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第53話 バスカッシュ その①

楽しかった合宿も終わりを告げ、何日か経ったころ……。

 その女性は、とにかく走っていた。

 ピンクのキャミソールに水色のミニスカート、小さな手提げバックにミュールという、今からデートにでも向かうような格好だ。だが、何かに遅れそうで急いでいる、と言った雰囲気は彼女からは感じない。大体、今は夜中の十二時過ぎだ。こんな時間に急ぎの用もそうそう無いだろう。

 彼女は切羽詰った顔をしながら、人気の無い、明かりも無い夜の船の貨物置場の道をひたすら走る。短いスカートがひるがえるのも気にせず、履いていたミュールを脱ぎ捨て、とにかく明かりのある場所へ、人の大勢いるいる場所へと向かって走った。

 しばらく走ると、向こうに人口の明かりが小さく見えてくる。助かった、と息を切らしながらホッと胸を撫で下ろす。


 ギュアアアアアアアアアアッ!!!!


「!!?」

 しかし、その彼女の希望の光を打ち消すかのごとく、前方の曲がり角から唸るような轟音を響かせ何かが飛び出してきた。強烈な光が彼女を前方から照らし出す。

 車だ。

 二個並んでまるで魔物の目のように禍々しく光るそれは車のヘッドライトだ。ヘッドライトがあまりに強力すぎるせいで車の全容は影が発生して見えない。だが、車高の低いスポーツカーのような形だけは薄っすらと垣間見える。

 ヘッドライトが放つその光は、彼女の救いを遮るように彼女の前方で止まり、彼女を照らす。

「ひ…ひぃいいい!!」

 彼女は悲鳴を上げてもと来た道を逆走していく。求め続けた救いの光はどんどん遠のいていくが、今はもう逃げるしかない。に見つかってしまった。救いは奴によって食い潰された。もう逃げるしかない。無様だろうと、醜くとも、とにかく逃げるしかない。


 そんな彼女の後姿を見ながら、車の運転席に座った男は歯をむき出して小さく笑う。邪悪に。醜悪に。

 そして、一気にアクセルを踏み込んだ。


 ギュアアアアアアッ!!!


 再び唸る轟音。車の後輪がその場で高速で空回る。そして、次の瞬間後輪は大地を捉え、弾けたように車は発進した。

「ハァ…ハァ……!!」

 彼女は後ろを振り返る。さっきまでは十数メートルあった距離がもうほとんど詰められてきている。慌てた彼女はさっき来た道とは違う曲がり角を見つけ、そこに急いで駆け込んだ。まさに間一髪で、曲がり角に入った彼女の後ろを車が高速で突っ切っていった。

「ハァ…ハァ、ゲホッゲホッ! ……ハァ……」

 渇いた喉に一気に空気が流れ込み軽く咳き込みながら、彼女は僅かに稼げた逃げる時間を無駄に使うまいと再び走り出す。

 もうあの道は使えない。ならばここからまた別の道を見つけるしかない、と走り出した矢先だった。彼女は絶句した。

 彼女の目の前には無機質な石造りの壁が立ちはだかっていた。よじ登るにも高すぎて上れず、周りを見ても今来た道以外に通れる場所など何も無い。完全な行き止まりだった。

「そんな……なんで!! なんでよぉ!!」

 彼女は壁をドンドンと叩きながら叫ぶ。その壁の向こうはいったいどうなっているのか分からない。人がいるのかも分からない。ただ、こんなことになってしまった無慈悲な運命に向かって叫ぶ。

「誰かーーーーーー!! 助けてーーーーーーーー!! ここよーーー!! ここにいるのーーーーーー!!! 誰かーーーーーーー!!!」

 まるでいたずらをして押入れに閉じ込められた子供が親に懇願するように、涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら助けを求める。

 だが、返事は返ってこない。誰も助けに来ない。

「お願い助けて!! 嫌よ! 死にたくない!! 誰かーーーーーー!!」

 その時、キッ、という何かが止まる音が聞こえ、彼女の後ろから強烈な光が発せられ、彼女の向き合っている壁に影を落とす。

 彼女は恐る恐る後ろを振り向く。そこにはさっきどこかに行ってしまったはずのあの車が止まっていた。

「…いや………………」

 彼女はガチガチと震えながら首を左右に振り、その場にぺたりとへたり込む。彼女が腰を落とした場所からじわりと黄色い液体が漏れ出し、地面と彼女のスカートの股辺りを濡らす。

「いやぁ………!」

 彼女はさっきよりも力を込めて首を振る。しかし、車の運転席に座る男はそんなことなど気にしない。むしろ無様に泣きぐしゃリ、失禁までして救いを懇願する彼女の姿を、子供向けのちゃちなアニメを見ているように愉快に笑っている。

 車は、ギュア! と短く後輪を空回りさせる。それを見た彼女は本当に地面から飛び上がって驚く。さらに二度、三度と、車は短く後輪を鳴らす。

「いやぁあああああああ!!」

 彼女はもうそれを見て自分が助かることは不可能と分かり、頭を抱えて絶叫する。もう助からない。自分の命はもう奴に握られてしまった。もう自力で助かることはできない。あとは誰かが助けに来てくれる奇跡を信じるしかない。

『―――――――――――――――――――――!!』

 男は車の中でアクセルを踏んだり放したりしながらその彼女の姿を見て爆笑している。不気味なことに、その笑い声は車の中から一切漏れ聞こえてこない。ただ、影で暗くなったフロントガラスから、大口を開けてハンドルをバンバン叩いている姿だけが見える。

「やめてーーーーー!! お願い助けて!! 何でもする!! あなたの言うことなんでもするからお願い!! 助けてーーーーーーー!!!」

 彼女は精一杯の大声で叫んだ。すると、車の後輪が動きを止め、辺りにしばし、車のアイドリング音だけが響く。

 しばらくすると、運転席側のウィンドウがハエが飛んでいるような低くて鈍い機会音を立てて下がっていく。

「ペッ!」

 と、そこから乗っていた運転手の口が少し覗き、そこから噛んでいたガムが放り出された。

「………………!」

 彼女は期待の輝きを目に見せて、運転手の男の返答を待った。やがて、

 ギュアアアアアアアア!!

 という、後輪を空回りさせる音が響き、彼女の顔が再び恐怖に染まった。

「いや…………!」

 ギュアアアアアアアア!!

「いやぁ……………!」

 次の瞬間、後輪が大地を捉えた。車が、彼女目掛けて突っ込んでいく。

「いやぁあああああああああ!!!」

 彼女に向かって、何の遠慮もなしに車は進む。アクセルを目一杯踏み込まれた速度のまま。やがて、彼女と車の距離が五メートル程を切り、彼女に衝突するのに一瞬も掛からないほどの距離。その一瞬の時間に、彼女は男の最後の言葉を聞いた。


「いやだね」


 それが、彼女の聞いた男の最後の台詞。そして、彼女自身が最後に聞いた声。

 そのたった一瞬の後、彼女の顔にバンパーがめり込み、そのまま彼女の頭は後ろの壁に挟まれ、腐った果実を握りつぶしたような音とともに叩き潰された。






 八月二日。午前九時十七分。

 夏休みの宿題は涼しい朝の時間帯にやったほうが効率がいい、なんてことをよく聞くが、この日はそんな言葉を丸ごと否定しているかのような真夏日だった。

「ふぁ~………」

 そんな気だるい暑さの中、あくび交じりに自身のツンツン頭をボリボリと掻きながら、草薙達也は階段を降りて居間を通り、キッチンに入る。

 キッチンのテーブルには『ちょっと買い物に行ってきます』という走り書きの母親からのメモが残されており、同じくテーブルの上にはラップにかけられた玉子焼き一個とウインナーが二個置いてあった。腹が減ったらこれを食えという母の気遣いだろう。

 炊飯ジャーから自分の茶碗にご飯を盛り、鍋にあったわかめとちくわの味噌汁を温めてよそい、のそりとした動きで席に着く。

「あ~………」

 味噌汁をすすったところでようやく頭が目覚め、風呂に入った親父みたいな声を上げる。そして、対面に置いてあった新聞を目一杯手を伸ばして取り(不精であるため席を立つということはしない)、広げる。

 達也は基本、ニュースなどを見てきちんと時事の事柄を知っておく。新聞もテレビ欄と四コマ漫画だけを見て終わり、なんてことはしない。テレビ欄を後ろに向け、新聞の一覧から見ていく。箸を片手に新聞を読む、などといかにも親父くさくて女房でもいたら『あなた! やめて頂戴!!』なんて文句が飛び交うかもしれないが、今は達也一人しかいない。別に彼がこんなことをやっても怒る人間は一人もいない。

 新聞の最初の見出しにはこう書かれていた。


『また通り魔。被害者はついに二桁に』


 被害者の女性、日美賀奈ひびがな夕美(ゆうみ)さんは、車のバンパーと壁で頭部を潰されて殺害され、さらに体中を鋭利な刃物でメッタ切りにされていたらしい。

「う………!」

 達也はウインナーを口に運ぼうとしている箸の動きを止め、行儀は悪いがそのままウインナーを元の皿に戻す。こんな記事を読んだ後ではさすがに肉を食う気にはなれない。こんなことなら朝食を済ませた後に読めばよかったと若干後悔する。

 通り魔。最近、というか丁度達也たちが夏休みに入った辺りから出始めた女性ばかりを狙って襲う明らかに変態チックなその犯罪者は、僅かここ十日足らずでついに十人目の被害者を上げた、という内容だった。その殺害方法はどれも残酷且つ非道極まりないもので、まだ生きている状態で内臓を引きずり出してあったり、果ては四肢を全て切断し、開腹した被害者の腹にペースト状にして詰めてあったりなど並外れた殺人ではない。完璧におつむのイカれた猟奇殺人である。これが同一犯であるということが分かっている理由は、被害者の致命傷は全て車にかれたり車で踏み潰されたりなど、車を使っていることかららしい。

「くだらねぇことやるクソはどこにでもいんだな…」

 達也は心の底から、どこの誰とも知れない犯人に向かって皮肉を叩きつけてやった。こんなことをして何が楽しいのか。相手が苦しむ姿を見て興奮する嗜虐趣味者、サディストがいることは分かるが、いくらなんでもこんなことは度が過ぎている、という言葉ですら表現できないほどの最低な行為だ。そんなに人様を虐めたければ夜の街でボンテージに身を包む職業にでも付いていればいいだろう、と達也は思う。

 とその時、達也の耳に何かが聞こえて聞こえてきた。

「ん?」

 達也は起きてからテレビをつけた記憶はない。しかも、その音はとても小さなものだ。今は全員出払っていて静かだから聞こえたのだろう。それはとても聞き馴染みのある音だ。

「俺の携帯か」

 達也は箸を置き、食事を中断されたことに不平をもらしながら階段を上って部屋に戻る。扉を開けたと同時にやかましいと思うくらい携帯の着信音が鳴り響いていた。

「はいはい、今出ますよ」

 達也は聞こえるはずのない言葉を言いながら通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『俺だ』

 電話の向こうから聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。

「なんだよ、お前か。何のようだよシン?」

 電話の向こうの相手は天界からの天使様、シン=クロイツその人である。

『お前今日のニュース見たか?』

「あ? ニュース? いや、見てないけど。ああ、新聞なら読んだぞ。なんか通り魔が十人目の被害者出したって……」

『よかった。知ってたんなら話は早い』

「は?」

『今からすぐウチに来てくれ。雄介も呼んでおいたから。じゃ』

「あっ、おい!」

 達也の声は届かず、そこで通話は一方的に切られてしまった。

「っんだよ、畜生……」

 達也は携帯をベッドに放り投げると、キッチンに戻り、朝食を手早く済ませて身支度をし始めた。






 八月二日。午前九時五十分。

「また通り魔だってさ」

 まだ午前中で人の数もまばらな喫茶店の一角に四人の少女が座っていた。その中の一人、Tシャツに男が穿くようなぶかぶかのでかいハーフパンツを履いた、滑るように綺麗なセミロングの髪をした少女は喫茶店に置いてあった新聞を広げながら言った。

「あら。本当に物騒になってきましたね、この辺りも」

 と、その隣にいる黒髪のロングヘアの少女は、どこか危機感が足りない、間の抜けた声で応答した。ノースリーブのブラウスにフレアのジーンズを穿いており、四人の中で一際色香を放っている。

 鷺原美咲と三好早苗。月白高校で一、二を争いあうほどの美少女だが、実際の二人は同じ部に所属するほど仲がいい。そんな彼女らが、今日は他に二人の友達を連れていた。

「あははっ! ミサ親父くさーい!」

 新聞を読んで唸っていた美咲を指差しながら、美咲の対面に座ったちゃちなマスコットキャラクターの形をしたヘアピンを付けたショートヘアの少女は言った。


 美咲のことを『ミサ』と呼ぶこの少女の名は麻呂崎まろざき華多奈(かたな)

 美咲たちと同じ月白高校二年B組在籍。名前のとおり荒々しい性格、という訳ではないにしろ美咲と同じくらい活発な性格の少女。それを表しているかのように、今日着ている服もピンクの半そでシャツとホットパンツという動きやすそうな格好だ。『かたな』という男のような名前であるため他の人間からは苗字の上の部分をとって『マロちゃん』と呼ばれている。


「うっさいわねマロ。おじゃる眉毛にするわよ」

「きゃー!」

 なんて笑って言いながら華多奈は眉毛を覆って美咲から体をそらす。『麻呂』という名前から取った美咲の華多奈へのお決まりの脅し文句だ。

「でも美咲さん。さすがにみんなといるのに一人新聞を読むのはどうかと……」

 そう言ったのは美咲の斜め前、早苗の対面に座った少女。銀色の細いシャープなフレームの眼鏡におさげといういかにも知的な感じがする。


 このおとなしそうな少女は鉤文かぎぶみ紗早美ささみ

 こちらも同じく月白高校二年B組所属。昔、名前のことを男子から『サラミ』と言われて虐められていたところを美咲と早苗の説得(鉄拳を惜しみなく使用)によって助けられたことがきっかけで友達になった。さっき知的な感じがするといったが、実際の彼女の成績は中の上程度。普通より少しできる程度だ。


「いい、紗早美? 時事の事柄を知っておくのは決して悪いことではないのよ。むしろこの私の行動は今のこの不安定にころころと変動する世の中に対して一番適切な行動なのよ」

「それはそうかもしれませんけど……」

 紗早美は申し訳なさそうにうつむく。元がいじめられっ子だったため押しが弱い性格ですぐに言い包められてしまうのだ。

「ああ、気にしないで紗早美さん。美咲はこういう屁理屈を言うのだけは得意ですから」

「ちょっと、屁理屈って何よ」

「美咲。みんなと遊んでいるときにほかの事をやる子は嫌われますよ」

 早苗は少し怒った口調で言う。美咲のやっていることは友達の家に遊びに行って漫画だけ読んで帰るようなものだ。それは確かに交友関係を崩しかねない。

「わぁったわよ。読まない。読みませんよ」

 美咲は新聞を元の四つ折りにして膝の上に置き、テーブルの上にある自分が注文したメロンソーダをストローで吸い上げる。そして、両手をテーブルに付いて四人を見回すと今日のプランを立てる会議を始める。

「さて、今日はみんな何したい? ボーリング? カラオケ? それともゲーセン行く?」

「それミサがやりたいことばっかじゃないの~?」

「じゃ、マロは他に案あるの?」

「ある訳無いじゃ~ん」

 だよね~、なんて言いながら二人はアッハッハッ! と豪快に笑い合う。そんな二人をよそに、その隣ではおとなし系の二人が何気ない会話をしていた。

「それにしても、冷房が入っているのに少し暑いですね」

 早苗はパタパタと片手で自分を扇ぐ。

「そうですね。八月に入って二日ですけど、これはちょっと暑すぎますね。地球温暖化のせいでしょうか」

 その対面に座っていた紗早美は自分のアイスコーヒーを飲んで一言。

「えっ!!? 今日って何日?」

 その言葉に反応して、今まで楽しげに美咲と話していた華多奈が首をすごい勢いで回して紗早美を見る。

「えっ? 八月二日ですけど……」

「っていうか八月入って二日って時点で気づこうよ――――――」

「大変だーーーーー!!」

 美咲の言葉をガン無視して、華多奈はその場で立ち上がる。喫茶店にいる数少ない客達が何事かと四人のほうへ集中する。

「ちょ、なによマロ。どうしたの?」

「ごめん! みんな!」

 華多奈は両手を顔の前で合わせて深く頭を下げる。

「わたし一日感覚がずれてて、今日八月『一日』だと思ってた」

「あんた……、また一日寝ずっぱりだったのね?」

 華多奈は目覚ましがないと起きれない人間だ。少し前に、目覚ましの電池が切れていて鳴らず、そのまま丸一日眠り続けて次の日に起きたということがあった。

「自分じゃ感覚的にわかんないけど……多分それだと思う。ウチのお母さんって起こしてくれないんだもん。休みの日なんて特に!」

「別にあんたのお母さん非難はどうでもいいわよ。で、今日はなんか予定入ってたの?」

 彼女らが遊ぶ約束をしたのは今日の朝、美咲が暇だったから適当に電話したのがきっかけである。一日感覚がずれていた華多奈には今日が予定のある日だと分からなかったらしい。

「エヘヘ……実はね……」

 華多奈は含み笑いをしながらもったいぶる。

「いいからさっさと言いなさい。おじゃる眉毛にするわよ」

「エヘへ。分かったよぅ」

 華多奈はにっこり満面の笑みで言った。


「実は今日、デートなんだ」





 八月二日。午前十時一分。

 四人は喫茶店を出て、駅前の大通りを歩いていた。

「なんで付いてくるの~」

 華多奈は少し鬱陶しそうに三人を見た。三人ともこの暑さですごく汗をかいているが、どこか嬉しそうにニヤニヤしていた。

「いや~。だってあんたの彼氏って気になるからさ」

「本当に。どんな方なんでしょうね?」

「気になりますね」

 三人は口々に華多奈の彼氏のことを詮索するが、華多奈は付いてこられて気が気ではない。

「もお~。やめてよ~」

「ねえ、マロさん。彼氏の方といったいどういう風に出会ったんですか?」

 紗早美が興味津々と言った顔で華多奈に聞くと、彼女は少し照れくさそうに、

「ん~? チャットだよ」

 事も無げに告げた。

「「「チャット!!?」」」

 三人が心底驚いたような声を上げる。

「な、なに~? そんなに驚くところ?」

「……………」

 まるで何点差もつけられてうな垂れているピッチャーを励ますように、美咲は黙って華多奈の両肩に手を置く。

「な、なに?」

「マロ。あんたは危機感無さ過ぎ」

「えー! なんで?」

「なんでもヘチマも無いわよ!! 出会い系とかチャットで知り合ってそのまま外国に売られていきました~、なんて展開になってからじゃ遅いんだからね!!」

 近年、ネットの文化が生んだ犯罪は数が知れない。どれだけ警戒していても騙されることが日常のようになっているこのご時世に、華多奈の行動はあまりにも危機感が足りなさ過ぎる。

「な……! 駆馬かりまさんはそんな人じゃないよ!! 今日会うのが初めてだけど……」

 駆馬、というのが彼女の彼氏の名前らしい。華多奈は反論するが、最後のほうは自分でも自信が無いことなのか声のトーンが落ちっていった。

「ほらぁ!! だから! 私たちが一緒に行くのよ!」

「なんで!!?」

「よく考えて御覧なさい。相手の顔がどんな奴か分かってれば相手も早々下手なことできないわよ」

「なんで駆馬さんが悪い人だって決め付けるのよ!!」

「まあまあまあまあ」

 そのあいだに入るように、早苗が二人を少し引き離す。

「確かに、悪い人と最初から決め付けるのは良くないことですけど、かといってマロちゃんの行動もあまり褒められたものではありませんよ」

 早苗の厳しい口調に二人は閉口する。しかし、すぐに早苗はにっこりと笑って、

「というわけで、美咲の言うとおり、マロちゃんの彼氏さんを見に行きましょう!」

「おおっ!! さすが早苗。話が分かるわね」

「私も早く見たいです!」

 今まで黙っていた紗早美も加わり、三人は結局『華多奈の彼氏を見よう』という案でまとまってしまったらしい。

「っていうか、ただ単に面白がってるだけでしょ~~~~~!!」

 華多奈の反論空しく、三人は聞いちゃいねぇ、という具合にその言葉を無視した。


 大通りを抜けると、そこは広場であり、よくデートの待ち合わせ場所になどもちいられるのにベストな場所だ。

 四人はキョロキョロと辺りを見回す。もちろん華多奈以外の三人は駆馬とかいう彼氏の顔も特徴も知らないため何の意味も無いが、華多奈が見つけるのを見たら真っ先にその顔を拝んでやろうという意思での行動である。

「あっ。あれかな?」

 華多奈はそう言って走り出す。三人もその後に続いて走る。

 そこには白い大きなステーションワゴンに体をよしかからせている一人の男が立っていた。ダメージジーンズに黒の半そでシャツというラフな格好をしている。顔は悪くなく、綺麗に整っている。いわゆるハンサムだ。そのハンサム男はこちらに気づいたのか、車から体を離し、真っ直ぐに立つ。

「あの、もしかして駆馬宗太郎そうたろうさんですか?」

 その質問に男は、

「ええ。もしかして麻呂崎華多奈さん?」

 二つ返事で肯定した。

「わぁあ!! 初めまして!! あえて光栄ですぅ!!」

 華多奈は両手を胸の前で当て、そのまま今度は駆馬の左手を握る。

「アハハ……光栄だなんて、そんな……。別に僕有名人じゃないし」

 駆馬は空いている右手で頭を掻きながら照れ笑いをする。後ろでそれを見ていた三人は、少なくともその時点では彼を悪い人間だと判断しなかった。そんな彼女らの存在に気づき駆馬は不思議そうに三人を見つめる。

「あのー、あの三人は?」

「ああ、ごめんなさい。これ私の友達。こっちが鷺原美咲」

「どうも」

「こっちが三好早苗」

「初めまして」

「こっちが鉤文紗早美」

「こんにちは」

 三人は紹介されるごとに頭を下げた。

「ああ、どうも。僕は駆馬宗太郎。歳は二十歳はたち。短大生です」

 駆馬は三人よりも深く頭を下げて自己紹介した。

「で、なんでお友達がここに?」

 駆馬にとっては今日ここで会うのは華多奈だけだったはずなので、当たり前の質問だと言えば当たり前だろう。

「あーっと、んっとね~……」

 華多奈は恥ずかしながらも本当のことを洗いざらい白状した。丸一日寝てしまったこと。そして日にちの感覚が一日ずれて遊ぶ約束をしてしまったこと。

「アハハハハハハハッ!」

 駆馬は清々しいくらい大声で笑った。その行動に華多奈は頬を膨らませる。

「わ、笑わないでくださいよぉ!!」

「ご、ごめん。そっか、それじゃ僕は君達の邪魔しちゃったわけだね」

「え? いえ、そんな……」

 思いもがけず、駆馬はまるで自分が悪者のように言い始めたため、紗早美は返答を返そうとしたが、困惑してなにを言うべきか分からなくなってしまっている。

「そうだ。じゃあ、今日はお友達も連れてドライブに行こうか? 僕の車無駄に広いし、三人増えたくらいじゃ別にどうってこと無いよ」

 駆馬は華多奈に提案する。しかし、それにいち早く食いついたのは美咲だった。今日の予定が決まる前に喫茶店を出てしまったため、まさにチャンスだった。

「いいんです―――――――」

 ――――――か? と言おうとして、美咲の言葉はそこで止まる。駆馬の後ろにいる華多奈がすごい顔で三人を睨んでいたからだ。その顔はこう言っていた。


 来んな。と。


「――――――や、やっぱいいです。二人の邪魔しちゃ悪いし」

「そうかい? 残念だな。本当にいいの?」

 後ろの華多奈の顔を見ていた早苗と紗早美も勢いよく首を縦に振る。

「まあいいじゃないですか。本人達もああ言ってることですし」

 華多奈は駆馬の背中をグイグイ押して運転席のほうへ押しやる。そのとき、三人の方を向いてゴメン、というジェスチャーを左手でした。

「そうかい? じゃあ、三人とも。また今度。機会があったらドライブに行こうか」

「はい。そのときは喜んで」

 早苗は丁寧に頭を下げて返答した。

「じゃあね、みんな。また今度」

 華多奈は助手席のドアを開けて中に入ると、ウィンドウを開けて手を振った。

 駆馬のステーションワゴンは、見た目とは裏腹な小さなエンジン音で走っていった。

 三人はワゴンが右折して見えなくなるまで手を振った。

「いい人そうじゃん」

 美咲は手を振りながら言う。

「本当。いい人でしたね」

 早苗は片手で自分を扇ぎながらそれに同意する。

「ホント、いい人でしたね」

 紗早美も一字以外早苗と同じ感想を言った。もう三人の中で駆馬はいい人だと断定されたしまったらしい。

「でも……………」

 美咲は重く神妙な口調になって言う。そして、それを合図にするように、三人は言った。


「「「うらやましいなぁ~………」」」


 八月二日。午前十時十二分。

「綺麗な車ですね」

 助手席で膝に手を置きながら華多奈は駆馬に喋りかける。運転中に話しかけられると気が散ってだめだという人がいると知ってはいたが、彼女はこんな風に押し黙った空気が苦手であり、迷惑だったらごめんなさい、と思って話しかける。しかし、駆馬は別段そんなことは気にしていないのか割と軽く話に乗ってきてくれた。

「ハハッ。僕、よく友達と出かけるからね。だからこんなに車でかいんだよ」

「へぇ~。今までで一番楽しかったところってどこですか?」

「そうだなぁ…うわっ!!」

「きゃあ!!」

 いきなり、駆馬はブレーキをかけ、車と車に乗っていた二人が前につんのめる。

「な、なに?」

「こらー! 危ないじゃないか!」

 駆馬はウィンドウから顔を出して、怒っているのか微妙な少し柔らかい声で怒鳴っていた。

 前方を見ると、四人の少年少女が車の前にいた。横断歩道のある信号は今の位置から大体五十メートル行った所にあるため、おそらくそれが面倒くさくて道路を横断しようとしたのだろう。

 四人のうち三人は男子で一人は女子だった。男子の一人は白のTシャツにジーンズというファッション。一目で分かるさらさらヘアーの持ち主で眼鏡をかけている。もう一人はそれに相反するかのようなツンツン頭で、骸骨がプリントされたパンクなシャツに迷彩柄の長ズボン。最後の一人は茶髪にランニングに美咲が穿いていたようなブカブカハーフパンツを着ていた。

 女子のほうは髪は燃えるような色の赤に近い茶髪をツインテールにしており、キャミソールにミニスカートという今日の華多奈と露出度が似たようなファッションだった。他の三人に比べると小学生のようにも見えるほど背が小さい。

 少年少女の内、眼鏡とツンツン頭とロリ少女は何も言わずにさっさと行ってしまい、残った茶髪の少年は行ってしまった仲間と華多奈たちの方を交互に見た後、申し訳なさそうに華多奈たちに一礼して仲間の後を追って行った。

「危ないなあ、まったく」

 駆馬は怒りながらウィンドウを閉じ、車を発進させる。しかし、五十メートル行った先の信号が赤になり、結局止まってしまった。

「でも、あれ結構やっちゃうんですよね。横断歩道遠いときとか特に」

「だよね。僕もたまにやる。でもやっぱ車には注意しないと」

「ですよねー」

 二人は大声で笑いあった。

 すぐに信号は青に変わり、二人を乗せた車は発進する。


 行き先は、まだ分からない。

どうもです。

今回ちょっと話の都合上一気に詰め込んだ感がありますが、これは作者なりの頑張りですので多めに見てください。

あと、今まで登場人物の外見的特長が書かれていないことに気づき、鉛筆持って紙とにらめっこすること三日、ようやく決まったので第2話の最初に超研メンバーが出てきたところに書き足しておきました。ついでにキャラクタープロフィールに所属としてクラスも書きました。よかったらこちらも見直してください。

それでは、また次回。

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