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第58話 『ギルティ・ギア』と『バーディ・ザ・マイティ』 その③

「早苗っ!?」

 美咲は早苗のほうに向かおうとするが、休み無く発射される弾丸がそれを阻止する。美咲は舌打ちをしながらも弾丸を弾き飛ばしながら徐々に後ろに下がっていき早苗に近づいていく。しかし、そんな美咲の頬を何かが掠めていった。

「な……っ?」

 銃弾は美咲の前方からしか飛んできていない。バスカッシュが何か別の攻撃をしているとも思えない。だが、美咲の頬から流れた一筋の血が『何か』をされたことを物語っている。

(じゃあ早苗も?)

 美咲は後ろの早苗を見やる。膝を折り、右の太腿ふとももに出来た傷口を必死に押さえている早苗の姿はとても痛々しかった。

「早苗っ!!」

 ようやく早苗の元に辿り着いた美咲は素早く傷口を押さえる腕を掴み、加速してその場を離れる。一定の距離をとった辺りで停止すると早苗の傷口の具合を見ようと身をかがめる。

「見つけたぁ!!」

 しかしすぐに場所が分かり、禍々しい巨人の銃口が二人に向けられる。

「させるかよ!!」

 しかし、それを遮るものがいた。

 バスカッシュの、駆馬の目の前に現れたのは達也だった。その両脇には雄介のスカイ・クロラが一対ある。それで瞬間移動してきたのだ。

「達也!?」

「おおおぁああ!!」

 達也は素早くボンネットの引き剥がされたエンジン部の上に乗ると思い切り足を振り上げ、フロントガラス目掛けて放つ。

「邪魔っ!!」

 駆馬はハンドルを勢いよく右に回すと、バランスを失った達也の蹴りは呆気なく見当違いな方向に振られ、そのまま車体に伏せたような形でしがみつく。

「はな、離れろぉ!!」

「速く!! 早苗先輩の傷の手当てを!!」

 達也は左右に勢いよく揺れるバスカッシュに必死に取り付き、むき出しになっているエンジン部をナイフで攻撃しながら叫ぶ。

「でも……」

「大丈夫。元は俺たちの仕事だ」

 その時、横合いから聞こえてきた声にそちらを見ると、そこにはシンと雄介が立っていた。シンは着ていたTシャツを血が流れ出る背中の傷口にきつく押し当てて結んでいた。

「とりあえず時間は稼いどいてやる。手当てが終わったらすぐに戻って来い」

 シンは構えた銃のスライドを落としながら、

「お前たちでお前たちの友達を助けたいんだろ。俺たちはそれを取るほど野暮じゃない」

「僕達はあくまで加勢しかしませんから」

 続けるように雄介が言う。

「だから、戻ってきてください。……信じてます」

 それだけ言うと、二人は達也の加勢に向かうべく暴れ狂う鋼の巨人に向かって走る。

「あの馬鹿共………」

 美咲は走ってゆく二人の後ろ姿を、そして、向けているものと比べると明らかにちっぽけにしか見えないナイフで戦っている達也を見て、すぐに早苗の傷口を見る。

「早苗。ちょっと足上げて。出来る?」

「は…はい」

 言われたとおり早苗は負傷した右膝を立てるように上げる。美咲は頭を下げて太腿の裏を見る。

(裏に弾痕は無し。弾丸は貫通じゃなくて盲管ね)

 美咲は慎重に早苗の足に触れながら傷の具合を見ていく。もちろん医者でもないため専門的なことも分からないが、とりあえず知っている知識から今一番必要な手当てを考えてみる。

「ふ……ッ!! ………んァ…ッ! あ…ふぅん………! あ………ッ!!」

 さっきから傷口を見ようと優しく触っているのに、早苗はそうするたびに何だか男子が辛抱堪らなくなるような喘ぎ声を上げる。

「ねぇそれなに? あたしには女としての魅力がないと言外げんがいに言いたいのあんた?」

「え? いきなり何を……んんァッ!!」

「それだつってのよ!! なんか聞いてて腹立つ!! 女として負けてる気がして!!」

 一瞬手当てのことも忘れて負傷した友人に理不尽にキレる美咲。そのとき、彼女の目に何かが映った。

(ん? ………何かしら。針……?)

 ほんの一瞬だけ、友人の傷口から何かが覗いていたような気がした。もう一度顔を近づけよく見てみると、傷口から流れ出る血で見えにくかったが、そこには黒色の針のようなものが頭を見せていた。

「これが原因ね。抜くわよ」

「えぇええ!?」

 何の躊躇もなしにサッと言ってのける美咲に、早苗もこのときばかりは大声を上げる。何せ針だろうが何だろうが傷口をえぐっているものを麻酔も何も無しに引き抜くなど痛過ぎるに決まっている。

「そんなこと言ったって、これそのままで戦えるわけ無いでしょ。大丈夫、眉毛抜くときと同じでサッと素早くやればそんな痛くないわよ」

「人事だと思って軽過ぎです!!」

 まったくもってその通りな反論をしたが、美咲はそんなことも聞かずに傷口の針を指で摘む。

「あ……ッ! ちょ、ちょっと美咲!」

「大丈夫よ。私を信じなさい。いくわよ。三、二、一……」

 ほぼ勝手に始められたカウントに、早苗は意を決したように歯を強く噛み締めて痛さを迎え撃つ。

「ゼロ!!」

 言うと同時、美咲はいつの間にか・・・・・・傷口から針を抜いていた。あまり来なかった痛みに、早苗は緊張の糸がブッツリと切れてハァー、と息を吐く。

「何これ? スプリング?」

 美咲が摘んでいたものは針ではなく、直径二センチほどの両端が鋭く尖ったスプリングだった。

「な~るほどね。どうりで弾いても怪我するわけだ。地面とかに当たって予期せぬ方向から跳ね返って攻撃してくるって寸法でしょ」

 美咲は早苗に怪我の原因を説明するようにそう言いながら、持っていたハンカチで早苗の傷口をきつく縛る。

「はいこれで良し。動ける?」

 早苗は二、三回足を動かしたあとに立ち上がり、軽く地面を数回蹴る。

「大丈夫です。まだ少し痛いですけどいけます」

「じゃ、行きましょうか。後輩達が頑張ってくれてるもん」

「ええ」

 二人はもう一度戦場に戻るため走り出す。


 三人はあまり優勢とはいえなかった。

 達也は攻撃手段はナイフしかなく、これでは満足な攻撃は出来ない。一番攻撃力の強い雄介とシンも手負いの状態であり満足には戦闘が出来ない。三人はまるで船に水が浸水してくるようにじっくりと、しかし確実に追い込まれていっていた。

「が………っ!!」

 放たれたバスカッシュの拳を何とか避ける達也だが、地面に激突した衝撃で巻き上がった石などが体中に突き刺さる。

「達也っ!!」

「達也君!! うわぁあああ!!」

 シンと雄介もさっきから一切休むことなく弾幕を張り続けているが、バスカッシュはことごとくそれを弾き返す。その時、バスカッシュはゆっくりと地面を這いながら倒れている達也に向かい始める。

「あいつ、先に達也をやる気だ!」

「僕が行くよ。スカイ・クロラ!!」

 雄介はすぐに青く透き通る羽を両脇に展開させる。普段の六枚より今は二枚足りないが一対残っていればそれでいい。雄介は自分を羽で挟むと虚空へ消える。

「いやいや呆気ないね」

 機体を引きずるバスカッシュの運転席から駆馬は満足そうな声を出す。

「く、か…! あぐ………!」

 さっきの一撃が特に胴体部に集中し、鳩尾みぞおちにも数発命中したことで達也はまだ這うようにしか動けない。ズズズガリガリ機体を引きずるたびに火花を発するバスカッシュのその振動が、体を常に震わせるため余計に痛みがましているような錯覚さえ感じる。

「死のうか」

 駆馬はそう言ってバスカッシュの拳を振り上げる。まるで水に沈められた蟻を見るかのように無感動な眼をしながら。

「う、わあぁああああ!!」

 そのとき、その間に入るように、虚空から突如として雄介が現れる。出現すると同時に両手の銃の引き金を引きまくる。

「ちぃ、目障めざわりだな!!」

 バスカッシュの腕をとっさにクロスさせて防御体勢に入るが、一斉に放たれた弾丸の内の一発が、ラジエータ部から出ているマシンガンの銃口の一つに入っていく。ダゴンッ!! と痛快な音を立てて一番左の銃口が爆発する。

「う、うわわわあああ!!」

 爆発の衝撃か、何とも間抜けな声を上げながらバスカッシュは後ろに倒れていく。

「やったぁ!!」

 雄介はその場で拳を握り締めてガッツポーズをする。しかし、

 バシュゥ!!

 急に聞こえたその音に、雄介はまばたきよりは長く瞑っていた気がする両目をあける。そこには、発生したスチームの煙のような中から飛び出してくるバスカッシュの左腕があった。

 距離で考えるなら自分には届かないと思った雄介だったが、その左腕が肘から下が分離して・・・・・・・・・飛んで来ていることに気付くと頭の思考が一瞬止まってしまった。

 まるで時間がゆっくり流れているような感覚中で、直実に左腕は飛んでくる。しかしスカイ・クロラではもう間に合わない。自分を挟むまでの時間と転送を行うまでの時間があれば恐らく左腕は確実に雄介の体中の骨を粉砕できる。雄介が手を前に出して眼を瞑った瞬間、


 ガギンッ!! と巨大な音と共に、左腕が受け止められた・・・・・・・


「え………っ??」

 ゆっくりと雄介は眼を開ける。

「ったく、間一髪ね」

 そこには、

「危ないところでしたね」

 二人の少女の後姿があった。

「部長! 早苗先輩!」

 そこには、美咲と早苗の姿があった。早苗はさっきまで飛んで来ていた左腕を片手を突き出すだけで受け止め、美咲はその開いている手を強く握っていた。

「お疲れ。こっからはまたあたし達の出番よ」

 美咲は胸の前でガチンッとトンファーを合わせる。

「さあ、来るなら来なさい!」

 二人は倒れたバスカッシュを見据えて構える。だが、

「……………あれ?」

 いつまで経ってもバスカッシュに起き上がる気配が無い。

「どうしたんでしょうか?」

 気になって見に行こうとする早苗の肩を美咲は掴んで止める。

「待ちなさい。罠かもしれないのよ。ここはあたしが見てくるから」

 そう言うが早いが美咲は十メートルほどの距離を一秒かからずで詰めてバスカッシュの運転席を見る。

「なっ!!? いないわ!! あいつ逃げやがったのよ! マロまでいない!」

 運転席はすでにもぬけの殻であり、すでに放棄された後だった。その声に早苗や雄介、シンや達也の全員が集まってくる。

「どこ行ったのよこれ」

「まだ遠くには行ってないとは思いますよ。そんな時間経ってるわけじゃないから」

 五人は辺りを見回しながら次々と意見を飛ばす。

 そのとき、ブォオオオオオオ!! というアクセルを吹かす音が聞こえてきた。それと同時に今までただのガラクタ同然だったバスカッシュがボロボロになったステーションワゴンに戻ってしまった。

「まさかあいつ、どっかで車手に入れたんじゃ……!?」

 達也の言葉に全員の頭に嫌な予感がよぎる。

 そのとき、美咲たちが最初にやって来た防風林の中から一台の軽トラックが飛び出してきた。荷台に積んであった熊手や草刈り機などの荷物を見るに、どうやら防風林の伸びすぎた草などを刈りに来た業者のものらしい。

 車はそのまま五人が固まっているポイントに向けて落下してくる。

「散れーーーーー!!」

 シンの言葉を合図に、五人はそれぞれ散り散りになって車の落下から逃げる。が、

「痛っ………!」

 早苗だけが太腿の傷口のせいで動くことが出来なかった。

「ヒャフハッ!」

 奇怪な笑い声に早苗が前を向くと、予想したとおり車には駆馬が乗っていた。助手席には華多奈もいる。その姿が見えたとき、軽トラックは閃光を放ち、次の瞬間にはさっきまで戦っていた青いスポーツカーになっていた。

「一人目ぇ!!」

 傷が痛んで動けない早苗に、スポーツカーは機械部が露出した底面で押しつぶそうとする。

 しかし、早苗は逃げようとするどころか逆にそれを見据え、両手を腹の下ぐらいまで軽く挙げて構える。そして車が自分の手の届く範囲に入った瞬間、両手で左に払うように車の底面をなぜる・・・。瞬間、車はまるで誘導されたように早苗の手の動きに合わせて空中で左に進路を変えた。

 車はそのまま地面に激突するかと思われたが、瞬時にバスカッシュへと変形を果たしそれを回避する。さっきまでの中破状態ではなく完全に新品の状態だ。

 駆馬は着地したバスカッシュの中から早苗を睨みつけた。早苗は軽く笑顔で、

「驚きました? 実は、私こう見えても合気道などの武術の有段者なんです」

 他にも空手、柔道、剣道、ets…、たくさん持ってるわよ、と美咲が付け足す。

「だからどうした!!」

 駆馬はバスカッシュのマシンガンをセットし発射する。

「おんなじことが何度も通じると思ってんじゃないわよっ!!」

 美咲はトンファーで次々と弾丸を弾く。その弾丸は先ほどと同じスプリングだ。だがさっきと違うのは、美咲はスプリングを全て上へ向けて弾いた。弾かれたスプリングは上へ上がったら後は重力に引かれて落ちてくるだけで他へは何の被害も出さない。駆馬はそれを見て舌打ちする。

「ほら。返す、わっ!!」

 美咲は落ちてきたスプリングをキャッチし、能力を使って加速した腕の振りで思い切りバスカッシュに向けて投げつける。元々スプリング自体は頑丈な太めの金属で出来ており、それをさらに亜音速に近い速度で投擲とうてきされたため、当たったフロントガラスにどんどん弾痕が出来ていく。

「うわっ!!?」

 駆馬は頭を抱え込んで身を低くする。そのとき、ついにスプリングがフロントガラスを粉々に破壊する。

 止めの一撃と、美咲は残り四発のスプリングを投げようとした瞬間、助手席に華多奈がいることを思い出す。

「ま、ず………!!」

 投擲を中止しようとするが、もうスプリングから手を離すところまで来てしまっていたため止めることができず、おまけに変に途中で中止しようとしたため手が滑り、一発が華多奈がいる方向に向けて投げられてしまった。

「まずった!!」

 空気の壁を切り裂き、スプリングは今まさに華多奈の脳天に穴を開けんと向かい、そして、

 華多奈に覆いかぶさるようにして、それを駆馬が受けた。

「ぐぅ……!!」

 グチュリと、右肩の辺りに走る痛みと熱さに駆馬は顔をしかめる。さっきまで駆馬が座っていた運転席のシートには残りの三発が煙を上げながら綺麗に突き刺さっていた。駆馬は穴の開いたシートに乱暴に身を預ける。フロントガラスが無くなった窓枠から、何が起こったのか分かっていないという顔をした五人がいた。

「…勘違い、しないで欲しいな……。あのまま座ってたら、胴体と頭に穴が開いてた。……傷を最小限に抑えただけさ……」

 息も切れ切れにそういう駆馬は、五人を睨みながらもどこか安心したような顔だった。早苗は一歩バスカッシュに近づき、

「ありがとうございます」

 そういって、深く頭を下げた。その場にいる全員が面食らったような顔になる。

「ふん………っ」

 駆馬はつまらなそうに言うと、アクセルを踏み込んでバスカッシュを発進させる。

「美咲。駆馬をどうするか、もう一度聞いておきたいです」

 向かってくるバスカッシュを見据えて言う早苗に、美咲も同じように見据えながら、

「決まってんでしょ。倒す」

 そんでもって、と付け加え、

「警察に突き出す」

 早苗はそれを聞くと、安心したような顔になる。

「行きましょう!」

「当たり前よ!」

 二人は迎え撃つために構える。駆馬はそんな二人を見ながら、変形を解くボタンを押した。軽く飛び上がって僅か二秒で変形を終え、バスカッシュは車の形になって地面に着地した。後ろに砂を巻き上げながら、二足歩行のときよりも断然スピードが速くなる。

「先陣はあたしが切るわよ!!」

 美咲は強く地面を蹴り上げ、加速して走っていく。素早く側面に回り込み、そこに一撃を放つ。しかし、駆馬は素早くギアを操作し、アクセルとブレーキ、ハンドルを巧みに操ると、バスカッシュはその場でドリフトし、美咲の一撃は外れる。そしてあろうことか美咲と面と向き合う形になった。

(まっず!!)

 腕を振り切った体勢を素早く立て直し、美咲は横っ飛びで向かってきたバスカッシュを避ける。が、

「美咲っ!!」

「えっ!?」

 早苗の声に左を見ると、バスカッシュの鋼鉄の腕が鎌首をもたげていた。そのまま美咲に向かって突っ込んでくる。

「く………っ!!」

 美咲はトンファーを持った両手をクロスし、能力を使って加速して後ろに飛ぶ。クロスした中心にバスカッシュの腕は当たり、衝撃と共に美咲の体は砲弾のように吹き飛ばされる。

「美咲!!」

 美咲はゆうに十メートルは吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がる。そして背中で地面を滑るようになると、腕の力だけで飛び上がって起きる。

「いったー! 背中いったーー!!」

「美咲………」

 わめく美咲を見てホッと息をつく早苗だったが、彼女の後ろからエンジン音が聞こえてくる。

「!?」

 振り向くと、そこにはすでにバスカッシュが回り込んでいた。そして両者の距離は五メートルをすでに切っている。殴って止めるにしても溜めは溜められないし、まず利き手の右で攻撃するときに軸足となる右足が負傷しているため、下手に攻撃して迎え撃てばこちらが危険になる。

「くっ!!」

 早苗は攻撃するのではなく、突っ込んできたバスカッシュを体で受け止めた。ズドォーンッ!! と、本当に人間と車が衝突したのか疑問に思うくらいの音が鳴り響く。両者の力は拮抗し、バスカッシュはその場で後輪を高速で回す。

「ぐぅ………!!」

 しかし、ここで徐々に均衡が崩れ始めた。早苗の方が押されてきている。原因はやはり、今彼女の体を前へ押し出し、向かってくる力を押し返している右足の負傷。力を加えるたびにハンカチで押さえた傷口から血が流れてくる。どんどん後ろ押されていき、砂地の地面に足跡の線が引かれていく。

「く、うぅう~………!」

 早苗の額に嫌な汗がにじむ。このまま押し負けてしまったら、間違いなく自分の体はこの鉄の塊にバラバラにされてしまう。だからといって押し勝つこともすでに難しい。早苗は押し迫る時間の中で必死に解決策を模索する。

 もう少しで、早苗の腕は限界を迎える。


 駆馬はさっきの自分の行動について考える。アクセルを踏み込みながら隣の席にいる華多奈を見る。

 なぜこの少女を庇ったのだろう。

 さっきはああ言ったが、実際に飛んでくる弾丸など見えるはずが無い。あんな小さなものが音速に近い速度を出している時点で肉眼では追えないのだ。だが、あのときは見えた。四発の中でたった一発、隣の少女に向かうであろう弾丸が。自分に飛んできた三発など見えなかった。あのまま座っていれば確実に死んでいた。

 だから避けただけだ。その延長線上で彼女の命が助かったというだけの話だと、駆馬は勝手にそう自己完結した。

 けど、この少女が助かったときに感じた思いはなんなのだろうと、駆馬はまた思う。

 さっきまで殺すはずだった少女が助かって、なぜこんなにもホッとしてしまったのだろう。

 なぜ、化物の自分が人を助けてホッとしたのだろう。

 そして思う。あのとき、自分が壊れてしまう前。自分は、この少女をどう思っていると言ったのだろう。それはどんな思いだったのだろう、と。

 だが、そんなことはもうどうでもいいと、駆馬は首を横に振った。

 何ものだろうと殺す。それが、化物の宿命だからと。


 もう早苗の腕は限界に近い。ミシミシと腕が悲鳴を上げているのが伝わってくる。太腿からの出血量は増え続け、今ではジーンズの右の太腿部分は真っ赤に染まっている。

(勝った)

 駆馬は勝ちを確信したが、ここから妙な巻き返しでもされたらたまらないと思い、ボタンが並んだ場所から紫のボタンを選び押す。すると後輪の回転数が倍以上に跳ね上がり、早苗をさらに強い力で押し込む。

「う、く………! うん~………!!」

 一際強くなった力に早苗も対抗するためさらに力を上げた。ブシッ!! と壮絶な音と共に右足の傷口から血が吹き出る。

「う、あああぁあああああ!!」

 咆哮。それと共に早苗の体が下に落ちた。手を出さないと決めていた達也たちが声を上げた。美咲も早苗の名前を大声で叫ぶ。駆馬の口元が引きつる。

 早苗の体は寝そべるように倒れる。その時に右足を折りたたんで前に出す。バスカッシュがその体を引き裂かんと上に来た瞬間、

「ああああああぁああああ!!」


 ダゴンッ!! と、早苗はバスカッシュの底面を思い切り蹴り上げた。


 まるで地雷を踏んだかのような衝撃と轟音がバスカッシュの内部から全体に響き渡る。早苗は蹴り上げたときもまだバンパーの部分に手を回して持っていたため、そこを支点としてバスカッシュは半回転し、そのまま遥か向こうのほうまですごいスピードで飛んでいく。

「車を………」

「巴投げって………」

「すげぇ………」

 その光景をみていた達也たち三人はあまりのことに口をあんぐりさせている。

「馬鹿っ!! 早苗!!」

 しかし美咲は血相を変えて功績を挙げた早苗を叱咤する。何事かと他四人がバスカッシュを見て、そして絶句した。

 バスカッシュの飛んでいく先、そこは海だった。一面見渡す限り水平線しか見えない空をバスカッシュはどんどんと沖のほうに向かって飛んでいく。

「まだマロが乗ってんのよ!! ちょっとは後先考えなさい!!」

 いつもならお前が言うなとそうツッコミをくらっているかもしれないが今はまさにそのとおりだ。美咲は跳んでいくバスカッシュを見てしばらく考えた後、

「雄介っ!!」

「は、はい!?」

 唐突に呼ばれて雄介は背筋をピンと伸ばす。

「あんたのその…スカイ・クロラだっけ。それを一個二十メートル間隔で一直線に並べなさい! 出来る!?」

「は、はい。やってみます! スカイ・クロラ」

 雄介は言われたとおりにスカイ・クロラを飛んでいくバスカッシュに向けて伸ばす。そこには四枚の羽が均等に一本の線を描いていた。空に向かって飛んでいたバスカッシュの勢いが徐々に弱まっていき、もうすぐ落下を始めるだろう。

「じゃ、行って来るわ!!」

 美咲はザッと大地を踏みしめる。

「『ギルティ・ギア』!!」

 次の瞬間、美咲は思い切り大地を蹴っていた。轟っ!! と彼女の後ろに向けて砂が舞い上がり、美咲が加速を開始する。

 五メートルほど走るとそのまま高く飛び上がり、一枚目のスカイ・クロラに飛び乗る。勢いを殺さずにそのままさらに強く蹴り、飛び上がる。そして二枚目へ。それを繰り返し、美咲は落下し始めたバスカッシュに向かう。友の無事を祈りながら。


(……………あれ?)

 薄く眼を開けると、目の前には空が広がっていた。青く真っ青な空。

(あれ……………?)

 それと同時に体に掛かる妙な浮遊感で、駆馬宗太郎は今自分に何が起こっているのか思い出した。

(吹き飛ばされたんだっけ……?)

 勝ちを確信しアクセルを踏み込んだ瞬間早苗の巴投げが決まり、その時の衝撃で頭をハンドルに打ちつけ今まで気絶していた。だから駆馬は今自分がどういう状況なのかをいまいち理解していなかった。が、

(死ぬのか、僕………)

 浮遊感と共に感じるいつもより強い感じのする重力が、ここが地面よりも高い場所だと教えてくれる。海に車に乗った状態で入ってしまえば死は確実だが、今の彼はそこまで気付いていない。そもそも海が見えていないのだから分かるはずが無い。すでに重い底面の部分が下を向き、普通の体勢になりながら落ちている。もう海面までそう長くない時間に落ちるだろう。

 ふと、隣を見ると、一人の少女が眠るようにうな垂れていた。

 麻呂崎華多奈。

(あ………………)

 駆馬はそのとき、なぜだか涙が溢れてきた。

(…僕は……………)

 別に自分の死が怖いわけではない。

(…馬鹿だった……………)

 これは悔しさの涙。

(……大切だって…自分で言ったのに……………)

 自分の好きな、大切な女性を守れなかった後悔の涙。

 その時になって、駆馬はようやく思い出した。この少女をどう思っていたのか。この少女が自分にとってどれほど大切で、どれほど好きだったのか。

 それを、自分で殺そうとしてしまったことを。

(彼女の言ったとおりだな……)

 大切なら、罪でも何でも償えばよかった。あれだけ残虐無比な殺人を犯して一生刑務所から出てこれなったとしても、彼女への思いを残して置けばよかった。

 あの少女の言葉が胸によみがえる。あんたには、人を愛する資格がない、と。

(そうだ………)

 結局、その思いを思い出した今でも、彼には彼女をこの死の淵から救うことは出来ない。バスカッシュには空を飛ぶシステムまでは搭載されてないのだ。

(結局僕は、最後まで化物のままか………)

 この少女なら、間違っていた自分を正しく導いてくれていたかも知れない。最低な、人殺しの化物の自分を殺して、ただの人間にしていてくれたいたかも知れない。

 駆馬はそっと手を伸ばし、華多奈の右の頬を指でなぜた。

「ごめんね……華多奈ちゃん……………」

 彼の頬を、もう一度涙が通過していった。

 その時、何か黒い影が視界に映った。カモメか何かだろうかと駆馬が前方に視線を戻すと、いきなりボンネットの上に何かが激突した。

「いったーーー!!」

 頭を抑えて叫ぶその少女、美咲は、華多奈の体を雁字搦がんじがらめにしているシートベルトをトンファーによる手刀で切り落とすとそのままフロントガラスがあった窓枠から華多奈を引きずり出して肩に担ぐ。

「ほら、あんたも来なさい」

 美咲は時間の無い中何もしない駆馬にイライラしながら手を伸ばす。駆馬は驚きを隠せない顔で、

「なん、で………」

 そう呟くことしか出来なかった。自分は本気で彼女達を殺そうとしていたのに、なぜ自分を助けようとするのか理解できなかった。あまつさえ目の前の美咲にいたっては自分を化物だと言ったのに。

「はぁ? 何言ってんの?」

 美咲は馬鹿じゃないの、と一言言って、

「あんたはマロを助けてくれた。少なくとも大切だって言った人を守れたあんたは人間よ。だから、あたしは人間のあんたに罪を償って欲しいの」

 駆馬宗太郎はそのとき、この少女は馬鹿だと思った。自分を殺した人間を助けてまた狙われるとかは考えないのだろうかと思った。

 馬鹿なくらいに、優しい人間だと思った。

「ほら、早くしなさい!! このままじゃおっぬわよ!!」

 海面がもうすぐそこまで来ている。早く駆馬を車から出して雄介にスカイ・クロラで陸に転送してもらわなければ、三人で海底に沈むことになる。

「ほら! 早く………!!」

 そう言って伸ばした美咲の手を、駆馬は何も言わずに払った。

「え…………?」

 美咲は一瞬訳が分からなかった。この状況下でなぜ救出の手を払うのか分からなかった。

 駆馬を見ると、駆馬はゆっくりと、首を横に振った。

「馬鹿っ!! あんた何やってんの!!」

 その行動に美咲は血管が切れそうになるほどに叫んだ。

「死んで全部終わりにするなんて考えてんじゃないでしょうね!! そんなもん!! 聞こえはいいけどただの逃避よ!! 死んで終わらないのよ!! 死んだら一生なにも出来ないのよ!! 償えないのよ!! あんたは生きて、罪を償いなさい!!」

 だが、駆馬はまた首を横に振って、言った。


「僕は、化物だもん………」


 ばっ……と美咲が何かを言おうとしたとき、後方からスカイ・クロラが飛んできて美咲を挟むと輝き始める。

 光が閃光に変わった瞬間、美咲は駆馬に大声で何かを言った。それと同時に、美咲と華多奈の姿は消えた。

 そしてバスカッシュは海面に激突し、海に沈んでいった。

 フロントガラスの窓枠から大量に海水が入り込み、一秒と待たずに海水は車内を満たした。付けていたシートベルトが浮力により海面を目指す駆馬の体を押さえ込んだ。

 どんどんと遠くなっていく海面の光を見つめ、駆馬は薄れていく意識の中で思う。最高に幸せだったと。

 最後の最後に人間らしく思えてもらったことを、駆馬は人生でもっとも幸せなことだと、そう思った。

 あの少女が言ったとおり、人は死んだら全てが終わる。何も出来ない。なら最後に、これだけを刻んで死んでいこう。もし生まれ変わったのなら、この言葉をその自分の魂に刻もうと、そう思った。


 少女が最後に言った言葉、『諦めるな』という言葉を胸に、駆馬を乗せたバスカッシュは、海底の闇に沈んでいった。



 ズドォーンッ!! という轟音と共に、魚雷が爆発したかのように海面に水の柱が立った。

 美咲は華多奈を肩に担いだ状態でうな垂れていた。シンはそんな美咲に歩み寄り、静かに肩に手を置いた。

「あいつは、最後は幸せだったと思う。華多奈を助けたことで、あいつは少なくとも人間として死ねた。そしてそれはあいつが選んだことだ。お前が気に病むことじゃない。お前もだ、早苗」

 シンは向こうで顔を俯かせていた早苗にも声をかけた。

「それより、今はこっちだ」

 シンは美咲の肩に乗っている華多奈を降ろして地面に寝かせる。

「まずいな……」

「何がまずいんだ?」

 顔をしかめるシンに達也は心配そうに尋ねる。

「精神崩壊直前だ」

 声こそ深刻だったがあまりにあっさりと言われ、その場にいた全員がシンを見る。

「何かよほど精神的ショックを受けたんだろ。最悪、このまま眼を覚まさないこともありえ……」

「どうして!? 何か手は無いの!!?」

 シンのすぐ隣にいた美咲は彼の肩を掴むと前後にゆする。シンは一瞬考え込んで、

「この子の今日一日の記憶を消す。受けたショックごと消しちまえば何とかなるかもしれないが、そうすると今度は記憶に誤差が残るからあんまり薦められないんだが……」

「大丈夫です」

 そう言ったのは早苗だった。さっきまで泣いていたのか、目の周りが真っ赤になっている。

「マロちゃんは丸一日寝てても大丈夫な子ですから、それなら記憶に誤差は生まれません」

「……そうか」

 シンはそのまま美咲を見る。美咲の黙ってうなずいた。

「よし!」

 それを見て立ち上がると、シンは空中から何かを取り出す。それはポシェットのように小さな革で出来た袋だった。

「用途は記憶の消去。使用する魔術属性は五大元素のエーテル………」

 一人でブツブツ呟きながら、シンはポシェットをゴソゴソと漁り、中から五つの小さな十字架を取り出した。十字架はそれぞれ赤、青、緑、黄色、白と五色に分かれている。その内の一本、白色の十字架を取り出して華多奈に握らせた。

「『偉大なる五大の力の第五。その役は力、その意味は無。尊大なる力にて、彼の者の叡智の一部を染め上げることをここに望む』」

 シンが呪文のような言葉をつむぐと、華多奈の持っていた十字架が光り出す。シンはそれを手に取ると、そっと華多奈の額に当てた。

 バンッ! とガラスの容器が破裂したような音と共に十字架の光は止み、シンは十字架をポシェットにしまった。

「簡易的な記憶消去の魔術だ。けど、これで彼女の頭からは文字通り今日の記憶は消えた。後はウチに送ってやれば全部済むさ」

 シンが今使った魔術は記憶を忘れさせるのではなく、完璧に頭の中から消してしまう魔術だ。忘れているだけなら、後で何らかのはずみで思い出してしまうかもしれないというシンの気配りだったりもする。

「真司…君………」

「シンでいい。今さら偽名で呼ばれるのもいい感じじゃないしな」

 泣きそうな顔な美咲に、シンは優しく言うと、黙って達也と雄介を促して帰っていった。

 その後姿を見て美咲は、

「ありがとう………」

 泣き出しそうな顔で、小さくて、儚くて、今にも消えてしまいそうな声でそう言った。そんな彼女の肩に早苗は黙って手を置いて、

「良かったです……本当に………」

 涙を零しながら、そう言った。

 二人の涙が華多奈の頬を濡らしたが、華多奈はまだ目覚めなかった。


 八月二日。午後四時三十八分。


「………………ん」

 まぶた越しで差し込んでくる光で、麻呂崎華多奈は目が覚めた。

 目を開けると、そこは自分の家のベッドの上だった。まだ高い位置にある太陽が窓から差し込んできていた。

「あれ……? あたし……………」

 視線を下に落とすと、寝汗でぐっしょりと濡れたパジャマを着ている。どうやら起きた理由はこれでもありそうだ。

「あれ?」

 そして脇を見ると、そこには二人の友人、鷺原美咲と三好早苗が肩を預けあって眠っていた。二人はあの後自分の家に帰り、汚れたり破れたりした服を変え、早苗にいたっては傷を軽く手当てして華多奈をここまで送ってきたのだ。

「わっ!!」

「「きゃあっ!!?」」

 耳元で響いた大声に美咲と早苗は飛び起きた。

「ちょっと~。人の部屋で何やってんの? ってか、今四時じゃん! 今日って何日だっけ?」

 自分で自分の寝過ぎ癖を理解しているためか、華多奈は携帯電話のカレンダーで日にちを確認する。

「げっ!! 今日って駆馬さんとのデートの日じゃん!! あ~~!! もう待ち合わせの時間過ぎまくってるよ~~~!!」

 その姿を見るかぎり、どうやら本当に今日のことは忘れてしまっているらしいことを知って、二人は安堵の息を吐いた。

「あれ……?」

 華多奈は急に、自分の視界が曇っていくのを感じた。

「あれ? なんで、なんで泣いてるの? あたし」

 ポロポロと、真珠のような涙が頬を伝って落ちてきた。

「あれ? デート行けなかったの、そんなに残念だったのかな……? あれ? あれあれ?」

 何度拭っても零れてくる涙に困惑している華多奈を、美咲と早苗は二人で抱きしめた。

「あ、れ……? 何してるの、美咲。早苗……?」

「ううん。何でもない。ただこうしていたいだけ……」

「そうです。意味も無く、こうしていたいだけです………」

 記憶は全て消えたはずだと、シンは二人にそう言った。

 華多奈はしばらく呆気に取られていたが、やがて、自分も二人に手を回し、

「じゃあ、あたしも。ただ意味も無く言うね」

 しかし、絶対に消せないものがあるのだと、二人は知った。

「ありがとう………」

 心は、思いは誰にも消せないということを、二人はその日知った。


 八月二日。午後六時五分。


「遅いっスね~………」

「そうですねー………」

 高月屋で杏仁豆腐を五杯以上完食して、花梨と紗早美はみんなを待っていた。


 自分たちが完璧に忘れ去られていること二人が知ったのは、この一時間後に花梨が達也に電話をかけたときだった。

終わったーーーーー!!

やっと今回の対バスカッシュ戦終わりました。

自分的には駆馬は最後まで最低なままで終わらせようとしたかったのですが、それでは彼があまりにもかわいそう過ぎると思ったのでなんか綺麗な感じに終わらせました。なんかつじつまが合ってないぞこれ、というのがありましたら意見・感想としてお知らせください。

それでは、また次回。


今回、魔術における五大元素を出しましたが、実は情報が少なく、五大元素のシンボルカラーを自分のイメージでに書いてしまいました。すみません!

自分的には『赤・火』『青・水』『緑・土』『黄・風』『白・エーテル』だと思っているのですが、正しい情報を知っている方、どうぞ教えてください。お願いします!

あと他に『ここ違うぞボケェ!!』というツッコミがありましたらそれも教えてください。

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