第2話 遭遇
前回まで
主人公、草薙達也の学校にやってきた転校生久我真司。彼から友達になってほしいと手を差し伸べられた達也だったがその手に触れた瞬間奇妙な感覚に襲われる。とっさに手を振りほどいた達也だが、そのせいで真司はどこかに行ってしまう……
まったく、今日は近年まれに見る最高の厄日だ。
あれから女子たちの世にも恐ろしい尋問が開始され、それは授業を間に挟み、次回とまた次回の休み時間にも続行され続け、いま、まさに四回目の尋問タイムが、俺の昼休みと飯の時間を奪っていた。
「いや、だからあれはその……、別にやりたくてやったわけじゃなくてだな……その……」
なんて言い訳をもう何十回したことか、ほとんど似たようなことや曖昧なことを言っていただけで尋問は終了した。開放してもらったから口には出さんがそんな意見を聞いただけでいいのか?まあ、こっちとしては助かるが、これじゃ今までの俺の時間を返せといいたい。いいのか、そんなんで。
「よう、大変だったな草薙」
「ホントに。災難だったね、たっつん」
振り向くと香川と佐藤が立っていた。この裏切りもの共め。俺が絶対絶望になったときにどこかに逃げやがって。俺は柄じゃないがお前たちを困ったときに助けてくれる親友だと思っていたのに。
「ホントにな、おかげさまで」
俺は皮肉たっぷりに言ってやった。それにしても、久我はあれから一度も教室には帰ってこなかった。これが俺が女子からあんなに長い尋問を受けた原因でもある。だが、一応……いや、ほとんどか。あんなことをしてあいつを傷つけてしまったことには、反省している。だが、後悔はしていなかった。いまだにあのときの感覚がぶり返す。あの時触っていたとしたらなどとは想像もしたくない。とりあえず、遅れたぶんの昼休みを取り返すため、俺が開放されるのを待っていてくれた香川と佐藤と共に飯を食ったが、ちょうど食い終わったところで空しくも始業チャイムが鳴り、昼休みは返上された。その後の5限、6限の授業にも久我は顔を出さず、結局終わりのホームルームも終わり放課後となった。まだ少し、心の隅っこに微かに残っていた罪悪感に心を痛めながら、俺は部活へ脚を運んだ。
「あっはっはっはっはっはっはっはっは!」
うるさい。何もそんなに笑うことはないだろう。
「あ〜……、お腹痛い……あんた、そりゃ怒られて当然よ」
そういって目に涙を浮かべながら、滑るように綺麗なセミロングヘアを揺らして我が部の部長、鷺原美咲は言った。
ここは月白高校部室棟三階にある超常現象研究部、通称『超研』の部室である。今日の俺の不幸な出来事をしゃべったらこうなった。もちろん背中に感じた恐怖のようなものの事は言わなかったが。なぜ俺がこんな所謂オタクのような奴らが集まるような部に所属しているのかと言うと、この月白高は特別な理由がない限り帰宅部を一切認めてくれないからだ。特に入りたい部もなく、途方にくれていた俺を救ってくれたのがこの部の勧誘ポスターに書かれたセリフだった。
『活動時間、活動内容全て自由』
これを見て飛びつかない訳がなく、すぐさま入部届けを提出し部員となった。それからは適当に顔を出しながら、このように傍若無人の部長に引っ張りまわされている。
「まあまあ、その位にしといてあげなさいよ美咲。草薙君怒っちゃうかもしれないですよ」
「三好先輩」
ここで俺を助けてくれた黒髪のロングヘアの女性は、超研の副部長である三好早苗先輩だ。
「誰にでも失敗はあるものですよ。そんなに笑うものではありませんわ」
はあ〜。このおっとりした感じがいいんだよな。おまけにこのお嬢様みたいな感じもまたいい。実際珍しい名字でも分かるようにどこかの旧家の正真正銘のお嬢様らしい。さらにそこがまたいい。かわいい。癒される。それに男女問わずに人気があるというパーフェクトっぷり。俺もほのかに思いを寄せている。まさに現代に現れた聖母マリアのように優しいお方だ。それに比べてこの人は……、
「いいじゃん別に。解ってないわね早苗は。よく言うでしょ、他人の不幸は蜜の味って」
「でも……」
「たしかに誰にでも失敗はあるわ。でも他人の聞いてるとからかいたくなんのよね」
最低の人間の最低の思考回路だ。神様はどうしてこの人の性格をよくしてやらなかったんだろう。
「でも、たしかにそれは達也が悪いわよ」
そう言っって立ち上がった、少しツンッと跳ねているショートヘアの女は俺のうちの近所の幼なじみ、数少ない超研平部員、木高美樹。
「そんな風にあんたに友好的にしてくれようとした子にそんなことするなんて」
「いやだから……」
「だからもへったくれもないわ!」
こう言われるともう駄目だ、俺は逆らえない。幼稚園のころから決まってる。
「ひどいと思うわよね。七瀬ちゃん。坪井君」
と、美樹の奴は残りの平団員、西田七瀬と坪井雄介に聞いた。
西田七瀬。超研部一年。一年D組所属。ボブカットにカチューシャでいつも口数が少ないのが特徴のいわゆる無口っ子。
坪井雄介。同じく超研部一年で一年B組所属。短髪で茶髪ないかにもやんちゃしてそうな格好だが、実際はかなりのオタク男で髪は生まれつきらしい。
二人はいつも部室でやることは同じで、西田はいつも本を読んでおり、坪井はパソコンをやっている。ある意味一番この部に相応しい人間なのかもしれないな、二人とも。
「……うん」
西田は読んでいた本から目を離さずに小さな声で同意し、
「えっ。あ、うん。それは草薙君が悪いね、うん」
と、坪井の野郎はパソコンでなにやらしながら生返事で答えた。
「ほら、みんなあんたが悪いって」
待て、お前は最後の二人の聞き流したような意見もカウントに入れる気か?それに三好先輩は俺が悪いというお前の意見に同意していないんだぞ。
「うっさい!」
それはないだろ。俺が不当な独裁者のような美樹に反論しようとした時、部室の扉が開かれた。
「あの〜、この部活に入部したいんですけど……」
部室にいた全員が扉の方向を見た。
「まあ、入部希望の方ですか?どうぞどうぞ、お入りになってください」
などと三好先輩は言っているが、俺はその入部希望者を見て唖然とした。部長が尋ねる。
「君、名前は?」
「はい。久我真司です」
俺は今とてつもなく動揺している。なぜ?どうして奴がここにいる?転校早々1限の授業から姿をくらましていた奴がなぜのうのうと部活を探してやがるんだ。おまけになぜ俺のいる部活を選ぶんだ?隣の文芸部とかじゃ駄目なのか?あっちの方が面白いぞ、多分。
「ああ、じゃあなたがそうなのね」
「はい?」
「いや、そこにいるバカ助から聞いてね。そっか、あなたが件の久我君な訳ね」
そう言われて久我が俺に気づく。おおい!何言ってんだ!そんな事言ったら空気悪くなるだろ。どれだけ傍若無人なんだあんたは。
「いえ、あの時は僕が悪かったわけですから」
「そんなことないわ!」
いきなり美樹が立ち上がり異議を申し立てた。久我の元に立ち寄り手を取って、
「あなたは何にも悪くないわ。悪いのは全部あの馬鹿だから」
おいおい、その位にしとけ。久我が戸惑ってるぞ。
「達也!」
「は、はい!」
いきなりそんな大声で呼ぶな。声が上ずっちまった。
「あんた、久我君に謝ったの?」
はて、そういえば謝ったっけ?たしかにごめんとは言ったが平謝りだった気がするような……。
「今謝りなさい、ここで。はっきり。丁寧に」
「ここで?」
「そうに決まってるでしょ。早く謝りなさい!」
これは駄目だ、誰か助けてくれ……と、あたりを見回すが助けてくれそうな奴はいなかった。部長は状況を面白がって大笑いしたいのを必死に堪えているし、一番助けてくれそうな三好先輩はあきらめた様に首をかしげている。ああ、三好先輩。おなたも俺が悪いと思う側についたんですね。さっきの美樹の演説には興味がなさそうだった西田と坪井も手にしていた作業を中断し俺のほうを見ている。何でこんなときだけ興味ありそうなんだお前らは。
「何してるの?」
見ると美樹がすぐ側まで来て俺を睨んでいる。
「早く謝りなさい!早く!」
しょうがない。俺の負けだ。潔く謝るしかない。
「ごめん。悪かった」
「いや、こちらこそ……」
久我が言うか言わないうちに、
「なにそれ?」
と、美樹が俺に聞く。
「なにって、謝ったんだろ?」
「全然駄目!」
はあ?
「あんなのじゃ全然駄目よ!もっと気持ちをこめて!」
「いえ、僕はもう……」
ほら、本人もそう言ってるのになぜお前が仕切るんだ。
「はやく!」
反論したかったがこの場合一番悪いのは俺だ。俺は腹の底から声を出していった。
「ごめんなさい!!」
「ねえ、久我君は今どこ住んでるの?」
「はい、商店街の近くのアパートに住んでます」
「へえ〜、天屋根町の方か」
部活も終わり、俺は帰路についていた。いや、俺たちか。美樹は近所であるためいつも帰りは一緒だが、なぜか久我も同じ帰り道らしい。まったくあれから大変だった。部長が笑い転げて全員でなだめるのに十分もかかった。まあ、あの謝りで久我との後腐れはなくなったため結果オーライか。
「あっ、忘れてた」
と、美樹が突然言った。
「ごめん。先帰ってて」
「どうしたんだよ?」
「お母さんに夕食の買い物頼まれてたの。買ってこなきゃ晩御飯抜きになっちゃう」
そりゃ死活問題だ。晩飯と朝飯が食えないことほど最悪なこともないからな。
「わかったよ。じゃ、明日学校でな」
「うん。じゃあね、達也。久我君」
そういって美樹はぐるりと右に方向を変え、商店街の方に走っていった。
「おまえはあっちじゃないのか?」
「いえ、僕の家はもう少し先にあるんです」
「へえ〜」
そんなつたない会話をしながらしばらく歩いた。しばらくして久我が言った。
「草薙君。なぜあの時僕の手を掃ったんです?」
いきなり聞かれてびっくりした。おいおいその件はさっきの部長の爆笑とともに終わったんじゃなかったのか? それに本当のことは本人にも言えまい。言ったらまた新たな問題が生まれそうだからな。でも、ここで口籠もるのもおかしい。適当に答えようと思ったが、
「正直に言ってください」
久我が少し力のはいった声で言ったので驚いた。久我の目があまりにも真剣だったので、
「いや……、なんて言うか、なんか嫌な感じがしたんだ。お前に触れた瞬間」
「そうなんですか」
こんなこと言ってまたこいつを傷つけると思ったが意外にも久我はそんな雰囲気を見せず、むしろ分かっていたような雰囲気だった。不意に久我が俺の方に向き直り手を差し伸べた。
「改めて、友達になって下さい」
今の俺にはこいつのこの気持ちを拒否する理由は無い。あの時感じた感覚をもう一度味わうことになっても、俺はこの手を握るべきだと思った。俺は躊躇い無く久我の手を握った。なんでもない。ただ普通に久我の手の温かみだけを感じた。
「これからよろしくな。真司」
「はい、草薙君」
「達也でいいよ」
「あ……、じゃあ、達也君」
俺たちはそう言ってお互い笑った。その時だった。真司がいきなり後ろを振り返った。
「来る」
「へっ?」
その瞬間、真司はいきなり俺の手を取り、
「走って!」
と、怒鳴った。あまりのことに混乱しながらも俺は真司に引かれながら走った。
しばらく走って、俺たちは古い工場の跡地の細い道にいた。さすがにダッシュでここまで走るのはかなりきつかった。肺が物凄い痛い。
「ここまでくれば……」
息の一つも切らさずにに真司が言った。だが、俺にはなぜ走ったのかがまったく分からない。
「なあ……、なんで……走ったんだ……?」
「それは……」
そう言いかけて、いきなり真司は俺に向けていた体を百八十度後ろに向ける。
「なあ……、どうし……」
聞かずとも分かった。そして自動的にこいつがなぜ走ったのか理解できた。
そこにはなにかいた。
何と聞かれても分からない。だからなにかと表現したのだ。あえて表現するのなら『影』
、影が動いている。うぞうぞとまるで蟻のようにいろいろな隙間から這い出てきている。おまけにそれが地面から盛り上がり形を成してきた。もうとっくに日も落ちて薄暗くなったのにもかかわらず、その『影』だけがはっきり見えた。そしてそれに色がつき、ついには『影』ではなく化け物に変容した。
「なんだよ……これ……」
そう言うしかなかった。それ以外に俺にできることは皆無だったからだ。だがそれと同時に何かが引っかかっている感じに襲われた。何だこの感じは。何か今朝方にも似たようなことが……。って、今はそれどころじゃない!早く逃げなければ。ここにいればどうなるか言わずもがなだ。こんだけ仰々しく登場して友好な関係を築こうなどと言ってくるオチなど百パー無いに決まっている。それに、そもそもこいつらは言葉が通じそうに無い。見た目明らかに人間ではなく、よだれをぼたぼた垂らしている姿を見る限りとても知能を持っているとは思えない。明らかに俺たちを殺す気満々だ。すると真司が化け物に立ちはだかるように俺の目の前に立った。その瞬間、
「あっ!」
俺は引っかかっていたものの正体が分かった。
「夢……」
それは今朝見た夢だった。
こんにちは。第二話いかがだったでしょうか。予め言っておきますが、この作品は場合によってはナレーションが変わるときがあります。むちゃくちゃかもしれませんが、どうか楽しんでご愛読のほどをよろしくお願いします。