第42話 スリラー その⑩
暴走した花梨のスリラーによって倒れるシンと雄介。
その暴走を促したのはガロウであった。自分が利用されていたことに絶望する花梨。
そこに、達也が駆けつける……。
「どう言うことっスか……じっちゃんが…もういないって……」
花梨の質問に、達也は固く口を結んでなにも言わなかったが、やがて決心したかのように口を開いた。
「言ったままの意味だ…。お前のじいちゃんの魂は、もうこの世には無い」
達也は花梨と目を合わさず、申し訳なさそうにそう言った。
「何で…なんでそんなことがあんたに分かるんスか!!」
花梨は涙目になりながら怒鳴った。
「……聞いてきたんだ。分かる人に」
「澄和?」
木村はなぜそんなことを聞くのか、と言いたげに達也に聞き返した。
「はい。シンから、木村さんは魂とかの管理もやってるって聞いてたんで。三ヶ月ほど前にそんな名前の魂は出現しましたか?」
「う~ん……」
木村は腕を組んで自分の記憶を辿ってみる。
「ちょっと待ってください」
しかしすぐに諦め、自分の後ろにある箱の中をゴソゴソとあさりだす。
「ああ、あった。これだこれ」
「? なんですか、それ」
木村が取り出したのは一冊の本のようなものだった。
「これは、まあ、記録のようなものですよ。何年何月何日にどんな魂が出現して何をしたのか、堕ちていたのかいないのか、何の目的で出現したのか、みたいなことの記録帳です」
そう言って木村は、本のページを慣れた手つきでパラパラとめくっていく。
「えーと、三ヶ月前だと……ここかな」
そして、あるところでページをめくるのを止め、順番に上から下に指を這わせて名前を探していく。
「澄和、澄和、っと………」
達也はそれを、真剣な目で見ていた。そして、今の達也の気持ちはある種の期待感に満ちていた。受験生が合格発表の中に自分の番号があるか確認するかのような、それと同じような感覚。その名前があってほしいという期待に満ちた目だった。
「……達也さん」
やがて、木村が達也に向かって口を開いた。
「はい」
「…本当に三ヶ月前で間違いないんですか?」
「えっ? そうですけど」
嫌な予感がした。その先に言う木村の台詞が今の言葉でほぼ分かってしまった。
「……残念ですが、その名前の魂は確認されていません」
「……………」
予想したとおりだった。木村が言う台詞のことではなく、花梨の祖父の魂はもうこの世に無いか、それとも初めから無かったということは、達也はここに来る前から予感していた。
「一応、言われた月の前後も調べてみましたけど、そんな名前は……」
「ありがとうございました」
「え?」
言うが早いが、達也は木村に背を向け、その場を立ち去っていた。
「あっ、達也さん。一体何を調べたかったんですかー?」
木村の問いかけに達也は答えず、ただ黙々と出口に向かって歩いていった。
そんな達也を見ながら、木村は一口、ガブリと魚を食った。
「……………」
花梨は、達也の言うことを黙って聞いていた。いや、黙っていたというよりも、何も言えなかったのかもしれない。
「……お前の話を聞いたときにおかしいとは思ってたんだ。かなり遠くから魂を呼び寄せているのに近くにいるはずのお前のじいちゃんの魂はどうしてこないのか。お前とお別れが言いたいって思っていたのに、なぜお前の場所に来ないのか。それを考えていたら、案の定、思ったとおりだった」
達也はゆっくりと息を吸い込んだ。
「お前のじいちゃんの魂はこの世には無い。そして、お前の能力は『この世に存在している魂を呼び寄せる能力』なんだ」
「………嘘つき」
そう、小さな声で花梨は呟いた。
「お別れ…言おうって約束したのに……初めっから、いなかったなんて……じっちゃんの嘘つきっ!」
花梨の目から、さっきと同じように大粒の涙がこぼれた。
「お前は、笑ってさよならが言えたか」
「!?」
泣き崩れる花梨に、達也は突然そう語りかけた。
「…きっと、お前のじいちゃんは、そんな顔のお前のさよならを聞きたくなかったんだ。だって、一番最後に見るお前の顔が、泣き顔だったら嫌じゃないか。だから、何も言わずに消えたんだ」
「……………」
花梨は呆気に取られたかのように達也を見つめている。
「…言ってやれ、花梨」
「え……?」
「笑って、さよならって言ってやれ。満面の笑顔で、さよならって言ってやれ」
達也は、自らも笑顔になって花梨にそう言った。花梨は、だらしなく開けていた口をキュッと結び、涙を拭きながらゆっくりと立ち上がった。
「……いい笑顔じゃねぇか」
立ち上がり、顔を上げた花梨の顔を見て、達也は心からの感想を述べた。花梨は笑っていた。満面の笑みで。そのまま花梨は大きく息を吸って、空に向かって顔を向け大声で叫んだ。
「じっちゃーーーーーーーーーーーーーーん!!」
腹の底から出したような大声は、辺りのビルに反響したのか、どこかでこだましていたのが聞こえた。
「さよならっスーーーーーーーーーー!! もう、あたしは平気っスーーーーー!!大丈夫っスーーーーーーーー!! じっちゃんがあたしの悲しい顔見るのが嫌だったんなら、あたしは、ずーーーーーーーっと笑ってるっスーーーーーーー!! だから、だから……」
急に花梨の声のトーンが落ちていく。花梨の目にはまた涙が浮かんできていた。鼻をすすりながら必死に泣くのをこらえていた。しかし、涙は拭いても拭いても流れてきていた。花梨はそれでも、笑顔を崩さず、さっきよりもずっと良い笑顔になって叫んだ。
「さよならっスーーーーーーーーーーーーー!!」
言い終えると、花梨はその場にへたり込んでしまった。
「…頑張ったな」
達也はそう言うとナイフを取り出し、花梨に近づき左腕の腕輪を破壊した。
「もう大丈夫だ」
『ちぃ! 余計なことをっ!』
ガロウは悔しそうに地面を蹴った。達也はさっきの怒りの表情に変わり、ガロウを見る。
「一つ答えろ、ガロウ。お前は全部知ってたのか。花梨のじいちゃんの魂がもう無いってことを」
しばらく辺りに沈黙が走った。しかし、すぐにそれを打ち破るようにガロウが声を潜めて笑い出す。
『クックックッ……ああ、そうだとも! だが僕は彼女に嘘はこれっぽっちも言っていない。おじいちゃんに会わせようとしてあげたのはすべて本当のことさ! 100%会えないって分かってたけどね!! ヒャハハハハハハハッ!!』
ガロウの高笑いが辺りに響く。達也にはその声が黒板を引っ掻いたときに鳴る音よりも不快な音だった。
『ヒャハハハハ……』
しかし、その笑い声は、ガロウの左頬に走った痛みで制止された。
『ハ……ハ?』
気が付くと、ガロウの目の前にはいつの間にか達也がいた。そして、達也の放っている右拳が深々とガロウの顔面にめり込んでいた。
『ハーーーーーーッ!!?』
そのままガロウは後ろに派手に吹き飛んだ。二回、三回と後転してやっと止まった。
「この……、ドブ野郎がっ!!」
達也はフーフーと肩で息をしながら叫んだ。息が荒かったのは疲労のためではなく。抑えきれない怒りを何とか静めようとしているためのものであった。
『くっ! 黙っていればいい気になって……』
痛む頬を押さえ、ガロウはゆっくりと立ち上がる。
『殺す……。この場で殺す! 殺しつくす!!』
ガロウは勢いよくマントを広げる。すると、その右手にはいつの間にかレイピアのような細長い刀身の剣が握られていた。
『内蔵撒き散らして死ねや、草薙ーーーーーーっ!!』
叫ぶと同時にガロウは達也に向かって突進してきた。自分の胴に向かって真っ直ぐ伸びてきた刀身を払い、達也もナイフで応戦する。
「うおおぉおおおおお!!」
『舐めるなよ、人間風情がっ!!』
高速下での剣撃の交じり合い。しかし、リーチの差か、それとも速さの差か、達也の体に徐々に傷が増え始める。
「ぐっ、くぁっ!!」
『どうしたどうしたぁ!! 勢いよく啖呵を切ってもこの程度かぁ!!』
ガロウの剣が達也の左腕を深く掠める。
「がぁっ!!」
達也は思わず左腕のナイフを下げてしまった。
『もらった! 死ねぃ!!』
がら空きになった達也の左側から心臓にめがけ剣が伸びる。達也にはもうそれを防御する時間は無かった。
『くたばれーーーーーっ!!』
しかしその時、強烈な光がガロウの左脇から飛んできた。
『!!? なっ!!?』
とっさに避けようとしたが遅く、その光にもろに当たった。
『ぐぇあっ!!』
ガロウの体は大きく飛び上がり、何メートルか先に吹き飛ばされた。
「……………!? 今のは……」
目の前で見ていた達也はわけが分からず、光が飛んできた方向を見る。
「花梨っ!!?」
そこにいたのは、両手を前に掲げた花梨の姿があった。
「今……ここにいる魂から力を貸してもらったんス……あの野郎を、ぶっ飛ばしてやりたくて……」
花梨の能力は魂を呼び寄せるという交霊術にも似た能力だ。だが、それとは本質的に違い、花梨の能力は発動と同時に交信した魂と一種の主従関係のような立場が結ばれる。そこから魂が持つ『マナ』と呼ばれる自然界に存在する精神エネルギーの一種を供給して放ったのだ。本来マナは人間にも生成可能であり、それを人間が別の物質、またはエネルギー、現象として発動させるのがいわゆる魔法、『魔術』だ。
だが、当然ながら能力者という一点を除けば花梨はただの高校女子だ。だからこそ魂から供給したマナを借りた。自分から引き出すことが不可能でも、それを操作できる存在に操作をしてもらえばただの人間にもマナでの攻撃は可能となる。
そして魂とはマナの集合体と読んでも過言ではない。そして、彼らは自然界存在するマナを無限に供給できる。今の一撃を受けたガロウはさぞダメージが甚大だろう。
花梨が攻撃するという意外なことに呆気に取られていた達也だが、やがて、
「…ぷっ!」
と吹き出し笑い出した。
「ハハハハハッ、……ナイス!花梨!! 助かった」
そう言って自分の親指をビッと立てた。
「へへへ……」
花梨は嬉しそうに頭をかいた。
『この…ド畜生共がぁ~……!!』
ガロウはよろけながら必死に立ち上がろうとしていた。
『殺す……殺ーーーす!!』
剣を振り上げ達也に向かっていこうとしたとき、
チューーーーーンッ!!
『!!?』
突然、ガロウの右腕にあった剣が跳ねた。とっさにガロウはある方向を向く。
「ハァ……やるじゃねぇか、花梨!」
そこにいたのは血まみれになって花梨に笑顔を向けるシンだった。
『シン…クロイツ……』
「今の俺にはこの程度しかできねぇからよぉ……やれることをとことんやらせてもらうぜ」
『クッ!!』
ガロウはすぐにシンに背を向け、飛んで行った剣に手を伸ばす。しかし、二回なった銃声とともに剣はさらに向こうに弾かれ、ガロウの右手にも風穴が開く。
『ぐぁああっ!!?』
「僕を忘れないでよ」
さらに向こうを見ると、雄介がいた。左手で首を押さえながら右手だけで銃を構えている。
「お前もやるな、雄介」
「へへ……」
雄介も照れたように頭をかいた。
『くそ!…くそーーーーー!!』
「さあ行くぜ。雄介!行くぞ」
「うん!!」
「おらぁあああああああ!!」
「うおぉおおおおおおお!!」
シンと雄介、二人が同時に銃を乱射する。銃口の先にいるのはもちろんガロウだ。
『うあぁああああああ!!』
ガロウもすかさず剣を拾い、飛んでくる銃弾を一つ残らず弾き落としていく。
『くそがぁああああ!!』
ガロウは怒りの咆哮を上げる。
「銃弾は弾き落とされるか……なら、これはどうだ!」
『何っ!!?』
ガロウは自分の前方に目をやる。そこには、両手を目の前に掲げ、青い光を溜めている花梨の姿があった。
『なんだとぉーーーーー!?』
「行けっ!花梨!! 最後はお前が決めてやれ!!」
後ろにいる達也の呼びかけに、花梨は黙って頷く。そして、溜めていた光がいっきにガロウめがけて発射された。
『うわぁあああああああーーーーーー!!!!!』
避けようにも銃弾の雨がそれをさせんと降り注ぎ、何もできずガロウは光をもう一度くらってしまった。
『ぐふぁあああっ!!』
光はガロウを包んだまま屋上の柵を突き破った。
「やった!!」
思わず達也はガッツポーズをしていた。
『クァアアアア!!』
だが、ガロウは大声で叫ぶと背中から翼を生やして空中に止まった。
「何だとっ!!?」
その翼はシンのものとは違い、真っ白で純白なものだった。
『クソたれ共がぁ~……さすがに四対一だと分が悪い。だが! 絶対に貴様ら全員を殺す!! 増えるであろう新たな仲間もいずれ殺す!!』
「何っ!? 今あいつなんて言った」
すかさず、達也は今言った言葉の違和感に気づく。
『いいか、貴様らはもう死ぬ運命なんだ! 能力を持ってしまった時点でな! いずれ貴様らは殺される! 殺す相手が俺だろうと誰だろうとな!! 絶対に殺す!!』
ガロウはそう言うとマントを翻し、消えた。
「消えちゃった…ね……」
嫌な空気が流れる中で、第一声を上げたのは雄介だった。
「新たな…仲間……?」
達也は覚えこむようにその言葉を呟いた。しかし、しばらくすると急に花梨が地面に膝を付いた。
「!!? 花梨っ!」
慌てて花梨に近寄る達也。花梨は、泣いていた。声を必死に抑えて泣いていた。達也はすぐにそれを悟り微笑みながら言った。
「ずっと笑ってるんじゃなかったのか?」
花梨はその言葉にすぐに顔を上げた。涙は絶えず流れていたが、顔はこれでもかと言うくらい笑顔だった。
「泣いてないっス! これは、嬉し泣きっス!!」
「……………ぷっ! ハハハハハッ!!」
「ぷっ! ハハハハハハッ!」
達也と花梨は二人して大声で笑った。その笑い声は、廃れた廃ビル街に、いつまでも続くかのように響いた。
「あ~~っ、しんど…」
翌日、登校しながら達也はこの台詞をもう三十回以上言っていた。
「ちょっと、もううるさい!! 何回同じこと言ってんのよ!」
隣でさっきからこの台詞を聞いていた美樹がついに怒った。それはそうだろう。三十回もこんな言葉を繰り返され続ければ。
「だってさ~、しんどいんだもん……」
昨日、負傷した体を直してもらった後、自分よりも重症だったシンと雄介二人の傷を、いつぞやの再生魔術で治したらこうなった。シンが言うにはこの魔術は受ける者と施す者、それぞれが持つマナを使うらしいと終わった後で聞かされた。治療を受けて尚且つ二人分の治療を行ったのだ、それはしんどくもなるだろう。
「はぁー……」
「もう、いい加減にしてよ」
「おはようっス!! 草薙さん!!」
不意に、後ろから声をかけられて達也は振り向く。そこには花梨が立っていた。
「花梨」
「どうしたんすか? そんなだるそうな顔して?」
「いや、ちょっとね……」
「朝なんスから、もっと元気よく行きましょう!! それじゃあ、あたしはもう行くっスから!」
花梨は達也にそう言うと走って先に言ってしまった。
そのときの花梨の笑顔は、とても素敵なものだった。達也はそれを見ると、なんだか少しだけ元気が出たような気がして、今日も頑張ろうと思った。
しかし、そう思った矢先に来た「あの子は誰だ」「どういう関係だ」という具合の美樹の質問攻めに、早くも心が折れそうになったになったのは、言うまでもない。
どうもでーす。
いや~、だるい。達也じゃないけどだるい。最近なんか疲れることばっかでホント辛いっス。
でも頑張ります! だって、それが人間だから!
次回の更新は、作者が旅行に行くためお休みです。次回の更新は3月10日(水)を予定しています。
それでは、また次回。