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第57話 『ギルティ・ギア』と『バーディ・ザ・マイティ』 その②

「ちょ…ちょっと、何よこれ~!」

「手が…キラキラしてます………」

 美咲と早苗は自分の輝く手を見て半分混乱状態にあった。顔に近づけてみたり離したり、手を振ってみたりしたが一向に光は治まらない。

「部長…早苗先輩……それ………」

 さっきまで向こうで早苗の一本背負いをくらって悶絶していた雄介がようやく四人の下に駆け寄ってくる。そんな雄介に、一番下で下敷きにされてじたばたしている達也が無言で必死に助けを求めているが、美咲たちの手に目が行っている雄介は気づかない。

「ゆ、雄介~~!」

 美咲が半ばパニックになって雄介に弱々しい顔を向ける。こんな顔も出来るんだと感心する雄介だったが、状況が状況なだけにすぐにその説明に応じる。

「多分ですけど、それは僕のときと同じ………」

「能力覚醒の前兆だ」

 その間に割って入るようにシンが言った。自分の出番に割り込まれたため、雄介の顔が若干引きつる。

「の、能力って、さっき雄介がやったみたいにヒュバッ! って飛べるやつみたいなの? あたしたちにもあんなのが出来るって言うの!?」

「いや、実際僕のは飛んでるわけじゃないんですけど」

 雄介が自分の能力について正しい知識を述べたが、美咲は聞いていない。

「ってことは、あたし達にもできるのね?」

「? なにを?」

 シンは美咲が何を言おうとしているのか分からない。下敷きになった達也が顔を真っ赤にしてジタバタと暴れている。

「あたし達にも、あいつをぶん殴れるかってことよ」

 美咲は不敵な笑みを口に作り出し、胸の前で右手の拳を思い切り左のてのひらに叩き付けた。

「でしょ? 早苗」

 美咲は早苗の顔を見る。早苗は一瞬ポカンとした顔だったが、次の瞬間にはもう美咲と同じ笑顔になっていた。

「ええ。マロちゃんは私たちの友達です。私たちに救う力があるなら、私たちが助けるべきです」

「そ、そんな! 危険ですよ!!」

「俺も危険!! 速く降りてみんな!!」

 雄介の言葉に(達也の言葉は無視)、美咲は『何を言ってんだお前?』というような顔になり、光り輝く手で雄介にチョップをかました。

「痛っ!?」

「危険がなによ。少なくとも、あんた達みたいな力を手に入れたらさっきよりは危険じゃないわけでしょ」

 確かに、美咲の言うことはもっともだ。何の能力も持っていない状態ならまだしも、何かしら能力がある状態ならば危険は薄い。だが、

「それがどんな能力チカラであれ、絶対安全な保証はないんだぞ」

 シンはそう言い捨てた。今から発現する能力はどんなものなのか、それは二人にも分かっていない。最悪、どんな能力なのかも分からずに突っ込んでいって呆気なく殺されるなど笑い話にもならない。

 それでも、と美咲は言う。

「行かなきゃ気がすまないのよ。あんた達には出来る? 自分の目の前で大切な人が苦しんでるのに、それに目をそむけて、かかとを返して逃げ出すなんて。いえ、聞くまでもないわね。そんな奴らなら今頃とっくに逃げ出してるはずだもん」

 美咲は少し呼吸を置き、

「あたしは当然そんなこと出来ない。相手が例え銃や刃物なんかを持ってたって、あたしは迷わずそいつに立ち塞がる」

「私たちは、ですよ美咲」

 早苗はニッコリと笑顔のままそう言った。

「ええ、そうね」

 美咲はその言葉に、なぜだか心底嬉しそうな顔になった。

「あたし達の応えはもう決まってる。守るために戦うことに力なんて二の次……」

 そしてその先は、まるで打ち合わせでもしていたかのように二人同時に、

「「守りたい意思があれば、それでいい!」」

 瞬間、


 まるでガラスが砕けるような音と共に、二人の手にまとわり付いていた光が砕け散った。


「な……!!?」

「きゃっ!!?」

 二人は驚き地面から腰を上げる。多大な重量から開放された達也はブハーッ!! と大きく息をついた。

 パラパラと砕けた光の破片が塵になって消えていく中、守るために手に入れた能力チカラを携えた二人の姿があった。

「これが………」

「私たちの…能力………」

 二人は自分の手に現れたものを見て感嘆の声を上げた。

 美咲の手には無骨な取っ手になめらかな棒が取り付けられた青のトンファーが握られていた。取っ手の部分には銃の引き金のようなスイッチがあり、引いてみるとガシュッ! という音と共にほとんど肉眼で捉えきれないほどの速さでトンファーの棒の長短が入れ替わり、前方に発射されるように飛び出す。

 早苗の手には緑のグローブがはめ込まれている。指の部分は第二関節の部分までしか布がなく、手の甲と拳を作るとちょうど殴るときに面になる部分に手甲のような金属がつけられていた。

「これがあたしの能力。ってか武器?」

 美咲はクルクルと具合を確かめるようにトンファーを手の中で回す。使ったことがあるのかと思うくらいその姿は様になっていた。

「本当に。能力と言っていましたからてっきり雄介君のみたいに不思議なものだと思っていましたけど」

 早苗はグローブを付けた手をグッ、パッ、と握ったり放したりしながらグローブを自分の手に馴染ませていた。

「「!!?」」

 その瞬間、急に二人の顔が曇りだした。苦しんでいる風には見えないが、自分達でも何が起こっているのか分からずに混乱しているようにも見える。

「どうしたんだ!?」

 呼吸が整った達也は突然の美咲たちの異変に心配そうな声を上げる。その中で一人、雄介だけは何が起こっているのかを理解できた。

 能力が頭に流れ込んでいるのだ。

 例えるならコンピュータにUSBメモリをさしてデータを流し込むように、あらゆる自分の『能力ちから』の知識が流れ込んでいるのだ。まるで自分の昔からの記憶に無理矢理割り込ませたように情報が一気に入ってくるため、少し酔ったような気分になることを体験者である雄介は思い出していささか眉をしかめる。

 ほんの数秒で美咲たちの異変は治まり、二人はパチパチと二、三回まばたきをする。

 美咲はニィーっと、嬉しそうな笑顔をした。

「面白いじゃない。まさにあたしにぴったりって能力ね」

「私のは、女の子としてちょっと不服です」

 早苗は頬を膨らませて不機嫌な顔になる。それもまた大人のような彼女とは対照的な子供っぽさを醸し出していて可愛かった。

「さぁーって。それじゃあ………」

 美咲は自分の手にあるトンファーを合わせてガチンッ! と鳴らす。その先に真っ直ぐと視線を向けて。

 その先に居るのは、今は狂った殺人者となった駆馬かりま宗太郎(そうたろう)の姿があった。

「行くわよ!!」

 美咲と早苗は走り出す。まっすぐと、己が守りたいものを守るために。


 駆馬は車の中でずっと考えていた。

 ガチガチと。まるで冬山で遭難したかのように歯を鳴らして震えている。

(違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う――――――――)

 さっきから、何かに取り憑かれたように同じ事を繰り返し言っていた。その目は焦点を定めずグラグラと空中を泳ぎ、エアコンの効いた車内でハンドルを握る手は汗でびっしょりと濡れている。

(――――――違う違う違う! 僕は、化物じゃない!!)

 そのまま思い切りハンドルを両手で叩き付けた。さっき美咲が自分に言った言葉を必死に否定している。それを認めたくないからだ。彼にとって彼女の言った言葉はまさに死刑宣告をされたような恐怖だった。

 しかし、駆馬のその動揺は、同時にその言葉を肯定していることに他ならない。

 本当に自分がその言葉に対して身に覚えがないのなら、そんなことを言われても動揺などしない。むしろ鼻で笑い返せば済むだけの話だ。しかし駆馬にはそれが出来ない。

 それは、自分でそのことを認めているからだ。

 自分が化物だと。

「違うっ!!!」

 もう一度、さっきよりも強くハンドルを叩いた。そのままハンドルに肘を付くような形で頭を抱え、泣き出しそうな顔になって必死に頭の中からその事実を葬ろうとする。

(僕は悪くない!! 悪いのは父さんだ! 僕をあの日、狩りなんかに誘わなきゃ僕はこんな感情を持たずにすんだんだ!!)

 ――――――――例えそうだったとしても、十人以上の人間を手にかけてきたのは誰だ?

(僕は悪くない!! こんな能力チカラがあったから悪いんだ! こんな能力があれば誰だってそうした。そうだ! この能力が悪いんだ!!)

 ――――――――なら目の前に居る少年たちは、自分と同じように狂っているか?

「ああぁあアアアアアアアアアアああああぁぁぁあああああ!!!」

 その声はどこから聞こえてくるのか。駆馬が押し付けようとした罪は全て否定され自分の元に返ってくる。それは自分の。化物が人間のふり・・・・・をしていくために着ていた、人間の皮。そしてそれに宿る良心の声。だがそれが、駆馬を完全に壊してしまった。

 目を覆い空を仰ぐように顔を上げ叫ぶ。それは人間・駆馬宗太郎の慟哭であり、そして同時に新たな怪物の産声でもあった。

「……キ―――――――」

 声が止み、静まり返った車内で、駆馬の口が再び開く。歪んだ口元が小さく動く。

「キキ、ヒハハハハヒハアハヒヒヒキキクククカカヒヒハハハハハァアアアーーーーーーー!!!」

 もはやそれは笑いとも悲鳴とも付かない声だった。そしてその顔も。まるで粘土が崩れたようなその顔にはあらゆる感情が詰め込まれ、笑っているのか泣いているのか分からない無茶苦茶な表情になっている。

 殺す。

 その感情が、駆馬の心を全て侵食し、蝕み切った。

 ここからは狩りではない。化物であるならば、最初から最後まで化物であり続けてやる、と。駆馬はハンドルを再び強く掴みなおす。

 前を見ると、さっき自分を化物だと気付かせてくれた少女とその友人の少女が手にそれぞれ武器を持ってこっちに向かってきていた。

「キヒハッ!」

 駆馬は迷わず、キーのボタンを押した。


 美咲と早苗は全速力で駆馬の車に向かって走る。その距離約三十メートル。時間にして僅か四秒足らず。

 その距離を、美咲たちは全速力でつめていく。

 そんな彼女達を迎え撃つべく、車体の前面がへこんだスポーツカーは変形を開始する。さっきは結構時間が掛かっていたのに、このときの変形までの時間は僅か二秒。前と比べたら神技級に早い。

 変形した車、バスカッシュは思い切り拳を振り上げ、何の迷いも躊躇ためらいも見せずにそれを振り下ろす。運転席では何を表現しているのか分からない表情をした駆馬が何かを叫んでいるのが見えた。

「ここは……私の出番です!!」

 二人並んで走っていた早苗が若干速度を上げ、美咲と振り下ろされる鋼鉄の拳の間に立つ。美咲は何かを言いかけたが何を思ったかぐっと口をつぐみ、左に進路を変えてバスカッシュに向かう。完璧に独りになった早苗に、駆馬は何の躊躇も見せない。拳は一切スピードを落とさない。

「フッ!!」

 ゴガンッ!! という巨大な炸裂音と共に、


 早苗の小さな体が、巨大な鉄の拳を受け止めた。


 自動車同士の衝突事故がおきたのかと思うくらいの轟音を鳴り響かせながら、早苗の体には傷一つ入っていない。それどころかむしろ、何百キロという重量を体の一身で支えきっている。さらに、体重をかけて有利なはずの―――――実際のところ、本来なら重量差がありすぎて有利もクソもない―――――バスカッシュの拳が若干後ろに押し戻されている。

「ぎぎが……!? なに………」

 バスカッシュに搭乗している駆馬もこれにはさすがに驚いた。この目の前の少女にさっき自分の愛車の前面をへこませられたことは身に沁みて分かっている。しかしまさかここまでとは駆馬も思っていなかった。

「んん~~……あぁ!!」

「!!?!??」

 早苗がガッシリとバスカッシュの腕を持ったまま思い切り体を右に捻る。すると何百キロもの重量を誇るバスカッシュの機体が足元から持ち上がり、左に向けて放り投げられた。

「こ、の…! 怪力女がぁああ!!」

「!!? 女の子にその言葉は禁句です!!」

 駆馬が悪態をついたのも束の間、バスカッシュは背面部から地面に激突していた。座席シートで幾分か軽減された衝撃が背中から体に伝わり危うく舌を噛みそうになる。駆馬は体に走る痛みを堪え、素早くハンドルとペダルを操作してバスカッシュの体勢を整えさせる。三メートルの高さのフロントガラスから、こちらに向かって走ってきている早苗の姿が見える。

「これならどうだ!!」

 駆馬は色とりどりのボタンの一つを押す。へこんでいたラジエータの枠がボンッ! と爆発したような音を立てて外れ、中からマシンガンの銃口が覗く。その光景に早苗の動きが止まる。

「死ねぇ!」

 ハンドル部分に付いたスイッチを押すとマシンガンの銃口が火を吹き、何十発の弾丸が早苗に向かって飛んでくる。

「くっ!」

 一瞬たじろぐものの、早苗は飛んできた弾丸をグローブを装着した拳でなぎ払う。

 能力者は能力の大小、種類に問わず身体能力が向上する。さすがといいたいところだが、それでもせいぜいが人間より少し上程度の力だ。休みなく飛んでくる無数の弾丸をいつまでも止められるはずがない。

 スタミナは十分にあるが、ついに早苗の眼と動きが弾丸を捉えられなくなる。大振りになって二手目が遅くなったところで弾丸の雨は止まず、早苗に向かってくる。

「!!?」

 早苗は両手をクロスさせて頭部と胸部に防御を回す。


「ったく。ここはあたしの見せ場ってわけ」


 そんな声が聞こえたと思ったら、

 チュチュチュチュチュチューンッ!! という何かを弾く音。防御を解いて顔を上げるとそこには、

「美咲!!」

 そこには、我らが部長、鷺原美咲がトンファーを携え立っていた。

 美咲はヘラヘラ愉快そうに笑い、

「まっ、あたしの出番としちゃ当然よね。こういうピンチから救うのって。あ、言っとけど、銃弾なんかあたしに効くとか思ってんならやめたほうがいいわよ」

 笑いながら言う美咲に怒りを隠しきれず、駆馬はそんな言葉を無視して再び引き金であるスイッチを押す。

 唸る轟音。それと共に射出される無数の弾丸。

 それを見ても美咲は顔色一つ変えない。そして、

 チュチュチューンッ!!

 そんな音と共に弾丸は四方八方に散らされる。

「だ~からやめとけって言ったのに」

 不敵な笑みを見せる美咲を見ながら、駆馬は呆けたような顔になる。

 駆馬は正直、今美咲が何をしたのか分からなかった。ほんの一瞬、右手が上に上がるのは見えた。そして、その瞬間を最後に弾丸は散らされていた。

(何をした? まぁいい。それならいくらでも撃ってやる!)

 駆馬は再びスイッチを押す。今度は深く、そして長く。

 銃口から休みなく発射される弾丸。それを苦も無く払い落としていく美咲。

「!!?」

 駆馬はその光景を見て驚愕した。


 美咲の手がほとんど見えない。


 まるで切れ切れになったビデオを見ているように美咲の手が薄っすらと、所々でしか見えなくなっている。

 思いがけない光景に、駆馬はいつの間にかスイッチから指を外していた。必然的に止んでしまった弾丸の雨に美咲はつまらなそうな顔を向ける。

「もうお終い? なら、こっちから行くわよ!」

 早苗はダンッ! と地面を強く蹴って走り出す。それに気付いた駆馬は、今度は武器のチョイスを変更する。原理は分からないが、物理的なものが弾かれるのなら物理的ではない攻撃を当てればいい。

 駆馬は素早く黄色いボタンを押す。そして例のごとくトリガーとなるスイッチを押し込んだ。

 ヘッドライトからSFを代表する兵器、ビーム光線が飛び出してきた。弾丸よりも速く、そして弾丸のように触れられることも無い攻撃。そしてタイミングはドンピシャで美咲に頭から降り注ぐコースだ。

 ビームが美咲に当たる瞬間、異変はそこで起こった。

 美咲の姿がブレた。

 ブンッ! と、まるで瞬間移動したかのようにビームの攻撃圏から前方に飛び出し、いつの間にかバスカッシュの前にいた。

 だがそれは瞬間移動ではない。地面に導火線のように立ち昇っている美咲の後ろにある砂煙がその証拠だ。

 瞬間移動ではなく、加速したのだ・・・・・・。人間にはその姿を捉えることは難しく、消えたように見えているだけだ。

「そんじゃ、いかせてもらうわよ。あたしの本気、一発目!!」

 動揺する駆馬をよそに、美咲はあまりに無防備にトンファーを持った拳を振り上げる。脚で攻撃してこられても逃げ切る自信があるのだろう。

 しかしその姿を見ても駆馬は何もしようとしない。駆馬は別に攻撃をされても痛くも痒くもないからだ。いくら速度が速くなる能力だからといって、腕力が向上するわけではない。好きなように殴らせ、体勢でもバランスでも崩したときに素早く攻撃を加えればいい。蝿は止まっているときが叩きやすいのだから。

「いくわよー!!」

 来るなら来い。逆に隙を突いて叩き殺してやる。そう思っていると、

 ゴキン!! という鈍い音が響く。同時に、いきなりバスカッシュのバランスが右に崩れた。

「なっ!!?」

 どうやら足元で何かが起こったようだが、ここからでは見ることもできない。かといって顔を出すのも危険であるため駆馬はカーナビのボタンを押す。そこにはまるで設計図のようにポリゴンモデルのバスカッシュの全体図が映し出されていた。

「なんだこれは……!?」

 ポリゴンモデルのバスカッシュの右脚部が赤く染まっている。それはつまりその部分が破損または行動不能になったという印だ。

 駆馬は訳が分からなかった。たかだか速く動き回るだけの能力なのに、なぜ何百キロもの鋼鉄の塊であるバスカッシュの一部位を破壊せしめたのか分からない。

 下のほうでまた聞こえてくる金属を叩く鈍い音。視線を前に向けるが、さっき自分を放り投げた早苗はさっきの位置にいる。ならば間違いなく破壊したのはもう一人。

「くっ!」

 駆馬は危険を承知でサイドミラーを下げて顔を出し、下を見る。

 そこではさっきのようにブレて見えるほど高速で腕を動かし右脚部を連続で叩く美咲の姿があった。右脚部は二本あるサスペンションの一本が破壊され、関節を曲げるときに用いる空気圧で稼動するアームも破壊されて使いものにならなくなっている。

 そして美咲がさっきから叩いているのは、まさに脚の命とも言えるフレーム。一番硬く太い部分であるため多少時間が掛かっているよだが、徐々にフレームにへこみが出来、自重を支えきれずに曲がっていく。

 駆馬はさっき速くなるだけで腕力が強くないと言ったが間違いだ。

 運動の力とは、単純なエネルギーのほかにもう一つ大事なものがある。

 それは速さだ。

 人が何かを殴るとき、大きく述べて必要なものは腕力・自身の質量・拳の強度(握力)・そして速さだ。簡単な計算式を言うならば質量×速さ=衝撃になる。

 美咲の場合、いくら能力者特有の身体能力の向上があったとしても金属を殴って曲げるほどの力など出ない。だが、それに速さが加われば可能になる。たとえ本来のパンチ力が10でも速さが100であるならば衝撃は1000。つまり腕力ではなく速さによってこの現象を引き起こしている。

 それを知らない駆馬にとってはまったく意味の分からない悪夢のようにしか見えない。脚を振り回して逃れようにもその脚が壊されていて話にならない。駆馬はハンドルを操作して右拳を真下に振り下ろす。

「させません!!」

 その拳を、走ってきた早苗が受け止めて激突を阻止する。重力にまったく逆らわない形で落として勢いが強かったせいか、受け止めた早苗のいる地面に亀裂が走った。しかしそれでも早苗の顔に必死さはあるが苦痛の表情は無い。

「ぐうぅううう!!」

 駆馬は顔を真っ赤にしてハンドルを操作する。それでも力の均衡は一切崩れない。

「オッケー早苗。もういいわよ」

 美咲は止めといわんばかりにボコボコにへこんで湾曲していたフレームを思い切り叩く。直後にフレームはバスカッシュ全体の重量に耐え切れずくの字に折れ曲がってしまった。右拳以外にも支えを失ったバスカッシュのボディ部分が落下してくる。

 美咲は早苗の首筋をを掴むと能力を使用し、早苗と共に加速して・・・・・・・・・その場を離れる。次の瞬間には二人のいた場所にバスカッシュのボディが落下し、巨大な音と地響きを起こした。

 美咲はそこから十メートルほどの場所でストップする。加速した世界を見ていた早苗はほとんど感じていなかった重力を体に感じ、よろよろとつんのめる。

「す、すごいですね、美咲の能力。ジェットコースターなんかより何倍も速くて怖いです」

「ふふん、そうでしょ。縦横無尽に色々なところを駆け回る。まさしくあたしにピッタリの能力じゃない?」

 美咲はエッヘン! とでも言いたげに胸を張る。早苗ほどではないがそれなりに大きな胸がプルンッと揺れる。

「すげぇ……(あ、揺れた……)」

「あれが…部長達の能力……(結構あるな…)」

「まさかこれほどなんてな……(プルンッて……)」

 後ろで見ていた達也たち野郎三人組は二つの意味で感心した。

「ぐぐ……がぁあががあ………!!」

 駆馬は右脚部が破損したバスカッシュをなんとか腕を使って立ち直らせるが、それはあまりにもフラフラとしてぎこちない。

「さって、そろそろマロを返してもらってきましょうか」

「美咲」

 早苗が意気込んでいる美咲に申し訳なさそうな口調で、

「駆馬さんは、どうする気なんですか……」

 腕を前で伸ばしていた美咲の動きが僅かに止まる。脱力してブラリと腕を垂らして美咲は言う。

「……決まってんでしょ。倒すのよ」

 早苗は少しだけ眉を顰める。

 だけど、と美咲は続け、

「あいつが本当に怪物じゃなくて、まだ人間なら・・・・・・、あたしはあいつを警察に突き出す。罪を償わさせる。それじゃ、駄目?」

 その言葉に、早苗はホッとしたような顔になり、

「はい! それでこそ美咲ですね!!」

 早苗はバスカッシュに向き直り、拳を握る。

「くそぉ~……。死ねぇー!!」

 駆馬は思い切りアクセルを踏み込む。バスカッシュは左にバランスを崩し、その体を左腕で支えると思い切り壊れた右脚部を振るう。

 バシュッ! という音と共に右膝の部分からスチームが放出するとそこからパーツが分離し、膝から下の部分が二人に向かって飛んできた。

「やっば! 早苗、任せた」

 片手を上げてそう言うと、美咲は能力でバスカッシュまで走っていく。

「任せてください! ハァア!!」

 早苗は大きく左足を踏み出し、右の拳を思い切り振るう。右足の破片と真っ向から衝突する右拳うけん

「ァアアア、アッ!!」

 早苗は拳にさらに力込める。瞬間、ビキビキと巨大な鉄の破片にヒビが入りバラバラになる。壊れた破片がさらに細かい破片となって辺りに飛び散る。

「いきますよぉお!!」

 早苗は降ってくる破片の一つ、自分の体の半分ほどもある大きさの破片を片手で掴むと、思い切りバスカッシュ目掛けて投げつける。

「まだまだです!!」

 そのまま地面を強く蹴ると、地面に亀裂が走ると同時、ゆうに五メートルほど飛び上がる。そのまままだ空中に停滞していた破片の一つを蹴りつけ、さらにその回転の勢いに乗ったまま一際大きい破片を殴りつけて飛ばす。狙いは言うまでも無くバスカッシュに向けてだ。

「ひぃい!!?」

 飛んでくる三つの巨大な破片。さすがにこんなもので止めはさせないだろうが牽制程度にはなると踏んでいた駆馬は小さく脅える。まさかこんな形で反撃されるとは思ってもいなかったからだ。

 駆馬は急いでバスカッシュの腕を防御に回そうとするが、右脚部を完全に失くしバランスが総崩れの今の状態ではそれは叶わない。仕方なく、最初に銃弾を弾いたときのようにボンネットをバンパー側を軸に開き、フロント部をガードする。もちろんこんなものはただの気休めであり本当にこんなものであんな巨大な破片を防御できるとは思っていない。だが無いよりはマシだ。

 さらにその上に被せるように左腕を前に出して二重の盾を形成する。これですこしはもつだろうと、これをしのいだ後のプランを考える。

「そうはいかないわよ」

 不意に聞こえた声にその思考は中断させられた。

 寺の鐘を突いたように鳴り響く鈍い炸裂音。同時に二回立て続けに似たような音が聞こえ、弾かれた腕に押されてボンネットが腕の形にへこんでしまう。

 駆馬はすぐに防御体勢を解く。前方の少し離れた場所に早苗が立っているだけだと思ったが、

「こ~こだ~!!」

「!!?」

 頭上を見上げると、美咲がバスカッシュを軽々と超えた空中にいた。実は駆馬が左腕で防御しようとしたときにすでにその腕に掴り、上に上がった反動で飛び上がっただけだが、見えなかった駆馬には何も分からない。分かっているのはこの少女が敵だということだけだ。

「くぉのぉ!!」

 駆馬は苦し紛れに開いていた―――――実際にはバランスを取るのに使用していた―――――右腕を振るって美咲を蝿のように叩き落そうとする。

「なんの!」

 だが美咲は飛んできた腕にタイミングを合わせてその側面を思い切り殴る。早苗のように一撃で破壊とまではいかなかったが、そこには深々とへこみが出来る。そのままその反動を利用して後ろに飛び退く。

「くぁああ!!」

 再び駆馬がボタンを押すと、これも再びバンパーからマシンガンの銃口が出てきた。今度は何のタイムラグもなしに出てきたと同時に発射された。

「効くかってんのよ!!」

 美咲の巧みなトンファーさばきでつぎつぎに銃弾が落ちていく。

「きゃあ!!」

 しかし、突然その後ろから早苗の悲鳴が聞こえてきた。

「どうしたの早苗!?」

 振り向くと、そこには右足から血を出してひざまずいている早苗の姿があった。

どうも、最近書くのが遅くい作者です。

別に怠慢になっているわけではないのですが、なにぶん文章をまとめるのが遅い頭ですので苦労してます。

基本、この作品に書き溜めは無く、毎週頭の中のストーリをまとめて書いています。今ほどあせらずに十分な書き溜めをして掲載すればよかったと思う日はありません。

そんなこんなで、なるべくいつも通り水曜に掲載できるよう頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。

それでは、また次回。

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