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第63話 波乱

 ヴァルハラ内部一階。食堂前通路。

 今は昼時なのか、デスクワークに疲れた幾人もの労働者が食券の自販機の前に並んでいた。時計を見ると、もう十二時を十分ほど過ぎている。自分達の世界の時計と見方が同じでよかったと、美咲は思った。タッチパネル式の食券自販機の『スペシャル・ナタデココ・スパイラルカレー』という謎のメニューは早くも赤く売り切れ表示になっていた。気になりはしたが、生憎ながら食の事に関しては美咲は妙なチャレンジ精神を持たないことにしている。彼女の実家が長年商店街で営業しているラーメン屋であるせいか、食べ物を残すということをあまりしたくない主義なのだ。

 そんな彼女の視線の先を眺め、例のメニューに気付いた早苗と雄介も興味ありげだったが、食べたそうにはせずに苦笑するだけで終わった。

 そんな彼女達を、道行く者たちは皆驚きの顔で眺めている。理由は、清楚で可憐な黒髪美人に、自分達の世界の英雄の内の一人がボロ雑巾同然に引きずられて連行されたいるからだろう。そしてその後ろで、もう一人の英雄がそれを静観していたこともあるかもしれない。

「な、なぁ……。俺って今からどうなっちゃうわけ……」

 恐る恐るといった感じに、引きずられている方の英雄、ニクスは引きずっている早苗と、それを先導するかのように先を歩いている美咲に尋ねる。それへの返答として最初に帰ってきたのは、二人の少女による静かな怒りを満ちた軽蔑の瞳だった。

「ん~~、どうする早苗? この軟派野郎、重しでも付けてさっき見たデッカイプールにでも沈める?」

「どうでしょう? 体をロープでグルグル巻きにして屋上から放り投げるって言うのはどうですか? その状態なら多分羽も出せませんし」

 そんな物騒な話をしている彼女達の顔は、とてつもなくニコニコしていた。一方それとは対照的にニクスはガタガタ震えている。

「おい、大丈夫か? だから少しは自重しろって言ってたのに」

 そんな同僚に声をかけたのは、一番後ろを歩いていたオレンジ色をした髪を持つ英雄の一人、天界最強の第五位に位置するラグナ。さっきまでは心中でその姿を大笑いしていたが、さすがにかわいそうになって声をかけてやることにしたのだ。

「いや……なんか、怖いながらもそれに期待してる未知の自分がいるって言うかね……新しい世界の扉が開かれたって言うか……」

「おい。俺ならこいつの体ミンチに出来るけど」

 まるで能面のように一瞬で表情を消し去ったラグナが美咲たちに提案すると、彼女達はすこぶる笑顔になって、

「「お願いします!!」」

「待って!! それはさすがにやばい!! 洒落になんない!!」

 ぐったりしていたニクスが覚醒し、止めようとするが、ラグナはもうすでに腰の辺りで拳を構えている。

「待てーーー!! ふざけんなっ!! お前ペリーヌにあのこと言っちまうぞ!!」

 その苦し紛れのニクスの言葉に、ラグナは突き出そうとしていた拳をぴたりと止めた。

「あのこと……?」

「お前、この間ペリーヌ留守にしてるときに部屋に女連れ込んでたろ!! なーにが人には自重しろだ。お前も似たようなもんじゃねぇか!!」

 ラグナはたじたじといった具合に構えを解いて数歩後ろに下がる。ニクスの後ろを見ると、さっきまで味方のポジションだった女子二人も若干引いている。まさしく皮を剥いだら狼が出てきたみたいな不快な顔をしていた。その中には雄介もいる。女子二人と比べるとそこまで露骨ではないが、彼は意外と純情派で一途だからそういうことをあまりよしと出来ないのだ。

 ラグナはしばらく四人を見回していたが、やがて、周りに人だかりが出来ていることに気付く。ラグナが覇気を込めて一睨みすると、ギャラリー蜘蛛の子を散らしたように解散した。周りにギャラリーがいなくなると、ラグナはプルプルと震え始めた。

「ああそうだよ!! そうですけど何か!! でもな!勘違いするなよ!! あれは仕事のことで彼女が俺に話があるって言うから部屋に招待したんだ!! それにたまたま・・・・胸に手が当たってしまったりたまたま・・・・尻を揉んでしまったこと以外は何もしていない!! 本当だ!!」

 何を偉そうに、と人界の三人はジト目で見返すが、ニクスは納得いかないのかまだ吠えている。

「そんなの理由になんねぇだろ!! 同じ穴のむじなのくせに人のことぶっ殺そうとかしてんじゃねぇよ!」

「いや、それは下克上狙えるかなって」

「大体、この間連れ込んだ女。あのヴァルハラ内部で上位に入る巨乳のレヴィンちゃんだったろ!!」

 何に怒っているのかよく分からないが怒鳴るニクスに、ラグナはヘラヘラと頭をかきながら返す。

「いやだってさ。ペリーヌ実際そんな胸無いじゃん。やっぱ大きいって新鮮なんだわ」

「あっ、てめっ認めてんじゃねぇか下心あったって!! でも、やっぱそう思うだろ」

 その変態同士の会話に、早苗はヒッと自分の胸を両手で隠した。彼らが欲する大きさを所持していることを意識したその行動に、隣にいた友人はチッ!!と露骨に舌打ちした。

「やっぱ大きいって良いよなぁ。うちのペリーヌとは大違いで―――――」


「私がどうかしたか」


 突然響いたその声に、ラグナは笑顔のまま固まった。その笑顔はどんどん形を崩してクチャクチャになっていき、目を見開き、口がまるで締まりなく緩んで、まるで感情を表す回路が切れたように笑顔から恐怖が伝わってきた。

「もう一度聞く。私がどうかしたか?」

 ラグナはぜんまいが切れ掛かったおもちゃのように、ギギギと音が立ちそうなほどゆっくりと後ろを振り向く。

 その後ろには、メイドさんがいた。どこからどう見てもメイドさんにしか見えないメイドさんがいた。

 その身に纏うは白いエプロンが映える赤いメイド服。メイド喫茶の従業員の着るようなミニスカートタイプではなく、きちんと膝の下まで伸びた本物のメイド服からは黒いタイツに包まれた両足が伸びている。頭にはメイドの象徴たるフリフリのレースで出来たメイドカチューシャ。それが装着された髪はどぎつい紫一色の肩までのショートヘアで、買い物帰りなのか腕には買い物かごをぶら下げている。

 どこからどう見てもメイドさん。しかし、彼女の唯一メイドらしくない部分といえば、口に咥えている紫煙を撒き散らすタバコと、全てのものを震え上がらせるほどの目つきの悪さだろう。二十四時間年中無休で仕事をしてそうだが、それと同時にあらゆる人物にメンチを切りまくっていそうなほどツリ目で眉間にしわがよっている。

「どうしたラグナ。私のことを話していたんじゃないのか」

 メイドは一歩、また一歩とラグナに近づいていく。それとは逆に、ラグナは一歩、また一歩と後ろに下がる。

「どうした、なぜ逃げる。こっちに来い」

 メイドはずんずんと歩幅を広げてラグナに近づいていき、ラグナは敵に回してしまった四人の前まで来るともう後には引けず、俯いてプルプルと子犬のように震える。と、やがて、汗でびっしょりになった顔で精一杯の爽やかスマイルを作り出すといかついメイドさんに向かって近づいていく。

「おー、愛しのペルペティス! ペルペティスさん! ペルペティスちゃん!! いったいどうしてこんなところにいるんだい!!?」

 白々しい質問をしながら、ラグナは厳ついメイドさんの前に跪いて買い物かごをぶら下げている左手を両手で優しく包んだ。しかし自分の必死なピエロっぷりに無反応を返され、場の重圧プレッシャーに押しつぶされそうになって笑顔がひくつく。

 メイドさんはラグナの態度にやれやれといった感じに頭を左右に振る。

「わざわざ名前を三回も呼ばなくても分かっている。それになぜこんなところにいるかという質問なら、お前に言われた物を買ってきた帰りだ」

 メイドさんは買い物かごの中を漁ると、中からペットボトルや歯ブラシ、洗面所か風呂場で使う洗顔フォームのボトルなど、いたって普通で面白みの無い買い物を取り出して見せると再びそれをかごに戻してラグナに手渡した。

「買ってきた物に間違いは無いか?」

「う、うん、ありがとう!! いや~、本当にペリーヌがいないと何にもできないなぁ、俺!!」

 ラグナは懸命にメイドさんをよいしょし続ける。見たところ二人の関係は主人と従者の関係性なのだろうが、主人側のラグナがあまりにも従者側のメイドの顔色を伺いすぎている。何故あんな態度をとっているのだろうと疑問に思う人界の三人。

「あれはラグナの侍女のペルペティス=リーン。あいつはめっちゃくちゃ怖くてな。ラグナはあいつを絶対怒らせないようにしてるんだよ。さっきローブ破れたときも言ってただろ」

 三人が下を見ると、面白そうに笑いながらニクスが説明してくれた。

 そういえばと思い返してみると、さっき殺されるからどうとかと言っていた記憶が確かに三人の中にはあった。

「い、いや~! 本当にご苦労様、ペリーヌ!!」

「例には及ばん。これが侍女たる私の務めだからな」

 メイド改めペリーヌは、別に誇るでも謙遜するでもなく、無感情にそう言い捨てた。

「あ、さいですか……。じゃ、今日はもう用があるまで部屋に帰ってていいよ」

「そうか。じゃ、また」

 そう言って、ペリーヌは五人の隣を通り抜け、向こうへ歩いていく。ラグナがホッと息をついた。

「あ、そう言えば」

 が、そこで振り向いて問いをかけてきたペリーヌに驚き、肺が変な運動をして息が吐いているのか吸っているのか分からなくなったラグナが盛大にむせ返した。

「さっき私が話しに出ていた気がするのだが、あれは何だ?」

「い、いやあれは……!」

 一番忘れていて欲しかったことを問われ、ラグナは再び嫌な汗をかきながら視線を辺りにキョロキョロさせる。

「い、いや~……何だったっけ?」

「言え。私がこそこそされるが嫌いなことは知っているだろう」

「いや、ね……」

「ラグナがペリーヌのおっぱいじゃ満足できないって言ってた」

 瞬間、ラグナの中で何かが壊れた音がした。ラグナの精神世界で彼を地獄の穴の淵から突き落としたのは、同僚であるニクスその人だった。急に視界が真っ暗になり倒れかけるがすぐに持ちこたえる。が、あまりのことに目眩めまいがしてふらふらと足元がおぼつかない。

「……ほぉ~」

 今まで鋭く厳つかった視線をさらに鋭くし、ペリーヌはゆっくりとラグナに近づいていく。

「い、いや、違うんだペリーヌ。俺はそんなこと言ってない。勝手にあいつが言ってんだ!ってちょっとやめて!! 襟首を掴むのはやめてください!! 俺一応最上位の天使なのよ!? みんなに示しつかない!!」

 ペリーヌは自分と同じくらいの身長のラグナを片腕で軽々と持ち上げ締め上げる。その光景を周りから見ていた人々は最初は驚いていたが、やがて飽きたのかみんなそれぞれ自分の目的地へと歩を進める。ラグナがペリーヌに頭が上がらないのは今に始まったことではない。結構頻繁に起こるこの事態に、ヴァルハラの所属するものたちはもう慣れっこになっていた。

「あー、あとこの間女部屋に連れ込んでたなぁ」

「テメェ、ニクスぅ!! お前後で殺してやるからブヘェ!! や、めて……! それ、いじょ…は、死……!!」

 ニクスの追い討ちに激怒したラグナだったが、ペリーヌが目一杯ラグナを締め上げたため、彼の怒りは一転、死への恐怖へと早変わった。締め上げるその手は完璧に伸びきっており、女性の細腕ではありえないほどの力を出して締め上げる。

 ラグナはもう白目をむき、どこかへ意識が行きかけていた。ペリーヌは彼の胸倉から手を離す。地面に膝からついたラグナは喉に手を当て咳き込み、何とか生還できたことに感激の涙を目に溜める。

 が、そんな彼の顔をペリーヌは鷲掴みにすると、咥えていたタバコを手に持ち、嬉し涙で潤んでいるニクスの左目の眼前に突きつけた。

「ひっ!!?」

「何があったのか詳しく話せ。でなければ、盛大に真っ赤な光を見せてやる代わりに一生光を見えなくするぞ」

「そ、そんなのシンに頼んでリーネに治してもらえばいいも―――――」

 手に持ち直させられたタバコは、今度は減らず口を叩きかけた口の内部に入り、舌を目前に止まる。副流煙がダイレクトにラグナの肺を満たす。

「なあ、ラグナ。私たちの仲だ。私の『焼火魔術しょうかまじゅつ』の威力を忘れたわけではあるまい。リーネでも治せん怪我を負わすことぐらい簡単だ。私とリーネは同じ・・だということを忘れるなよ」

「ふぁ、ふぁい……」

 嬉し涙を本気の悲し涙に変え、ラグナは口を開けっ放しのままだらしなく答える。主人に対してあそこまで傍若無人でえげつない振る舞いが出来るペリーヌを美咲たち三人はガタガタ震えながら見ていた。ニクスだけは笑って見ていた。

「さて、話してもらおうか」

 ペリーヌは再びタバコを左目に突きつけ、質問に移る。こんなくだらないことで片目を失うことには行かないラグナは聞かれたことを洗いざらい吐いた。

「なるほど……。で、何か言い訳は?」

 言い訳と聞いてくる時点ですでに自分は許されることはないと悟ったラグナは必死に思考をフル回転させる。片目を失われずにはすむが、このままではゴミの日に出されるボロ雑巾と同じ末路を辿ってしまう。しかしここで言い訳をするのもかなり危険な、いや、危険過ぎる賭けだ。下手をすれば本当に片目を失い、あまつさえさっきのボロ雑巾コースに直行という最悪な展開になりかねない。

「どうした? 潔く言い訳はしないつもりか? ならいいが」

 これしかない。ラグナは必死に自分の頭脳の中から最後の希望にすがって行動を起こした。

「ペリーヌ!!」

 叫び、そして、

「愛してる!!」

 抱きしめた。

 美咲と雄介は口をあんぐりと開け、早苗は口を手で覆い、ニクスはヒュー、と口笛を吹いた。ラグナは抱き締めたペリーヌの両肩に手を置き、彼女の目を見据える。

「この世で俺が一番愛しているのは、お前だけだ」

「…ラグナ……」

「ペリーヌ……」

 互いに目を細め、顔を近づけあう二人。その光景にニクスを除く三人は両手で顔を覆い隠していた。もちろん、指の股は全開というお約束で。

 が、ラグナを出向かえてくれたのは唇への熱いキスではなく、眉間への熱く燃え盛るタバコの根性焼きだった。

「ッ―――――――――――――――!!!!!」

 声にならない悲鳴を上げ、ラグナは地面をのた打ち回る。そこには、天界十二使徒第五位の威厳はどこにも感じられない。

「まったく。考えた末の言い訳がそれか。だが、愛しているのなら余計に他の女を部屋に連れ込むのは駄目だろうが。少しは考えろ阿呆あほめ。それで頭を冷やせ」

 ペリーヌは容赦なくうずくまって額を押さえるラグナにペッと唾を吐きつけ、新しいタバコを取り出して火をつけた。銀色のタイルを張り巡らせたような頑強なイメージを持たせる造形のオイルライターをパチンッと軽快な音を鳴らして消し、ポケットにしまう。

「頭冷やすどころかめっちゃ熱いんですけど……」

「ぁあ!!?」

「なんでもありません!!」

 凄みの効いた『ぁあ!!?』に、ラグナは縮こまって盛大に謝った。だが、これでも良しとしなければならない。彼のあの行動はあながち間違いではなかった。なぜなら、ペリーヌはそれ以上何もしてこなかったからだ。普段ならこれくらいではすまずにもっと酷いことをされているはずだ。これは使えるなと、ラグナは新たな発見が出来たことを、眉間にドットサイトで狙われているような赤い点型の火傷を負いながら喜んだ。

「ん? ニクス、その後ろの三人は何だ? まさか、こいつかお前の相手・・か!?」

 ようやく美咲たち三人の存在に気づいたペリーヌは、ニクスとラグナを交互に見やり、三人にとってかなり失礼な質問をする。

「なっ!!? 違うわよ!! 誰がこんな軟派野郎と!!」

「そうです!! へんな誤解しないでください!!」

「僕男なんですけど!!」

 三人は必死に、特に雄介は一番必死に否定する。夏休みにも自分はソッチ・・・の人間だと勘違いされて酷い目にあったのに、こんな場所まで来ても同じ目にあってたまるかと必死だった。

「あ、そうか、すまない。何分なにぶん今こんなことがあったばかりだったからな。許して欲しい。私はペルペティス=リーン。このラグナの侍女をやっている。ペリーヌと呼んでくれて構わない」

「あたしは鷺原さぎはら美咲(みさき)。よろしく」

「私は三好みよし早苗(さなえ)です」

「僕は坪井つぼい雄介(ゆうすけ)です。よろしく」

「ふむ。みな日系の名前だな。出身はどこだ?」

 天界にも人種というものが存在する。みんながみんな西欧の人物ではなく、人界のように東洋の人種や西洋の人種の人物もいるのだ。

 それにしても日系の人物は天界でも結構珍しいもので、理由は彼らが独自のコミュニティーを持っていることが多く、簡単に言えば小規模な村や町などを作って部族のような暮らしをしている者たちが多いからだ。

 だからこそ、日系の名前の彼女らに興味を持つのは無理も無いかもしれない。

「ああ、あたし達は人界から来たのよ」

「人界!?」

 ここで初めてペリーヌは平常時の厳つい顔や怒り顔以外の驚いた顔を見せてくれた。彼女でもこんな顔をするんだと、三人は失礼ながらも心の中で呟く。

「しかしまたなんで人界の者が天界に……。そういえば、シンが今日人界の任から帰ってくると聞いたが」

「そうそれ。あたし達はシンの人界の友達。で、あたし達はなんか能力者だからって理由で連れて来られたの」

「能力者!? 人界人は一億人に一人の確率だと聞いたが、人界は日系人に出現率が高いのか?」

「はいはい仕事系の話はもうお終い! さっさとじじいの所に報告に行こうぜ」

 質問を続けようと詰め寄るペリーヌと美咲の間に割って入るようにしてきたのはニクスだった。

「ったく。ペリーヌは質問狂だからな。一回気になりだすともう止まらねぇんだわ」

 その言葉にいささか機嫌を損ねたのか、ペリーヌが眉間にしわを溜める。

「質問狂とはなんだ。情報を知っておくのは決して悪いことではない」

「はいはいそうだね。んじゃ、じじいのとこ行くぞ」

 そう言って歩き出そうと向き直ると、そこには胸を両手でガードしている美咲が立っていた。

「……なんだよ」

「いや、胸揉まれるかと思って」

 するとニクスは美咲の耳元で呟いた。

「俺がそんなことしてお前泣かしたら、多分俺ペリーヌに殺されるって。あいつ女性の味方ちゃんだから」

「ペリーヌ。あたしと早苗こいつに胸揉まれたー!」

「なっ!? おい、馬鹿!!」

「ほぉ~……」

 ニクスが振り返ると、そこにはタバコの煙を怪物のように口から吐き出す女性の味方、ペルペティス=リーンが仁王立ちをしていた。






「達也ー」

 ヴァルハラ中心部の薄暗い廊下。

 さっき使徒会談が行われていた部屋の巨大な扉に寄りかかる達也に、美咲は手を振って呼びかけた。達也はそれに気がつき顔を上げる。

「どうしたんです? 何か顔色がよくないようですけど」

 達也の下に辿り着いた早苗は、達也の顔があまりにも元気が無いことにいち早く気付いた。

「えっ!? いや、なんか神様と話すって緊張しちゃって、それですっごい疲れたんスよ」

「肝のちっちゃい男ねぇ! もっとどっしり構えなさいどっしりと!!」

「そっスね」

 達也は薄く微笑み、そして、美咲たちの後ろにいる三人に気付く。

「あの、心なしかあの二人、怪我してません?」

 後ろにいる三人の内の二人、ニクスとラグナは明らかに肉体的、精神的にも疲弊しているように思えた。ニクスは顔が青痣だらけになり、ラグナは眉間に真っ赤な点がついて心ここにあらずといった具合になっている。

 そして、達也の視線は自然と一番後ろにいる真っ赤なメイド服に紫の髪をしたメイドさんに目が行く。

「あの、あの人は」

 小声で美咲に耳打ちする。メイドはズタボロになっている英雄二人を脇に避け、達也の目の前まで来て頭を下げる。

「私はそこにいるラグナの侍女、ペルペティス=リーンだ。ペリーヌと呼んでくれ」

「あ……。草薙くさなぎ達也(たつや)です」

 目つきの怖いメイドに若干恐怖しながらも、達也は頭を下げて自己紹介する。

「話は美咲たちから聞いている。お前たち全員能力者なんだってな」

「じゃ、俺ら報告に行くわ」

 放心状態から帰ってきたラグナは、ボコボコの顔で泣いているニクスをつれて、扉の向こうに消えていった。

「そういえば達也。あんたなんで神様に呼ばれてたのよ?」

 そう切り出した美咲の言葉に、達也の体が若干震えた。

「達也?」

 達也は俯いて黙ってしまう。心配そうに見つめる四人が顔を近づけると、

「秘密です」

 いたずらな笑顔を見せ、そう言い切った。

「あんたねぇ~! 人が心配してやったら何だそれは~!!」

「ちょ、痛いっスよ部長!」

 達也の両方のこめかみに拳を押し付けてグリグリとやってお仕置きをする美咲。


 その時、廊下にけたたましいアラート音が鳴り響いた。






 ヴァルハラ内部。ゼウスの間。

 そこにも廊下と同様のアラート音が鳴り響いていた。

「なんだ?」

「今度はいったいなんなんだよ」

 先ほどの戦闘の事後報告を行っていたニクスとラグナは面倒くさそうに言う。彼らの傷は、見かねたゼウスの治癒魔術によって完璧に元に戻っていた。

 それを治した張本人、見た目十歳前後の子供の姿をした神、マキナ=ゼウス=エリティッティも苛立ったように座っている椅子の肘掛についているボタンを押した。すると、彼の正面に光で出来たホログラムスクリーンが現れる。そこには切羽詰った顔をした天界師団の通信兵の顔がアップで映し出されていた。

「どうしたの?」

 少し苛立ち混じりに聞くと、連絡先の向こうの通信兵はそんなことも気にせず早口で告げる。

『た、ただ今エデン第十一区にキメラ発生!! 現在第九師団と第十五師団が戦闘を行っています!! 至急応援を!!』

「またか!?」

 焦りすぎて言葉が噛み噛みな報告を聞き取り、ゼウスは呆れたように手で顔を覆った。

「分かった。こちらからはまた十二使徒を派遣する。それまでは住人の非難運動、敵の足止めを最優先に行ってくれ」

『了解!!』

「やれやれ」

 通信を切り、ゼウスは目の前の二人に向き直る。ニクスとラグナにとっては嫌な予感しかしなかった。

「さて二人とも」

「「……はい」」

「行ってくれるね?」

「「はい……」」

 笑顔という名の脅しに負け、力なく返事をし、ラグナが場所を聞こうと口を開きかけたその時、突如として甲高い電子音が鳴り出す。それは緊急連絡用の通信システムの呼び出し音だ。

 ゼウスはいささか怪訝な顔をして肘掛のボタンを操作し、通話に出る。

「どうしたの? 指示ならさっき出したはずだが」

『た、大変です!! 今度は第三区でもキメラ発生!! 現在第十師団と第十二師団が戦闘を開始!! 指示を!!』

「二体目!? 分かった。今回も―――――」

 ゼウスが言葉をつむぎかけたとき、最初に展開されていたホログラムスクリーンが半分ほどに小さくなり、今度は同じ大きさの新たなホログラムスクリーンが展開した。そこには別の通信兵の顔が映っている。

『大変です!! こちら第十九区!! こちらにもキメラ発生!!』

「なんだと!!?」

 するとまた新たなスクリーンがゼウスの眼前に展開される。

『こちら第三十二区!! 現在キメラに攻撃を受けています!! 至急応援を―――――!!』

『第十一区より緊急通達!! 現在キメラが攻撃を―――――!!』

『第二十区!! こちら二体のキメラによる攻撃を受けています!! 至急増援を―――――!!』

 次々と眼前でスクリーンが展開し、しまいには新しいものから上に重なっていき、前に来ていたスクリーンが見えなくなってしまうほどものすごい数の緊急通達が入ってくる。

「なんだ!!? いったい何が起こっている!! 何故こんなにもキメラが!!?」

「んなの決まってんだろじじい!! 魔界側の奴らが仕組んだに決まってる!!」

「これは明らかに盟約違反だ!! こんなこと許して良いのか!?」

 ニクスとラグナの言葉に、ゼウスは唇を噛み締めることしか出来ない。目の前の部下から、そして次々と入ってくる緊急通信。一度に耳に入ってきてゼウスは頭がパンクしそうになってしまう。

「決定的な証拠が無い! キメラの異常発生だという線で向こうはきっと返してくるだろう」

「んなこと言ってる場合か!! こんな事態自然で起こるわけが―――――!!」

「今はそんなことより!! 現状を打破することが先決だ!!」

 ゼウスの鶴の一声に、ニクスは一瞬で口をつぐんだ。

「じじい!!」

 そこへ、巨大な扉が音を立てて開き、シンを先頭に入ってきたのは残りの使徒全員。そして、達也たち四人だった。

「何だこの事態。いったい何が起こってる!?」

「分からない。恐らく魔界側の連中の牽制だろうが、今はそんなことよりもこの事態収集を先決とする!」

 ゼウスは肘掛のボタンの一つを押すと、自分の方ではなく他の全員に見えるようスクリーンを展開させる。スクリーンには地図が載っており、その中心部に巨大な建造物ヴァルハラがあり、一目でエデンの地図だと分かる。そこにはまるでジュースを零してしまったように赤くなっている部分がある。

「現在、確認した時点ですでに六十区中、三十九区までがキメラの被害にあっている。これ以上の被害は食い止めねばならない。そこで、ここに『ゼウス』の名を使い命を下す」

 ゼウスが右手を上げた瞬間、そこにいた使途の全員が片膝をついてしゃがみこんだ。達也たちも慌ててそれにならう。

「『現在エデンに進行中の全キメラの殲滅』。絶対に逃がすんじゃない!! 全て殲滅だ!!」

『了解!!』

 ここにいる十一人の使徒全員が声をそろえての了解に、ゼウスは不敵な笑みを浮かべると、右手を左に回すように引き、そして前方に突き出した。

「出陣!!」

 その号令で、使徒のしゃがみこんでいる地面に魔法陣が現れ、彼らを次々とどこかへ転送していった。

 そして、部屋に残ったのはゼウスと達也たちの五人だけとなった。ゼウスは椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。

「申し訳ない! まさかこんなことになるなんて予想していなかった。君達は一般市民と同じ、地下シェルターに非難していてください。今から案内人を呼ぶから」

「お断りします」

 達也のその言葉に、ゼウスは一瞬固まってしまう。

「今、なんて……」

「お断りします。シンは、あいつは俺らの仲間なんです! あいつがこの世界では最強の部類に入るほど強いってのは知ってます。けど、だからって、仲間の故郷が大変なことになってるのに何もしないなんて出来ません!! 俺らには力があります!! みんながやらなくても、俺だけでも!!」

「だーれがやらないって?」

 達也の隣に、大きく一歩を踏み出し、美咲が立つ。

「そんな水臭いことは言わないでください」

 そして早苗も。

「僕ら、戦えるもんね」

 雄介も。皆が真剣な眼差しでゼウスを説得する。ゼウスも客人を危険な目にあわせるわけには行かないので、こちらも先ほどニクスを黙らせたような静かな怒りを宿した目で四人を見る。

 だが、一向に四人の意思は揺らがない。それどころか、一瞬たりとも視線を外そうともしない。

 ゼウスは諦めたように大きく息を吐くと、椅子に再び掛けなおす。

「そこにある陣から好きな場所に行ってください。そしたら他の使徒の場所にいけますから」

 四人はその言葉にブハーッ! と大きく息をついた。実際、ゼウスのあの常人離れした威圧感を誇る目が怖かったからだとは言うまでも無い。

 四人はそれぞれ別々の陣を選び、その前に立つ。そこで、ゼウスが一言告げた。

「ですが、多分君達は見てるだけですみますよ」

 その言葉に、四人とも不思議そうな顔でゼウスを見る。ゼウスはまた、一際不敵な笑みを口元に浮かべる。その表情は『余裕』の一文字に彩られていた。

「十二使徒は、あなた方が思うより遥かに強いんです」

 四人はその言葉を黙って聞き、そして、

「行くぜ……」

 それぞれが陣の中に入り、達也たちは別々の戦場に転送されていった。

どうもです。

いやー、自分でも長かったと思いますが、やっと物語の中核まで話が進みました。

ここまでくるの長かったぁ……。

ここまで作者が折れずに頑張ってこれたのも、読者の皆様のおかげです!

これからもより一層頑張って生きたいと思っておりますので、どうか見放さないでください。

感想や質問、ご要望なども受けておりますので、皆様遠慮なく思ったことを書いて作者に送って下さい。励みになり、もっと頑張れます。

それでは、また次回。

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