第69話 竜王
イマジンの覚醒とほぼ同じ時。とある場所で異変が起こった。
エデンから数百キロも離れた場所にある湖。その中央にある小島の洞窟。
その中を少し進むと、そこには大理石のような滑らかに磨き上げられた、明らかに洞窟の外の岩とは材質が違うもので作られた荘厳な空間がドーム上に広がっている。さながら高級カフェのテラスのような感じだ。
淡く青い光を放つ幻想的なその空間の中央には、その場所には明らかに似合わない、どこかから適当に持ってきたように一つの岩が置いてある。壁や床は毎日掃除されているかのように綺麗なのに対し、コケや土などで汚れており、まるで中世の城の一部屋にちゃぶ台が一つ置いてあるような異質な感覚をかもし出すその岩には、あるものが刺さっている。
剣。一振りの両刃の剣だ。
いったいどうやったのか、剣と岩の接合部はまるでそこから剣が生えたように隙間が見つからない。もとは美しい装飾が見て取れたのだろうが、こちらも岩についているコケなどに侵食され、黒ずんでアンティークの価値すらも伺えそうになかった。
その剣は、僅かにだが震えていた。
まるで歓喜しているようなその震えに応えるように、洞窟全体が淡い光を増す。
その剣は、目覚めたがっていたのかもしれない。数百年もこんな味気ない洞窟にいることに。
その剣は、嬉しがっていたのかもしれない。数百年ぶりに自分を振るう資格がある者が現れたことに。
その剣、エクスカリバーは待っていた。
新たな自分の使い手を。
周りとは明らかに雰囲気が違う空気のことを、よく異質な空気と呼ぶことがある。
だが、ここに蔓延したその異質な空気は、恐らくこの世界のどこよりも異質で、異質すぎて、この世界の何物でもない、完璧な異世界と化していた。
その異質な世界の中心にいる二人の少年は、一人は獰猛な笑みを浮かべ、もう一人はその宙に浮いた少年を食い殺さんかという眼で、互いが互いを睨み合ったまま微動だにしない。
「さーって……」
その沈黙を破ったのは、宙に浮いた方の少年、草薙達也だった。いや、正確には今彼の体を支配している彼の『能力』、創造主の御手だった。
「久しぶりに暴れるかぁ」
その言葉の後は、また沈黙広がる。
「……ぷっ」
しかし、その沈黙はすぐに破られた。
「はははははははははははっ!!」
イマジンの言葉にきょとんとした顔をしていたシンが、急に顔に手を当てて笑い出したからだ。
「何がおかしいのだ?」
イマジンは不機嫌を隠す気のない表情でシンに尋ねる。
その問いに、シンは笑い半分のまま答えてやる。
「お前が不完全のさらに不完全だからだよ」
その言葉に、イマジンの眉がヒクリと動く。
「いったい何を言いたいんですか、お主は?」
「気付かないのか。お前は今バグに侵されてるような状態なんだよ」
イマジンはその言葉にますます分からないと言うような顔をする。
「そのキャラが支離滅裂な喋り方がいい証拠だ。だから出てきて早々暴れるなんて言葉を吐く。完全なイマジンはそんなことは言わない」
それは確信を持って言えることだった。シンはこの存在のことを知っている。彼が暴れるということは、それは比喩や冗談抜きでこの世界の終わりを意味する。彼はそんな馬鹿の様な事を言うことは決してしなかったし、まして彼はある意味においてこの世界で一番の良識を持っている。そんな彼が冗談半分でもそんなことを言うことはありえないことをシンは理解している
「多分無理矢理起こされたせいでどっかが狂っちまったんだろ。まったく、おかしいとは思ってたけど、骨が折れそうだなこいつは」
シンはボリボリと乱暴に頭を掻きながら一人で納得したようにブツブツと呟く。
「この私が不完全だと貴方は仰るのですか?」
イマジンの言葉に、シンは答えない。ただ頭を掻く手を止め、それで考え事をするように顔を覆っている。
「イマジンっ!!」
そこへ、急に横から別の声が割り込んできた。
それは、左肩から下を失ったガロウのものだった。
「イマジン、そんな奴は放っておけ! お前は宿主と共に俺と一緒に来い。そうじゃなければ壊せ、全部壊せ!! こんなクソッたれな世界、思うがままに! 好きなだけ!!」
ガロウは羽をもがれた虫のように地面を這いながら、少しでもイマジンに声が届くように彼のもとに近づいていく。
そんなガロウの言葉が届いたのか、イマジンはニコリと笑みを彼に向け、
「口を慎んでよ、ブタが」
ガロウに向け、右手をかざす。
そこから青い雷撃が飛び出し、ガロウのすぐ目の前に落ち、巨大な爆発が起こった。その一撃で地面はめくり上がり、落雷のすぐ側にいたガロウは爆破で巻き上がった土や石などが砲弾のように体に突き刺さり、数十メートルも後ろに吹き飛ばされ、受身も取れずに地面に転がった。
「誰に向かって口を聞いていると思っているんですか、お前」
道端に捨てられたビニール袋のようにズタズタになったガロウを見下ろし、イマジンは相変わらず口調の安定しない言葉を吐きつける。
「あー、おい」
そこに、今まで顔を覆っていた手をどけ、シンが顔を上げた。
「とりあえず、アイツをあんな風にしたのは俺だ。殺そうとしたのも俺だ。けどよ、弄ぶってのは我慢ならねぇな」
シンの言ったとおり、あれだけの攻撃を負いながらガロウはまだ生きていた。しかし左肩の傷口からは相変わらず出血し、体に直撃した石や熱で固まった土が皮膚を突き破らずに中途半端に体にめり込み呼吸すらもままならない状態に陥っている。
「やるなら一思いにやれよ。それができないなら人に手ぇ上げるんじゃねぇ」
その声には確かな怒りがあった。
だがシンは別にガロウについて怒っているのではない。どんな理由であれ、命を弄ぶということに対して怒っているのだ。
それは、何度も戦場という理不尽な殺戮の場を見続けてきた彼だからこそ思えるモノなのだろう。そして、ガロウが見せたあの必死な感情。
自分のやったことをくだらないと言われ激情した、譲れない何かを持った人。そういう人が弄ばれるというのは、全ての理屈や理由を抜きにして怒りを覚える。それが彼なのだ。
「うっさいですアナタ。アナタもボロ雑巾にされたいのかい」
しかしイマジンは、そんな彼の言葉をそれに込められた怒りごと一蹴した。
その態度に、シンは深く息をついた。
「……どうやら、本気で倒すしかねぇようだな」
それはどこか吹っ切れたようだった。
できることなら彼には手を上げたくなかったのだろう。いくら不完全だからといっても、彼と戦うということは自分もただではすまないことを重々理解しているが、それ以外でも、彼に手を上げたく理由はあった。
一つは言わずもがなあれが達也の体だからということもあるが、大前提であるイマジンに対しても、シンは同じような理由でそれが憚られていた。
彼には言い表せないほどの恩がある。我が身可愛さよりもシンはその理由で戦いたくなかった。
だが、彼は静かに思う。
(……仕方ない、か)
ここはどうしてもやり合わねばならない、と。
ならば、彼に抱いているもう一つの感情、
彼に対しての言い表せないほどの恨みを持って彼を倒そう、と。
「覚悟はいいか、神モドキ。もう一回お寝んねさせてやる」
不敵に笑い、シンはナイフを構えた。そして彼の背中から翼が生える。
だがそれは、彼の二つ名の元となる黒い翼ではなかった。
そこにあったのは、紅い紅い、紅蓮に燃える炎の翼だった。
(あれ……?)
自分の周りの感覚に違和感を覚え、達也は目を覚ます。
その違和感は、暑くなっただとかという変化を感じたというより、何も感じなくなったことに対して覚えたものだった。
開くことを億劫に思う重いまぶたを開き、彼は辺りを見渡す。
そこは何も無い空間だった。
比喩的な表現でもなんでもなく、本当に文字通り何も無い真っ白な空間だった。
自分の体を見てみると、横になって寝ていたのではなくその場に立っていたらしい。どうやらこの空間には重力も存在しないのか、水の中にいるよりも軽い、しかし無重力というにはどこか重い、そんな微妙な浮遊感を感じる。
(どこだ……、ここ……?)
達也は視線を巡らせながら考えるが、目が覚めたばかりのせいか、頭がボーっとして思考がうまく働かない。
確かシンに連れられて天界に来て、そこでガロウと戦ったことまでは覚えているが、そこから先がどうしても思い出せない。
(あれから、どんくらい経ったんだろ……)
彼はとりあえずここがどこだか分からなかったため、別のことを考えることにした。さっきから答えよりも疑問ばかりが湧いてきているような気もするが、その答えすらも求めようとせずに、ただ湧いてくる疑問の一つとしてどこか頭の隅に流してしまう。
(……、)
もはや疑問を一々理解していくことも億劫になり、彼は呆けたようにただ前方を見つめる。横になった気はないが、元からこの空間には三次元的な理論は存在しないらしく、力を抜いただけで横になった気分になった。
(悪く…ないな。ここ)
達也は徐々にまぶたを閉じながらそう思う。
この空間の居心地のよさに、顔がだんだんと綻んでいく。
ここにいたいと思えば思うほど、まるで溶けていくかのような開放感が彼を包み込んでいく。
(また…眠く……)
完全にまぶたが閉じきるとともに、彼は開放感に包まれたまま眠りに落ちた。
外から聞こえる闘いの音を、一度も感じること無く。
瓦礫が山積みになったエデンの中庭で、紅と蒼の巨大な光がぶつかり合っている。
蒼は達也の体を借りて顕現したイマジンの放つ光。紅はシンの背中かから生えた紅蓮の炎で作られた一対の翼が放つ光だ。
「なるほど……、神の如き者の力ですか……」
シンの背中の紅蓮の翼を見て目を細めながら、イマジンは納得したように首を上下させる。
シンは腰を落として重心を前に傾けながら言う。
「もう一回寝かし付けてやるよ。今度出てくるときは頭をはっきり起こしてから来い」
シンは重心を前に落としたまま一歩前に踏み出し、突進の姿勢を完璧なものにする。
「ふ」
イマジンの口から小さく声が漏れる。
「はははははははははは!!」
黒煙が立ち込める中庭に、イマジンの高笑いが響いた。
その高笑いに、シンの眉がヒクリと吊り上がる。
「何がおかしい」
その言葉に、イマジンは笑いながら答える。
「ずいぶんと偉くなったものだと思いましてね。というよりそもそも、いつからテメェらは『天使』を名乗ることを許されたんでしたっけね」
そのイマジンの言葉に、シンの背中の炎がさらに火力を増した。それはさながら彼の心情を表していたのかもしれない。
次の瞬間、シンは一歩を踏み出す。
闘いが始まった。
たった一歩でシンはイマジンの目の前にまで距離を詰める。そのあまりの速度に衝撃波が遅れてやってくる。
シンの腕に背中の炎が巻き付き、そこに火炎の拳が作られる。
イマジンは意識がある能力。ならば当然、一定値のダメージを与えれば気絶する。そうすれば、元の意識である達也に戻せる。
シンはそう信じ、イマジンの顔面目掛けて火炎の拳を放った。
「 」
イマジンが何かを言った。そう表現するしかなかった。
その『声』に直感的に危機を感じたシンはすぐに接近するのを止め、イマジンに迫ったときのような高速で後ろに下がる。
瞬間、いままでシンがいた場所に巨大な光の柱が降り注いだ。
真下に誰もいなかったのはまさに奇跡としか言いようがない。降りてきた光の柱は地面にクレーターを作り出し、その余波で辺り一面に暴風を発生させる。ビリビリと皮膚が焼けるような熱が充分な距離を保っているシンの元まで届いてくる。
やがて光の柱が消えたそこは、底が見えないほど深く陥没し、その縁周りが溶けて赤く発光している。
『竜王の落涙』。
精霊級レベルの超高度魔術。
最大出力ならば長距離から強力な結界に守られた空間を一撃で更地に出来るほどの威力を誇る、まさに竜王の名に恥じない力。
シンは放たれた竜王の落涙の着弾地点を見ながら、その背中に冷たい汗が這っていくのを感じる。しかしそれはそれが自分に当たっていたら、という意味のものではない。
あの魔術を一人で発動できたという点だった。
精霊級でも最上級の位に位置する竜王の落涙は、三十四人の魔術師がそれぞれ別の意味を持つ呪文を詠唱、それらを複合させて一つの術として完成する。
しかし、イマジンはそれをたった一人でやり遂げた。しかも今の手順を踏んでも発動には数十分の時間を要するのにだ。
あの人の言葉に聞こえない声は、三十四の呪文を全て同時に一秒とかからずに正確に詠唱したため人の耳では聞き取れず、ただの声としてしか認識できなかったのだ。
桁が違う。改めてその実力差を見せ付けられ、シンの顔に引きつった笑みが浮かぶ。
(けど……)
引くわけには行かない。
あそこには友達がいる。今も自分の意思とは無関係に、望まない破壊を行い続けている。
そんな姿を見たくない。
シンは一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。そして前方で薄い笑みを浮かべるイマジンを見据えた。
「見せてやるよ。人の底力をな」
ボゥッ!! と。背中の炎が急激にその火力を増す。
それと同時に徐々に大きく広がって行き、片側だけでも数十メートルはくだらない大きさへと変貌する。
「喰らえぇぇえええええええええ!!」
炎の翼が大きく羽ばたくと同時に、シンは全力でイマジンへと突っ込む。その体は炎に包まれ、まるで巨大な不死鳥を連想させる。
その姿を見てもなお、イマジンは余裕の笑みを崩さない。
「 」
そして、あの解読不能の高速詠唱が紡がれる。
「『竜王の咆哮』」
イマジンはフッと、軽く息を前方に吹いた。
ビシリッ!と。空間に亀裂が走る。
瞬間、ゴゥッ!! と。イマジンの口元当たりの空間が大きく爆ぜた。
それ以外に形容の仕様がない。空間に入った亀裂ごとその場所が爆ぜ、そこから波状に青い炎のようなものがシン目掛けて発射された。
「あぁあああああああああああああ!!」
それでも、シンは止まろうとはしない。むしろさっきよりも加速し、纏った炎の火力をさらに上げる。
二つは数秒も待たずに衝突し、巨大な爆発が辺りを包み込んだ。
そこは奇妙な部屋だった。
中はとても広く、円状に作られたそこは薄暗く、壁には無数の光の粒があしらわれている。一見するとプラネタリウムのようにも見えるそれは、星座の形を成していない。みなそれぞれがバラバラに位置づけられている。
それが一つ一つ何回も点滅を繰り返すが、不思議と眺めていても目が痛くなることはない。
これは魔術の陣と、それの副産物で生まれた光だ。バラバラに見えるそれらは絶妙な感覚で位置づけをされており、それが放つ光の強さと点滅回数、それらが合わさって一つの式となり、この部屋に呪いや長距離狙撃などといった遠隔的な魔術を全て反射するようにしてある。そう、反射だ。
敵には一切の容赦はしない。自分に牙を向いた者には自ら手を上げず、ただそれをそのまま返す。そうやって自らの力で傷ついた姿を想像して楽しむ。そんな残虐性が見て取れる部屋だ。
その中央には真っ白なテーブルクロスをかけられた一つの円卓がおいてあり、その上に乗せられている燭台の火が実質的にこの部屋の主な光源となっている。
そして一番奇妙な光景が、この円卓を囲む料理の数々だ。肉や魚やサラダはもちろん、パスタやスープ、フルーツやデザートなどありとあらゆる料理が乗った皿が円卓をドーム状に囲んで浮いている。フワフワと浮いて回るその様は、まるでメリーゴーランドの様だ。
そしてその円卓のそばに、この部屋の主が座っていた。
部屋の主が指を軽く動かすだけで、彼の望んだ料理の皿が目の前までやってくる。香ばしい焼き色の付いた鳥の丸焼きを、主は足の部分を持つとそのままかぶりついた。
むしゃむしゃと、口の周りがだらしなく油で汚れているのも気にせずもう一度かぶりつく。さらにかぶりつく。
そうこうする内に、十回もかぶりつかないうちに鳥の丸焼きはただ骨を残すのみとなった。
「以上が、天界での作戦における経過報告となります」
その主の前に並ぶ二人の男の内の一人、バーニィ=サタン=イングディは淡々と報告書を読み上げた。
彼が普段から纏っている清潔感溢れるしわ一つない黒の燕尾服は、この薄暗い部屋の中ではどこか不気味さを感じさせる。
「そう」
主はたった一言そう言うと、五人前は盛られているであろうパスタの皿を引き寄せ、フォークで大量に巻き取り、大口を開けて頬張る。
そんな様子を、文字通り指を咥えながら見ているのはこの部屋にいるもう一人の男、グリウス=ベルフェゴール=スティモ。
空腹を我慢してこの場所に立っている彼にとっては、この光景は一番腹に応える。
そんな彼に、バーニィは態度を改めさせようと彼の腹に肘鉄を入れるが、生憎ながらグリウスには打撃は効かない。そういう能力を持っているからだ。
そんな二人のやりとりに気付いた主は、右手にフォークに刺したステーキ肉まるまる一枚を持ち、左手でサラダを鷲掴みにして頬張っていたところだった。
「なに? もしかして食べたいの、グリウス?」
「お、おう! 帰ってきてからなんも食ってないんだよ」
「グリウス! 慎みなさい。あれは主の食事ですよ」
「まあまあ」
そう言って、主はグリウスに向かって指を動かす。漂っていた皿の一枚がグリウスの前まで来て止まる。そこにはニンニクの香りが食欲を誘う、大量のペペロンチーノが乗っていた。
「ヒョー! サンキュー!」
言うや否や、グリウスはフォークでそれを巻き取ると早速口へと運ぶ。
「うめぇー!!」
ガツガツとペペロンチーノを頬張るグリウスを見て、バーニィはハァ、とため息をついた。
「すいません。今すぐ代わりを持ってこさせますので」
「いいよいいよ。部下を労うのも仕事だからね」
そう言って主は右手にあった一枚丸ごとのステーキ肉に噛み付き、引き裂くようにして喰らう。
「それにしても、今頃天界は大騒ぎだろうねぇ」
ここで初めて、主は作戦の話題について触れた。その口は今だ食事と兼用に使ってはいるが、明らかに今までとは雰囲気が違う。
その気配を察知し、バーニィはピッと背筋を伸ばしなおし、グリウスも食事の手を止めていた。
「都市機能の四十パーセントは壊滅。おまけに何年間も眠ってきたイマジンの覚醒。僕が責任者なら裸足で逃げ出すほどの問題まみれだ」
主は含んだように笑う。その声は少年のように高いものだった。
「これで、果たしてうまくいくのでしょうか」
バーニィがそう尋ねる。その声には、どこか恐縮したような感じがあった。
絶対的な力を持つ主の意見に疑問を持つということは、彼にとってはありえないことだった。だが、これだけは訊いておかなければならないという気持ちがバーニィにはあった。
「うまくいくに決まっている」
そしてその疑問を、主は一言で断じた。
「そのためにもう一つのプランも同時進行で進めていたんだ。成功を収めるものは常に計画を出し惜しみしないものさ。だから、僕は絶対に勝つ」
「……そう、ですか」
「そうだよ」
そういって主は食事の手を止めて立ち上がった。彼が歩いていく道にある料理の皿は彼に道を開け、そしてそれと入れ違いに燭台がどこかから飛んできて彼を照らし、主は暗い空間から姿を現す。
黒。
ただその言葉が似合っていた。おそらくこの部屋が薄暗いということを抜きにしても、それは変わらないだろう。
この世界のどんなものよりも黒い髪。この世界の闇を全て詰め込んだような黒い瞳。それが色白の肌と相成ってより一層際立っている。
そしてその姿は、ゼウスと同じ十代の少年そのものだった。
「僕は勝つよ。そして、本当の平和を手に入れる。そのために、君達魔王の力が必要なんだ。協力してくれるね、バーニィ、グリウス」
主は優しく語り掛ける。子供特有の甘えたような口調ではなく、まるで大人が子供を諭すようなゆったりとした余裕ある口調で。
「もちろんだよ」
そう一言答え、グリウスは再び食事に戻る。
そして、バーニィも深々と頭を下げ、答えた。
「もちろんです。あなたのために、私達はいるのですから」
その言葉に満足したように、主の口元が薄く緩んだ。
「魔皇帝、リント=ベルゼブブ=アウリア様」
主、ベルゼブブは小さく笑った。
そのときだけ、本当の子供のように。無邪気に笑った。
どうも、松村ミサトです。
もう更新遅れて申し訳ありませんしかいい訳のしようがありません。本当に申し訳ありません。
さて、前回の更新で次回作をやろうということでアンケートを実施しましたが、どうにも決め難い状態になっていなす。今はストック作成中なのですが、友人に相談したところ『お前が決めなくてどうすると』喝を入れられ、結局自分で決まることにしました。
まだ先になると思いますが、ストックが出来次第投稿するので、その時はどうぞよろしくお願いします。
それでは、また次回。