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第59話 天界へ… その①

 八月三日。午前九時二十分。


 とある民家の一室でツンツン頭の少年、草薙達也は部屋にこもる熱気に当てられ、かけていたタオルケットを強く抱いて眠っていた。本来ならこの時間のこんな暑さで起きていてもおかしくは無いのだが、生憎ながら昨日は能力者との戦闘があったため疲れ果てて熟睡状態にある。多分、暑さで脱水症状直前になるまで起きないかもしれない。

 昨日の浜辺での駆馬との戦闘の痕跡はニュースで大々的に取り上げられていた。爆発や銃声などが鳴っていたのだから当然かも知れないが、警察では事件性があるものとして捜査しているらしい。もっとも、どれほど調査しても能力者の存在が明白になることは無いだろうが。どこぞの漫画にかぶれた馬鹿能力者が調子に乗って大手で能力を往来で振るわない限りは大丈夫なはずだ。

 駆馬の死体は、まだ発見されていないらしい。そもそもニュースでは海を捜索している気配すらなかったことから、恐らくは二度と発見されることは無いだろう。

 その悲しい結末で幕を閉じた戦いに加え、昨日一日達也はマラソン選手も驚くほどの距離を驚くほどのスピードで走り回っていたため、今だけはこうして暑さにうだりながら夢の世界へと入っている。


 すると、不意に達也の携帯がけたたましく鳴り出した。


「っんあ!!?」

 鳴り響く音楽は達也の好きなロックバンドの歌のサビの部分をガンガン鳴らしてくる。それはアラーム音ではない(アラームは初期設定の黒電話の音)。

「な、なに!? なに!??」

 そもそも昨日アラームをセットせずに寝たため携帯は鳴らないものだと勝手に思っている達也は若干パニックに陥り、携帯を掴むと急いで通話終了ボタンを押した。朝っぱらから場違いなまでに鳴り響いていたパンク系ミュージックが止んで、部屋には外から聞こえてくる蝉の声だけが小さく響く。

 がしかし、再び最初からサビの部分が流れ始め、眼前で鳴り響くその音楽が着信音だと気付いた達也はまだ寝惚けた状態で電話に出た。

「はいもしもし?」

『……なんで一回電話切った……………』

 電話の向こうからは聞きなれた声が聞こえてきた。声の様子から、電話の向こうでこめかみに青筋を立てているのは間違いないだろう。

「はい、お母さんは桃ではありません!」

『寝惚けるな!! 起きろ!!』

「ん………!? ………あ、シン?」

 耳元で聞こえた天使であり友人、シン=クロイツの大声の罵声で達也の脳はやっと覚醒する。

「何だよ。今日は俺一日寝るつもりだったんだけど……」

『それがそうもいかないんだよ』

 電話の向こうから帰ってきた言葉に達也は、はっ?? と苛立ち混じりに聞き返す。

『実は昨日、じじいから連絡があってよ。天界に一時的に帰還命令が出たんだ』

 達也は一瞬だけ考えて、

「えっ!? じゃあお前もう帰っちゃって会えなくなるのか!!?」

 本気で心配している声だった。しかし心配している達也をよそに、シンは電話の向こうで快活に笑っていた。

『違うよ。一時的だ一時的。一旦向こうに帰ってやることがあるとか無いとかで、とりあえず何だか知らないけど帰って来いって言うんだよ。ったく、帰ってくるまで必要事項を伏せとくなんて相変わらずというかなんというか』

「そうか………。いつ帰ってくるんだ? お土産とかは期待してないからなるべく早く帰って来いよ」

『はっ?? 何言ってんだよ。お前も来るんだよ』

 今度こそ、達也は本気で心の底から、

「…………………………はっ???」

 辺りに静けさが訪れ、蝉の声だけが聞こえてくる。その沈黙をかまわずシンは破って言う。

『何だか知らんけどお前や『人界』で発見した能力者をつれて来いって言うからさ。とりあえず一〇時にウチに集合な』

「おいっ!! いきなり過ぎんだろ!! そんな異世界に京都に行こう的なノリでいけると思ってんのか!? 大体昨日連絡入ったって言ってたのに何で今言うんだよ!!」

『ゴメ~ン忘れてた♪ シンきゅん反省、テヘッ♪』

「待ってろ。二十分でそっち行って鼻っ柱へし折ってやるから覚悟しとけ」

 早口にそう告げると、電話の向こうから聞こえるシンの謝罪の言葉を通話終了ボタンを押してかき消し、拳を握ったり広げたりしながら着替えに取り掛かる達也だった。







 八月三日。午前九時五十一分。


「雄介ー」

 不意に後ろから声をかけられ、坪井雄介は後ろを振り向いた。はて、自分にはこんなラブコメの幼馴染、またはお節介焼きの同級生(クラス委員長の設定は絶対)のように快活で明るい声で自分を呼び捨てに声をかけてくる女子がいただろうかと思って後ろを振り向いてみると、滑るような質の髪の美少女と、黒のロングヘアの美少女というダブル美少女がいた。

「部長。早苗先輩」

 雄介はいじっていた携帯をポケットにしまい、鷺原美咲と三好早苗の二人の先輩に体を向ける。二人はともに綺麗な髪を揺らしながら雄介のほうに向かってくる。もしも彼らと同世代の人間がいたら、恐らく雄介は嫉妬と憎悪の念のこもった眼差しを向けられていたことだろう。

「もしかしてあんたもこれからシンのところ?」

 美咲はちょうど自分の前に来た太陽に手で遮りながら雄介に問う。あれからシンの正体が可愛くて気が利く後輩ではなく、粗暴で横暴で乱暴な後輩(全てにおいて美咲のイメージ)だと分かった途端に君付けをやめて呼び捨てになった。

「はい。二人もですか?」

「そうなんです。なんでもシン君の生まれ故郷に行くような事を言ってましたけど、いったいどんなところなんでしょうね」

 三人はそれぞれ自分が思い描く『天界のイメージ』を話し合っているうちにシンの住んでいるアパート前に到着する。階段を上っていると、どこからから喧嘩のような声が聞こえてきたが二回鳴った低く短い悲鳴で静かになる。三人の中で代表して雄介がドアベルを鳴らすと、十秒程度でドアが内側から開けられた。

「いらっしゃ~い………」

 中から顔を出した家主のシンはひどく疲れ果てているようだった。そして何故か右目にパンダのような青痣を作って、血が流れ出る鼻をティッシュを持った左手で丁寧に押さえていた。

「どうしたのそれ!?」

 雄介が聞くと、中にいたもう一人の存在に気づく。

「達也君が…やったの………?」

 質問に、シンは黙ってこくりとうなずく。後ろの居間に座っている達也が笑顔で雄介たち三人に手を振っていた。

「何したのまた?」

「あいつがさ、俺のほんのちょっとの茶目っ気にキレて暴行を加えてきたんだよ。最初は鼻っ柱だけって言ってたのになぜか二発も」

 早苗が心配した様子でシンの鼻の傷を見ていた。一方そんなシンの姿を達也は面白くなさそうに、

「二発目はお前が謝るときにもう一回あのキャラだったことにキレたんだよ。ったく、高校生であんな小児女子が見るアニメみたいな声よく出せたな」

 達也は目の前に置かれていた麦茶を一気に飲み干す。

「で、どうでもいいけど早く入れてくんない? 暑くてたまんないんだけど」

 美咲は手でパタパタと自分を扇いで催促する。シンは早苗の詰め込んでくれたティッシュをもう一度深く鼻に押し込む。

「いや。もう出発しよう。どうせこの部屋じゃ話すことも無いんだし、さっさと向こう行った方がいいだろ。おい達也。早く出ろ、鍵閉めるから」

 達也はやれやれといった具合に立ち上がり、シンは鍵を閉めると「では、出発」と先頭に立って歩き始める。四人はその後ろに付く形で同行する。

「で、どうやってその『天界』に行くんだ?」

「まさか魔方陣とかって言うの? あれ書いてその中に入ったら一瞬で着く、みたいな?」

 そう言った美咲の目は光線でも発しているのかと思うくらいキラキラ輝いている。やはりというかなんと言うか、彼女らしい反応だなと、その場にいた全員がそう思った。

「いや、違うよ」

 しかしシンはバッサリと言い捨てる。ぶーっと、たちまち美咲が頬を膨らませる。

「まあ、似たようなもんだけど、そういう空間転移系魔術の比じゃないからなこれ。なんせその筋の術式じゃ神格級の魔術だからな」

 魔術には一口に言っても様々であり、今言った『空間転移』などの種類のほかにランクも様々存在し、大まかに分けると昇順に『信徒級』『騎士級』『教皇級』『法王級』『精霊級』『使徒級』、そして今シンが上げた最大級の『神格級』と七階級にも分かれている。

「神格級の魔術は術式の構成にかなり膨大な時間と高度な演算、マナの供給が必要でな。今回使う魔術式だって発動までに七日もかけて構成されるんだぞ。なんせ異世界に行く魔術なんかそうそうあるもんじゃない」

 シンはスラスラと教科書を読むかのようになめらかに言葉をつむぐが、四人にはそんなことを言われてもちっとも分からない。ブランド品に価値を見出せない人間にブランド品の良さを話しているようなものだ。

「……で、この術式は存在する全ての五大元素の力を合成、増幅させたものであって、そこに一つの別の『界』を発現させる。さらにその『界』を構成する物質の僅かな隙間に転移系術式を一〇八組み込むことで………」

「あの…もういいですシンさん。すごいの分かったからもういい」

「ええ~~」

 シンは珍しく不機嫌そうに唇を尖らす。ここにいる四人の中で達也は一番『本当』のシンの姿を見てきたが、こういう顔もするんだ、と少し新鮮な感じがした。

「ところでさぁ~。どんくらい歩くの? まさか歩いて異世界なんぞに行くわけでもないでしょうに」

 美咲が暑い中を歩かされてか少し不機嫌気味な声を出す。実際もう五人はかれこれ十分近く歩いている。辺りにはもう民家も少なくなってきて広場や空き地の方がよく目に映るような場所に来ていた。

「大丈夫。もうちょっと行った先に……って、ここだここだ」

 シンはなぜか嬉しそうに目的地を見つけると小走りになった。四人も必然的に早足になってその後を追った。

「ここって………」

 まず、その場に足を踏み入れて言葉を発したのは達也だった。そこは、月白町に住む人間なら誰でも知っている有名な空き地だった。詳しくは有名なものがある空き・・・・・・・・・・だった。

千悠桜せんゆうざくらじゃない」

 千悠桜。達也たちの住む月白町の外れの方の空き地にある巨大な桜の木。樹齢千年は超えているなどと言われている。実際ここの近辺に住む老人達が子供の頃も今のままの姿で祖父母達からそう聞かされていたというからそうなのかもしれない。もう八月なので花は散って緑が眩しい葉しか生えていないが、春先の花見シーズンでは多くの人がここを訪れる。とても太い大人十人が手を繋いでやっと一周できるほどのみきに、空を掴まんとしているかのように大きく広がっている枝が、名に恥じない壮大感を感じさせる。

「偶像の基準は『界』の概念の基礎となるセフィロトの樹。これだけマナを供給して長生きしてる樹がここにあったからリンクがかなり楽だった」

 シンは愛しそうに千悠桜の幹をなぜた。

「で、ここでなにするの? ここからどうやって行くの?」

 雄介はシンと同じように幹をなぜたりペンペン叩いたりする。

「ん? ああ、はい」

 シンはそう言うと雄介に手を差し伸べる。何事かと一瞬戸惑う雄介だが、握手でも求められているのかと解釈してその手を握る。

「ほら、みんなも。誰でもいいから手ぇ繋いで一塊になれ」

 言われたとおり、雄介の手を美咲が握り、美咲の手を早苗が握り、早苗の手を達也が握って一直進になるように繋がる。シンはそれを確認すると、指先で触れていただけの幹にしっかりと手を当てる。

「『世界を構成する五大が力。五にて一をなし、一にて五をなすが界。界の法則と元素の繋がりにて、ここに界と界の橋を築かん』」

 シンが必要となる呪文を詠唱すると、手を当てている部分を中心に渦を巻くように大きな光の穴が出来上がる。それを見ていた四人は驚いて口を開ける。光の渦はそのままその場にいる全員を飲み込むように広がり向かってきて、ついには全員を飲み込んだ。

「「「「―――――――――――!!」」」」

 四人は本能的に強く目を瞑っていた。ほんの数秒、ほんの数瞬のできごとがいやに長く感じる。

「もういいぞ」

 四人はシンの声に恐る恐る固く閉じた目を開けた。

「ようこそ」

 シンは片手を広げ、そこに広がる景色を四人に見せた。

「―――――天界へ」




 そこには、四人が想像していたものとは違う世界が広がっていた。

 まず四人が絶対といっても過言ではないほど思っていたのは、そこは見渡す限り草原や平野が広がっていて、所々に小さな町があったりいきなり謎の老人が出てきて『お前は伝説の勇者だ。だから魔王倒せ』などと言ってくるようなゲームみたいな世界を想像していた。だが、現実はそのどれにも当てはまらなかった。

 四人の数十メートル先の眼前に広がっているのは巨大なビルの立ち並んだ町というより都市と呼んだ方がいい場所だった。そこには様々な店などが並んでいて、そのどれもが鍛冶屋や薬屋などではなく、ファーストフードのような店に服屋、キラキラと昼間でもガンガンに照明を光らせているゲームセンターらしき建物など、一高校生である彼らが放課後や休日に遊びに行くような施設が普通に建ち並んでいた。

「ここが…天界………」

 達也は頭をポリポリと指で掻く。その動作は余裕があって呆れているようにも見えるかもしれないが、実は頭の中は目の前の事実を処理しようと必死だった。その隣で雄介が、なんだかサンタの正体を知ってしまった小学二年の冬のようにテンションがガタ落ちしていた。

「あの~…シンさん。あなたもしかして異世界に行く魔術じゃなくて時間跳躍タイムトラベルの術式でも使ったんじゃないの?」

 見える景色はどこか自分達のいる世界と似ているが、店の看板に普通に使われている電光掲示板や店頭に置かれている立体映像を発生させる機械だとか、逆にどこか自分達よりも技術的に進歩しているようにも見える。こんな疑問を持つのは当然かもしれない。達也のいやに丁寧且つ恐る恐るな口調に、しかしシンは、

「うんにゃ。ここが天界だよ」

 はっきりと、現実を受け止められていない四人に言い放った。

「ま、実際歩きゃ分かるよ。おっと、その前に……」

 シンはいそいそと眼鏡を外し元の姿である銀髪金眼の姿に戻る。その姿を見て、内美咲と早苗と雄介の三人は驚き、内一人、達也だけはその姿を懐かしむように見た。

「…何だよ」

 達也の視線に気付き、シンは不思議そうに首をかしげる。

「いや。久しぶりに見たなぁっと思って、その服」

 シンが今来ているのは最初に達也に正体を見せたときに着ていた黒のレザーのスーツの上下だった。ここしばらくは元の姿に戻っても服装は変化無しだったため、シンも久しぶりに袖を通したのだった。やはり魔術的な空間に置いてあるため虫食いや生地の痛みなどはまるで見られない。

「それって何? この世界での普段着?」

「ん~……まあ、そうなるかな? というか、制服?」

 シンは上着の裾の部分を摘みながらジャケットを示すと、後ろでプルプルと震えていた美咲が大声で笑い出した。

「はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!! どこのパンクロックのメンバーよその格好!! あははははは、お、お腹痛い……ははははは!!」

「笑うなよ! とにかく行くぞ」

 シンはむくれながらすたすたとビルが建ち並ぶ町の方に歩いていってしまう。達也はシンを追いながらなんとなく辺りを見回してみた。

 そこは小高い丘のような場所であり、さっきまでいた達也たちの世界―――――天界人であるシンは『人界』と呼んでいた―――――の千悠桜のような巨大な木が達也たちの後ろに立っており、それを中心に据えて半径五メートルほどの巨大な魔法陣が地面に描かれていた。達也や雄介が世話になった再生魔術のときのものとは構造が違い、正四角形を少しずつずらして出来た頂点がたくさんある何芒星か分からない紋様が描かれ薄く輝いていた。その魔方陣を描く線はよく見るとさらに小さい魔法陣で描かれていた。さらにその陣を囲むように日本の神社などでよく見る注連縄しめなわのようなものが張ってある。和洋混同ね、と美咲が達也の後ろで言っていた。シンはそれを潜ってどんどん先に行ってしまう。

 今五人が歩いている道は向こうに見える町のものとは違って舗装されていない原っぱのような地面で、踏みしめた芝の感触が少し心地いいようにも感じた。

 ほんの数分歩くと町の入り口らしきところに着いた。駅のパーキングエリアのように電話ボックスみたいな場所に入った警備員らしき人物が二人いる出入り口が設置されている。ただし門は踏み切りに使われているようなプラスチックか何かの棒状のものではなく、小型ながらもしっかりと金属でで出来ている。ゲートと呼んだ方がいいかもしれない。

 シンがそこに歩いていくと警備員は慌ててボックスの中から飛び出しシンに敬礼していた。シンがなにやら二人に言うと急いで持ち場に戻り何かを操作すると、入り口を閉ざしていたゲートが開いた。

「おーい、早く来い」

 シンは振り向いて達也たちのほうに手を振っている。しかし四人とも唖然としたままだた。

「……あいつ何者なの?」

 美咲が頭を掻いて分からないといった風な仕草をした。シンは付いて来いよ、と一言言うとそのままゲートを通っていってしまう。おいていかれては元も子もないということで、四人はとりあえずシンの後に付いて、まだ警備員が敬礼しているのを脇目にゲートを通っていく。

 町の中はやはり自分達の世界とは違うと、達也たちは改めて思い知らされた。

 どこをどう見ても自分達と同じような人間しかいない。が、周りにある技術はとてもではないが似ているところが見つからないくらい高いものだった。ボールのようなフワフワと浮く機械があって、それが道端のレシートか何かのゴミに近づくとライトのようなもので照らして自分の中に入れている。ゲームセンターの中の格闘ゲームは全て立体映像でできるようになっているし、今時なファッションのお姉さんが連れているロボット犬は、明らかに本物に鉄で出来た服を着せているとしか思えないほど精巧に作られていた。

「……すごいな。俺らの世界の技術があと何年進歩したらこうなるんだ」

「さぁね。でも少なくとも『何年』じゃなくて『何十年』か『何百年』ね、きっと」

 達也と美咲はそんな会話を交わしたが、二人とも辺りをみて回るのに夢中でほとんど目を合わせなかった。

 他にも、エネルギーのたぐいはマナによる供給と風力や水力などのエコロジー技術で環境にも優しい配慮をしていると、シンは途中で立ち寄った車の屋台でジュースを買いながら教えてくれた。これも屋台といっても何か特別な技術を応用しているのか、車の中はどこかの厨房のように広い空間で、何十人という人が働いていた。少し遠目から車の外観と車内を同時に見ると遠近感が狂わせられるんじゃないかと達也は思う。

「でもさ、シン君て魔術使えるんでしょ。だったら科学的な技術なんて必要ないんじゃない? 魔術使えるんでしょ、ここの世界の人って」

 雄介が買ってもらったキャラメルドリアンマンゴーとかいう奇怪なネーミングをしたジュースをすすりながらシンに素朴な疑問を投げかける。特に何も言わず、しかも嬉しそうな顔をしたので味はうまいようだ。

「まあ確かに、学校でも義務教育の一環で魔術は習うし、『精霊契約の儀』もそのくらいかもっと前にやって魔術は使えるようになるけど、やっぱ向き不向きがあってな。誰でも簡単に使えるものじゃないんだよ、魔術って」

 シンは自分のビターシナモンパインジュースを一口吸って一呼吸置くと話を続ける。ちなみに、達也と美咲と早苗は妥当そうなメロンアップルというジュースにしている。

「お前ら、達也と雄介は経験あると思うけど、魔術はマナを消耗するだろ。そのマナのコントロールがうまく出来ないのもあるし、マナが生まれつき少なくてそれ以上増えない人間もいる。俺たちの技術はそういったものに合わせて作られてるんだよ。魔術的な要素をそこに組み込んでるから数倍技術も進歩してる。わざわざ料理で火起こすのにマナ使うよりコンロ使ったほうが早いからな」

 確かにそのとおりだ。ライターと原始人が使っていたという木の棒と板で火を起こせといわれたらライターを使うに決まってる。わざわざ呪文を唱えて少量といえ体力を消耗してまで火をつけるか、スイッチ一つで火をつけるかなら明らかに後者のほうが便利だし早いに決まっている。日常生活を便利にするのに体力を使っていてはそれはもう便利と呼べるか怪しいものだ。

 達也たちが公園とおぼしき場所のベンチでそんなことを話していると、突然ビーッビーッ、となにかの警告音のようなものが鳴った。

 鳴ったのは彼らの左の方から。見ると、さっき歩道でゴミを拾っていた直径二〇センチほどの丸いボールのような機械がベンチの一番左端の雄介に向かってけたたましく警告音を響かせる。

『警告。警告。エデン市内条例第一条第三項違反を確認。直ちにゴミを拾いなさい。直ちにゴミを拾いなさい』

 女性のようにも聞こえる機械の合成音声が聞こえてくる。見てみると、雄介のすぐ脇にジュースの紙コップに巻かれていたラベルが落ちていた。

「えっ。いや、これは捨てたじゃなくてあとで捨てようと思ってたのが落ちただけで……」

『ゴミを拾いなさい。ゴミを拾いなさい』

 どこまでも平坦な声で、ボール型の機械は両脇の部分から細い携帯ラジオのアンテナのような腕と、長さが自分の直径と同じほどの警棒のようなものを取り出し雄介の頭をポカポカと殴る。

「痛っ!? 痛い!! やめて、分かりました。拾いますよ!」

 雄介が頭を殴られながらゴミを拾おうと身をかがめると、運が悪いことに強めの風が吹き、ゴミはさらに向こうに飛んでいってしまう。

『ゴミを拾いなさい。ゴミを拾いなさい』

 捨てる意思は無かったという雄介の言葉を無視し、機械はポカポカと雄介の頭を殴り続ける。雄介はヒィーヒィー言いながら走り回ってそれを避けようとする。そんな光景を見てシンが、

「気をつけろー。その『ハウンド・マシン』、警告続けても言うこと聞かない場合は小型だけど強力なスタンガン出してくるぞー。気絶する程度だけど直に当てられた部分は軽くただれたりするからー」

 その言葉にヒィーッ!! とカッコ悪い悲鳴を上げて、雄介はさらに必死になってゴミを追いかけて行く。

 ハウンド・マシン。名前とは裏腹なほどかわいらしい外見をしたこのボール状の機械は、今のように違法行為などの行いの警告、周辺の清掃などを主な仕事としている。だが、ひとたび犯罪が発生すれば四足歩行型専門武装『バトル・キャリアー』と合体ドッキングすることで少々荒っぽい・・・・・・実力行使を行うこともあったり、その他に災害時にもその状態で出動したりもする。

「助けてー!!」

『最終警告。最終警告。ゴミを拾いなさい。ゴミを拾いなさい』

「おい、早く拾え。もう一回で拾わないとスタンガンぶち込まれるぞ」

 雄介はやっとの思いでラベルのゴミを拾うとハウンド・マシンに向けてそれを見せる。

「拾った!! 拾いました!!」

 しばらくジッと、両者の動きが止まる。その嫌な静止と沈黙が、雄介には目を持たないハウンド・マシンが自分の体を嘗め回すように見ているように思えてくる。やがて、ピーッという音と共に、ハウンド・マシンは両脇の警棒を引っ込めた。

『警告の聞き入れを確認。以後注意してください』

「は…はい」

 それだけいうと、スイーッという音が似合いそうな感じにハウンド・マシンはどこかに飛んでいった。

「た、助かった……」

「ここら辺じゃ下手にあんなことやらない方がいいぞ。スタンガンで実力行使されたくないだろお前も」

「い…以後気をつけます」

 よろしい、とシンは何様のつもりなのか胸を張ってそう言うと、じゃあ行くか、とまた四人を連れて歩き出す。

 歩いていくうちに、五人の目の前にはあるものが見えてきた。

「うっわー……でかいなぁ……」

「大きいですねぇ」

 五人の目の前には、今まで見てきた町の風景とは場違いな感じのする、とても巨大な石造りの城のようなものが建っていた。

 超高層ビルの如く高く、左右は入り口の前に立っている五人からは確認できないほど広く取られ、それだけで威圧されそうなほどの貫禄があった。

「人類の創世記らへんに建てられた城らしいからな。これかなり年季入ってんだよ」

 神様がいつ人類を作ったかなど作られた人類側の四人は皆目見当付かないが、少なくとも億はくだらない年月ここに建っているだろうというのは容易に想像できた。

「それにしても、わざわざこいつら連れてきてなんの用があんのか。あんのくそじじいめ、顔あわせた瞬間ぶん殴ってやるからな」

 シンは忌々しげに吐き捨てながら、スタスタと入り口に入っていこうとする。

「なあ、そういえば気になってたんだけど、さっきから言ってる『じじい』って何者なんだ。上司か?」

 シンは止まって首を捻って何かを考えると、やがてこう言った。

「とりあえず簡潔に言うと……………」

「簡潔に言うと?」


「神様………?」


「「「「…………………………」」」」

 沈黙。そして、


「「「「ええ~~~~~~~~~~っ!!?」」」」


 四人の驚きを隠せない大声に、辺りに植えてあった木から一斉に鳥が飛び立っていった。

どうも皆さん、二週間ぶりです。

先週は勝手に休載してしまって申し訳ありませんでした。

今回の休載でまたペースが元に戻ったので、今週からまた水曜に掲載できるようになりました。

ダメな作者ですが、これからも見放さずによろしくお願いします。

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