第47話 合宿 その①
能力・スカイ・クロラに目覚めた雄介は、魔界からの刺客、コルシャを倒す。
そして、やってきた七月十九日。今日は終業式。
七月十九日。
一学期終了のための儀式、終業式が終わり、まったくもっていらない通知表というはた迷惑なプレゼントを担任・村岡に渡され、ついにやってきた夏休み。
思えば、入学してからいろいろ面倒なことはあったが、今はそんなことを全部便所に流してもいいほど気分がいい。
長期休暇はやはりどんな人間にも心躍るものだろう。かく言う俺もその一人だ。
俺は部室へと足を向けながらルンルン気分を心の奥のほうに押し込み、心中ニヤニヤしていた。
「なんか嬉しそうだな」
「へっ?」
後ろを振り向くと、シンが俺の心を見透かしているようにニヤニヤしながら立っている。
「べっつに~」
「やっぱ嬉しそうだ。そんなにいいもんか?休暇ぐらいで」
ハァ~、やれやれ。このアホは人間界に来て間もないせいか、どうやら夏休みという素敵イベントの素晴らしさがどうにも理解できていないようだ。
「いいか。夏休みってのはだな」
「ふんふん」
「まず第一に!学校が休みだ」
「日曜だって休みじゃないか」
その言葉に俺は少々ズッコケそうになる。この野郎、身も蓋も無いこと言いやがる。
「第二に!授業が無い!」
「休みなんだから当たり前だろう」
…………………………………………………………………………………。
「ん?どうした。黙りこくって」
「まぁいい!! とにかくだ!夏休みってのは最高にいいんだよ! 学生だけの特権ってやつだ。一ヶ月まるまる休みってのは夢のようだぞ。お前にも分かるって」
「まぁその意見には同感かもな。こんな事件も無い平和な世界じゃ、そんな感じではしゃげるんだろう。俺は一応、天界じゃ軍人みたいな役職だからな。休みなんてあってないようなもんなんだよ」
「なら楽しめ!休みをエンジョイしろ!」
それが学生のあり方だ、とシンに熱弁してやる。
「まあ、夏休み前に一時的にテンションを下げられるのはいただけないけどな」
俺はカバンの中から担任・村岡から貰ったプレゼント、通知表を取り出す。村岡は成績の悪い奴にはニコニコ顔で、そうでない奴には無表情で渡す。教師として生徒の成績が悪いのを喜ぶあの顔を思い出すとまた怒りと共にテンションが落ちた。さらにそれを開くともっとテンションが落ちる。
女子がバストサイズであるならば欲しいであろうアルファベットが大半を占めていた。
いかんいかん!自分でテンションだだ下げしてどうする。俺は慌てて通知表を閉じた。
「どうした?」
「なんでもない…。お前、ちょっと通知表見せてみろ」
「あ? 別にいいけど」
シンはカバンから通知表を取り出し、「はい」と何事も無いように手渡してくる。俺は一気にシンの通知表を開いた。
「……………………………………………、」
『とんがり帽子とバストがいくつも連なった』その通知表は、なんだかとても眩しく見えた。おそらくスタンド使いには夢のような評価だろう。
「? どうした?」
その「なに固まってんの? 俺なんか変なことした?」みたいな言い方が妙に癇に障り、俺は手にあった通知表で思いっきり隣の持ち主を叩いてやった。
本当にこんな評価を取れる脳みそが入ってるのか、と思うくらい軽い音が響く。
「痛っ!? 何すんだよ!?」
俺は何も言わず―――というか言えず―――通知表をシンの胸に押し当て、そのまま部室に早足で向かった。
「あっ!おい。何そんなに怒ってんだよ! 俺なんかしたかー!」
その言葉が原因だというのを胸の傷が癒えてから教えてやると、俺は心の中で誓った。
「行くっ!」
「だめっ!」
「行く~ぅ!!」
「だ~めっ!!」
「行く行く行く行く行く行く行く行く行く行く行く行くーーーーーーーーーー!!!」
「だめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめーーーーーーーーーー!!!」
別に今ここで最強のスタンド同士がラッシュをかまし合っているわけではない。
今は学校が終わっての達也の家。
珍しく美咲が「明日の準備もあることだろうから」と言って、明日の集合場所と時間だけを伝えて終わり、帰宅してからのことだ。
「どうしてお兄ちゃんだけ旅行行くの!!? ずるい~~~!! あたしも行く~~~!!!」
達也の妹はそこに寝転がり、じたばたと暴れる。その光景はまさしくおもちゃを買ってもらえず店の前で駄々をこねる子供となんら変わりない。
そんな小学五年生の姿を見て、本気で情けなく思う兄・達也はとりあえず妹が暴れてそこら辺のものを散らかさないかという不安に駆られながら荷造りを進めていく。
思えばあれが原因だったと、達也は思い返す。
終業式とだけあって、半ドンで帰った達也は昼飯のそうめんをすすり、体の冷却と空腹を満たしていた。
そして、そんな折に母が言った台詞が一番の原因だった。
「そういえば、あんた部屋掃除していきなさいよ。一週間も開けるんだったら布団も上げておいてよね」
「分かってるよ。ちゃんと片付けるから勝手に部屋入らないで―――――」
そこまで言って、達也のそうめんを食うのと話すのに併用していた口と箸の動きが止まる。
しまった―――。その言葉が一瞬で達也の頭を被い尽くす。
そして、予想していたとおりの展開が、達也の左隣に座っていた妹の言葉で始まる。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
やっぱり。と、達也は嫌な汗をかきながら箸を置く。
自分の前の席では母が申し訳なさそうな顔をしていた。畜生、母さん。俺はあんたを恨むぜよ。
そう。この合宿のことは妹には秘密だったのだ。
達也の家では『平等』という言葉が何よりも重視される。
別に誰かから貰うプレゼントや小遣いなどはそれに関与しないが、達也が新しい服を買ってもらえば妹も買ってもらう。夕飯に出るとんかつも年上だからといって達也に一切れ多くいくなんてことは無い。例えアイスを買ってきてやったとしても、妹もそれが食いたいといえばジャンケンで白黒つける。
それが草薙家の『掟』なのだ。
しかし、妹はそれに悪く感化されてしまったため、このことは秘密にしていた。なぜなら、
「行く行く行きたーーーい!!」
この有様だからだ。
あれから「どこ行くの?」「一週間? どこかに泊まるの?」という質問攻めが開始。このまま黙っていたら何をされるか分からないという妹のプレッシャーに根負けし、理由をかくかくしかじか喋ってしまったことがさらに事態の悪化を生んだ。
自分も旅行に行きたいとさっきからこのとおり暴れまわっているしだいである。
思えば、達也が中学時代に修学旅行に行くときもこんな風に暴れまわった。
学校行事であるためもちろん身内を連れて行くことなどできるはずは無いのにこんな風に暴れ周り、しまいには泣き出す始末。あの時は「そんなに行きたければ自分で旅行代を払え」という達也の脅し文句に渋々引き下がった。が、今回は事情が違う。
今回は別に学校行事というわけではない。一応『部』のという建前ではあるが、長期休暇を使っての友達同士で行く仲良し旅行となんら代わりなど無い。
「いいじゃん!! 今回のは別に学校の行事とかじゃないんでしょ! だったらわたしだって行きたい~~!!」
妹は痛いところを確実に突いてくる。それを言われればこちらも打つ手は無い。
しかし!! と達也は強く思う。
こいつを連れて行って、世話をするのはいったい誰か? 決まっている、身内の俺だ、と。
せっかくの楽しい旅行が、ほとんどが保護者役でしまいになってしまうのは明らかだ。今ほど休日にどこかに連れて行けと催促される親の気持ちが分かる日もあるまい。
「だめっ!! 何が何でも絶対駄目っ!!」
こちらもさっきからこれしか言っていない。しかし、返す言葉はこれ以外には無い。
「行く行く行く行く行く行くーーーーーーーー!!」
妹は再び駄々っ子モードON。兄の部屋の中を遠慮の欠片もなしに転がりまわる。
そして、ついに達也の理性にも限界が来る。
「だ~~~~~~~!!うるせぇーーーーー!! そんなに言うんならなぁ……!!」
達也はポケットから携帯を取り出し、電話帳からある人物の名前を探し出し通話ボタンを押す。
コール音が三回、四回と鳴り、五回目でやっと向こうが電話に出る。
『はい、もしもし?』
「あっ、もしもし。達也です、三好先輩」
そう、達也が電話したのは今回のスポンサーである早苗だった。
いくら妹が駄々をこねてもスポンサー直々の『お断り』ならば閉口せざるを得ない。たとえ駄々をこねたとしても相手は他人だから自分のように強く出れないだろうし、尚且つ、早苗ならば自分よりも数倍頭がいい。きっと全て丸く治めてくれる。という他力本願丸出しの達也の手だった。
『どうしたんですか?』
「あ、いえ。ちょっと待ってください。今妹に代わりますんで」
『妹ちゃんにですか?』
幸運にも早苗は妹と面識がある。話もスムーズにきっと運ぶだろう。
「ほら」
達也は携帯を妹に押し付けるように手渡す。妹はムスッとした顔で電話を耳に当てた。
「もしもし……」
電話で話していても、妹のいじけ面は治らない。
『もしもし、妹ちゃんですか? 早苗です』
「あっ!早苗おねえちゃん!」
いじけていた妹の顔が急に明るいものになった。達也はそれになんとも言えない不快感が湧き出てくる。
『どうしたんですか、今日は?』
「あ。う~んとね。聞いて、早苗おねえちゃん」
妹は事の成り行きを早苗に説明する。
『う~ん、そうですね~……』
(そうだ! 断って下さい! もう、スパーッ!と断っちゃって下さい!)
妹のすぐ横で電話に聞き耳を立てていた達也は、ろくな信仰心も無いくせに神に祈りを捧げ、早苗に祈りを捧げる。
もう悩んだような声を挙げている時点で自分は勝利確定。やったー!ざまー見ろ。テメェの敗因はたった一つ、テメェは俺を怒らせた。と一人心の中で馬鹿騒ぎをし始める達也。
『わたしはいいんですけど……』
「!!!?!!」
その馬鹿騒ぎは電話越しに聞こえたその声で一瞬でお開きになった。
達也は慌てて妹から電話をぶん取り、「ど、どーゆうことなんですか!?」 と焦り気味に早苗に問いただす。
『明日行く別荘は結構部屋が空いているので、別に今から何人か増えたところで問題は無いんですよ。七人だけでは味気ないですし、この際妹ちゃんを連れてきたほうが賑やかになって楽しいかなぁ、と』
「あ、開いてるって…。いったい何部屋くらい開いてるんですか?」
『ええっと……、わたし達の分を抜いても二十近く部屋が開いてますけど』
「……………………………………………………………………………………、」
もはやそれは別荘というより民宿やペンションの類なのでは、というツッコミは出てこなかった。横を見ると、さっきの達也と同じように聞き耳を立てていた妹が心の底から勝ち誇ったニヤケ面を作っている。
このままでなるものかと、達也はさっきの早苗の言葉を思い出し、
「そういえばさっき『わたしはいいけど』って言ってましたよね? それなんなんですか?」
わたしはいいけど、ということは誰か反対する人間がいるかもしれないという事だ。誰だ? 親父さんか? それとも別荘のお手伝いさんか?
『美咲に一応聞いてみないと……』
「………………………………………………………………、」
終わった、と達也は固まった。この夏のクソ暑い日に、達也の心中では木枯らしが吹き、希望という名の最後の葉っぱを木から散らしていった。
あの面白大好き人間がこの展開を拒絶する道理は欠片も存在しない。
『ちょっと待ってて下さいね。美咲に聞いてからもう一度かけ直しますから』
そう言って、電話は切れた。ツー、ツー、という通話終了音が流れてきても、達也はしばらくそのまま固まっていた。
横を見ればさっきよりさらに勝ち誇ったように、あまつさえそんなに発達していない胸を張ってニヤケている妹の顔が達也にはとても憎らしく感じた。
こうなったらなりふり構っていられるか、とその場で手を組んで天にお祈り。だってそれしかやることないと頭の血管が切れるほど必死に力んで祈り続ける。
やがて聞こえる着信音。すぐさま電話の通話ボタンを押し、
「どうしでした!!?」と一言。
『いいですって』
思わずそのまま携帯を床に叩きつけてやりたいほど悔しかった。ああ、そうだよ。やっぱりだよ、と達也は自分の浅はかさに嫌気がする。
『やっぱり賑やかなほうが楽しいだろうって言うことで、急ですけど妹ちゃんの準備は大丈夫ですか?』
「うん! 大丈夫だよ。ありがとう、早苗おねえちゃん!」
達也から電話を奪い取り、妹は満面の笑みで礼を言う。
その後、数分間電話で早苗と何かを喋り、妹は「じゃあ明日ね~!」と電話の向こうの見えない早苗に手を振り電話を終了する。そのまま手にある携帯電話を捨てるようにうなだれる兄・達也の足元に放り投げ、「お母さーーーん! 今から洋服と水着買いに行きたーーーい!」と、真っ白な灰に成り果てた兄を置いて部屋を出て行った。
「いってきまーーーす!」
「……いってきます」
翌日、七月二十日。午前七時。
ニコニコの笑顔と明らかな不満顔というミスマッチな表情で並びながら、草薙兄妹は家を出た。
二人とも着替えやらその他諸々が入った巨大な旅行カバンを片手に駅へと向かう。
「~~~~♪ ~~~~~♪」
妹は隣で鼻歌もどきの歌を歌い、ご機嫌の度合いは素晴らしく良好。打って変わって隣を歩む兄はまさしく厄介ごとを押し付けられたようなどこへともやれない不満で胸がいっぱいだった。その顔は鬼のような憤怒に満ちた顔であり、肩でもぶつかったならきっと誰もが金を置いて逃げていくだろう。
(っとに。本当に心配だ……)
昨日の晩。「頼むから人様(特に俺)に迷惑をかけるなよ」とは言っておいたものの、「うんっ!」と荷物を上機嫌で詰めていた妹に果たして達也の思いがどれほど伝わっているかなどはまるで分からない。
「あっ。達也ー、こっちー」
「美樹」
などなど考えているうちに、いつも通学するときに通る小さな交差点で美樹と出会う。恐らく達也たちと同じ今から駅に向かうのだろう。
「あれ? なんで妹ちゃん連れてきてるの?」
「ふふ~ん!」
妹は自慢げに鼻息を荒げる。
「…実は………」と、達也は昨日の騒動を簡潔かつ早急に一通り美樹に説明してやった。
「へぇ~……」と、美樹はまさしく他人事のような返事を返す。まぁ、本当に他人であるため別にどうこう言うわけではないが。
「じゃ、行こっか」
「あ、ああ……」
美樹が振り返るその仕草に、達也は不覚にも少しときめいてしまった。
いつものようなパンツルックではなく、ピンクのロングスカートに純白のフリルが付いたシャツ。いつもとは違うその姿。
振り返るときに翻ったロングスカートが、なんだかとても悩ましく思えた。
「ん? どうかした?」
「えっ!? い、いや、別に!」
「? そう」
そう言って三人は、駅への道のりを再び歩き出した。
駅にはすでに早苗、七瀬、美咲の三人が到着していた。
「おはようございます」
「おはよー!」
「おはようっス」
三人の挨拶に、少し離れたところにいた三人もその存在に気づく。
「おはようございます」
「おはよう…」
「おー、おはよう」
三人は駅の改札口付近の日陰にいた。
美咲は半ジーンズにノースリーブシャツ。早苗は日焼け止め対策のためか、つばの大きな帽子にワンピース、薄手の夏用カーディガンという百人に聞いたら百人がお嬢様と答えるお嬢様ファッション。七瀬もワンピースだったが、こちらは丈は膝くらいの短いもので肩の部分の布もなく紐だけで吊っている露出が少し多いものだった。
三人ともいつも見かける制服姿とはやはり違った雰囲気をかもし出している。
「珍しいっスね。部長が早くに来てるなんて」
普段は遅刻か時間ギリギリの美咲には集合時間十五分前は結構な快挙だ。
「あんたねぇ~。あたしがこんな素敵な日に遅れるはず無いでしょ。あっ、久しぶり~、妹ちゃん」
「美咲おねえちゃーん!」
妹は荷物をその場にほっぽり出しておいでと手を広げる美咲に向かって飛びついた。
「おいっ、荷物! ちゃんとするって約束で連れて来たんだぞ!」
さすがにこの妹のだらし無い行為には達也は不満そっちのけで兄の顔になり注意する。小学五年生にもなってこの行為はさすがにだらしが無さ過ぎる。だが、
「いいじゃない。あんた『保護者』なんだからそのくらい面倒見なさいよ。ねぇ~?」
と、美咲は抱っこしている人様の妹に向かって同意を求める。妹も妹で「ねぇ~」と完全に体のいい盾を見つけたと言わんばかりに同意する。
「…………………………………………………」
ほらね、結局こうなるんだよ。と達也は半ばやけくそ気味に心の中で泣き笑い。自分から呼んどいたくせに結局おいしいとこ取りで『世話』は達也にツケとして帰ってくる。だから連れて来たくなかったのだ。まだ「疲れて歩けないからおんぶして」程度ならしかたないかの一言で終わらせられるが、「荷物を持て」「ジュース買って来い」などのパシリ的なことになるに決まってるのだ。
「あれ? 誰ですか、彼女?」
後ろから聞こえた声に振り向くと、シンが立っていた。
こいつはジーンズにTシャツにチェック柄の半袖シャツを羽織っている、いつもらしいと言えばいつもらしい格好だった。
「誰? この人」
いつの間にか達也の下に戻ってきていた妹はシンを不思議そうに見つめる。そういえばこいつとはまだ面識が無かったな、と達也は思い出す。
「あー、えっとだな。こいつは転校生で、超研部の新しいメンバーの久我真司だ。で、シン。こいつは俺の妹」
「そう。よしくね、妹ちゃん」
シンはいつもの初対面に向ける営業スマイルじみた完璧笑顔で妹に手を差し伸べる。妹はその手を恐る恐る握り返す。
「久我真司です。よろしく」
「よ…よろしく」
すこしおずおずしながら顔合わせ終了。でもなぜか妹の態度が、というよりそんな態度を向けられたシンにいい気になれなかったのはなぜだろうと達也は小首をかしげた。
「さて、残すは雄介だけね。なにやってんのかしら、あの馬鹿」
美咲は自分のキャスター付きの旅行カバンに腰を下ろし、腕を組む。
「もうすぐ集合時間じゃない」
時計の針はもう七時二十八分を指し示している。美咲たちが乗る列車は七時四十分発のものであるため、最低でも三十五分までには切符を買ってホームにいなければならない。しかし、物事は必ずしも計算どおりに行くものではない。だから三十五分など言わずにもう早く切符を買ってホームにいたいのが本心なのであるが、雄介が来なければそれは叶わぬ願いだ。
「あっ。あれ雄介君じゃない?」
美樹の言葉に全員が反応し、美樹の指差す先を見る。
そこには確かに雄介が歩いてくる姿が見える。
「あー、よかった。間に合ってよかったですね、美咲」
「でも待って下さい。あれなんか変じゃないっスか?」
達也の言葉に全員が、今度は目を凝らしてよ~く見てみる。
雄介は確かに急いでこちらに向かってきている。しかし、手に持っている荷物が尋常ではない。いくら一週間という長い旅行でも、ここにいる七人は全員旅行カバン一個。手提げのカバンを含めたとしても二個だけだ。
しかし、向かってくる雄介はその両手に五個も旅行カバンを持ってきている。顔も急いでいるというよりはそのカバンの重さにうんざりしているような感じのもであることが近づいてくるにつれ分かってきた。
「あいつ、なんであんな荷物持ってんだ?」
達也が疑問に思っていると、やっと雄介が全員の前に到着した。
「ハァ……ハァ……す、すいません。遅くなって……ハァ……」
雄介は息を切らしながら、それでもカバンを下ろさずに手に持ったまま立っている。
「どうしたのよ、あんた。その荷物」
「マンガとかゲーム持ってきたのか?」
全員を代表して美咲と達也が質問する。しかしその前に雄介は後ろを振り向き、
「姉さん達ーーー! 早く来てよもぉ~~~!」と叫ぶ。
「へっ?」
「姉さん…達?」
固まっている二人を置いて、雄介はひたすら後ろに向かって叫び続ける。すると、やがて人ごみの中から四人の美女が現れた。全員が全員どこか違った年上の色気をかもし出している。
「もう~! 人に荷物持ちさせといて遅いよ~!」
「うるっさいわねぇ~! あんたが抜け駆けして旅行行くとか言い出すから悪いんでしょ!」
と、金髪のセミロングをおさげにした四人のうちの一人が雄介に強く当たる。
「まあいいじゃん、文音。雄介もちゃんと言われたとおり荷物持ちしたんだからさ~」
と、こちらは黒髪を後ろでまとめたお姉さま。
「ていうか、マジで暑いんだけど。これで電車暑かったらあたしマジ無理だわ」
こちらはセミロングでのツインテールにしたお姉さま。
「こら、穂奈美。みんなそろってるんだからだらしないこと言わないの!」
と、最後にまじめな感じのするロングヘアーのお姉さま。
全員が全員もうさっさと全員そろったから切符を買いたい超研メンバー(+α)をおいて、口論になっている。炎天下の中、まるでえさをお預け食らっている犬の心境で待っている達也たちに雄介がやっと気づく。
「あっ、す、すいません!」
雄介はまず全員ではなく、美咲と早苗に向かって頭を下げた。
「実は昨日、姉さん達に旅行のこと話したら付いてくるって言い張って……」
「あ、あの、いえ……」
早苗も雄介が心底頭を下げているのを見て少し動揺する。
「別にいいんじゃないか?」
テンパっている早苗に助け舟を出したのは達也だった。
「ウチだって妹付いてきてるし」
「そうよ。別に今日行く別荘はまだ腐るほど部屋が残ってるんだから」
美咲は自分の所有物でもないくせに堂々と言い張る。
「そうですよ、雄介君。もういいから頭を上げてください」
早苗の困ったような声に雄介は一度頭を上げる。その嬉しそうな顔が言いたそうな言葉は誰が見ても「良かった」の一言だろう。
「ありがとうございます!!」
雄介はもう一度深く早苗に頭を下げた。
「とりあえず、その後ろの方々はお姉さんでよろしいんですよね?」
と、早苗は当たり障りの無い感じに聞いてみる。
「あっ、そうです。紹介しますね。こっちが長女の明美姉さん」
雄介はロングヘアの美女を紹介する。
「坪井明美です。よろしく」
明美は深々と全員に頭を下げた。しかし、達也は、
(明美って…確か部屋一番きったない人だったよな……)と心の中で思ったが、雄介の姉たちからの扱われ方を見る限り、それを言ったら凄惨な光景を見ることになりそうなのでやめておいた。触らぬ神に祟り無し。
「で、こっちが次女の勝音姉さん」
今度は黒髪ポニーのお姉さまを紹介する。
「坪井勝音で~す。よろしく~、少年少女よ~」
勝音はぷらぷらとだらしなく手を振ってみせる。
「こっちは三女の穂奈美姉さん」
今度はセミツインのギャルを。
「坪井穂奈美でーす」
穂奈美は自身の左側のおさげをツンツン突付きながらやる気無く答えた。
「で、こっちが四女の……
「坪井文音です。よろしく」
最後の一人、文音は雄介の紹介を途中遮断して自分で言い切った。この人が一番雄介に対しての当たりが強いのだと、その場の全員が理解した。
「え~っと……まあ、これがウチの姉たちです。で、ここにいるのが……」
「どうも。超常現象研究部、部長の鷺原美咲です」
「同じく、三好早苗です」
「初めまして、木高美樹です」
「西田七瀬です…よろしく……」
「どうも、草薙達也です。で、こっちは俺の妹」
「初めまして~!」
「初めまして、久我真司です」
同じく超研部のメンバーも同じように自己紹介を済ませる。
「じゃ、とりあえず早く行きましょう。もう電車来ちゃうから」
時計の針はもう三十一分。早く行かなければ間に合わない。
「ほら、行くわよみんな」
美咲は早足で駅の中に入っていき、全員もそれを追う。
「……大丈夫か、お前」
足を速めながら、達也は雄介にさりげなく聞いてみる。雄介の顔は一睡もしていませんといった具合にやつれていたからだ。
「うん…大丈夫……」
しかし、その顔は大丈夫というその言葉自体を打ち消していたためまるで説得力が無い。
「達也君……」
「うん?」
元気の欠片も無い雄介が切符券売機に並びながら達也に話しかけてくる。
「この旅行、先が思いやられるって思ってるの、僕だけかなぁ……」
「………………………………、」
二人の前方には、シンに絡んでいる坪井シスターズが見えた。
「大丈夫………」
達也は誰をも安心させるような口調で答えた。
「………俺もだ」
どうも~。
いや~、ここ数週間で好きだったアニメがたくさん最終回を迎えました。結構さみしいもんだね~。
でも、やっぱ最新作のアニメにも期待できそうなのが多いから、きっと寂しさを癒してくれるよね。
それでは、また次回。