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第61話 天界へ… その③

 神様といえば、ほとんどの人間はどんなイメージを持つだろうか。

 天使が全裸の羽の生えた子供をイメージするのならば、神様といえばやはり白いポンチョを長くしたような服に白い髪、白いひげにでかい木の杖、こんなところではないだろうか。

 実際、ここにいる四人もそんなイメージを持っていた。約一名だけそんな自分のイメージの意表をついて可愛らしい女の子をイメージしていたが、そんな茶髪少年のイメージも、他三人のイメージも予想を大きく外れていた。

 荘厳な大理石で作られた巨大な部屋。そこには一〇人の人間が両脇にそれぞれ五人ずつ並んでいる。その中央に位置する少し高い場所、短い階段の上にある椅子の前に立っている人物。それが『神』だという。

 その姿は、白い、どこまでも白く金色の刺繍が施された神父が着るような服を着、頭に同じく白と金が主体の冠をかぶった、

「子供~~~~~~~~~~!!!?」

 見た目十歳ほどの子供だった。

 老人でもない女でもない子供な神様は、達也の絶叫に苦笑いする。その大声に神様の一番近くにいたローブに『Ⅰ』と刺繍が施されている人物が達也のほうを見るが、ローブを深く被っているせいで顔が分からない。

「いやー、初めて見た人によく言われるんだよねー。まだこの姿になって日・・・・・・・・・・が浅いけど・・・・・、もう一〇人以上には言われたよ。特に子供」

 いやーハッハッハッ、と快活に笑い、神様は再び椅子に腰を下ろす。

「僕が君達で言う『神様』。そして、『世界の管理者』、『マキナ=ゼウス=エリティッティ』だ」

 自らの自己紹介終了と同時に神様、ゼウスは完璧な笑顔を四人に向けた。体は子供なのにその笑顔は完璧すぎて、友好を目的にしているのだろうが逆に不気味さを感じる。シンは四人のその姿を見てか、軽く肩を震わせて笑っている。

「あれが俺たちの王様、ゼウスのじじいだ。まっ、じじいつっても十年前の姿で今は転生してるけど」

 人間は、いや、この世界の全てには『存在』が宿っている。死とはその存在が無に返ることだ。しかし、ゼウスという人物は特別であり、彼は死んでも『肉体が限界を迎えた』だけであり、全ての根幹となる存在は霧散せずに新たな体を得る。このため、姿は全ての世代で違うが、一人の『存在』として今まで神としてやってきた。

「だけど俺じじいって呼ぶの癖になってたからな。転生した後も癖が抜けきらないのよ」

 シンは自分を皮肉るように小さく笑う。

「ほらシン。何してるんだい。早く位置について」

 ゼウスに急かされ、シンは四人を連れて『Ⅰ』の数字を持つ者と『Ⅴ』の数字を持つ者の間につく。四人はそのシンの後ろに並列に並ぶ。ゼウスは軽く辺りを見渡して全員いることを確認する。

「では、これより使徒会談を開催す――――――」

「ちょっと待てよ」

 と、そこで使徒会談とやらの開催宣言を妨害したものがいる。そこいた全員がその銀髪の天使に向かって視線を投げてきた。そんな視線の槍の痛みにも動じず、シンはある場所を指差す。

「まだイルキダの奴が来てないだろ。なんで始めんだよ」

 シンが指差す方向は『Ⅸ』の数字を持つ者の左隣、入ってきた入り口に一番近い場所だ。この列はゼウスから向かって右から『Ⅰ』、『Ⅱ』と左右交互に並んでいっているため、順番的にはそこは本来『ⅩⅠ』の数字を持つ者がいるべき場所だ。

 しかし、このシンの質問に、一瞬だけ部屋の全てが止まったかのような静寂が訪れた。誰も口を開かないし、誰もが暗い雰囲気になったのが一目で分かった。

「死んだよ」

 その静寂を破ったのは、シンの隣の『Ⅴ』の数字の者だった。一瞬訳が分からず「はっ?」と聞き返してしまう。

「イルキダは死んだ。ある任務中にな」

 イルキダ=ナレル=レイクニス。長身痩躯で金髪を逆立てた『ⅩⅠ』を持つ男。気さくなお調子者で同僚との付き合いはよく、そして何よりも任務に真剣に取り組む姿勢を持ち、誰とでも友好関係を築ける男でシンも彼とは仲が良かった。

 だからだろう。死んだという言葉の理解に苦しんだのは。

「すまない。リーネから聞いていたものばかりだと思って………」

「なんで………」

 ゼウスの声はシンに届かない。それほどまでにショックなのだ。彼が近々起こる『大戦』以外で死ぬ要素など検討もつかない。それはこの部屋にいる全員が同じだ。

「お前の裏切り者か魔界に知恵の実盗難の手引きをした奴がいるかもしれないって報告を受けてそれの捜査を開始したんだよ。それの担当があいつだったんだ。犯人まで後一歩のところまで来てられたらしい」

 そう説明したのは、シンの対面に佇む『Ⅳ』の数字を持つ者だった。色素が欠片も無い白い髪にそれと同じくらい白いワイシャツを着て、黒のズボンを穿いている。この暑い季節にマフラーを首につけ、そこにシンボルの数字の刺繍が施されていた。

「悲しんでやるな。あいつの行ったことは、後は俺たちが引き継いで犯人を捜せば良い。あいつも『使徒』に選ばれた以上、覚悟はしてたんだからな」

「……そっか……………そうだよな」

 シンは俯いていたが、やがてくしゃくしゃの笑顔を作りながら顔を上げた。誰が見ても無理をしているのは分かっていたが、ここで今、それを言うべきではない。無理をしているものに鞭を打つような真似を、ここにいる人間が出来るはずが無かった。

 その空気を打ち壊すために、ゼウスはさて、と一呼吸置き再開の旨を伝える。

「それでは改めて、使徒会談を始めたいと思う」

 その号令に、その場にいた全員の纏う空気が変わる。ピリピリとした居辛い空気が場を支配する。ここにいる達也たち四人を除いた十二人はやはり慣れているのか動じていない。そうこうしている内に、会議内容をゼウスが話し始める。

「まずは、先の話に出たイルキダが追っていた犯人ついてだが、いまだはっきりとしたことは分かっていない。もう『大戦』間近なのでこれは由々しき事態である。そこで、問題の中核である人界で特別任務に当たっていたシンからの報告を聞き、少しでも問題の早期解決に向けたいと思う。それじゃあシン、話して」

 促され、特に返事もせずにシンは一歩前に出た。

「えー、今回自分が受けた特別任務は今の案件とは実際関係ないのだが、我らが同胞の報いを晴らすため、自分のもっている情報が役に立つのならば喜んで提供したと思う」

 シンは仰々しい前置きの後に、達也が襲われたときのことや、自分が遭遇した能力者のことを話し出した。いつもはおちゃらけた雰囲気だが、やはりこんな場では自分達とは違う空気を纏っていることを達也たちは思い知らされる。今のシンの的確な情報の提示や真剣さを見ると、自分達が子供のように見えたのはしかたないことだろう。

 そうこうしている内に、説明は終わりの方まで来ていた。

「……以上のことから、人界で発生した異常なまでの能力者の増加は、全て知恵の実で原因であると判断し、それの盗難の手引きを、もしくは裏切り者、スパイのたぐいであると思われるのがガロウという男であると自分は推察する」

 その説明に場内が僅かに騒がしくなった。部屋にいる全員が隣の人間などと意見の言い合いをしているせいだ。

 そしてざわつきが収まると、今度は達也たちに全員の視線が向かっていた。何事かとたじろぐ四人を、他の十一人が何を考えているか悟ったシンがフォローする。

「ここにいる四人は天然の能力者だ。知恵の実で覚醒したわけじゃない。実際に覚醒したところに居合わせたから分かる」

 今のような話題であるならば、当然シンが連れて来た人界人はその関係で『捕獲』した能力者何かだと思われていたのだろう。しかしシンのその言葉で納得したのか、四人に向けられた視線は次第に弱まっていった。

「んー、それにしても人界の能力者か。とりあえず男の方は置いといて女性の方は上玉だな。人界ってのはこんな美人さんが多く能力者になりやすい傾向でもあるのか?」

 不意にそんな声が場の静まった空気を壊す。声を発したのはシンの前方の『Ⅳ』の数字の男だった。さっきまで仲間の訃報に静まった空気を壊す方法としては少々場違いすぎる気がする。

「ニクス! 会談の場所でその態度は何だ!」

 そこに怒りを覚えたのは、やはりさっきの話でショックを受けていたシンだった。しかしニクスと呼ばれた男は両手を前に出して静まれというジェスチャーをする。

「悪かったよ。あんまりこういう空気俺が好きじゃないの知ってるだろ。お前が帰ってきて早々こんな暗い空気のままでいるの耐えらんないんだよ。シン、難しいことかもしれないけどお前だって久しぶりに帰ってきたんだ。そんな暗い空気のままでいんなよ」

 シンはその言葉に言葉を詰まらせてしまう。辺りを見回すと、他の面々もあまりにも浮かない表情をしている。自分が必要以上にみんなに気を使わせていたのかと思い、シンはそれ以上ニクスに何も言わなかった。

「ごめんな、みんな。そんで…ありがとな、ニク――――――」

 そこまで言いかけて、シンの顔の真横を何かが通り抜けていった。通り抜けた何かは後ろにいた美咲と早苗の元まで行き、二人は咄嗟であるにもかかわらずそれを両手でキャッチした。それはホテルなどで使うカードキーのようなもので、表には部屋番号らしき六桁の数字が振ってある。

「それ俺の部屋の鍵! 終わったら顔出してみて!」

 その同僚の行動に、シンは本気で呆れてしまった。目の前にいる軟派野郎が良い奴だと思った自分を本気で殴ってやりたいほどに。

 美咲はジト目でニクスを見返すと、持っていたカードキーを手首だけで投げ返す。飛んでいったカードキーはそのままニクスの顔の横を通り過ぎ、後ろの壁に突き刺さった。自身の頬を横切ったものが何であるかを確認し、ニクスが前方に向き直ると、そこには自分の首にトンファーを突きつけた滑るような髪の少女がいた。

「生憎さまだけどね、あたし達って軽い男は眼中に無いから」

 ヒタリと、冷たい金属の感触がニクス喉元に触れる。しかしニクスはそれほど驚く様子を見せず、顔は悪戯いたずらに笑みを浮かべている。

「形は申し分なんだけど大きさが少し足りないかなぁ」

「!!?」

 いつの間にか、ニクスの右手は美咲の左の胸を掴んでいた。無遠慮にも大抵の女子に対しての禁句を言い放ちながら揉みしだき、あろうことか先端の部分を親指で弄っている。

「んー、BかCってところかな。でもこの程度の方が―――――」

 言い終わる前に、美咲の本気の一撃がニクスの顔面向けて放たれた。能力によって加速された拳はトンファーを確実に鼻っ柱に当てるコースで、

 その拳は空しく空を切った。

 あろうことかほとんど密着した状態で放たれた音速の拳を、ニクスは上体をリンボーダンスのように反らして避けきった。ご丁寧にその右手はまだしつこく左胸を掴んでいる。

「確かに早いけど、目で追えない速度じゃ・・・・・・・・・・ない・・

「こッッッッ―――――の!!」

 しつこく無遠慮に乙女の胸をもてあそぶ女の敵に、今度は振り下ろしの一撃を加える。相手は限界ギリギリまで体を反らし、絶対に直撃するコースだ。

 しかしこれも外れる。反らした上体のまま体を右に捻り、そのままつんのめった状態の美咲の足を払って彼女の隣に立つ。支えを失った美咲は地面に向かって倒れるが、それをダンスの決めのように自分の方に向かせて受け止める。ここがステージ上だったら満点をもらえたかもしれないほど見事な形だ。

 完璧に怒る美咲で遊びながら、ニクスはそっと耳元に唇を近づけて囁く。

「気の強い女性は大好きだよ。…だけど、ベッドの上だったらもっと大かんげ――――――」

 言う前に、美咲の音速の頭突きが鼻に激突し言葉は切られた。

「ぷあっ!!?」

 盛大に鼻血を吹き、ニクスはそのままよろよろと後ろに倒れに掛かる。支えを無くした美咲も当然地面に向かって落ちかけたが、次の瞬間にはさっきまでいた早苗の隣の位置にまで戻っていた。その光景に部屋にいた全員がさっきまでいた位置と今いる位置とをテニスのラリー観戦のように首を交互に動かして見ている。

 ニクスは鼻血が流れ出る鼻を押さえながら美咲を恨めしそうにも憎らしそうにも見ず、ただただ楽しそうに笑っていた。血まみれの口元が笑顔であるため妙に怖い。

「ホントーに俺好みの良い人だ! 今度絶対部屋来てよ、待ってるから!!」

 ニクスの誘いに、美咲はキッ! と睨みつけるだけだった。その隣にいる早苗も、友を辱めた女の敵を睨んでいる。

「馬っ鹿でー。下半身がだらしねぇからあんな目にあんだよ」

 隣で一部始終を見ていた『Ⅴ』も数字の者が心から馬鹿にするように呟く。しかし隣にいた達也たちにさえ微妙にしか聞き取れなかったその声に、ニクスは反応して睨みつける。

「てめぇラグナ!! 今のはどういうことだ!!」

「どういうこともなにも見たまんま、言ったまんまさ!! いい加減テメェの体くらいテメェで制御できるようになれよ!」

「ああ!!」

 二人が今にも取っ組み合いでも始めそうになったとき、バンッ!! と巨大な音が部屋中に響き渡る。全員がそこに視線を向ける前に、我慢の限界に達した男が壇上の椅子から立ち上がった。

「てめぇらいい加減にしろ馬鹿共が!! そんなにドンパチかましてぇんなら今すぐ最前線にでも送り込んでやろうか、あぁあ!!? それが不服なら俺が相手になるぞ!!!」

 まだ声変わりも始まっていない甲高いながらもドスの利いた声が響く。その声の主、マキナ=ゼウス=エリティッティは誰が見ても憤慨していた。その静かな怒りをもらす面立ちに、喧嘩を始めようとしていた二人が震え上がる。

「わ、分かったよじじい。分かったから……」

「俺もだ………」

 反省してか、二人はその場でうな垂れる。それを反省と受け取ったのか、ゼウスはにっこりと歳相応の可愛らしい笑顔を向けた。

「分かればよろしい。今はただでさえ一刻を争うときなんだ。身内同士で喧嘩してる暇なんか無いんだよ。それに、君らは遊びがどんどん本気になってくタイプだからね。本気で君らが喧嘩したら都市壊滅の一個や二個じゃすまない」

 ニコニコ顔で二人を諭すゼウスの言葉に、人界から来た四人はゾッとした。平然と都市壊滅などと言ったこともそうだが、それをたかが本気の喧嘩レベルで発動できる二人の実力に恐怖した。

「さて、次の議題だが………」

 ゼウスが仕切り直そうとしたとき、急に部屋にアラート音が鳴り響いた。全員が何事かと辺りを見回す中、話の腰を折られたゼウスはやれやれといった感じに椅子の肘掛部分に付いていたボタンの一つを押す。

「どうしたの?」

『敵襲です! 所属不明の巨大キメラがエデン第二十六区に出現!! 現在、警備隊ガーディアンズと第十九師団が戦闘を行っています!!』

「第二十六区? チッ、何が所属不明だ、動物使えば言い逃れが出来ると思いやがって……。分かった。今は戦時前だ、人員をこんなところで失いたくない。ここは使徒を出す。警備隊ガーディアンズと十九師団は応援が来るまで都市部への進入を阻止してくれ」

『ハッ!? しかよろしいのですか? この程度、もう少し人員が増えればどうにかなるかもしれません。その程度のことに使徒の皆さんを導入されても……』

「この間の侵攻はそういう考えであそこまでやられたんだ。どうせ今回も色々と体をいじられてるんだろうさ。兵の疲弊ひへいもなるべくは避けたい。ならば本気の戦力を投入して早々に蹴りをつけたほうが街にも戦力にも痛手は少ない。分かったら頑張って足止めよろしく」

『りょ、了解しました!』

 子供とは思えぬ見事な手腕で兵に指示を送った後、ゼウスは前に向き直る。

「ニクス」

「はい?」

「ラグナ」

「ん?」

「君らが行きなさい」

「「ええ~~~~~~~!!!」」

 本気で嫌そうだった。顔を見るまでもない。声と、そしてそれに篭る感情を感じ取れば造作も無いほど嫌そうだった。

「ペナルティだ。さっき喧嘩しようとしたね」

 それを言われ、ニクスと、ラグナと呼ばれていた『Ⅴ』の数字の男が黙る。

「それでは………と、その前に悪いけどもう会談は終了だ。各自解散して良いよ。けど達也君」

「はい?」

 いきなり呼ばれて少々テンパリ気味になりながら返事をした達也はなんとも間抜けな顔だった。

(俺、自己紹介したっけ……?)

 妙な疑問を抱きながら達也が何気なく辺りを見回すと、そこにいる全員の視線が達也に集まっているのが見えた。たかだか人間の分際で神様に指名されたのがそんなに驚きなのかと達也は勝手にそう判断した。

「君だけは残ってもらえるかな? 大事な話があるんだ」

「……いいっスけど」

「よかった。それじゃ、達也君以外の全員は解散。これにて使徒会談を終結する。あっ、ニクスとラグナはすぐに現場に急行するように。分かったね?」

「「へ~~い」」

 ゼウスの解散宣言で重い樫の扉は開き、部屋にいた者が部屋から出て行く。

「シン君。達也君どうなっちゃうの?」

「大丈夫だよ。話があるだけだ。何もとって食ったりするわけじゃないさ」

 心配そうに服を引っ張る雄介を安心させ、俺たちも出ようと促してシンは出口の方に向かう。

「あら?」

 その後を追おうとした早苗の大きな胸が急に軽くなった。いや、世界の物理法則は男のロマンを急に軽くするようには出来ていない。それは、後ろにいる白髪の軟派野郎が下から持ち上げているせいだった。

「んー、これの大きさもなかなか。大きさはEか? それともFか? 柔らかさも十分だな」

 一瞬、全ての時間が止まった。それを見ていたシンたちは全員こう思った。

 やっちまった、と。

「いやーーーーーーーーーー!!!!」

 早苗の本気の肘鉄が、ニクスの左の胸骨に突き刺さった瞬間、風の風圧を感じる間もなく彼は後ろの壁に叩きつけられた。石で作られた壁はへこみ、その壁に文字通り突き刺さっているニクスの姿があった。

「美咲ーーー!」

 早苗は涙目になって美咲に抱きつき、美咲は満面の笑顔で早苗を褒め称えた。

「おい、戦闘に行く前から死んでどうする」

「男の……ロマンが、そこに…あったか……ら………」

 そこまで言うとニクスはがくりと崩れ落ちた。やれやれと、ラグナはそれを担いで出入り口のほうに向かう。

「あっ、直通の転送術式を張っとくよう言っといたからもう直接行けるよ」

「あ、そうなんスか?」

 ゼウスの声に歩みを止め、ラグナはその場にニクスを放ると転送用の陣をチョークのようなもので書き始めた。

「これでよしと。じゃあなシン。ちょっと行ってくる」

「ああ、気をつけろよ」

「誰に向かって言ってんだ」

 ラグナは陣にニクスを入れ、転送を開始する。転送が始まる瞬間、いきなりニクスが美咲と早苗の足首をガシリと掴んだ。

「なっ!!? あんた何を!!」

「こうなったら、戦闘で俺がどれほどカッコいいか見せ付けてやるぜ!!」

「きゃあ!!」

「うわっ!? ちょっと!!」

 いきなりのことで慌てた早苗が雄介の服を掴み、次の瞬間には転送は実行され、美咲と早苗と雄介の姿もその場から消えてしまった。

 シンはやれやれと首を振り、そして、部屋の中央を見る。

 そこには、神の前に佇む一人の少年がいた。一人の親友がいた。

 シンはその後姿を見ると、もう自分以外誰も出て行こうとしていない出口に向かって行く。彼が出たところで、樫の扉は再び巨大で鈍い音を出しながら閉じた。これで、部屋にいるのはあの二人だけになる。

「……変わらないでくれ」

 薄暗い通路で、誰にも聞こえないことを分かっていながら、天界十二使徒第三位、『シン=ミカエル=クロイツ』は呟いた。大切な友人のことを思いながら。






「きゃあ!!」

「きゃっ!!」

 転送のときに感じる無重力感から開放され、まだ空間転移になれていない二人の乙女は可愛らしい悲鳴を上げた。

「へぇ、てっきりそこの二人みたいに悲鳴でも上げるもんだと思ってたのに、お前結構やるなぁ」

「いや、それほどでも」

 感心しているラグナに雄介は謙遜気味に頭をかくが、顔はどこか満更でもなさそうにしている。彼はどちらかというと感情を隠すのが苦手な、よく言えば素直な人間だ。だからこそ、姉たちに肝心なときに嘘がつけずに毎度酷い目に合わされるのだが。

「ホントに。大抵素人は驚くもんなのにな」

 転送される前は無様に地に伏していたニクスがいつの間にか立ち上がってラグナの隣に立っていた。その顔はどこかつまらなそうに見える。無理矢理任務を押し付けられたことに対してまだ不服なのかと雄介は思っていたが、実際にはたいした反応を見せない雄介に対してつまらないと思っているのに彼は気付かない。

「あっ! こちらです、ニクス様、ラグナ様!!」

 そこへ、紺色が主体の戦闘服に防弾チョッキを着た人物が彼らに近づいてきた。彼は警備隊ガーディアンズの隊員の一人であり、隊長から見かけたらすぐにニクスとラグナを呼んでくるよう指示されていた。

 警備隊ガーディアンズは一般市民を守るための警察組織のようなものであり、普段はハウンド・マシンに周辺の治安維持や清掃の任をとられ、彼らが出来ない道案内など急な事件で要請があったとき以外には仕事が無い。ハウンド・マシンが点検や故障などになったときにその役目を担ったりするが、あまり大きな出来事が無い場合はもっぱら暇な職業でありあまり人気が無い。しかし人気が無いのは暇なのではなく、三年に一度の『大戦』の時には第一級警戒態勢コード・レッド級の事件が大量に起こり、他のどの仕事よりも危険で忙しくなることにある。

 今はまさにその第一級警戒態勢コード・レッドが発令中であり、ここ第二十六区にはもはや人はいない。普段暇だが、住民の避難経路やそこの避難誘導などは迅速に行う出来る集団なのだ。

「早くこちらに、もうそろそろバリケードが―――――!」

 言った瞬間、近くにあったビルが巨大な爆音と共に一部が崩壊した。バラバラと崩れたビルの陰から現れたそれは、巨大で見るも禍々しい生命体だった。

「なに…これ………」

 美咲がそう言ってしまうのも無理は無いだろう。ナメクジのように地を這う体に、猿のような手が付き、ライオンのような頭部から生えるたてがみがクラゲのような触手になっている。そして、その大きさは今壊れたビルと同じ二十メートル近くある。歩く、というより這って移動するたびに地面に粘液がこびりつき、その粘液に引きずられてえぐれた岩などが引っ張られている。

「あれがキメラさ。魔界じゃ自然発生したりするんだけど……クソッタレ、ありゃじじいの言ったとおりだな。こんな巨大さ、自然発生じゃまずありえねぇ」

「けど、明確な証拠が無い限りこちらも手が出せないだろ」

 ニクスの説明が唖然としている三人に説明していると、彼らの横合いを巨大な護送車のような車が通り、すぐ近くで停車した。そのエンジン音とブレーキ音に気付いたキメラがそちらに視線を向ける。

「バトルキャリアー、スタンバイ!!」

 護送車から出てきた二人のうちの助手席に乗っていた警備隊ガーディアンズ隊員が号令をかけると、護送車の後ろの両側が展開し、中から八角形の形をした柱のようなものが片側四つ、計八つ設置される。すると、近くの路地屋などから直径二十センチの球形機械、ハウンド・マシンが待っていましたといわんばかりに飛んできて、八角形の柱、バトルキャリアーに向かっていく。それを感知したのか、バトルキャリアーの天辺が展開し、そこにハウンド・マシンがはまり起動体勢に入る。

「バトルモード、シフト!!」

 次の号令で、バトルキャリアーの長い方の面が四枚変形し、蜘蛛のような四速歩行の形態に変形する。そして他の場所からバズーカやらミサイルポッド、機関銃など様々な重火器が出現する。

「ゴー!!」

 最後の号令で、一斉にバトルキャリアーは発進していく。それぞれが巧みに動き回り、フォーメーションを組んで波状攻撃を仕掛ける。

 しかしキメラにはダメージが無い。元々対他生物用の戦闘武器であるバズーカなどは乗っているが今回のキメラにはまるで通じない。キメラは一度甲高い咆哮を上げると、触手を振るって反撃に出る。巧みな動きでバトルキャリアーはそれをかわしていくが、全てギリギリ避けている状態で一向に攻撃に出れなくなった。

「馬鹿野郎、今すぐ攻撃をやめろ!」

 ニクスがさっきバトルキャリアーに命令を出していたと思われる警備隊ガーディアンズ隊員に詰め寄る。

「今回の殲滅の任は俺たちが受けてきたんだ。俺たちが来たからにはお前らもさっさと非難しろ! どっかで戦ってる十九師団にもそう伝えとけ!!」

「は、はい!!」

 胸元を掴まれて動揺しながら、警備隊ガーディアンズ隊員はバトルキャリアーに撤退命令を出し、護送車に収容するとそのままその場を離れていった。後に残されたのは任務を課せられた二人と、何も関係の無い三人だけだ。さっきの攻撃で怒りを覚えたのか、キメラは辺りにある建物を次々と破壊していく。その光景はまるっきり安い怪獣映画のワンシーンだった。

「さーって、ラグナよ。今回は俺一人に任せてくれよ。この後ろの二人に俺のカッコイイところ見せなきゃなんないから」

「あー、好きにしろ。こっちゃ仕事減って大助かりだ」

 ラグナは適当に三人を少し後ろに下がらせ、自分も少し下がった所にあったバス停のベンチに腰掛ける。その光景を見届けると、ニクスは舌で唇を軽く湿らせる。

「さーって、行きましょっかねー」

 ニクスが数歩前に出ると、それに気付いたキメラがニクスを睨んでくる。紫と黒を混ぜ合わせたような毒々しい瞳が五人を見つめていた。明らかに標的にされたらしい。しかしニクスは逆にキメラにメンチを切り返す。

「ぁあ!? 畜生の分際で、何人様にガンつけてんだ、あぁあ!!」

 ニクスは、おもむろに前方に手を差し出した。

「よく見とけよお前ら」

 後ろを振り向かないまま、ニクスは四人に向かって話しかける。

「この天界十二使徒第四位、『ニクス=ラグエル=ハーマン』の実力をな!」

 キメラが進路を変え、一直進に五人の下へと向かってくる。速度こそは遅いが巨大なだけに一歩がでかい。だが、そんな中でもニクスは笑っていた。

「『ピースメーカー』!!」

 叫ぶと同時、ニクスの差し出した手の先に、一本の日本刀が出現した。

どうも。

今回から結構新キャラがたくさん出てきます。ぶっちゃけ無駄に長い名前が多いので、憶えたくない方は憶えなくて良いですけど作者としてはやっぱ憶えて欲しいです。作者は正直横文字の人名考えるの苦手です。考えてると絶対「これ変じゃないかな?」という不安に狩られます。そんな中頑張っていますので、その意思を汲み取るという形でも良いのでぜひ憶えてください。

それでは、また次回。

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