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第54話 バスカッシュ その②

前回までのあらすじ

達也の町で通り魔の犯罪が起きていたそのころ、美咲と早苗は麻呂崎華多奈と鉤文紗早美の二人と遊んでいた。

今日が八月二日だと分かった華多奈は、三人にデートがあるといって、チャットで知り合った駆馬宗太郎の車でどこかに行ってしまう……。

 八月二日。午前九時三十九分。

 最近めっきり使っていなくて埃をかぶっていた自転車に乗って、骸骨のプリントされたパンクなTシャツを着たツンツン頭の少年、草薙達也は道を走る。

 この夏休みに何の因果か呼び出しをくらい、今まさにその呼び出した野郎の住む住居の前に着く。

 築十年ほどの、まだ少し風格の足りない感じのごく普通のアパート。二階へと向かう階段の前に自転車を止め、少し駆け足になりながら階段を上って目的の一番奥の部屋、205号室へと向かう。

 トントンッ、と軽く二回ドアをノックする。

「はーい」という愛嬌すら感じられる男の声が帰ってきた。

「俺だ。達也だよ」

 気だるい感じで名前を言うと、「何だ、お前か」と、さっきまでとは大違いの気だるい声で向こうも返してきた。自分で呼んどいて何だとは何だ! と普通の人間なら憤慨しそうになるだろうが、彼にとってはそんなこともうどうでもよくなってきていた。そもそも普通の人間の感性で物事を考えてはいけない。ドアの向こうの住人は普通の人間ではないのだから、こちらもそうあるべきだ。

「開いてるから入れよ」という返答に『お邪魔します』の一言も言わずに達也はドアを開ける。玄関には二束のスニーカーともう一つ、女物の―――――というより男物があるのか不明だが―――――一足の厚底サンダルがあった。厚さ五センチほどの厚みで、サイズも他の二足と比べるとかなり小さなものであるためこの部屋の住人が女装癖に目覚めたという可能性は消えた。まあ、上がれば分かるだろうと達也は靴を脱ぎ、リビングとも呼べないほどの広さの居間へのれんを上げて入る。

「おーっス」

「よお。遅かったな」

 そう言ったのはジーンズにTシャツという簡単な格好をした眼鏡をかけたサラサラヘアーの少年だった。何を隠そうこの男がさっき部屋の前でのやり取りのときの声の正体、つまりはこの部屋の住人である。

 シン=クロイツ。達也と同じ高校に通う時の名は久我真司。普通の人間ではなく、天界という異世界から達也を護衛するために送られてきた『天使』だ。本来ならこの姿も仮のものであり、本当はギンギンの銀髪頭で金色のつり目という何ともパンキーな外見をしている。

「遅かったって、俺は雄介と違ってココから遠いんだから仕方ないだろう」

 そう言って、達也はテレビにかじりついて必死にコントローラーを操作するランニングにハーフパンツの茶髪の少年に歩み寄る。向こうはゲームに夢中になって達也が来たことにすら気づいていない様子だった。

「おい、オタク」

 そう言って軽く少年の茶髪頭を叩く。

「いてっ! なんだ、達也君か」

 いきなりのことだったのにコントローラーのスタートボタンを押して画面をポーズにして振り向いた少年、坪井雄介は冷蔵庫を開けても何もなかった感じの平坦な声で答えた。

「ったく。こんなとこまで来て一人でゲームか?」

「だって僕これまだ持ってないもん」

「買えよ」

「やだ。ってか無理。お金ないもん」

 やれやれといった感じで達也は開いていた座布団に腰掛ける。ちょうど達也と雄介がやり取りをしている内に台所に行っていたシンがグラスに入ったアイスコーヒーを持ってきて達也の前に置いた。達也がグラスを手に取ろうとしたとき、ガラス製のテーブルの真ん中に一つのグラスがあることに気づく。今達也の目の前に置かれたグラスを含めて四つ。シンから聞いていたメンバーよりも一つ分多い。そこで、玄関の厚底サンダルの存在に気づく。

「なあ。今日他に誰か呼んだか?」

「ああ、玄関のあれだろ。あれは―――」

 シンが答えようと思ったとき、ジャー、という水が流れる音ともに達也が入ってきた玄関の方にあるドアが開けられて誰か出てきた。達也の記憶が正しいのなら今開いたドアはトイレのだ。そして出てきたもう一人の来訪者はのれんを上げずに入ってきた。別に頭を下げたのではない。頭がのれんに届かないだけだ。

 身長僅か一四〇センチ程。キャミソールにミニスカートという露出の高い服装に、赤と見紛うほどの茶髪をツインテールにした少女だ。

「シンさ~ん…。このウチの便所暑くて地獄っス~……」

「ぶふっ!!?」

 入ってきた少女の顔を見て、達也は霧吹きのように口からアイスコーヒーを撒き散らした。

「うわっ!!?」

「おい、汚ねぇな!! 俺の部屋だぞ!!」

 雄介とシンがともに達也を睨みつける。だが達也はそんな視線に目もくれず、

「なんでこいつが居るんだよ!!」

 入ってきた赤髪あかがみの少女、澄和すみなぎ花梨(かりん)を指差した。

「居ちゃ悪いんスか!!」

 自分を真昼間から出た幽霊のように驚く達也に気づき、花梨は挨拶よりも先に反論を返した。

 澄和花梨。かつて死んだ祖父と会いたいという理由からガロウに漬け込まれ、能力者になった少女。あの事件からまったく音沙汰がないと思っていたが、今日八月二日、思わぬところで達也は花梨と再開した。

「まったく! 人の部屋にその金属をも溶かす唾液の入り混じったコーヒーぶちまけるなんて最低っスね、草薙さん」

「てめおらぁ!!!」

 達也は弾かれたように飛び出して花梨の頭にヘッドロックを仕掛けた。

「あ痛たたたたた痛い痛い痛い痛い!!」

 必死にタップするが達也はそれを無視。レフェリーが居たら没収試合になっていただろう。二人は初めて合ったときからこんな感じに互いに遠慮がない。

「やめろお前ら」

 そこへレフェリー・クロイツがあいだに入って試合終了。十二秒。決め技・ヘッドロックの壮絶な試合は幕を閉じた。しかし達也は納得がいかないのか、押さえつけるシンに逆らって花梨に掴みかかろうとする。花梨はすぐさま達也から距離を取る。

「ったく。女に何するんスか!!」

「うるせぇよ!! だいたい女が便所のこと大々的に喋りながら入ってくんじゃねぇよ!!」

「だぁ~、うるせぇ!! いいからお前らそこ座れ! ほら、雄介も」

 家主のシンの一声で喧嘩していた二人も黙り込み、互いに睨み合いながらテーブルを囲むように座った。

「さて、と。オホンッ」

 と咳払いを一つしてシンが改まっって口を開く。

「今日お前達に集まってもらったのは他でもない。最近頻発してる通り魔のことは知ってるよな」

「今日被害者が二桁を切ったんだよね」

 雄介が少し神妙な面持ちで言葉を発した。

「あたしも、女性の一人として怖いっス」

「お前は大丈夫だよ。狙われてんのは子供じゃねぇから」

「なんなんスか!!」

「うっせぇ、ちんちくりん!」

「黙れっ!!」

 ついにキレたシンが本気で二人を叱咤する。二人はビクッと肩を震わせて、それから借りてきた猫みたいにおとなしくなった。

「たく……で、話を戻すが、どうもその犯人が能力者らしいと思ったんで今日呼んだんだ」

「はぁ!?」

 そこで意味が分からないと言った風な声を上げたのは達也だった。

「おいおい、ちょっと待てよ。いくらなんでもそりゃ考え過ぎだろ。確かにおつむがイカれた犯行だとは思うけど、いくらなんでもそりゃ話が飛躍しすぎだ」

「まあ、そう思うのは無理ないな。そんなことだろうと思って……」

 そう言ってシンは自分が背もたれ代わりにしていたベッドの下に手を突っ込んで何か本のような物を取り出してきた。

「これだ」

 そう言ってガラステーブルの上に置かれた本にはこう書かれていた。


『ECSTASY七月号。競泳水着特集。プールサイドで濡れて…』


「「「「…………………………」」」」

 表紙にはなにやら競泳水着を着た綺麗なお姉さんが何かを期待するような艶かしい表情で雌豹めひょうのポーズをとっていた。

「あああああぁぁぁああああああーーーーー!!!!!」

 シンは絶叫しながら雑誌を掴むと玄関のほうの通路に向かって投げた。のれんをくぐって雑誌は通路の奥に消える。パリーンッ! という音が奥から聞こえたので、どうやら玄関の花瓶のかなにかに激突したらしい。

「(ベッドの下って、また古典的な……)」

「(あいつ前に俺のこと『水着ボインフェチ』とか言ってたくせに……)」

「そこっ!! こそこそと陰口叩くな!! 男なんだからお前らにだって分かるだろ!! こら花梨!! 人ん家のゴミ箱勝手に漁るな!!」

 シンはゴミ箱を漁る花梨を制して再び「オホンッ!!」と咳払いをした。

「えー。話が脱線したが戻そうと思う。お前らに見せたかったのはこれだ」

 そう言ってまたベッドの下に手を突っ込んで何かを取り出す。今度のは雑誌ではなく普通のノートだった。

「これを見てくれ」

 そしてあるページを開いて全員が見えるようにテーブルの中央に置く。それは新聞のスクラップ記事で、通り魔の三回目の犯行が載っていた記事だ。

「これがどうしたんだよ? この記事なら俺も読んだぞ。初めてこの犯人がイカれてると実感させられた記事だ」

 達也は唾でも吐き捨てるようにそう言った。

 三回目の犯行。被害者の女性は車で轢かれたことが致命傷で死亡。だが、死亡した後にも何度も車で轢いた形跡があり、おまけに犯人は被害者の女性の腹部から腸を引きずり出して首に巻きつけ、木の上に吊るしていたと書いてある。

「酷いことするね…」

「怖いっス~……」

 雄介は小さく答える。花梨は犯行内容を聞いただけで震え上がっていた。

「で? これを見たからなんなんだよ。これから確かに猟奇的な殺人になっていったけどさ、結局こいつが能力者だって裏は取れてないんだろ?」

「そこだよ。けど、これを見てくれ」

 シンはスクラップ記事のある場所を指差す。三人は猫みたいにその人差し指の先を見つめる。

 そこにはたまたま犯行現場にいた人間の目撃情報を元に描かれた、犯人の使っていたであろう車の絵が載っていた。流線型のボディが美しいスポーツカーだ。

 だが、三人はそんなものを見せられてもシンが何を言いたいのか見当が付かない。

「次はこれだ」

 シンはそのままページをめくる。次のページも通り魔の記事だった。

 四回目の犯行。この女性も車で轢かれたことが致命傷である。その死体は腹部を開腹され、内蔵を全て取り出されて腹部が空洞状態になっていた。その内臓は近所のゴミ捨て場にビニール袋に入れられて破棄されていたらしい。

 そしてシンが指差していたのは記事の内容ではなくそこにある挿絵、犯人の車の絵だ。

 シンは三人が見たのを確認するとまたページをめくる。そして車の挿絵を指差す。三人が確認したらまたページをめくるを繰り返し、挿絵の載っていた八回目の犯行の記事まで全て同じ動作を行った。

 だが、やはり三人は何が言いたいのか分からない。

「で。結局何が言いたい、お前は」

 業を煮やした達也が少し苛立った風な口調でシンに問いただす。達也はあまり回りくどい言い方が好きではない。

「分からないか?」

 しかし、シンは逆になぜ分からないのかと言いたげな顔で達也に聞き返す。無論、分からなかったから聞いている達也は黙ってシンの顔を見返す。

全部同じ車なんだぞ・・・・・・・・・?」

「…あっ……………!」

 そこまで言うと、雄介は何か分かったように口を開けた。だが、やはり達也は分からない。ここまで言っても駄目なのでシンは軽くため息をついて説明を始める。

「いいか? 包丁やナイフみたいなどこでも手に入るものと違って車は簡単に買えない。今の警察の捜査力なら車で犯人を見つけ出すなんて簡単なんだ。それでもこいつは車で犯行を行ってる」

「盗難車なんじゃねぇのか?」

「それはない。それだったら盗難車との二重の捜索で一番早く捕まる。そもそも盗難車だろうが買った車だろうが簡単に隠すことなんてできない。車庫に入れてたとしても近所の住人に見られる可能性だってある。遠い地域から来るにしたってほぼ毎日のペースで決まった地域でのみ犯行を行うなんてできっこない。だからこの地域周辺だと犯人の像は絞り込める。一回見られただけでも危険なんだ。それなのにこいつはその車でもう十回もの殺人を行ってるんだ。人間業じゃない」

 そこまで言われて達也もようやく理解する。確かにこの記事にはナンバープレートのナンバーまでは書かれていないが、スポーツカータイプでこの周辺の住民という条件カードが揃っていれば犯人なんて簡単に捕まる。それなのにこの犯人は恐らく全ての犯行をこの車で行ってきた。自分も犯罪者ならば自分の起こした事件がどうなっているかを新聞か何かで把握して、自分の車が目撃されているのを知っているはずなのに。それでもこの犯人はこの車で犯行を行って・・・・・・・・・・いるのだ・・・・。これはよほどの運の良い馬鹿か、それとも、

「常識の範疇を超えた能力者以外にありえない…か」

「そういうこと」

 シンはパタンとノートを閉じる。

「この事件に能力者が絡んでるとなると考えられるのはひと…、いや、二つだな」

 シンは立てようとしていた人差し指を一瞬止め、すぐに中指とペアで指を立て直した。

「一つは花梨のときみたいにガロウが絡んでいるケース」

「二つ目はなんだよ?」

 シンは達也のほうをチラリと見て、それから雄介に視線を移す。

「…考えたくはないが、雄介のように自然発生したタイプなのかもしれない」

 達也はその言葉に一つの疑問を覚えた。

「おい、ちょっと待ってくれ。俺の能力も、雄介のときも変だと思ったんだが、能力は『知恵の実』を食べないと発現しないんだろ?」

 知恵の実。―――――天界の『知恵の樹』に生るといわれる、食したものを能力者にする禁断の実。達也は前のアイールというクソガキが起こした事件のときにそのことをシンに聞かされていた。事実、この中で知恵の実を食べて能力者になったのは花梨だけだ(シンはそもそも能力を持っているのか分からない)。

「アイールが能力を持ってるの見て、お前知恵の実しか能力が発生しないって感じでもの言ってたじゃんか。自然発生って……」

 シンは少し間をおき、腹を据えたように大きく息を吸う。

「いいか。本来ならそれが一般的だ。だけど、二つのある条件があれば運が良ければ能力者になれる」

「ある条件って?」

「なんスか?」

 雄介と花梨がそれぞれ言葉を繋げて質問する。

「その内の一つの条件は本来天界にしか存在しない条件なんだが……」

「いいから言えよ」

 達也の急かす声で、シンは口を開く。

「一つの条件はまったくの偶然。まさに天に選ばれたって奴だ。そして二つ目は、知恵の樹の出すマナを供給し続けることだ」

 一つ目の条件はともかく、二つ目の条件を三人はどうも理解できなかったらしい。全員が『ナニイッテンダオマエ』みたいな顔をしている。

「ま、光合成で植物が酸素を生むみたいに、知恵の樹も空気中のマナを供給して特別なマナに変換するシステムがある。それを供給し続けると能力が発現しやすくなる。そのため俺たち天界人は、もっとも能力の自然発生の確立が多い」

 シンはそこだけ誇らしげに胸を張った。

「ちなみに、俺たちの世界と魔界じゃどれくらいなんだ?」

 達也は少し興味が湧いてきた。

「だいたい人間界は一億人に一人の割合かな」

 一億人に一人。その計算であれば人間界に能力者は70人近くいることになる。

「じゃあじゃあ、魔界は?」

 雄介も少し興味が湧いてきたのか、少し楽しげにシンに問う。

「魔界は三億人に一人」

「そっかー、三億人に……三億人!?」

 雄介は驚いて声を荒げた。その計算なら魔術などのオカルトとは少し疎遠な人間の世界の人間より三倍も生まれにくいことになる。

「ああ。だからアイールの奴が能力を持っていたのを見てありえないっていったんだ。あいつは能力者じゃなかったし、尚且つ、計算上今期最後の能力者が生まれてるからな」

「誰だよそいつ」

 達也が聞くと少しだけ、ほんの少しだけシンの目が鋭くなった。

「お前も知ってるだろ。リスタだ」

「ああ~………なる」

 達也はそういうことね、と言った具合に納得した。かつて自分と死闘、と言っても遠く及ばなかったが、自分が負けた相手の顔くらいは覚えている。そして、なぜか能力に選ばれるならあいつが適任だなと、達也は自分でも何でそう思ったか分からない推論に小さくうなずいた。

「ま、で。俺が言いたいのは、どうもこの犯人は可能性『二』のほうだと思うんだ」

 脱線しかかっていた話をシンが再び元の軌道に戻す。

「ガロウたちは組織だって動いてる。奴らの行動理念がどういうものかは知らねぇけど、これはどう考えてもただ好き放題やってるようにしか見えない。後先を考えてる感がゼロだからな」

「て、言うことは」

 察しの良い雄介はここでシンの言いたいことが大体分かった。シンは小さくうなずく。

「そうだ。今回は手がかりがほぼゼロ。捜査の仕様がない」

「じゃあ、どうすんだ。このままじゃ被害者が続出するぞ」

「そこでだ」

 達也の言葉を遮り、シンは隣に座っていた花梨を見る。

「だから花梨を呼んだ。こいつの能力なら被害者の『魂』を呼び寄せることができる。そこから犯人の手がかりを掴む」

 花梨の能力、『スリラー』は死んだ人間の魂を呼び出すことができる能力だ。かつてこの能力で苦しんだ彼女だったが、今はこのとおり、

「任せてくださいっス! 早く犯人捕まえて安心して出歩ける町にしましょう!」

 このとおり、やる気満々だった。

「でもさぁ」

 しかし、ここで横槍が入る。放ったのは達也だ。

「なんスか草薙さん。なんか文句あるんスか?」

「ちげぇよ、一つ問題点があるだろ」

「なにっスか? あたしのスリラーに弱点なんか無いっス!」

「もし被害者の魂が『この世』にすでに無かったら意味無いんじゃね?」

「あ………………」

 成長途中(?)の胸を張ってマンガに出てくる自信過剰な敵キャラみたいなセリフを言っていた花梨は固まった。花梨の能力スリラーは、この世にある魂を呼び出す。つまりすでにこの世に居ない、言ってしまえば成仏したような魂は呼び出せないのだ。

「そりゃ確かに無念だとは思うけど、全部が全部この世に魂になってあるわけじゃないだろ」

「いや。十件もあるんだ。一つくらいは当たりがあるだろうに」

「そ……そうっスよ! 一件くらい当たりがあるっスよ!! じゃ、早く行きましょう! 魂が成仏しちゃう前に!!」

 そう言って花梨はアイスコーヒーを一気に飲み干すと、玄関に向かってズカズカと歩き出した。

「あっ! おい待てよ花梨!」

 三人もそれに習ってアイスコーヒーを飲み干し、狭い通路を通って玄関に向かう。花梨は止め具が多いサンダルを履くのに間誤付まごついていて、結局履きやすいスニーカーだった野郎三人のほうが早く玄関を出た。

「よし。行くか」

 シンは錆びた鉄板で出来た二階の通路をとおり階段を降りようとしたとき、後ろに三人が居ないことに気づく。

「あれ?」

 おかしいと思って部屋に戻ろうとしたとき、薄く開いた自分のウチのドアの向こうから、

「うわっ! これ…すごっ!」

「あたしもこんなオッパイおっきくなりますかね?」

「これ七月号って書いてあるけどまだ本屋売ってるかな?」

 道端でエロ本を見つけた小学生みたいな会話が聞こえてきた。シンは自分が玄関に向かってさっき何を投げたのか思い出した。

「………………………、」

 シンはゆっくりと、本当にゾンビのようにゆっくりと、自分の部屋に向かって歩き始めた。

 その手には、いつも自分が敵の脳天をぶち抜くために愛用している銃を握って。




 八月二日。午前十時十二分。

 三人はまず、一番新しい犯行現場、つまり今日新聞に載っていた十回目の犯行現場である月白湾の倉庫に向かっていた。理由はもちろん、一番近かったからである。

「…………………、」

 そんな中、一人不機嫌そうにシンは先頭に立って早足で歩いていた。その後ろで三人は軽く引き気味になって、花梨にいたっては震えながらその後を追う。

「なあ、悪かったって。別にお前のフェチにはどうこう言うつもり無いよ。俺も水着好きだし、特にあの尻の布パチンてやる仕草」

「……………うるさい」

「いい加減機嫌直せよ。元はと言えばお前が間違えたのが発端じゃねぇか」

「………だぁ~~~~~!! うるさい!! 分かったよ!俺が悪かったよ! 悪うございましたね、お目汚しをいたしまして!!」

 そう言ってまたつかつかと先に言ってしまう。確かに、いくら友達とはいえ自分の了承もなしに自分の保有する機密文書(エロ本)を見られるのは嫌なものだろう。下手をすれば勝手に自分の性癖を心理分析プロファイリングされる可能性だってあるのだ。しかし確かにシン自らの不敵際だが、後半の三人の行動は明らかに彼の傷口に塩を塗る行為に他ならない。

「ほ、ほらみんな、こんな物騒な事件早く解決しちゃいましょう!!」

 そんなピリピリした険悪ムードに耐えられなくなったのか、花梨はさっさと現場について全員が仕事モードに入れば収まるだろうと、ガードレールをミニスカの格好でまたいで道路を横断しようとする。しかし、すぐ向こうから白いステーションワゴンが走ってきていた。

「おい!馬鹿!!」

 達也が叫ぶのと同じタイミングで、野郎三人はガードレールを陸上のハードルみたいに飛び越え、花梨の元に走り寄る。花梨も車の存在に気づき逃げると思ったが、完璧に頭の中がフリーズして一歩も動けなくなっていた。

 キキーッ!! と、ちょうど三人が花梨の元に付いたときに派手な音を立てて車は急停止する。

「こらー! 危ないじゃないか!」

 運転手が車の窓から顔を出して怒っているのかそうでないのか微妙な優しげな声で怒鳴っている。助手席に座っていた達也たちと同じような年齢の少女は何が起きたのか分からずキョロキョロしていた。

「この馬鹿タレ! 見た目と同じ小学生かオノレは!」

「な……っ! 失敬な!! 草薙さんのオタンコナス!! 童貞!!」

「コロスゾコノヤローーーーー!!」

「おい! お前ら!!」

 逃げ出した花梨を追いかけて達也は一気に向こう側の歩道に走って行く。最後の悪口が逆鱗に触れたらしい。シンもそれを追って走っていく。

「えっ!? ちょ、ちょっと!」

 雄介は車の方を見てどう謝るか考え、そして達也たちを見てどうすればいいか悩み、結局軽い会釈をして謝罪し、三人を追って走った。




 八月二日。午前十時二十九分。

 四人は月白湾に着いていた。途中、十分近く花梨と達也によるリアル鬼ごっこが繰り広げられて(結局達也が捕まえて花梨はコブラツイスト二十秒の刑)時間を食ったが何とか着いた。

 新聞には詳しい場所までは書いてなかったが、幸い、入ってしばらく歩いたところにあった行き止まりの場所に黄色いテープが張り巡らしてあったのですぐに分かった。

 四人は誰も居ないことを確認して、テープを潜って中に入った。

「ここか……」

 達也の声のトーンが少し小さかった。それはこの現場を見たからだろう。

 まだ調べることがあるのか、現場はほとんど手が加えられておらず、壁にはキャンパスにペンキ缶をそのままぶちまけたように血のシミが鮮明に残っていた。壁に付着した血の量でこれだけだとすると、恐らく地面には途方も無い量の血が撒き散らされていたのだろうが、地面の血は掃除してあった。それでもまだ薄っすらと赤い色が地面に残っている。

「花梨、頼む」

「了解っス……」

 シンが言うと、花梨は三人より一歩前に出る。それを見て三人は後ろに下がり、さらに花梨と距離をとる。

「……『スリラー』……………」

 花梨が呟くと、辺りが青い光に包まれる。まるでどこかの洒落たバーのネオンのように青い光に包まれた空間に、さらに蛍のように小さな光が集まってくる。そして蛍のような光は、血のシミのついた壁の前に集まっていき人の形を作っていく。

「一発目からビンゴだな……」

 シンがそう呟く。どうやら魂を呼び寄せることには成功したらしく、まるで立体映像のように青い半透明な光の人形ひとがたが出来ていた。

「う……」

 しかし、現れた人形を見た瞬間、全員の顔がそれから目を逸らしてしまった。雄介にいたっては口に手を当てている。

 幽霊は死んだときの姿をしているとよく言うが、まさにそのとおりだとそこにいる全員が思った。

 スリラーによって召還された被害者の魂は、まるで粘土細工にバットを振り下ろしたように顔の右側がひしゃげ、右の眼球が潰れていた。その隣にある左の眼球も黒目が白く濁り、恐らくは機能していない。体は全体がズタズタに切り刻まれ、着ていたキャミソールもミニスカートもほとんど見る影が無く、体中から血が滴っていた。まさに新聞に書かれていた行為をされたと一目で分かる。自分の今日の格好とほとんど同じ魂のビジョンに、花梨は悪いと思いながらも少し抵抗を感じてしまった。

「あの~…、日美賀奈ひびがな夕美(ゆうみ)さんですか……?」

 恐る恐る達也が質問すると、被害者の魂、日美賀奈夕美はハッとしたように俯かせていた頭を上げ、辺りをキョロキョロする。

『誰………?』

 ひどく聞こえにくい小さな声で夕美は尋ねてきた。達也が続けて質問しようとしたとき、それをシンが制し、一歩前に出た。

「あなたの眠りを妨げてしまって申し訳ない。失礼だが、あなたは自分の状況を理解していますか?」

 えらく紳士的な口調で、シンは夕美に問いかける。夕美は僅かに何かを考えるように間をおき、そして思い出したように小さく首を縦に振った。

『……ええ、死んだんでしょう、私……………』

「嫌なことを思い出せてしまって申し訳ない」

 シンは深々と頭を下げて謝罪した。まるでそれが合図だったように、夕美のもう機能していないであろう二つの目から涙が溢れ出す。

『どうして……こうなったの………。私は、楽しく生きていたかっただけなのに…、悪いことなんかしてないのに……ただ、普通に…みんながしてるみたいに、普通に…生きて、いたかった、だけなのに………』

 嗚咽おえつ交じりに泣きぐしゃる彼女の目からこぼれた涙は、彼女から離れると同時に青いちりになって消えていった。

「自分達は、あなたのような人をもう出さないためにここに来ました。あなたに犯人のことを教えてもらうために。辛いでしょうが、答えていただきたい」

 シンの言葉にしばらく泣きぐしゃっていた彼女は泣くのを止めた。

『犯人を…捕まえてくれるの……?』

「もちろんです」

 シンは力強く答えた。恐らくここにいる四人全てに聞いても、その質問の答えは一緒だっただろう。夕美はその言葉を聞き、ゆっくりと口を開いた。

『あいつは…化物だった。最初に大学で知り合って、しばらく一緒にいるうちに…恋人みたいな関係になって……でも、初めてのデートのときに、分かったの。あいつが今までの通り魔の犯人だって……でも、それと同時に、あいつは、化物だったってことも……』

 化物、という言葉に全員が頭の中で一つの確証を得た。今回の事件はやはり能力者の仕業だと。

「すいませんが、これにその犯人の絵を描いてくれませんか。それが駄目なら特徴でもいいです」

 シンはポケットからメモ帳を取り出して目の前に差し出す。花梨のスリラーは魂でも物に干渉することが出来るようになる。だが、彼女は首を横に振った。

『無理よ……。私もう目が見えないの。何も描けない。今だってあなた達の姿さえ見えないんだから』

 その言葉に、全員の顔が曇る。ここからは手がかりが掴めないのかと。しかしシンは諦めずに質問する。

「分かりました。絵が描けないんなら特徴だけでもいいです。それと、その犯人の名前を、あなたはご存知ですよね。教えていただけませんか」

 その質問に夕美はゆっくりと首を縦に振る。

『犯人の…名前は―――――――――』




 八月二日。十一時二十五分。

「はぁ~……楽しかった!」

「華多奈ちゃん。すごい気迫だったもんね」

 駆馬と華多奈は近くのボーリングセンターに来ていた。駆馬の圧倒的強さに負けが込んだ華多奈は、五ゲーム目にしてやっと勝利を勝ち取った。二人は駐車場の駆馬のステーションワゴンに乗り込み、駆馬はエンジンをかける。

「あ、ちょっと待ってください。わたし飲み物買ってきます」

「いいよいいよ。それじゃ僕が買ってくるから」

「でも、悪いですよ」

「いいからいいから。こういうのは男性の僕の仕事。デートなんだからエスコートしなくちゃならない立場だし」

 そう言って駆馬はエンジンをかけたまま車から降りる。ドアを閉めて自販機に走ろうとしたときに、不意に何かを思い出したようにまたドアを開けて首だけ車内に入れ、

「恥ずかしいから、あんまり車の中かき回さないでね」

 それだけ言って、またドアを閉めて今度こそ自販機に走っていった。

「はーい」

 華多奈はもう聞こえない返答を返し、鼻歌を歌いながらカーエアコンを自分の方に向けて涼んでいた。

「あ、メイク直しとこ」

 車のルームミラーで自分の顔を見るとメイクが取れかかっていた。ボーリングで五ゲームもすればいくらエアコンが効いていても汗はかく。恐らくそのせいだろう。

「えーと、ファンデ、ファンデ」

 そう言ってカバンからメイク道具を取り出そうとしたとき、角ばったデザインのカバンの角が助手席のアタッシュボードの取っ手に引っかかり、そのまま上に上げたことで開いてしまった。

「あっ!!」

 気づいたときにはすでに遅く、アタッシュボードが開いていた。

「あちゃ~。かき回すなって言われてたのに~」

 華多奈は頭に手を当てて困った顔になった。かき回してはいないが、これは明らかに未遂だ。

「ん!?」

 華多奈はアタッシュボードの中の物に目がいった。中には透明なケースに入ったCD-ROMにメモリースティック、長方形の紙が何枚もある。紙の方は写真だろう。

「…………………」

 華多奈は一瞬迷ったが、その内の一枚に手を伸ばす。

「エッチなのかな。それとも前に付き合ってた彼女とか。って、多すぎだっつの!」

 笑いながら自分にツッコミを入れていた華多奈は、その写真を見て固まった。

 そこには、確かに彼が今まで付き合ってきた女性が映っていた。


 切り刻まれた無残な姿で。


「そ、んな……………!!」

 あれも、これも、どれもがみな、無残な女性の死体を写した写真。あるものは車に轢かれたように横たわり、あるものは車に顔を踏みつけられているものもある。そして、無残にも内臓を引きずり出されている最中・・の、苦しみ悲鳴を上げる女性の姿の写真。

「―――――――――――――!!」

 恐らく華多奈がそれらを見て吐き気を催さなかったのは、これが合成写真か何かのたぐいだと思ったからだろう。

 バンッ!!

 ガラスを叩かれる音に驚き、ドアガラスのほうを見る。そこには不自然なまでに笑顔の駆馬がジュースを二本持って立っていた。

「見ーーーちゃった……」

 その笑顔とはまるで吊り合わないほどの静かな声に、華多奈はこれが合成写真ではなく本物だと確信してしまった。その笑顔の裏にある化物の片鱗が見えてしまったからだ。

 慌ててドアをロックする。駆馬はまるで微動だにせず、ドアの取っ手をガチャガチャと動かし始めた。

「いやーーーーーー!!」

 悲鳴を上げて華多奈は運転席側のドアへと向かう。駆馬はそれを見て、まるで予想通りに事が運んだかのような笑顔になる。そして、おもむろに手を開く。

 するとそこに車のキーが現れた。手品ではない。現に車のキーは今まさに車に刺さってエンジンをかけているのだ。その車のキーは鍵の刃の部分が金色で出来ている。駆馬は摘みの部分にある小さなボタンに指を沿え、

「『バスカッシュ』……」

 呪文を唱えるように呟いた。

「いやーーーー!!」

 華多奈は叫びながら運転席側のドアを開け、外に出ようと体を乗り出す。駆馬はタイミングを見計らったようにボタンを押すと、いきなり車のドアがすごい勢いで閉まった。

「えっ!?」

 声を上げた瞬間、華多奈の体をドアが叩きつけるように挟み込んだ。

「が―――――――!」

 肺の空気を全て放出され、華多奈はそのまま気を失った。

「フフフフフ………」

 駆馬は持っていたジュースをその場に捨て、運転席側の華多奈の方まで行き、抱え上げる。

「逃げないでよ、お姫様」

 駆馬は意識のない華多奈の耳元で呟くと、そのまま華多奈を後部座席に寝かせ、車を発進させた。

どうもです。

今回も珍しく長い文が書けました。これがずっと続くよう頑張ります。あと感想を制限無しにしておきました。ログインされていない方もお気軽に感想ください。

あと連載初めて二度目の感想もらっちゃいました。つよしさん、ありがとうございます。

こんな風に応援してくださる方々のために、これからも頑張っていきます。

それでは、また次回。

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