第4話 意味
前回までのあらすじ
悪魔に襲われた達也を救ったのは真司だった。彼は自分を天使だと言い、達也はその光景が自分の夢と同じだと知る。真司は次々と悪魔を倒しその場は脱したが……
あの騒動の後、俺は真司の住むアパートに来ていた。
戦いが終わった後、あの場所で色々と気になることを聞いてさっさと帰りたかったが、それを向こうから聞こえた消防車のサイレンの音で邪魔されここまで真司に連れて来られた。まったく、あんな騒ぎになるならあんな技使うなよ。
それにしても……
「天使と悪魔…か……」
いつのまにかそう呟いていた。でも、実際に目の前で見ていたことなのにいまだに信じられない。俺の視覚神経がイカレちまったのかと本気で思いたいとこだがいかんせん、俺の目の前にはその確たる証拠の片割れの一つが鼻歌交じりに台所でコーヒーを入れている。カップを取り出す音と、コーヒーの注がれる音が聞こえる。
「おまたせ」
そう言って、俺の目と神経が正常であるという証拠の天使兼、俺のクラスメイトの久我真司が台所からコーヒーの入ったカップを盆に乗せ顔を出した。
「いや〜、あの時はほんとビックリしたよ」
そう言ってカップを俺の前におく。その台詞をそっくり返してやりたいよ、まったく。こっちはおそらくお前以上に驚いているんだからな。転校生が得体の知れないものと戦って、おまけに自分は天使だと言いやがるんだからな。大分治まったがまだあの時の驚きが胸に残っている。
「どうした? 飲めよ」
そう言ってコーヒーを勧める。一口飲んでみたがこれがまたうまい。料理評論家のように舌の肥えていない俺でもわかる。まだ多少ブラックに抵抗のある俺だがこのコーヒーはすいすいと飲めた。入れてきた時間からインスタントだと思うが、後で聞いてみよう。
「で、色々と聞きたいことがあるんだが……」
と、向こうが言いかけたが、
「待て、その前にまず俺から質問させろ」
さすがにここは順序を守ってほしい。俺がお前を知っていたことよりもお前が何者で何の目的でいるのかと言う方が俺には何倍も疑問視するところだ。
「ん……、そうか、それもそうだな。それじゃ話せよ」
コーヒーをすすりながら真司が促す。このふてぶてしい態度……最初のあいつからは想像もできない姿だ。どうやらこっちが素らしい。
「じゃ、まず始めにお前は何だ」
「だから言ったろ、天使だって」
いや、そう言うのを聞きたいわけじゃ……いや、よそう。恐らくこいつはこの質問にはこうしか答えそうにない。
「じゃ、お前は何のためにいる。お前はどういう存在なんだ?」
この質問に真司は些か困った顔になった。
「おいおい、そんな哲学的なこといきなり聞くのか?」
そう言ってまた自分のコーヒーをすすった。
「そうだな……まずはじゃあ俺が、天使がどういう存在か話すか」
そうだよ、こういうのが聞きたかったんだよ。
「俺たち天使は大体はお前ら人間が思ってるのとは違う。色々な場所や世界を回って悪魔や妖魔を倒して回ってる。たしかに人間が思ってるみたいに恋を成就させたりする奴や何かを司る役職に就いてる奴もいるけどな、そんなところだ」
なるほど、言うなれば派遣社員みたいなもんか。
「じゃ、いろんな国にもお前みたいな奴らがいるのか?」
「いや違う。この世界の担当は俺だけだ。世界って言うのは国のことじゃない。人間が住むこの世界のことさ」
「はっ?」
思わず聞き返してしまった。人間の住む世界?
「ああ。この人間界以外にも俺たちの住む『天界』や悪魔や妖魔のいる『魔界』、他にも『夢世界』や『鏡世界』、『人形世界』みたいなとこもある。簡単に言えばパラレル・ワールドだ」
「パラレル・ワールドねぇ……」
むしろ行ってみたいと思うのは俺だけではないだろうな。聞くだけで心が躍るような名ばかりだ。
「じゃ、次は俺の目的だったな」
と、真司が言った。
「お前の目的はこの世界を守ることじゃないのか?」
さっきの話題を聞く限りこれしか目的は無いだろうに。だが、この質問をしたとき若干真司の表情が曇った。しかしすぐ元に戻り、
「そ…そうなんだよ。よく分かってるじゃねえか」
軽く誤魔化すような笑いを浮かべながら言ったが深く追求しなかった。言いたくないことぐらい誰にでもある。それは天使だろうが人間だろうが同じことだ。俺はここら辺の人との距離感は守るほうだ。
「じゃ、俺からの質問な……」
「ちょっと待った」
質問しようとした真司を制して俺が聞く。最後にこれだけは聞いておきたい。
「お前……本名…何……? まさかそれが本名ってわけじゃないよな……」
ほんの興味本位で聞いてみた。すると、
「俺の名前? そうか聞きたいか」
なぜか勝ち誇ったようにフフンッと鼻を鳴らす。
「俺の本当の名は……、天界では知らない奴がいないほどの有名人。いくつもの伝説を残してきた男、シン・クロイツだ」
堂々と胸を張ってそう言われた。なるほどね、クロイツのくと、シンから取って『久我真司』か。
「安直な名前……」
思わず口に出していた。殴られたのは言うまでも無い。
「じゃ、早速質問させてもらぞ」
改まって真司が言った。俺は殴られた頭をさすりながらそれを聞く。
「何で俺のことを知ってた」
やけに食いつくな、そのことに。別にどうでもいいと思うんだが。
「なんでだ」
だが、真司は真剣な顔で聞く。まあ、こいつになら話しても別にいいだろう。他の奴に言ってもこんな非科学的なこと信じてもらえないだろうが、何しろ質問している存在自体が非科学的なのだ。
「夢で見たんだ。さっきの戦いのことを。お前が天使だって言ったとこまでだけどな」
そのとき、真司の顔が強張った。
「夢……やっぱり……」
下を向きながら小声で言っていたが聞こえた。何か知っているのか、俺の夢のことを。だが、俺の表情を読み取ったのかすぐに、
「へえー、夢で見たのか。正夢だなそりゃ」
などと取り繕っているが明らかに何か知っているようだった。どうやらこいつは嘘をつくのが苦手らしい。そのわりには学校での役者ぶりは見事だったが、素だと駄目なのか?
「そっか、夢か……お前も俺とおんなじで人間じゃないのかと思ったよ」
真司はそんな感じに飄々(ひょうひょう)としていた。さすがにここまで露骨に隠しているそぶりを見せているので聞きたかったが、やっぱり止めておいた。
それから俺は特に何も言わなかった。真司が今までの戦いでの武勇伝などを聞かされているうちに時間はもう九時を回っていた。
「じゃあ、俺そろそろ帰るよ」
俺はさっきお代わりしたコーヒーを飲み干し、玄関に向かった。
「じゃ、明日学校でな、真司」
俺がそう言って帰ろうとしたとき、
「達也」
真司が声をかけた。おいおい、もう君もつけてくれないのか。
「シンでいい」
「えっ?」
「お前にはもう正体ばれてるからな。いまさらこっちの世界の名前で呼んでもらう必要も無いだろ」
そう言いながら真司は笑った。いや……、
「ああ……、じゃあな、シン」
そう言って俺は帰路についた。
朝、いつものように目が覚めた。
まだ昨日の記憶が鮮明に思い出されている。
「そりゃそうか」
普通に生きていればまず体験できないことを体験したのだ。そう簡単にはこの高揚感は消えてくれなかった。
それからいつものように妹と一緒にしばらく歩き、途中珍しく美樹にも会い、一緒に登校した。
「ねえ、あれからどうしたの?」
校門をくぐったあたりで美樹がおもむろに聞いてくる。
「どうしたって、何が」
「昨日のことよ。あれから久我君と一緒に帰ったんでしょ。あんたと二人っきりで怖がってなかった?」
少なくともあいつは怖がって無かったよ。俺にも得たいの知れん化け物にもな。むしろ怖い目にあったのは俺のほうだ。
「おはよう、達也君」
不意に後ろから声をかけられた。振り向くとそこには、
「シン」
ニコニコ笑いながらシンが立っていた。
「おはよう、久我君」
「おはよう、木高さん」
挨拶が終わると美樹は俺の腕を引いて、
「何あんた達、もう下の名前で呼び合うほど仲良くなったの? あんたにいたってはあだ名じゃない」
まあ、たしかにあだ名のように聞こえるが実際は本名なんだよなぁ。強いて言うならお前らのほうがあだ名で呼んでるようなもんだし。
するとシンが俺の横に並び小声で言った。
「これからもよろしくな、達也」
そう言うとまたニコニコ顔に戻っていた。
「ああ……」
俺はそう言ってやった。
どうも、松村ミサトです。第4話どうだったでしょうか。次回からまたしばらく学校でのお話です。部活メンバーなどが活躍しますのでお楽しみください。