦力があるんだ。おまけに霊体も見えるようになったし申し分無しじゃねぇか」
ちょっと待て。俺はまだ何も――――
「そうなったらお前はこの町を守るヒーローになるんだ」
話を――――
「そうと決まれば早速鍛えてやらなきゃな」
――――もうどうでもいいや。ヒーローにするなり何なり勝手にしろ。どうせもう断れる雰囲気ではない。それに、俺もあの力を使えたら……などと言う下心もあるしな。
「……闇に打ち勝て」
「へ?」
何かを言ったように聞こえたが、もうシンは知らん顔で、自分の家の方向に歩いていっていた。
その背中を見送った後、俺はやっぱりさっき断ればよかったと後悔しながらうちに帰った。
どうも、松村ミサとです。
いや〜、最初に予定してた話数よりも2話も伸びてしまいました。読者の皆さんどうもすいません。
さて次回はまた超研のお話です。また部長がハプニングを起こします。
それではまた次回。