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第64話 殲滅戦

 エデン。

 天界の中心に据える巨大都市。その大きさはもう都市というより一つの国と見たほうが良いほど広大な敷地を有している。

「ハハハハハハハハハハハッ!!」

 その敷地の北側最端に位置する第二十区。まさに町に足を入れるか入れないかの境界線上にある標高の低い山の中腹で、一人の男が大声で笑っていた。

 細身だが隆々とした肉付きの身体。ノースリーブの上着を着、その下には何も来ていないため鍛えられた腹筋が顔を覗かせている。そして腰の辺りまで伸びたぼさぼさの金髪から、まるで凶暴なライオンを連想させるような風貌の男だった。

 その男の前には数人の天界師団の隊員たち五名ほどが震えながら銃を突きつけ、男から距離をとろうと後ずさる。そして男のいる周りの地面には、すでに亡き者になった天界師団の隊員十人ほどの死体が転がっていた。ほとんどの死体が胸に巨大な穴が開かされているか、または頭が吹き飛んで存在しない死体が多数だった。

「まったくよぉ、不幸だ。不幸だよなぁ。仕事のしすぎは体に悪いって言うけど、まさにそりゃ本当だな。なんせ、あんたらは熱心に仕事しすぎて俺たちの姿を見ちまった。死ぬってこと確定だからな。かわいそうに」

 男はそう言って、血や僅かな肉片がこびりついた両手を思い切り中心から両側に回すように振った。血はすぐに男の肌からはなれ、地面に鮮血の曲線を描く。そのうちの飛び散った血がまだ生きている天界師団の先頭にいた隊員の顔に触れ、彼はより一層震え上がった。

「さーて、どいつからにしようかね」

 たった一振りで何事もなくなったように綺麗になった右手に舌を這わせ、まるでご馳走を目の前にした子供みたいに邪悪な笑顔を作り、男は値踏みするように残り五人の隊員たちを順に見ていく。

「な……なにしてる!! 早く撃てーーーーー!!」

 先頭で一際震えていた隊員が我に帰り、後ろの四人に大声で命令した。後ろの四人も腹をくくったのか、手にした銃を構え、一斉に引き金を引く。

 鳴り響く轟音。拳銃からアサルトライフルなど様々な種類の銃口が絶え間なく火を噴く。マガジン部に刻印された錬金の土の術式によって無尽弾倉となっている銃はマナ切れを起こすまで撃ち続けられる。全員がマガジンを変えるというタイムラグを起こさずに、目の前の男に向けて引き金を引き続ける。

 だが、男は笑っていた。止まない弾丸の雨の中を、男は笑いながらずんずん突き進んでくる。弾丸が一切脅威となっていない。

「駄目だなぁ。傷つけるどころか、痛くもねぇぞ」

 男に当たった弾丸は弾かれてどこかに飛んでいくわけでも、当たってそのまま地面に転がるわけでもなく、男の体に当たった瞬間、まるでゴムボールが当たったみたいに軽く撥ね、そのまま地面に転がるという明らかなまでに不自然な動きをとって無力化されていく。その意味の分からない恐怖に、隊員全員が撃つのを止めていた。その男の恐怖に圧倒され、もう抵抗すらも馬鹿らしく思えたから。

 男はそんな隊員たちの五十センチほど前で止まりニヤケて手招きをした。

「どうした? もうやらないのか? だったら逃げるくらいしろよ。面白くねぇなー・・・・・・・

 男がさらにそこから一歩踏み出す。その瞬間、先頭にいた隊員がその顔面に拳銃を突きつけ、引き金を引いた。音速を超えた弾丸は銃口から轟音が轟くと同時に男の頭を向こう側に弾いていた。

「や、やった……!? ……な………!!」

 一瞬喜びかけたが、次の瞬間にその笑顔は絶望に変わり、そして恐怖に変わった。

「良い判断だ。けど、俺を倒すにゃ馬鹿正直すぎたな」

 男はまるで無傷だった。額には赤くなった部分さえも存在しない。完全完璧の無傷だった。

 男はまるでおもちゃを取り上げるように先頭の隊員から銃をもぎ取る。

「へぇー、良い銃だな。何でこれで俺を倒せないか本当に不思議だよなぁ」

 白々しく言葉を吐きながら、男は銃を隅々まで見ていく。

「試してみるか?」

 そういって男は銃を手の中でくるりと回して持ち直し、恐怖で固まっている先頭の隊員の心臓目掛けて引き金を引いた。快活な銃声が響き、防弾チョッキ越しから弾丸をくらった隊員は盛大に喀血し、その場でうずくまるように倒れた。倒れた彼の胸の辺りからは、まるで水道が壊れたように血が止めどなく流れ出ていた。

「やっぱ効くなぁ。うんうん、整備は万全じゃねぇか」

「う……うわーーーーーーー!!!」

 先頭の隊員が死亡したと認識したとき、残った四人の隊員の内の一人が悲鳴上げると、全員が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

「おっ!? そうでなくっちゃ」

 男は嬉しそうにそれを見ると、銃をクルクルと回し持ち直すとすぐに引き金を引いた。放たれた弾丸はさっき悲鳴を上げた隊員の頭をヘルメットごと打ち抜く。特殊素材で作られているヘルメットは機関銃の至近距離の銃撃をも防ぐことが実験で証明されているが、拳銃の、しかも一発の弾丸で貫通して隊員の頭に風穴を開けたのが今の現実だった。

 男はなおも逃げる隊員に銃口を向け引き金を引く。大して照準を合わせるという行為を行っていないのに、弾丸は吸い込まれるように頭部へと行き、そして隊員の命を狩っていく。一人、二人と命中させ、ついに最後の一人になった。

「これでお終い、っと!」

 少し離れすぎていたためか、男はここで始めて片目を閉じ、慎重に照準を絞ると引き金を引く。弾丸は頭部へと向けて風の抵抗をものともせずに向かっていくが、突如として隊員が頭を左に傾けたため、弾丸はヘルメットを止める紐を断ち切ってどこかへと飛んでいった。

「なにっ!?」

 隊員は弾丸が掠めていったことを気にも留めず、ただひたすらに男から逃げるために走っていく。

 男は自分の銃の腕によほど自身があったのか、終始嬉しそうだった顔をここで始めて不快そうに歪めた。男は幾度となく引き金を引くが、銃はいつも寸でのところで必ず避けられる。

「手間ぁ掛けさせやがって……。でもそれも面白いか」

 男は膝を軽く曲げて、地面を蹴って飛び上がる。爆発でもしたような轟音が鳴り響き、男がいた地面に出来たのは足のサイズに納まるほどの小さく深い穴だった。

 そのまま男は弧を描くように飛び、頂点で体を捻って体勢を立て直すと、五十メートル以上はあった距離を飛び越して逃げる隊員の前に降り立った。降り立つと同時、地面に浅いクレーターがはいる。

「お前、補助系の魔術師か? だよな。だったら説明がつく。簡易的な未来予知は補助系の必須事項だ」

 師団は一つ五十人で形成されており、その中から五人ずつで班を組んで行動する。その際、絶対に一人は入れておかなくてはいけないのが補助系魔術師。他の隊員よりも優れた回復系魔術。索敵結界。そして少し先の未来を予見し、班員に危険を知らせる簡易未来予知の三つを絶対に習得している条件が必要となる。この隊員が今まで男の放つ明らかに銃の性能を度外視した弾丸を避けていたのは未来予知を使ってギリギリ弾丸が来る場所を先読みしていたからに他ならない。

「けど、この距離ならどうだ」

 男は銃口をすかさず向け、小さく悲鳴を上げて後ずさろうとする隊員目掛けて銃を撃つ。

 だが、またも隊員が頭を下げたため、銃弾はヘルメットを弾いただけだった。

「ちっ! 性能がいい未来予知だな……。ん?」

 男はその光景驚き、銃をその場に下ろす。ヘルメットから出てきたのは長い金髪。ちょうど男と同じ腰ほどまでの長さだが、髪の質は比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほど圧倒的に綺麗だった。そして、目深に被っていたヘルメットの影から見えたのは青い瞳に端整に整った顔。男は乾いた唇を長い舌でベロリと舐めまわした。

「お前、女だったのか」

 弾かれたヘルメットが隊員の数メートル後ろに音を立てて落ちた。そのヘルメットの下から出てきた顔は、どう見ても女性のそれだった。隊員は地面に腰を付けた状態で必死に後ろに下がる。

「いいねぇ。そそるねぇ、こういうシチュ。バーニィはまだ来てねぇし……」

 男は辺りを見回し誰もいないことを確認すると、もう一度長い舌で唇を舐めまわした。

「いただくとしますかねぇ!!」

 男は地面を蹴り、隊員目掛けて飛んでいくと起きていた上体を地面に倒し馬乗りになった。

「あの堅物がもう少し時間掛かりますように、っと!!」

 そう言って、隊員の上着を着ていた防弾チョッキごと素手で引き裂く。インナーの白いシャツと、上着越しでは分からなかった膨らみが顔を出す。

「いやあああああああああああああ!!」

 隊員は抵抗するが、マウントを取られている状態では何も出来ない。

「さーって、早いとこ済ませるか」

 男が最後の砦のインナーに手を掛ける。隊員は震えながらそれを見ていることしかできなかった。

「何をしているのです、グリウス」

 そのとき、男の後ろから声が聞こえてきた。隊員からは馬乗りになっている男が邪魔で見えないが、そこには、野獣のような男とは正反対のかなり美しい顔立ちの男が立っていた。

 綺麗にセットされた黒の髪に、まるで執事が着るかのような燕尾服えんびふくを纏い四角いレンズの眼鏡を掛けていた。しかし、その手にはあまりにも不釣合いで場違いな巨大な剣が二本握られている。刃にはまだ真新しい血がベットリとこびり付き、手にはめている純白のドレスグローブもくれないに染まっていた。

「……なんだよ、速かったなバーニィ」

 グリウスと呼ばれた男はつまらなそうにバーニィと呼んだその男に向き直る。バーニィは呆れたように軽くため息をついた。

「あなたはまったく。我々があるじから受けた命はそんなことをすることではないでしょうに」

 バーニィは大剣を持ったまま、まだ汚れていない右手の小指を鼻に沿わせるように上げ、眼鏡を掛けなおした。

「別にいいだろ。時間はかけねぇよ。ちゃちゃっと終わらせればいいだけの話だろ」

「まったく、獣姦・・とは。あなたの趣向はよく分かりません」

「お前意外とえげつねぇこと言うな! 俺は気に入ったんなら獣だろうが何だろうが女なら何でもいいぜ!」

 グリウスが女性隊員から目を背けてバーニィと会話しているとき、女性隊員は腰にあったナイフを引き抜き構えた。グリウスはまだ気付かずバーニィと話している。女性隊員はその隙をついて心臓目掛けナイフを突き出した。

「ん?」

 グリウスがそれに気付いて振り向く。が、もう間に合わない。避ける暇はどこにもない。振り向いてナイフの存在に気づいたとき、もうナイフはコンマ何秒かでグリウスの心臓に突き刺さるタイミングだった。

 ドスッ! と、鈍い音を響かせ、


 ナイフはグリウスの肌の上で止まった。


「えっ!!?」

 隊員は思わず素っ頓狂な声を上げた。ありえない、その感情だけが彼女の頭を埋め尽くした。

 今確かに彼女の腕にはナイフを突き立てている手応えがある。何か硬いものに突き立てている感触ではなく、確かに肌に当てている柔らかい感触がある。だが刺さらない。ナイフは肌を突き破り、筋肉を裂き、心臓へと向かわない。

「残念」

 グリウスは隊員のナイフを鷲掴みにする。同時にビキビキとひびが入っていく。

「それじゃ俺は殺せない」

 瞬間、ナイフは粉々に砕かれた。広げたグリウスの手には何の外傷も見当たらない。

「さっさと済ませてしまいなさいグリウス。我ら『魔王』の称号を持つ者が主を待たせてはいけません」

 バーニィの何気なく言ったその言葉に、女性隊員を今まででの人生で一番であろう震えが襲った。

「ま……魔王………」

 彼女がこの反応をとるのは天界人なら当たり前かもしれない。

 魔王はその名が示すとおり魔界の王。一つの領土につき一人の魔王が存在し、その強さは長年の大戦で十二使徒と互角にやり合ってきた実力を持つ。

 魔王の名を聞けば誰もがおののき、その場に立つことすらも恐怖を感じると言われている。実際魔王を前にして怯まないのは十二使徒かゼウスくらいの限られた存在しかいない。

 グリウスはバーニィの言葉にやれやれといった具合に女性隊員の腹の上から腰を上げる。だが、彼女は逃げようとしない。体全体を震えが襲い、足が動いてくれない。恐怖のあまりここで吐いてしまいたい衝動が彼女の体を駆け巡る。今まではただ強過ぎる存在だった目の前の男が、今は禍々しいほどの恐怖の覇気を纏っているのが見える。

「残念だな。あんた以外と俺の好みだったんだが……」

 グリウスは心底残念そうに呟き、右手を振り上げた。

「本当に残念だよ」

 それと同時に振り下ろした右手は、彼女の心臓を正確に貫き地面に突き刺さった。彼女は白目をむき、口から盛大に血を吐き、二度、三度と体を痙攣させた後、電池が切れたおもちゃのように静かに生を手放した。

「あーあ。いっぺんくらい楽しみたかったぜ」

 グリウスは血まみれの手を引き抜き振るう。右手は何事もなかったように綺麗になっていた。

「まったく。あなたはいつもやることが派手すぎる」

「それより、お前は早過ぎんだよ。もうちょっと遊んでもいいだろうが」

「ありえませんね。主が命に迅速に従うことが私の存在意義です。それに今回の任は時間との勝負です。他の事に割く時間など初めから存在しません」

「はいはいそうですか」

 グリウスはつまらなそうに近くに唾を吐きつけた。

「じゃ、最終的な任務も済んだし帰るか。『侵入口の敵兵の殲滅』と『キメラの設置』。ミッションコンプだぜ」

「では帰りましょうか。そうだ、一応キメラを放った後の状況も確認してこいといわれています。見に行きますよ」

「はぁ!? そんなん別に適当に―――――」

 そのとき、バーニィの射殺すような視線にグリウスは口を閉じた。下手にこの男を刺激して殺されることは避けたいからだ。

「さ、こっちです」

 そういってバーニィは自分が元来た道を歩き出した。グリウスは見えないことをいいことに子供っぽく舌を出して心で悪態をついた。しかし、その表情もバーニィがさっきまで戦闘、いや、殺しを行った場所に来て呆れたような顔に変わる。

「お前、これでよく俺のこと派手だとか言えたな」

 そこに広がっていたのは、まさしく血の海だった。

 辺り一面が血に染まり、そしてそこら中に鍋に入れる具材のようにぶつ切りにされた天界師団隊員の体があった。

「何を言っているんです。あなたのは音がやかまし過ぎます。あれで増援が着たらどう対処するつもりです。それに比べ、私はまず最初に全員の喉を切り裂いて声を出せなくなった後、確実に死亡が分かるように一人ずつ切り裂くという完璧な戦法をとっています」

 バーニィは汚れたドレスグローブを魔術か何かの方法で燃やし、懐から新しいドレスグローブを出してはめる。

「本当にいい趣味してるな、お前」

 さっき自分には他の事に割く時間はないといっていたが、バーニィは充分自分の楽しみを満喫しているとグリウスは思った。本当に任務を遂行するだけならば、喉を切り裂くと同時にぶつ切りにすればいい。一通り切った後にまた一人ずつ切っていくというのは明らかに彼の悪趣味を象徴していることが伺えた。

「そ、そんなことありません! で、でも、本当にそんないい趣味ですかね」

「皮肉で言ったんだよ! 誰が本気でそんなこと言うか。本気にして照れてんじゃねぇ!!」

「なんだ紛らわしい」

 さっきまで赤らめていた顔を冷静な表情に戻し、バーニィは先を歩いていく。グリウスもその後に続いていく。血溜まりの上を歩いて靴が汚れることも彼らは気にせず、崖のように急な斜面の前で足を止めた。

「どうやら、順調のようですね」

 バーニィは満足げに小指で眼鏡を上げる。

「本当にな」

 彼らの目の前にはエデンが一望できる。普段は美しく賑わっているここからの風景も今は違っていた。所々から上がる黒い煙。聞こえてくるのは賑やかな笑い声ではなく悲鳴と銃声と爆発音。それはまさしく地獄絵図だった。

「投入したキメラって何体だったっけ?」

「四十五体。内一体は最初に倒されました。あの殲滅のスピードは恐らく十二使徒でしょう」

「算段通りだな。ってことは、恐らく今回の戦闘にも……」

「必ず出てくるでしょう。この数です。師団程度では全ての殲滅に三日以上は掛かるでしょう。そうすれば大戦前にエデンは壊滅寸前のダメージを負うことになる。そうならないために使徒を投入しての早急な殲滅戦を―――――」

 バーニィが憶測を語っていると、突如街の中心の空から巨大な光の柱が降り立ち爆音を響かせる。空からというより、まるで誰かが放ったように空と地面の間の空間から光は降り立った。

「ヒュー、やるねぇ」

 グリウスは楽しそうに口笛を吹く。一方、バーニィの方は冷静に今の爆音の振動で下がった眼鏡を小指で上げていた。

「あの攻撃……。『殲滅女帝ジェノサイド・エンプレス』。恐らく彼女でしょう」

 バーニィは鼻で軽く笑うと、街の方に背を向けてしまう。

「おい。どこ行くんだ?」

「帰りますよ。街の様子は大体分かりました。あの様子なら作戦も容易に運ぶ。全て我々の読み通りなのですから」

「そうか。じゃ、帰ろうぜ」

 グリウスも街に背を向け、バーニィの近くに向かう。バーニィは懐から魔法陣が書かれた紙を取り出すと陣の中央に手を触れた。そして、彼の肩に手を置いていたグリウスごと光に包まれ、彼らはその場から姿を消した。

 後に残ったのは、無残なままの数十人の死体だけだった。






 エデン第五区。

 ここではトカゲと牛をあわせたような風貌の素早い戦闘を得意とするキメラが暴れていた。その素早さを活かした攻撃に、戦闘を行っていた第十三師団と第十七師団はものの二十分で壊滅寸前に追いやられていた。

「くそっ!! 応援はまだこんのか!?」

 隊長らしき師団隊員が目の前の光景に苛立ちながらまだ無事な隊員に聞く。

 目の前には負傷した隊員が半数以上。それ以外の隊員も戦闘よりも要救助者の手当てで攻撃がおろそかになり、そのせいで怪我人がまた増えていく。だが負傷者を放っておくことも出来ないため結局この体制を崩すことが出来ないという悪循環が起こっている。この状況ならば責任を取るものとしては苛立つのは当たり前だろう。

「はい!! ただ今ゼウス様から増援を送ったと連絡が入りました!!」

「増援!? 誰だ!?」

「それは―――――」

「総員退避ーーーーーーー!!」

 隊員が増援の名を告げようとしたとき、どこからともなく女性の声が響き渡った。澄み切った水のような美しい声だが、その声には緊張と厳しさが混じっている。

 その声に隊員の全員が声が聞こえた上空を見上げる。

 そこには、純白の翼で空に浮かぶ美女がいた。

 顔は端整に整っていて、それをさらに美しく仕上げるような碧眼を持ち、黒く長い髪にメッシュのようにプラチナブロンドがいくつも混じっている。

 そして、彼女が羽織っているローブの背中には『Ⅰ』の数字が金糸で縫いこまれていた。

「マリアネス様!!」

 隊長のその一言に、無事な隊員も、口を利けるほどまでは無事な隊員も全員が歓声を上げた。ここいる全員が十二使徒の強さを知っている。その十二使徒が増援に駆けつけてきてくれたことに喜びを隠すことが出来なかった。

 しかし、その歓声にマリアネスは少しも表情を変えず、むしろいかったような顔になる。

「何をしている!! 私は退避しろと言ったはずだぞ!!」

 その怒号に隊員たちは一斉に声を上げるのやめた。

「総員退避ーーーーーー!!」

 隊長のその一言で、そこにいた百人近くの兵が一斉に移動を開始する。しかしほとんどの兵が負傷しているため、無事な兵は全員で歩くことの出来ない兵や足に怪我を負って歩くことが出来なくなった兵に手を貸して逃げる。途中でキメラの足止めのために攻撃を行っていた兵も全員退避し、ついにキメラとマリアネスしかその地帯にはいなくなっていた。

「さて、まだ他にも回るところがある。手短に済ますぞ」

 マリアネスはその場で天高く右手を上げる。それと同時にキメラが地面を蹴り、上空にいるマリアネスを噛み砕かんと大口を開けて飛んでいく。

 しかし、その口に入ったのはマリアネスではなく、巨大な四発のミサイルだった。

 瞬間、巨大な爆発と共にキメラの顔の半分が吹き飛んだ。キメラはそのまま地面に頭から落ちて行き、着地と同時に地面を盛大に揺らした。しかしまだ死亡にはいたらず、キメラはよろよろと立ち上がろうとしてくる。

 そのキメラの体に、間髪入れずにいくつもの砲弾が着弾する。二十メートルを超える体躯のキメラの体のあらゆるところを砲弾は貫通し、盛大に血を撒き散らす。

 マリアネスのいる空中からさらに上五メートルの辺りからその砲弾やミサイルは現れてキメラを攻撃している。しかし、何もない空間からそれが出ているわけではない。よく見ると透明な何かがそこにはある。光が乱反射してシャボン玉の膜の表面のように所々に虹色が見えるそれはミサイルの発射ポッド。そして戦艦に積んであるような巨大な大砲だった。

 透明な武装から次々に発射される対艦兵器の数々に、キメラはなすすべもなく的にされ続ける。

 そして、キメラがもう這うようにしか動けなくなったところで、一度攻撃が止まる。だが、次の瞬間、さっきまで武装が発射されていた場所に巨大な光の球体が生み出されどんどん大きくなっていく。キメラはそれの危険性を察したのか逃げようとするが、ミサイルと砲弾の集中豪雨で吹き飛んでしまった脚ではどうすることもできなかった。

 そして光が一定の大きさになったと同時、それは光の柱となって一気にキメラに降り注ぐ。悲鳴を上げる間もなく、キメラは光の砲撃によって蒸発した。

 光の砲撃が止んだあとは悲惨なもので、地面は盛大に抉れ、直撃した地面は解けて溶岩のようになっている。大きさは直径にして三十メートルはくだらなかった。

「まずは一体」

 そう言って、マリアネスは別の地区へと向かって飛んでいった。






 エデン第四十一区。

 ゴリラのような豪腕とトンボのような複眼を持ち、三百六十度全てを攻撃範囲に持つキメラが暴れているその地区は、もう壊滅寸前だった。

 元々ここはレンガ造りの建物が多く並び、人界の中世ヨーロッパのような優雅な町並みだったが、今は建っている建物は一つもなく、全てが叩き潰されていた。そこには建物の下敷きにされた人物などが助けを求めているが、師団員達も助ける前にキメラを倒さねば先に進むことが出来ないため、まさに最悪の展開だった。

「うおっ!」

 そこへ、ゼウスの出した移動術式から出現したのは達也だった。いきなり現れた重力に少し体勢を崩しかけるが何とか踏みとどまる。そして、街の情景を見て息を呑んだ。

「ひでぇ……」

 泣き叫ぶ声。怒号。爆発音。胸が痛くなるような音ばかりが自分の耳から入り、彼の脳に染み込んでくる。

「あれ、達也じゃねぇか」

 その声に辺りを見回すと、そこにはオレンジの髪を持つ青年と真紅のメイドさんが立っていた。

「ラグナ! ペリーヌ!」

 達也は十二使徒の一人ラグナと、その侍女ペリーヌに歩み寄る。

「どうしたんだ、こんな場所で?」

「俺も、闘いに来た」

「はぁっ!?」

 ラグナは心の底から不思議そうな、呆れたような声を出す。

「お前らはいいよ。俺らがやるから」

「でも!!」

 そのとき、達也の眼前に一本の火のついたタバコが突きつけられた。

「お前は黙って見ていろ」

 そのタバコを突きつけている真紅のメイド、ペルペティス=リーンは静かに諭すように告げる。しかし達也は動じない。ペリーヌが少しタバコを近づけるが、まばたきの一つもせずに二人を見ている。

 やがてその気迫に折れたのか諦めたのか、ペリーヌは静かにタバコを口に戻した。

「好きにしろ。だがな、この戦闘だけは黙って見ていろ」

「へっ?」

「後の戦闘は、お前が加わるか加わらないか好きにしろ。行くぞ、ラグナ!」

「何でお前が仕切んだよ……。わぁ、ごめんなさい!!」

 襟首を掴まれたラグナはすぐさま謝って事なきを得る。達也はそれを黙って見ていた。

「さーて、まっ、行きますか!」

 そう言うとラグナは着ていたローブを剥ぐように脱ぐ。その下にはニットで出来たような体のラインがはっきりと出る黒の半そでシャツに同色のニッカボッカを穿いている。ラグナは脱いだローブを手を差し出しているペリーヌに渡した。

「んじゃ、平和を守るためにこのラグナ=ウリエル=ジャックス、精一杯本気で行くぜ!」

「待て。この焦げ跡は何だ」

 その言葉に今まで溌剌はつらつとしていたラグナの顔色がどんどん青くなっていく。

「……今は緊急事態だから勘弁してやるが、後でじっくり聞かせろよ、ラグナ」

「は……はい」

 ラグナは鳴きそうな声でそう答えた。

 ラグナが気をそらした瞬間、キメラは狙っていたかのように攻撃に出た。口から思い切り大声を出す。たったそれだけで地面は抉れ、壊れた建物の残骸をも吹き飛ばして三人に向かってくる。

 空気の波が三人を吹き飛ばそうとしたとき、ラグナは前方に手を突き出す。

「『スクライド』!!」

 瞬間、轟音と共に空気の波の動きが止まった。必死にこちら側にこようとしているが、何かが遮ってそれ以上は向かってこれない。地面がどんどんと抉られて細い三日月のような奇妙なクレーターが出来ようとしていた。

 ラグナはそのまま思い切り体ごと拳を振り上げる。

「そらっ!! か・え・す、ぜっ!!」

 思い切り溜めた体を前に突き出し、地面をしかっりと捉え、全体重を乗せた拳を何もない空間に放つ。

 それと同時に、空気の波がそのまま来た道を戻り始めたのだ。まるで何かに押し返されるように戻っていった波長は、そのまま発生源であるキメラの頭部をズタズタに引き裂いた。

 達也はその意味不明な光景にあんぐりと口を開けることしか出来ない。何が起こったのか、それは間近で見ていても何も分からなかった。

「ペリーヌ」

「任せておけ」

 そう言うと、ペリーヌの背中にはシンのものとは違う純白の翼が生える。

「『デッド・ニードル』、『フレイム・ファング』」

 そして、彼女の手にはあまりにも不釣合いな巨大なミサイルランチャーと無骨なフォルムの機関銃が握られていた。

「ええええーーーーー!!?」

 そのあまりの物騒すぎる姿に達也は思わず声を上げてしまう。

「びっくりしたか?」

 ラグナが達也の反応を面白そうに見ながら聞いてきた。

「するよ!! 何あのメイドさんにあるまじき物騒なもの!!」

「ああ、こいつはデッド・ニードル。秒間八十五発で十二ミリ弾を発射する―――――」

「いや、そういう説明じゃなくて!!」

 ペリーヌが左手に持っていたデッド・ニードルと呼ばれる機関銃の説明に入ろうとするのを達也は慌てて止める。

「何だ。貴様がこれが何というから……」

「そういう意味で言ったんじゃなくて!!」

 そうこうしている内にキメラは復活し、三人目掛けて突き進んでくる。ペリーヌは真剣な顔つきでそちらに向き直った。

「まあいい。これは後だ。ラグナ、行ってくる」

「ああ。上空からの援護、頼むぜ」

「任せておけ」

 ペリーヌは地面を蹴り、翼を広げて空へと舞い上がる。そのままキメラに猛スピードで向かっていった。

「まずは様子見か……」

 ペリーヌは左手に構えた機関銃、デッド・ニードルをキメラに向け引き金を引く。派手な音を響かせ、デッド・ニードルの銃口から秒間八十五発の弾丸が空気を裂いて飛んでいく。威力はその無骨なフォルムから思わせるとおり強大で、一撃でキメラの肌を抉っていく。しかしキメラの再生速度が以上に速く、早くも傷が塞がり始める。

「こちらも速攻を仕掛けないと駄目か……」

 そう言うと、ペリーヌはデッド・ニードルを下げ、今度は右手に持ったミサイルランチャー『フレイム・ファング』を構え、親指で安全装置を解除する。砲門を覆っていた薄い鉄板が下に開き、中から九門のミサイルが頭を出した。

「発射、と」

 のんびりとした口調で引き金を引くと、九本のミサイルが我先にという勢いで発射され、不規則な軌道を描きながらキメラに向かって飛んでいく。キメラは咄嗟に防御し五本のミサイルを腕で受けたが、その代わりに当然ながら防御した左腕は木っ端微塵になった。そしてその防御ががら空きになった場所に残った四本のミサイルが突っ込み、キメラの左半身をまとめて吹き飛ばした。

 壮絶な悲鳴を上げながらキメラは地面に倒れ伏す。それが起こした振動で達也はバランスを崩しかけるがラグナは平然と立っていた。

「今だ。お膳立てはしてやったぞラグナ。再生能力は私の『焼火魔術しょうかまじゅつ』で打ち消した!」

「っしゃあ!!」

 ペリーヌの持つ最大の武器の一つ、焼火魔術。火は万物の始まり、創造の力を持ち、さらには破壊という力も含めている。その特性を活かし、その『創造』と『破壊』という二つの相反する力を同時に叩き込むことで生物の持つ再生機能を無力化することができる反則的な技だ。一種の呪いのような力であり、一度かかると完全に解除しない限り再生魔術を使っても傷を治せなくなってしまう。

 再生の速い今回の敵などを相手にするときにもっぱら用いることが多い決め技の一つでもある。

「行くぜーーー!!」

 ペリーヌの健闘で完全に再起不能になったキメラに向け、ラグナは止めを刺すべく構える。彼らのあるじから受けた命は『完全なる殲滅』であり、再起不能だろうが何だろうが息の根を完全に止めなくてはならない。

「あああああああーーー!!!」

 ラグナは思い切り体を振りかぶり、そして振り下ろすと同時に拳を突き出した。次の瞬間、拳の先にいたキメラの体は跡形もなく吹き飛んでしまっていた。

「ふいー、任務完了」

「まだだ。まだ殲滅対象は残っているぞ」

「分ぁってるよ」

 すでにデッド・ニードルとフレイム・ファングをしまっていたペリーヌとそんな会話をしているラグナを、達也はただ見ていることしかできなかった。

 そんな彼らに、劣等感と憧れという奇妙な感情を持ちながら、達也は二人に歩み寄って話の輪に加わった。


 達也が抱いたその感情は、別の地にいる三人の仲間も同じだった。

どうもです、皆さん。

今回初といってもいい黒幕的キャラ、魔王が出てきました。最初のつかみのインパクトが大事だと思ったので粗暴な奴と生真面目な奴という相反する存在同士を絡めて見たのですがいかがでしたでしょうか。

本当はこの一話に美咲と早苗と雄介の話を入れる予定だったのですが、時間がなくこのような形で終わりました。すみません。

もっともっと精進していきたいと思っておりますので、思ったこと何でもいいですので感想待ってます。お気軽にどうぞ。

それでは、また次回。

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