第38話 スリラー その⑥
今回の事件の発端となった能力者、花梨。
彼女が能力を持った理由とは……。
いつも、ここに来るときは早足だった。
花梨はほとんど毎日のようにここに来る。七歳くらいのころから一人で来るのがほとんどだった。
「花梨か、よう来たな」
ここに、この家に来るといつもこの声が、この台詞が花梨を出迎えてくれた。
「じっちゃん!!」
そう言って、花梨は脱いだ靴もそろえず声のした方へ、祖父の元に走っていく。
この場所に特に用事は無い。ただ、祖父と一緒にいたい。それだけだった。
花梨は祖父が大好きだった。家族から見ても、近所の目から見ても明らかなおじいちゃん子だった。
「今日はっスね、クラスの……」
「ほう、そうかそうか」
特別なことも何も無い、ただただ普通の会話。今日学校で何があったのか、休み時間にみんなでしたこと、来る道中にあったおかしなことなどを、今日してしまった失敗などを祖父の膝の上に座って話した。花梨の頭を撫でながら、花梨の祖父はいつもニコニコしながらその話を聞いていた。
花梨の祖母は彼女が三歳のときに他界し、祖父は花梨の家から少し離れた一軒家に一人で暮らしていた。そのため、楽しみと言えば花梨が遊びに来て話をするこのときだけだったのだろう。
花梨も一応は友達もいたが、友達と遊ぶよりも祖父と遊ぶ方がずっと楽しかった。春は庭に咲いた花々を眺め、夏は祖父がどこからかもって来てくれた竹で流しそうめんをしたり、秋は庭の木の柿を食べ、冬はかまくらを作って遊んだ。花梨にとっては、いや、祖父にとっても、この時間はとても楽しいものだった。
やがて、花梨が中学二年生のころ、祖父は体調を崩し寝ていることの方が多くなった。それでも花梨は毎日祖父の元に通い続けた。
「じっちゃん、大丈夫っスか」
「ああ、花梨か、よう来たな」
体調を崩していても、祖父の挨拶はいつもと同じだった。
「また、話聞かせてくれんかの……」
「もちろん、いいっスよ!」
そして、花梨は祖父の枕元で話を始める。そして、気付くと外は暗くなっている。
「あ、もうこんな時間っス。そろそろ帰らないと」
「あ、もう帰るんか?」
「ごめんっス。お母さん達が心配するっス」
「そうか……それならしゃあないな……ほなまた今度な」
「うん、明日も来るっス」
そう言って、花梨は立ち上がって帰ろうとする。
「……死ぬときは、こんな風にお別れを言って死にたいの……」
「………えっ?」
あまり、祖父の口からは聞きたくない台詞だった。こんな風に体調が悪くて寝ている祖父にそんなことを言われたら、冗談だろうと笑えない。
「何言うっスか、じっちゃん。縁起悪いこと言わないでほしいっス」
しかし、祖父の目はどこか寂しげで、冗談を言っている感じには見えなかった。
「いいや、縁起悪いことでも何でもない。なんかの、そろそろお迎えが来そうな感じがするんよ」
「嫌っス!そんなの!!」
突然、花梨が語気を荒げた。
「そんなの考えたくないっス! じっちゃんはずっと長生きしてほしいっス!」
「ハッハッハッ! そりゃ無理じゃて花梨。生まれたらいつか死ぬんは世界の決まりごとじゃからの。わしの場合それがもうすぐ近い。じゃからしょうがないんじゃ」
「でも、だからって………」
花梨の目には涙が溜まりはじめていた。それは、今にも頬を伝ってきそうなほど、目の淵で震えている。
「……わしかて寂しいよ。いくらそういう決まりじゃからって、寂しいもんは寂しい。じゃからじゃよ。じゃからお別れが言いたいんじゃ。死ぬときには手向けみたいな、そう言う言葉が欲しいんじゃよ」
花梨はグズグズと鼻をすすり、涙を無理やり押さえ込んだ。
「……分かったっス。ちゃんとお別れ言うっス。言ってあげるっス」
「……そうか」
花梨の祖父は、どこか安心したような顔で言った。
「でも! ……もっと長生きして欲しいっス」
「ハッハッハッ! 任せとけ、できるだけ頑張ってみるわい」
そう言って、祖父は豪快に笑った。
花梨が月白高校に入学が決まり、しばらく経ったある日。
それは、突然の知らせだった。
「ハァ…ハァ……」
まだ三月と言っても冬の寒さが残り、吐く息が白くなる中、花梨は必死に走った。祖父の家に向かって。がむしゃらに。
外出中に突然、母からかかってきた電話。
祖父の容態が急変した、と。
走った。走った。ただ走った。泣くこともせず、ただ祈った。無事であって欲しいと。たとえ、今日がお別れの日だとしても、それが抗えない運命なんだとしても、自分が行くまでは無事でいて欲しいと。約束を。お別れを言わせて欲しいと。
ただそれだけを考え、走った。
「じっちゃん!!」
いつものように、脱いだ靴もそろえずに家に上がり、祖父が寝ている寝室の襖を開けた。
「――――――――――」
寝室には自分の両親も含め、親戚が何人かと、祖父のかかり付けの医者がいた。そして、そんな彼らに囲まれるように、祖父は布団で眠っていた。
「じっちゃん……」
ホッとした。間に合ったんだと、神様は願いを聞いてくれたと。そう思って、花梨は祖父の元に近づいた。
しかし、花梨が祖父の枕元に座った瞬間、何かが祖父の顔にかけられた。
「えっ?」
白々しく出た疑問詞ではなかった。心のそこから不思議がって出た言葉だった。
それは、真っ白な布だった。そう、まるで死人にかけられるような……。
「ちょっと…なんスか、これ?」
この布をかけた本人、医者に尋ねる。今にも感情が爆発しそうなほど、震えた声で。この布の意味を知らない訳ではなかった。だけど、その意味を認めたくなかった。
「……………」
医者は何も言わなかった。その行為が、花梨が認めたくなかった答えの肯定の行為であった。
「そん…な………」
祖父の顔にかかっていた白い布に、一滴のしみができた。それは、一滴、また一滴とどんどん増えていった。それは、花梨の目からどんどん流れてくる涙だった。
「じ…ちゃん……」
それを合図にしたように、周りにいた両親や親戚達の目にも涙があふれ、頬を流れていった。
「なんでっスか……お別れ、言おうって…約束したじゃないっスか……」
何度呼びかけても、祖父はもう動かなかった。何度揺すっても、何度呼んでも。
ただ祖父の体を触っていて感じる氷のような冷たさだけが、その行為を無駄だと言っているように、花梨に真実を実感させた。
「じっちゃーーーーーん!!」
腹の奥から、大声で祖父の名を呼び泣いた。
だが、いくら泣いても、祖父は花梨の頭を撫でてはくれなかった。
「……あの時ほど、悲しいことはなかったっス」
「………………」
達也は、黙って花梨の話を最後まで聞いていた。
正直、誰かを失うという感覚は達也にはまだ分からなかった。父方、母方両方の祖父母はいまだ健在であり、まだ当分はお迎えはきそうにないほどピンピンしている。
だが、失うかもしれない、という感覚は一度味わった。ワルキューレ戦のとき、シンの首から流れ出る血を見てそれを実感した。
だが、結果的にシンは生きている。しかし花梨の祖父は違った。失うかもしれないという感情だけであれほどならば、一体、失ってしまった感情とはどういうものなのか。それを考えると、達也は少しだけ、この隣に座っている少女に同情した。
「…それから、じっちゃんの葬式が終わって、入学式も終わって、しばらく経ったときっス。変なマントを着た男に会ったのは……」
「!?」
その台詞に、達也は目を見開いた。
「ち、ちょっと待て!」
「はい?」
「その男、いや、マントを着た奴は変な声じゃなかったか? 例えば男か女か分からないような」
「そうっス、その通りっス。確かに最初は男か女か分かんないような声だったけど、『誰っスか!』って聞いたら、『君を助けに来た男です』って言ったから、男だって分かったっス」
「助けに来た?」
その言葉に、達也は若干いぶかしむように眉をひそめる。達也が知っているマントを着て男か女か分からない声の持ち主など一人しかいない。ガロウだ。
「その男に何された?」
「何もされてないっス。でも、変な木の実をくれたっス」
「木の実?」
「そうっス。青い、ほんとに青い色の…りんごみたいな実だったっス。で、『君が強く念じてその実を食べれば、もしかしたら願いが叶うかもしれない』って言ってたっス」
「お前、そいつの言うこともしかして……」
「はい。言われたとおり実を食べたっス」
「怪しいとか思わなかったのか?」
達也は本気で呆れたような顔で問いただす。このご時世、そんな言葉で何でも信じるような奴がいたら老婆心が沸いてきて説教してしまうのも仕方が無いだろう。
「わ、私だって怪しいと思ったっス。けど、その男、いきなり目の前から消えたんス」
「消えた?」
「はい。そんで見えないのに声だけが辺りから聞こえてきて、そんで怖くなってきたら今度はいきなり目の前から出て気たんス」
「……………!」
達也はガロウの能力を完璧に見たわけではない。しかし、最初に会ったときも姿を消して見せた。どうやら『消える』ということがガロウの能力のヒントらしい。
「そんで、手渡された実を食べてこの能力『スリラー』を手に入れたっス」
「『スリラー』?」
「なんにでも名前が無いと不便っスから、私がつけたんス」
「へー、スリラーか…」
達也は感心したように頷いてみせる。
「この力は『魂を引き寄せて力を与える』能力みたいで、この力を手に入れてから何度もじっちゃんの魂を呼び寄せようとしたんス。けど、なかなかうまくいかなくて……」
「昨日のあれはどういうことなんだ」
「あ、あれは事故っス!ホントっス! いつもなら違った魂はすぐに帰ってもらってるんすけど、昨日はあの魂が急に暴れだして、怖くなって逃げたらどっかに行っちゃって……それで……」
「なるほどね。荒川はただのとばっちりだったわけだ。と言うより、自分がしたことならきちんと最後まで責任を持て! 昨日は俺がいたからいいものを…」
達也は少々語気を荒げて花梨をどやす。その気迫に押されて、花梨が小さな体をさらに縮めた。
「ごめんなさいっス……」
「……まあいい」
達也はそう言うと、ポケットから携帯を取り出してメールを打つ。宛名はシン宛てだ。
ターゲット確保
気になることあり。ガロウが影にいるらしい
至急来られたし
「…っと」
メールを打ち終わり、もう一度花梨の方を向き直る。
「少し聞かせてもらいたいことがあるから」
「…はぁ……」
会話はそれで終わり、二人は沈黙のまま時が過ぎるのを待った。
「へー、この子が能力者。初めて見たよ」
二時限目の休み時間、屋上には達也と花梨の他にもう二人、シンと雄介が来ていた。雄介は花梨のことを舐めるようにじろじろと見ている。
「やめろ馬鹿。ただでさえこいつこんなナリしてんだから傍から見ると変態だぞお前」
「あっ、ゴメン」
雄介はすごすごと見るのをやめる。見られて縮こまっていた花梨も解放されて大きく息をついた。
「実はな……」
雄介に注意を終えると、達也はすぐにシンに報告した。
「なるほど……」
シンは本当に全てが分かったように小さく息をつく。
「花梨が食べた実って……」
「ああ、間違いない、知恵の実だ」
達也はやっぱりかと言った感じの顔になり、花梨のほうに目を向ける。花梨は雄介と話をしている。
知恵の実。食べたものを能力者にするという天界の木の実。
「やっぱり奴らめ! 知恵の実を大量に持っていやがったのか!」
シンは悔しそうに地面に蹴りを入れた。
「天界に言ったのか?」
「言ったさ。けど、そんな訳は無いの一点張りで取り合っちゃくれない。こりゃ近々帰らなきゃいけないな」
二人は花梨の方を見ながら話してると、花梨がその視線に気付く。花梨は気まずそうに肩を縮めた。達也は花梨の方に歩み寄っていく。
「悪いな、手間取らせて。もう帰っていいぞ」
「えっ? いいんスか?」
「ああ。ただし、俺たちの事は誰にも言うな、いいな」
「分かったっス」
そう言って、花梨は屋上から出て行った。
「いいのか、あんなんで」
「いいさ。あいつだって人には言えない秘密があるんだ。秘密をばらされる気持ちも分かってくれるだろ」
「…そうだな。じゃ、さっそくガロウを捕まえる作戦でも考えるか」
「そうだな」
「やろうやろう!」
二人の会話の中に雄介がいきなり入ってきた。
「お前はいいの!」
「え~~!」
放課後。
いつもの帰り道を、花梨は一人で歩いていた。
「ハァ…なんか今日は色々疲れたっス……」
『それはよくないねぇ』
「!!?」
そのとき、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
『疲れは美容の大敵だよ』
声の聞こえた上を見ると、電信柱の天辺に黒いマントの男、ガロウが立っていた。
「あ、あんたは……」
『そうで~す、ガロウで~す、お久しぶり。とう!』
すろとガロウはいきなり電信柱から飛び降りる。しかし落ちて半分くらいのところで突然消え、地面に立った状態でまた現れた。
「あ、あんた! なにもんなんスか!」
『最初に言ったじゃないか。君を助けに来た男だ、て』
「嘘っス! あの人たちが言ってました、お前は悪者っス」
『あ~、草薙達也とシン・クロイツ、いや、久我真司のことか……そりゃ嘘』
「へっ?」
『嘘だよ嘘。そりゃ嘘だ。僕は悪者じゃない。君を純粋に助けたいんだ。あっ、だからって彼らが悪者って訳じゃない。彼らとは少し仲が悪いだけさ。まったく、悪者にするなんてひどいなぁ』
ガロウはいつもの飄々とした感じで受け答える。
「どっちでもいいっス! 早くどっかに行くっス」
『おじいちゃんとは会えた?』
「―――――!」
その台詞に花梨は一瞬固まってしまう。
『……その様子じゃまだ合えてないみたいだね』
「―――――」
図星を突かれて花梨は何も言えない。
『…いやね、もしかしたらそうかなぁって思ってたんだよ。君はまだ自分の能力をうまく使いこなせて無いんじゃないかって。だから、今日は君にいい物を持ってきた』
「いい物……?」
『これだよ』
そう言ってガロウはマントからなにかを取り出す。
それは綺麗な青い色をしたブレスレットだった。水晶のような光沢と透明感があり、それが夕日を反射して輝いていた。
『これは僕の仲間に作らせた特別製でね、能力を強化できるんだ。だから強化した能力ならきっとおじいちゃんを呼び出せるよ』
ガロウはブレスレットを前に出したまま花梨に歩み寄る。花梨はそれに押されるように、少しずつうしろに下がっていく。
『どうしたんだい? 受け取りなよ』
「……………」
花梨は黙ったまま後ろに下がり続ける。
『…約束を果たしたいんだろう』
「!!?」
花梨は、下がる足を止めた。
『果たしたいんだろう、約束を。言いたいんだろう、ちゃんとしたお別れを。なら、これを手に取るんだ。さあ』
「……………」
花梨は震える手を伸ばし、ガロウの手からブレスレットを受け取った。
『そうだよ。それで君は会えるんだ。大好きなおじいちゃんに』
「――――――――――」
花梨は黙ってブレスレットを見つめた。
そこには、夕焼け色に染まる町の景色と、危うげに迷っている自分が映っていた。
どうもっス!!
みなさん、語尾に「~っス」ていう娘は好きですか?僕は大好きです。
な~んか体育会系でボーイッシュな感じの元気な女の子が僕は大好きです。
お金好きな新聞配達女子も猿手の少女もなんでも来い!ってくらい好きです。大好きです!
っと、作者が自分のフェチを暴露したところで今回は終わりです。
それでは、また次回。