第62話 天界へ… その④
ニクス=ラグエル=ハーマン。
白髪の二十歳前後の容姿の青年。性格はたった一言で表すなら『女垂らし』『女の敵』。これら以外に該当する言葉は恐らく付き合いの長いものでも見つからないだろう。前にラグナの侍女に『救いようの無い色魔』とは言われたが、認知度が低いためここでは伏せておく。
そんな男の目の前に立ち塞がるのは、頭部はライオン、体はナメクジ、腕は猿に鬣がクラゲの触手のキメラ。その体長は優に二十メートルを超えている。
そんな怪物が一歩、また一歩と体を引きずり向かってくる中、彼は一振りの日本刀をその手に持ち、敵を見据える。、その目は笑ったまま。
黒。その一色が彩るその日本刀は、鮮やかな漆塗りの鞘に金色の鍔が映えている。武器であり芸術品であると称される日本刀。彼の持つその一振りは、素人目から見ても美しさが伺えた。
「さーって。じゃ、見ててよ俺のスイーツ・ハニーたち」
「誰がよ」
「今から俺のカッコイイ戦いを見せてやるからさ。そんときゃ、多分喜んで俺の部屋に来てくれると思うなぁ。そのまま朝までとか」
不機嫌気味な美咲の言葉を無視し、ニクスはゆっくりと、右手で刃を鞘から引き抜く。姿を現した刃は水で濡れたように涼しげで、吸い込まれそうなほど妖艶で、殺意のように冷たい感覚を覚えさせる。刃の表面に現れた乱れ波紋が、芸術品としての価値を高めているように見えた。
「行くぜ、『ピースメーカー』」
鞘を腰のベルトの差し込み、ニクスが両手で刀を構えた直後、キメラが触手による一斉攻撃を仕掛けてきた。四方八方から逃げ道を包囲するように向かってくる触手に、ニクスは笑いながら呟いた。
「Going to HELL (くたばりやがれ)」
刹那、ニクスの剣撃が触手を一振りで両断した。だがそれでも触手は勢いが死なずにニクスに突っ込んでくる。
「はははははァーーーーーーーー!!!」
しかしニクスは笑う。彼が振るう刀はもはや残像でしか伺えないほど速く動き、まるでミキサーのように向かってくる触手を滅多切りにしていく。美咲のギルティ・ギアと同等ほどの速度で振るわれるそれは、まさしく鉄壁だった。
しかしそのうちの巨大な破片が後ろにいる雄介たち四人の方に向かって飛んできた。
「きゃっ!!」
反射的に構えた雄介たち三人だが、その脅威はバチュンッ! という音と共に消え失せた。
何事かと思い目を開ける三人の前には、まるで境界線でも張ったかのように一定の位置から向こう側に飛び散っている紫色のおどろおどろしいキメラの血液だった。
そこに何かがあって遮られたように、血は一滴も三人の方に飛んで来ていない。それどころか、飛んできた破片がそもそもどこにも見当たらない。何が起こったのかと前に出た瞬間。
「あー、それ以上行かない方がいいぞ」
それを後ろにいたオレンジに近い茶髪のもう一人の天使、ラグナがそれを制止した。
「それさぁ、多分すっげぇ危険だから」
彼が言うと同時、ゴポゴポと何かを煮立てたような音が三人の足元から聞こえる。見ると、紫色の血液が触れた地面から泡が立ち、どんどんその部分が陥没していっていた。
「ひっ!!」
後一歩踏み出していたら右足が同じ末路を辿っていたであろう雄介がその場で尻餅をついた。
「やっぱなぁ。ただでは起きないように溶解性血液かよ。毎度毎度結構なことだけど、あんま芸が無いねぇ」
ラグナはつまらなそうに言うと、そこで大きくあくびをして座っているバス停のベンチで少し腰の位置を変えた。
そうこうしている間も、ニクスの鉄壁は変わらず続行されており、キメラはいまだにニクスに触れることすら叶っていない。もう触手では攻撃できないと踏んだのか、キメラは攻撃を止め、今度は口の中から血液と同じ色をした液体を吐きつけてきた。
「相変わらずこいつら攻撃に芸が無ぇな」
もう何度も見てきたその攻撃にやれやれと首を振ると、ニクスの背中から純白の羽が生えた。翼は羽ばたき一つでニクスを宙に浮かせ、難なく吐かれた液体を避ける。
「そんじゃそろそろブッコロだぁーー!! Die tragically(無残に死に晒せ)!!」
ニクスは大きく翼を広げると思い切りそれを羽ばたかせる。それと同時にニクスの体は弾丸のようにキメラに向かっていく。その速度は回りに空気の壁の余波を纏わせるほど速い。キメラは蝿でも叩き落すかのように自身の巨大な猿の腕を振るってくる。
「ハンッ!!」
斬っ!! と、ほんの一呼吸溜めただけニクスの斬撃はハムを薄く切るより簡単に猿の腕を両断した。切り落とされた腕が地面につく前に、ニクスは切った勢いで前にくるりと回転すると、そのまま頭部目掛けて刀を思い切り振り上げる。
だが、キメラはそれでは怯まず、ニクスが残り五メートルの位置まで近づくと口からさっきの溶解性の液体を吐き出してきた。これにはさすがにニクスがギョッとした表情になる。
溶解液がもうほんの数瞬でニクスの体を溶かそうと迫ったとき、ニクスはまだキメラに十分に近づいていないのに思い切り目の前で刀を振るった。もちろんそこには溶解液しかない。液体に刃を振るったところでまさしく何の意味も無い。次の瞬間、ニクスのいた場所に溶解液が容赦なく降り注いだ。。
「「「!!!」」」
そのあまりにも残酷な結末が見て取れる光景に、雄介たちは思わず顔を背けた。溶解液が過ぎ去った場所には一瞬で溶かされてしまったのか、ニクスの姿はどこにも無い。
「そんな………」
「一撃で……」
美咲と早苗が後ろにあとづさってしまったとき、彼女らの胸を片方ずつワシッと鷲掴みにする人物がいた。
「ハァー、エネルギー充電」
二人を両腕の間に入れるように抱きかかえ、この非常時に緩みきった顔をして乙女の胸の感触を貪っているのは、今さっき溶解液で跡形もなく消滅したと思われたニクスだった。
「はぁ~、この絶妙な柔らかさ、そして絶妙な弾力。まさしくパーフェクトだ」
「「きゃ~~~~~~!!」」
二人は死んだものだと思っていた人物に胸を揉まれて二重の意味で絶叫すると、ニクスはその数秒後に訪れる自身への対応を察知して素早く胸から手を離して数歩後ろに下がる。
「なな何であんた……! い今さっきあいつにやられたんじゃ……!!」
「ハァ? 何を言ってくれちゃってるわけ。俺があんなんごときにやられると思う? これでも天界最強の十二人に選ばれてるのにさ」
ニクスはヘラヘラとそう言うと、キメラが自分を発見したことにそこで気付く。
「じゃ、そろそろまた行くか。ラグナ、死ぬ気で二人を守れよ」
「はいはい。分かったから早く行け」
「あの、さっきから思ってたけど僕は?」
泣きそうな感じの雄介の質問は軽く無視し、ニクスは翼を広げ、そのままキメラに向かっていった。
「天界最強の十二人って……」
「ん? ああ、さっきいた部屋があるだろ。あそこにいたじじいを除く奴ら全員のことさ」
美咲の疑問にラグナが答える。呟いた程度の大きさの声だったのにそれを二、三メートル後ろにいながら聞き取ったその聴力にも疑問を持った美咲がそれを問う前に、間髪いれずにラグナの説明は続く。
「正式名称、『天界十二使徒』。天界で最強の称号を持つ十二人の総称だよ。天界の憧れみたいな称号だけど、たった一人で軍隊とまともに戦える戦力を保持していることが条件だからほとんどメンバーの入れ替わりは無い。それに入れ替わりもほとんどの場合前にその席に座っていた人物が死亡したことでなるのがほとんどだけどな。ま、今回もそうやって一人抜けて、今じゃ十一人だけどな」
今は亡き戦友のことを思い出し、ラグナは少し声のトーンを落とした。ラグナは一呼吸置き、そのまま説明を続ける。
「使徒に就任すると全員が『神名』ってのをもらうんだ。っていうか、これの場合は功績をあげたほかの天使にも授与されるけどな」
「神名?」
「ほら、ミドルネームのことだよ。俺たちの間の称号だな、ありゃ。じじいは『ゼウス』、ニクスは『ラグエル』みたいにな。そんで、あそこの全員どこかしらに数字ふってあっただろ。あれが十二人の中の序列さ。ちなみに俺はこれね」
そう言って、ラグナは自分が羽織っているローブの背中の部分を向け、『Ⅴ』と書いてある数字を見せ付けてくる。
「あんたはつまりあの中じゃ五番目に強いってこと?」
「そゆこと」
ラグナは笑って応える。
「で、あそこで今盛大にキメラの触手をぶった切ってヒーハーヒーハーいってる奴が四番目に強いと」
「そゆこと」
ラグナは笑って応える。
「あんなのより下で悲しくないの?」
「……分かってもらえる? この気持ち」
ラグナは暗い声で答えた。
「でもまっ、あいつが俺より強いことは事実だし、別にどうこう言うつもりもねぇよ。どうしても納得いかなきゃ、じじいに頼んで結界張ってもらって、その中でマジにタイマン張って勝てばいいだけの話だ」
そう簡単に言うラグナだが、結界というものに頼らなければ喧嘩することも出来ないその戦闘力に三人は身震いした。さっきの話からすれば、この二人が戦うことは一国家と一国家同士の戦争と同じ規模での戦いが喧嘩になるのだ。これほど物騒な喧嘩もそう無いだろう。
「あれ。ちょっと待ってください」
そこまで話したところで、早苗があることに気がついた。まだ気がつかない雄介と美咲はきょとんとした目で早苗を見ている。
「ということはシン君は……」
そこまでいって気付いた二人はハッとした顔になる。その顔を見ていたラグナはあまりにも滑稽なその表情に小さく笑う。
「そう。シンも十二使徒の一人だよ。そんでもって序列三位。つまり俺やニクスよりも強い」
「「「えええ~~~~!!」」」
三人の驚いた顔があまりにもおかしく、ラグナは大きく口を開けて豪快に笑った。その笑いは笑われた方も清々しく思うくらい爽快な笑いだった。
「実際あいつはたいした奴だよ。若干六歳っていう最年少で、しかも何の能力も持たずに格闘戦能力だけで使徒に上り詰めたって言う異例中の異例だから」
笑いながら応えるラグナを三人は呆けた顔のままそれを聞いていた。
「でもさ」
しかし、そこで一つ腑に落ちないことに気付いた美咲がラグナに尋ねる。
「実際問題あたしってシンの戦い一回見たこと無いんだけど、あいつがそんなに強いようには見えなかったんだけど」
そういえばと、失礼と思いながらも雄介と早苗も同意する。雄介にいたっては三回もシンの戦いを見てきたが、どう見ても自分達よりは強そうだが、今目の前にいる国家軍並みの戦力を誇るという人物よりも強いようにはとても思えない。しかしラグナはそんなことか、というような顔をして答えてくれた。
「実際、俺らも人界に行けばその程度まで力は落ちるさ。人界と天界とじゃ、なんて言うんだろ……空気って言うのかな、いや、マナの質と濃度が違うんだよ。前にエニキスから聞いた。だからとりあえず勝手が違って本来の力が出せないんだ。強いて言うなら水の中にいたまま戦ってるって表現が正しいかな」
それを聞いて、三人はなるほどと思う。人間が水中にいる状態でいったいどれだけ動けるのか。そんなものは小学校のプールの授業を受けたことがあるものなら誰だって分かるだろう。あんな動きにくく息苦しい思いの中にいればそれは力が落ちたからといってどうにも出来ないだろう。スキューバダイビングでさえ、長時間潜っていられるようになるだけで自在に動き回れるわけではないのだ。
「天界っていうあいつのホームグラウンドなら、恐らく俺とニクスが手を組んでも勝てるかどうか怪しい。とにかく常人離れしてるんだよ。あいつの動き。動体視力。判断力。戦いの勘はな」
ゴクリと、その話を聞いただけで三人は唾を飲んで喉の渇きをごまかす。いつも身近にいて笑いあっている仲間の本当の面を見た。たったそれだけのことに嫌な汗をかくとは三人とも思っていなかっただろう。
「ヒィーアッハー!!」
そのとき、向こうから聞こえてきた痛快な声で四人の意識はそちらに向く。そこには、激しく攻撃を仕掛けるキメラを軽くあしらいながら切り刻んでいくニクスの姿が見えた。
「いい加減決めるぜ!」
ニクスはキメラのライオン状の頭部に向かって刃を振り上げる。すると、さっき大量に切り落とした鬣の触手が瞬時に再生し、一斉にニクスに襲いかかってきた。
「ハァ!!」
ニクスは一薙ぎで触手の半分を切り落とした。切られた破片は雄介たちを飛び超え、ラグナの座っているバス停のすぐ後ろのビルの壁面に衝突し、真っ直ぐにラグナ目掛けて落ちてきた。しかしラグナは慌てた素振りを一切見せない。ただだらしなく背もたれに寄りかかったまま落ちてきた触手の破片に視線を向ける。
瞬間、さっき三人が聞いたバチュンッ!! という音が炸裂した。落ちてきた破片はまるで見えない何かに弾かれたように大きく空中で跳ね上がると、一瞬でその形が崩れ、塵になって消滅した。驚いた顔をしている三人に向かって、ラグナはニッと笑顔を向ける。
「すげぇだろ。序列五位は伊達じゃねぇぜ」
しかし、その時ビルの壁面に付着したキメラの血液で解けた壁の雫がラグナ目掛けて振ってきた。
「危ない!!」
雄介の呼びかけに自分に向かってきた危機を察知したラグナは素早くベンチから飛び出し、落ちてきた雫を回避する。今さっきまでラグナが座っていたベンチは、巨大な溶解液により熱さで溶けた飴のように変形していた。すでに液体になってしまっている部分もある。
「危なかったぁ。大丈夫ですか?」
雄介が気になってラグナに近づき、思わずヒッと差し出した手を引っ込めた。
ラグナはなぜかさっきまで笑っていた顔を怒りに歪ませ、プルプルと震えていた。その目はある一点を凝視していることに気付き、三人はそこに視線を向ける。視線の先はラグナが羽織っているローブの一部分だった。そこにはタバコの焼け焦げのような穴が三つほど開いていた。今降って来た溶解液の一部が跳ねて開いた穴だというのはゆうに想像できた。
ラグナは今にもこめかみから血でも吹き出るんじゃないかというくらい歯を食いしばって怒りに震えている。
「あ、あの~……ラグナさ―――――」
雄介が落ち着けようとしたとき、ラグナは立ち上がり雄介を脇に押しやるとズンズンと前に向かっていく。そして大きく息を吸い込むと、それらを吐き出すような大声で叫んだ。
「ニクスーーーーーーーー!!!」
その大声に呼ばれたニクスはもちろん、戦っていたキメラでさえラグナのほうに視線を向けた。
「なんだよー」
再び攻撃を再開したキメラの払い手を避けながらニクスは聞き返す。ラグナは自分のローブの穴の開いた部分をニクスに向けた。
「どうしてくれんだ!! お前のせいでローブに穴開いちまったじゃねぇか!!」
「別に良いだろそんくらい」
「良い訳あるかぁ!! お前ペリーヌの怖さ知ってんだろ!! あれにローブの修繕頼むのどれほどの勇気いるか知ってか!!? 俺殺されるぞ!!」
ラグナはさっきまで怒ったような口調だったが、時が進むにつれどんどん泣きそうな声になっていった。
「俺のせいじゃねぇよー!!」
「ああそうだお前のせいじゃない!! 元はといえば魔界側が牽制でこんなもん差し向けたのが悪い!!」
ラグナはこんなもんこと、キメラを指差す。
「というわけでだ。俺にも一発やらせろ!!」
「はぁっ!!?」
ニクスはラグナの言葉に本気で呆れたような声を出す。
「これは俺の獲物だって言ったろ!!」
「黙れ!! 一発だけだって言ってんだろ!! さっさと退かねぇとテメェも巻き込むぞ!!」
「―――――! ええい、一発だけだかんな!!」
ニクスは諦めたように、その場からさらに数メートル上空へ移動した。ラグナはキメラに向かって半身になると、右手を脇腹の辺りに固定する。
「『スクライド』!!」
そして一気に拳を前に突き出す。だが、キメラは彼の十メートルほど前方にいる。どう考えてもそんな場所までリーチは届かないし、尚且つ、今拳を突き出してから何も起こっていない。何がしたいのだろうと三人が思っていると、
その直後に、キメラの体の左半身が吹き飛んだ。
「ギュエアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
響くキメラの絶叫。吹き飛んだ体の破片は地面に付く前にほとんどが塵になって消えた。消えなかった血液はキメラからゆうに五十メートルほど後ろの方のビル郡にバケツの水を叩きつけたように降り注ぎ、数本のビルが一瞬で液状になってしまった。
「あ、テメェ!! 一発は一発でもやりすぎだろ!!」
「うるせぇ!! 本当なら全部バラバラにしてやりたいのを我慢してやってるんだ!! さっさとそのうぜぇ獅子舞頭をぶっ殺せ!!」
しかし二人の天使はそんなことは気にしないでくだらない口論をしている。三人は最強の片鱗を見せつけたラグナを驚いた顔のまま眺めていた。
「おらぁ!! 早くぶっ殺せぇ!!」
ラグナは怒りすぎてテンションがおかしくなったのか、さっきまでのヘラヘラ顔はどこかに行ってしまって物騒な言葉ばかりを口走っている。ニクスはもう何を言ってもダメだと思ったのか、イライラと頭を掻いた。
「だぁもう分かったよ!! 終わらせりゃいいんだろ!!」
ニクスは一度刀を振るうと、そのまま自身の出せる最高速度でキメラに向かって突っ込んでいく。キメラは半身を失った状態でなおも触手をニクスに向けて放つ。
「ごめんねぇ。俺もいい加減飽きたから終わらせてもらうわ」
ニクスはまた目の前で刀を振るう。そして触手が直撃しようとした瞬間、その姿が消えた。
「!? 何が……」
雄介が驚愕していると、キメラも同じように消えたニクスを探してキョロキョロと辺りに首を振る。その時、突然キメラの眼前の何も無い空間から刀の切っ先が顔を出してきた。切っ先は徐々に空間から伸びてきて完璧に刀身を全部さらけ出す。そこに敵がいると判断したキメラが触手を伸ばすが、それは全て外れて何も無い空間に空しく伸びていく。
『残念。俺はここにいるけどここにはいないんだ』
いきなり聞こえてきたニクスの声に、キメラがギョッとすしていると、刀身がすっと静かに上へと移動する。すると、刀身が移動した場所から亀裂が走り、その中からニクスが出てきた。三人はマジックショーでも見ているように驚いた。三人は確かに見ていた。あの場所には何も無い。何も無い場所からいきなりニクスは出てきたのだ。
キメラがどうして良いか分からずオロオロ脅えている顔を見て、ニクスはニッコリと笑い、刀を頭上に振り上げた。
「Disappearing from smell, and FUCK YOU.(臭いから消えな、クソ野郎)」
そして、振りかぶった刃を思い切り振り下ろし、キメラの頭の先から体の下までを一刀両断の元に叩き伏せた。
キメラは声を上げる暇さえ与えられず、バックリと割れた体が倒れ、巨大な地響きを立てた。ニクスは土煙が立ちこめる地面に華麗に着地し、翼を背中に収納した。
「あれがニクスの能力、『ピースメーカー』だ」
驚いている三人は、ラグナの言葉で我に返り彼の方に顔を向ける。
「あの刀は空間を『斬る』。斬るとこの空間の『外』に入ることが出来る。実質、空間の『外』に入っている間はこっち側からは一切干渉できない。そんでもってこの空間の好きな場所から出てくることが出来るある意味チートな能力だよ」
淡々と語るラグナはやはりまだ虫の居所がよくないのか、少しブスッとしている。
「あんたの能力はいったいなんなのよ。あれも十分チートっぽいけど」
美咲の問いに、ラグナはニッと笑顔を向け、
「秘密!」
それだけ言った。美咲はハァとため息をついて額に手を当てる。すると、その開いた脇腹に手を滑り込ませ、彼女の胸を揉む者がいた。
「ハァ~。至福だ。至福の時だ! 戦いの終わりはこれに限る。嫌な汗かいたらこれで良い汗をかく! これが正しいアフターケアの仕方だ! どうだった俺の戦いぶり。どうだ?ぞっこんだろ!? もうこのまま嫁に来ちゃいたいくらいだろ!? だがいかんせん!! 俺は一人の女を愛し続けることは出来ない。なぜなら俺は全ての女性の――――――」
そこまで言って、美咲はバチンッ!! とニクスの両腕を脇で挟み込んだ。
「――――――ってー、あれ?」
引き抜こうと努力するニクスだが、あまりにも力が強くて抜け出せない。しかも黙っている美咲の纏う空気が明らかに邪悪なそれにしか見えない。
殺られる。本能的にそう察知したニクスはより一層強く手を引き抜こうと力を込める。
「………早苗」
ポツリと呟いた美咲の言葉にニクスは隣を見ると、隣にいた美咲の親友・早苗が鉄鋼を付けたグローブをはめ空手の正拳突きの体制をとっていた。拳の攻撃地点は、もちろん言わずもがな決まっている。
「ちょ、ちょっと待って!! ごめんなさい俺が悪かった!! もうしません本当にもうしません!! だから、ね!! 女の子はおしとやかな方が良いなぁって俺は―――――!!」
その高速で動く口を黙らせたのは、空手二段の実力を持つ少女の本気の正拳突きだった。吹き飛ばされた瞬間に美咲は手の力を緩め、開放されたニクスはそのまま向こうのビルのショーウィンドウのガラスを突き破って中に突っ込み、壁にめり込んで失神していた。
つまるところ、謝っている最中に口の速さに連動して美咲の胸を揉みしだいていたニクスには、反省の色も説得力も皆無だった。
時間は少し遡る。
「今……なんて言ったんですか……」
達也は震える足で、一歩後ずさった。今目の前にいる人物からいわれた言葉が、あまりにも現実味が無いとんでもないことで信じられなかったからだ。
今達也の目の前にいる、荘厳な金色の刺繍の入った白い修道服と冠をかぶった少年の姿をした神、マキナ=ゼウス=エリティッティは、もう一度、静かな声で真実を伝えた。
「今言ったことは紛れも無い事実だ」
達也はもう一歩、後ずさる。そうして否定すれば今の言葉が嘘になるような、そんな都合の良い願いを抱いて。
しかし、結果は変わらず、ゼウスは今言った『事実』を告げた。
「君の能力は、僕と同じ、世界を変えることが出来る神の力なんだ」
「―――――――――――――!」
突きつけられた事実を前に、達也は何も言えず、ただ受け入れることもできず、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。
どうもです。
やっとこの間夏休みの補習が終わって、他のみんなより少し送れて本格的に夏休みに入りました。しかし三年だけあってやはり夏休みは忙しくなりそうです。
ここ最近なるべく一万文字は越えようと思っていたのですが、展開上、今回は越えることが出来ませんでした、すいませんでした。
今回変態に英語を喋らせました。一応調べて書いたのですが、自分は英語壊滅的なので間違っているかもしれません。もし間違っていたら教えてください。
それでは、また次回。