第48話 合宿 その②
夏休みが始まり、その初日。旅行に行く予定だった超研部だが。なぜか達也の妹や雄介の姉たちが付いてきて……。
七月二十日。天気、この上なく快晴。
夏休みシーズンなのにいやに空いている電車のボックス席からは、景色がゆっくりと流れていくさまが見える。ガタンガタンと電車が刻むリズムが妙に耳に心地よく、それに合わせた適度な振動が、休みの日に慣れない早起きをした者たちを目的地までしばしの眠りに誘う、はずだった。
「やったーーー!! また大富豪ーーー!!」
「あちゃー、またぁ!? 今度こそ大富豪だと思ったのに~!! 妹ちゃん強すぎ」
「あ、明美姉。そこのジュース取って」
「はい。穂奈美、いい加減携帯いじるのやめなさい」
「はい、キング4枚で革命です」
「うわっ!? どうしよう、あたし出せないじゃん」
「………………………………」
達也はさっきからこめかみに青筋をヒクつかせながら必死に目を閉じていた。
現在、午前七時五十分。
銀色の塗装が剥げかけた見るからに古い型の電車の中には乗客は見当たらず、達也たちのいる車両も貸切のように誰もいなかった。
だからさっきからこの馬鹿騒ぎが行われている。みんなきちんとボックス席の中の領域で遊んではいるが、その声が半端でなく大きくやかましい。
席にはそれぞれ坪井四姉妹。その横のボックスには美樹、美咲、早苗に達也妹。その隣の席が達也、雄介、シン、七瀬が座っている。さっきから隣から聞こえてくる、カードの枚数で金持ちを決め一喜一憂するゲームの声で、達也は閉じたい目を強引に開けさせられていた。
せっかく気持ちよく眠れるかと思ったのに、眠ろうと思えばでかい声で起こされ、眠ろうと思えばでかい声で起こされの連続。もはや生殺しとも言ってもいいかもしれない。
それに、達也と同じ気持ちのものは他にもおり、それは同じ席に座っている雄介だった。雄介も周りから聞こえる声のせいで眠れない状態にあり、二人ともこめかみに青筋を立たせている。七瀬にいたっては持ってきていた文庫本をさっきから静かに読んでおり、周りの喧騒など気にしないといった感じだった。
「あの~……」
しかし、眠りを妨げられることほど辛いことは無いと、ついに雄介が隣の席に抗議に出る。
「ん? なに~?」
美咲はカードを見たまま返事を返す。
「もう少し静かにしません? お客さんいないけどマナーとしてはどうかと思うし……」
雄介は眠たいせいもあってか、おずおずと頼りなげに抗議をする。
「ん~、分かったー」
美咲は最後まで大富豪に夢中で雄介のほうを向かなかったが、返事を返された雄介はホッと息をつき、静まった車内で再び眠りに付こうとする。
「ああ~~~、今度は大貧民になったーーーー!!」
が、再び聞こえてくる大声。しかもあろうことか今の声はさっき返事を返した美咲のものだった。
「……シン君、なんとか……」
ここで雄介はシンに助け舟の要請を出すが、自身の対面に座っていたシンはいつの間にか姿を消していた。
「あれ?」
「真司君てさ~、何組なの?」
「ええ、A組ですね」
「へぇー、じゃあうちの雄介の隣なんだ」
「好きな曲とかあるの?」
「ええ、まあ、音楽は何でも聴きますけど」
雄介は姉たちが座っているボックスを振り向いて見てみる。そこには姉たちに拉致され質問攻めにあっているシンの姿があった。雄介と目が合ったシンはアイコンタクトで助けを求める。しかし、雄介に姉たちに立ち向かう勇気も根性も無いため、悪い、とアイコンタクトを送り返して目を瞑る。この前、大隊長コルシャを倒したほどのくせに、姉たちにはいつまでたっても強く出れないとんだ臆病者だった。
「なあ、どうにかしてくれよ……」
隣に座っていた達也もいい加減我慢が聞かなくなってきたらしい。怒りの矛先があろうことか同士であるはずのものに向けられ始めている。実に不機嫌そうに雄介に言う。
「そんなこと言ったって……」
「にゃはは~~、どうした、我が弟。そしてその友人の少年」
声をかけられ、二人が振り向いたところにいたのは坪井四姉妹が次女、勝音だった。半ジーンズにへその出た黒のキャミソールの姿で朗らかに笑っている。
「勝音姉さん……。眠くってさ。どうにかならないかな?」
「にゃはは~~。まあ我慢しなよ。姉さん調べてみたらさぁ、もうすぐ海見えるらしいよ、海」
勝音は手に持っている電車の路線マップをピラピラ振る。と、それが合図だったように急に窓の外が暗くなる。
「あっ。そろそろかなぁ~?」
勝音は黒一色の窓の外を眺めながら子供のように目を輝かせている。達也も雄介もその姿に感化されたのか、黙って何も映らない窓の外を見る。
そして、窓の外に再び光が戻る。
「……うわぁー………」
「……綺麗だな………」
「にゃはは~~♪」
それはまさに絶景だった。
まさしく宝石のように綺麗な海。きらきらと太陽を反射する水面はセルリアンブルー一色で、その光景が見渡す限り広がっている。電車の進むその先まで延々と続いている。その美しさはさっきまで寝たいとぼやいていた達也と雄介の眠気をいっぺんに取り去っていった。
「うわー……」
「きれい……」
隣の大富豪組もその横の坪井姉妹組(+α)も、その風景の美しさに感嘆の声を上げていた。
「ねっ? いいところでしょう?」
と、早苗がにこやかに笑う。その言葉に、全員が言う台詞は決まっていた。
「「「「「「「「「「「サイコーーーーー!!」」」」」」」」」」」
全員が同じ台詞を言った。別にリハーサルをしていたわけでもなく合わさったその言葉には、まさしく嘘偽りも何も無い純粋で無邪気な感想だった。
電車はそんな彼らを乗せ、ゆっくりと線路を行く。
まず最初にみんなの耳に聞こえた声は、早苗の「それじゃあ、入りましょうか?」だったと思う。
全員が全員、自身の目の前にそびえる巨大な建物を見てあんぐりと口を開けてしまっていたからだ。
駅からバスで二十分。さらに徒歩で二十分という林の中にそれはあり、それは遠くからでも確認できたが、実際に近づいてみてみるととてつもない威圧感と存在感を兼ね備えた建物。
そう、ここは今回の宿泊地、三好家別荘。正確には別荘『前』だ。
それは別荘というよりむしろ庶民から見たら『豪邸』と言うこと必須の大きさであり、シロガネーゼが犬でも散歩しながら出てくるんじゃないかというくらい豪華だった。
「今日、ここに止まるんですか?」
美樹が驚きが隠せないまま口をパクパクさせている。
「ええ。一応お手伝いさんに昨日掃除を頼んでおきましたから綺麗だとは思うんですけど……。なにぶんもう八年近くこの別荘は使ってないものですから、隅々まで行き届いているか心配です」
全員沈黙。別に掃除がしてない場所があったらどうしようと思ったわけではなく、ここを八年近くもほったらかしにしておける三好家の財力のすごさに庶民である他のメンバーは何を言っていいか分からなかったからだ。
「それじゃあ、入りましょうか?」
ここで冒頭に話が戻る。
「基本的にみんなで楽しもうと思ってお手伝いさんは呼んでません。ですから食事の準備などは全員でやりますよ」
玄関に入って最初に出たのは靴を脱ぐところ、ではなく、これまただだっ広いエントランスだった。前を見れば二階へと続く二股の大きな階段。上を見れば豪華なシャンデリアがプラプラとぶら下がっている。もちろん別荘であるためフロントもボーイもいなかった。いれば完璧にホテルとしてもおかしくない。
「よーしっ! それじゃあまずは部屋割りね」
「じゃあ、案内しますね」
早苗を先頭に一同は階段を上り、二階のドアがたくさん並んだ廊下に着く。
「この廊下一帯の部屋にしましょう。あまり好き放題選んでも後々面倒なことになりそうですし」
「よしっ!! それじゃあ全員、好きな部屋を選べーーー!!」
おーーーーーっ!!と、悪乗りした全員が廊下に並ぶドアに片っ端から入っていく。
「わたしこの部屋にきーめた」
「わたしここ」
「あっ、文音、この部屋変わってよ」
「嫌よ。早い者勝ちよ、穂奈美姉さん」
女性陣がやんややんやと騒いでいる中、今回の旅行で圧倒的に人数の少ない男性陣はそれぞれ三つ並んだ場所を適当にジャンケンで決めることにした。結果、シンが左側、雄介が右側、そして達也が真ん中の部屋、という部屋割りになる。
「あ~あ……」
達也は大きく伸びをしたあと、ドアを開けて今日から一週間世話にならせてもらう部屋に入る。
部屋は綺麗に片付いており、純白のシーツが張られたベッド、大きなクローゼットに化粧台。トイレ。おまけに電話まで備わっている。今達也のいる場所の向かい側にある大きなガラス戸の向こうにはさっき電車の車窓から見えた美しい海が広がっている。家族だけで過ごす別荘にしては明らかに行過ぎた設備にまたあんぐりと口が開く。
「本当に別荘ですか~?ここは」
達也は入ってすぐベッドの脇に重い荷物を置き、靴のままベッドにダイブする。ベッドは一度優しく達也を包み優しく跳ね返す。別にここには自分しか寝ないのだからと、夏の暑さと二十分の徒歩でしっとりと汗をかいた体のままベッドの上を転がる。
「あ~~、持って帰りてぇな~~、これ」
「ダメですよ。持って行ったら」
「うわぁあ!!」
いきなり聞こえた声に驚き、達也はそのままベッドから転がり落ちる。まさかこの真昼間から部屋に住む幽霊にでも出会ったのかと恐る恐るベッドに隠れながらドアのほうを見る。
「ごめんなさい。まさかそんなに驚くと思わなくて」
「早苗先輩……」
ドアの前に立っていたのは幽霊ではなく、早苗だった。見慣れたその顔と長く伸びた白い足が幽霊ではない証拠だ。
早苗はクスクスと笑って、
「これを渡そうと思って」
といって鍵を達也に渡す。
「これは?」
「この部屋の鍵です。これ一本しかないから無くさないでくださいね。でないと締め出されちゃいますから」
「善処しますよ」
その言葉に早苗はまた笑い、達也もまた同じようにクスクス笑う。
「さて、後は雄介君だけですね。あっ、それと……」
「はい?」
早苗は意味ありげな笑顔を携えながら振り向き、
「このあとは、水着に着替えて海水浴だそうですよ。だから水着に着替えてきてくださいね」
そういい残して早苗は部屋を出て行った。残った達也ベッドに仰向けになりしばし考える。
(海水浴=水着。水着=ビキニ。ビキニ=女子。=女子のプライベート水着姿!!)
「しゃあーーーーー!!」
達也はそのまま背筋だけでベッドの上を飛び上がり歓喜する。こういう彼も年頃なのだ。そういうものに興味が無いわけがない。むしろ無かったら今のご時世病気扱いされてしまう。
「さぁて~、海パンどこにしまったかなぁ~っと」
さっそく意気揚々と旅行カバンをあさり始める達也の背中は、今日で一番輝いていた。
夏休みは、始まったばかりだった。
どうもです。
そう言えばこの間アクセス解析を読み返していたら、この小説今度の4月17日で一周年でした。
いやぁ~、早いなぁ。もう一周年かぁ~、と思いました。
それにしても今回は水着回はお預けです。すいません。
それでは、また次回。