第26話 円盤
自分を狙ってきた刺客、恵美李を倒した達也だったが、予定外の事で起こった爆発で恵美李は炎の中に姿を消した。
あれからすぐに雨が降り、達也は急いでシンのアパートまで行き、今までにあったことを話した。
「そうか。まさか早くも二人目が来るとは……しかも一人のときを狙ってくるとは……」
「ああ」
シンは横目で達也を見る。達也は誰が見ても明らかなほど元気の無い顔をしていた。
「何かあったのか?」
「ええ!!? いや……」
シンの呼びかけに異様なほど驚いている。シンはこれは何かあるな、と直感で悟った。
「何か悩み事か?」
もうバレていると思い観念したのか、達也は気まずそうに口を開いた。
「いや……今言ったよな、最終的に恵美李は爆発に巻き込まれて死んだって……。それがなんか複雑で……なんかすごく悔いが残ったって言うか……別に勝ち負けがどうこうじゃなくて……あんまりにも人があっさり死んじまって驚いてるって言うか……」
達也はいつもと違い、言いにくそうに口をモゴモゴさせて喋る。
「優しいな」
「え?」
「敵にそんな感情を抱けるお前がだよ。それでいいんだ。人の死に鈍感になってしまうことは一番いけないことだ」
そう言ったシンの口調はとても優しく、聞いていた達也は、何かが自分の心の中で晴れていくような気がした。
(やっぱりこいつが天使だからかな?)
「だけど、一つだけ言っておく。いや、今から言う三つのことだけは覚えていてほしい」
シンはさっきの口調とはガラリと変わり、急に厳しい声で言った。
「まず一つは、迷わないこと。やると決めたら何が何でもやりとおせ。途中で迷ったら敵はそこをついてくるからだ。二つ目は、後悔するな。自分が後悔しないことをやるんだ。そして三つ目。これが一番大事なことだ……」
「……………」
シンの気迫に押されたのか、達也は相槌も打たずにそれを聞いていた。
「三つ目は、自分に嘘をつかないことだ」
「自分に嘘を、つかない……」
「そうだ。先にあげた二つのことは全てここからなる。自分に嘘をついてしまうと、人は何を信じていいのか分からなくなる。信じられるものが分からないから迷い、さらに迷ったことで後悔する。そしていつか、忘れてはならない信念を忘れてしまう。そうなったら、もう戦えない……」
シンはそれだけ言うと、何も言わず自分の目の前のコーヒーをすすった。
「信念……」
達也は自分に言い聞かせるようにその言葉をつぶやいた。
「そうだ。俺達の信念はこの町の人たちを守るって事。信念が無くなったら戦いじゃない、ただの汚い殺し合いだ。まっ、傍から見れば変わらんだろうがな」
シンはぶっきら棒にそう答えて、コーヒーカップをテーブルに戻す。達也はなんだか今まで以上に戦う意思を強められた気がした。
(信念……)
もう一度心の中で呟いた。
空が、晴れていた。さっきまで空を覆っていた厚い雲は晴れ、太陽が隙間から顔を出していた。
それからしばらくして、シンは戦いで疲れたろうから今日の特訓は休みだ、と言って達也を外に連れ出した。
「ほら、これ」
「ああ」
シンは公園のアイス屋から買ってきたソフトクリームを達也に渡した。
(どうせならこう言うのは彼女とかと一緒のときにやることだよなぁ)
達也は心の中でそんなことを思った。もちろんそんなことをしてやれる彼女なんて彼には生まれたときからいない。
「今日は特訓の予定からいきなり切り替えたからなぁ…なんかやりたいことあるか?」
「いや、別に」
「そっかぁ……」
それからしばらく、二人は何も話さずにただソフトクリームを舐めていた。だが……。
「お、おい…あれって……」
「ん?」
不意にシンが達也に声をかけた。どうやら何か見つけたらしく、アホのように口を開けて前方を指差して固まっている。達也は何事かと思い、指を指しているほうを見てみる。
「はぁ……!!」
達也もアホのように口を開けて固まった。
二人が見つめる前方。そこには幽霊とおんなじくらい有名なオカルティックな物が浮いていた。銀色で丸い。クルクルと回転しながらフワフワ宙に浮いている。そう、まさしくそれは……
「「UFO!!!?」」
二人同時に言葉を出す。だが当たり前だろう。目の前にUFOがフワフワ浮いていたらまず写真を撮ったりするより驚くほうが先だ。
「おおおおおい!! これどうすんの!??どうしちゃうの??」
UFOなどはむしろ自分と似たような超常的なものなのに、シンはかなり動揺している。
「とととりあえず、写真撮ろ、写真!!」
二人はポケットから携帯電話を取り出し、カメラモードに切り替えてUFOに向ける。
「あれ??」
だが、UFOはその場から姿を消していた。
「なんだよぉ~……せっかく新聞社に売りつけようと思ったのに……」
(自分の写真でも送りゃいいのに)
達也は心の中でそんなことを思った。
シンががっかりして携帯を下に下げようとしたその時……。
パウ―――――
妙な音が携帯を持っている右手から聞こえた。もちろん着信音なんかではない。そこに目を向けると、携帯の折りたたみ部分から上が無くなり、地面に落ちていた。
「なっ!!?」
驚いてシンは右手を目の前まで持ってきた。携帯の上部分はきれいに切断されたような跡が残っているだけだ。
「これは……!」
しかしその瞬間、右手の携帯の切断面のすぐ側の部分ににきれいに線が入り、そこから勢いよく血が噴き出してきた。
「ぐあっ!!」
「シン!」
「大丈夫だ、これくらい。それよりなんてこった! まさか一日に二度も……」
「敵か!?」
達也はベンチから立ち上がり、辺りを見渡す。
「ああ。だが、いつ攻撃されたんだ!? あまりにもきれいに切断されてた所為でしばらく気付かなかったぜ」
その時、さっきのUFOが二人の前に現れた。
「「!!!??」」
二人はとっさに身構える。
『ヤア!! シン・クロイツニ草薙達也」
突然、UFOから声が聞こえてきた。
「喋った!!??」
「何処かからの遠隔操作か?」
シンは辺りを見回す。
『無駄ダヨ。本体ノワタシハ君ラノ目ノトドク範囲ニハイナイ』
「ちぃ!!」
『悪イガ君タチニハ死ンデモラウ。君タチノ始末ハワタシノ能力、コノ『ワルキューレ』ガシテヤロウ!!』
「やはりこれが奴の能力か!!」
話が終わったとたん、ワルキューレと呼ばれた円盤は左右に大きく振り子のように揺れるような動きをしながら、高速で二人に向かってきた。
「来るぞ!!」
「分ぁってる!!」
シンはそう言うと眼鏡を外し、元の姿に戻り戦闘体制に入る。ワルキューレは二人の胴体部の部分に真横から突っ込んできた。二人はそれを後ろに飛び退いてかわす。しかしすぐに方向を変え、また二人に向かって突っ込んでくる。
「でもどうすんだよ!! 本体見つけなきゃあんなん倒せねぇぜ!!」
達也が必死に回避行動をとりながらシンに怒鳴るように質問する。
「大丈夫だ!!」
シンは大声で質問に返す。大声になったのは避けているうちに二人の距離が離れてしまった所為で、焦っているわけではなく、むしろ冷静だった。
「あれは『具現型』だ!」
「具現型?」
何度かの回避の後、やっと普通に会話ができるところまで来ることができ、改めて達也はシンに質問した。
「あれは自分の心、本能に能力で形をつけたもので、その形を付けられたものを具現体と言う。ああいうタイプは遠隔からでも操作ができるやつもあって本体が近くにいなくても攻撃できる。おっと!!」
シンの腹辺りをワルキュールが横から高速で突っ切っていった。
「だぁから! そりゃ分かってんだよ!!だからどうすんだって言ってんだ!!」
「落ち着いて最後まで聞け。いいか、具現型は大抵の場合……」
そこへ、ワルキューレが間髪容れず飛んでくる。シンはタイミングを合わせワルキューレの中心部を下から蹴り上げてやった。当然そんなことをされた所為で、ワルキューレは縦に回転して横の回転も弱まった。
「はぁ!!」
シンはそこにナイフ一線。ワルキューレに小さいながらも傷をつけた。
『グァア!!』
「こいつらは利点ばかりじゃなくてリスクも大きくてな、具現体が受けたダメージは本体にもフィードバックされる! 現に今、こいつの本体はダメージを受けているはずだぜ」
『グァアア!!痛イ!イタイヨォ!!』
言われたとおり、ワルキューレからはその無機物の塊のような姿からは想像できないほど生命力の溢れた血が傷口から滴っていた。
「本当だ……」
『ムオオ!!許セン!キサマラヲバラバラノミンチニシテハンバーグにシテ食ッテヤル!!』
シンの攻撃でキレたのか、さっきとは比べ物にならないほどのスピードでワルキューレは回転し始めた。
「やっべ、さっきので決めときゃよかったなぁ」
「のん気なこと言ってる場合じゃねぇ!来るぞ!!」
ワルキューレは縦横無尽に二人の周りを飛び回り、ムチャクチャに攻撃してきた。
「数打ちゃ当たる作戦かよっ!!」
「これが一番厄介だなぁ…」
必死な達也に対し、シンはいたって冷静だった。
「だぁかぁらぁ!!のん気なこと言ってないでどうするか考えろよ!!」
「こういうときは焦ったほうの負けなんだよ―――――」
パウ―――
「へ?」
シンは腹の部分に目をやると服が真っ二つになっていた。
「うぉおおお!!やっべ!!危うかったぁああ!!」
「自分で言った側からパニくってんじゃねぇ!!!」
まさに達也の言うとおりである。しかしパニックになるのも無理は無く、ワルキューレはシンも反応が遅れるほどのスピードで二人の周りを飛行し、辺りにあるものを手当たり次第に切断していく。花。植木。芝生の柵。園芸用の大きな石。
「クソがぁ~!!」
さっき服を切られて取り乱さされた所為か、ついに勘弁ならん、と言った感じでシンが銃を乱射した。だが、やはりと言うべきか、弾丸は掠りもしない。
「おい、馬鹿!! 一般人に当たったらどうすんだ!!」
「ヤベッ!!そうだった!」
二人は戦闘が始まったとき、無意識のうちにかなるべく人の少ない場所に移っていたがまだ公園内。休日ということもあって家族でピクニックに来たり友達と走り回っている子供などが大勢いる。しかも、まばらだがここにも何人か人はちらほらと見えているのだ。
「しゃあねぇ。どっか人のいないとこまで逃げよう」
「ああ」
二人はすぐ側の柵の先にある道路と公園を隔てるフェンスに向かって走りだした。すぐにワルキューレも方向を変えて二人に接近していく。
「駄目だ! あっちのほうが速い」
「いいから走れぇ!とりあえず公園を抜けろ!!」
もうすぐでフェンス間際まで着くというときに、ワルキューレがシンに向かってさらに速度を上げて突っ込んできた。
「うわっ!」
間一髪、シンは首下に飛んできたワルキューレを紙一重でかわす。しかしすぐ方向を切り替え、今度は左足に向かって急降下しながら突っ込んできたが、これもギリギリかわす。
「くっ!!」
ついでに近くに来ていたのでシンは二、三発銃を打ち込んでやる。弾丸は全て外れたが、思いのほかワルキューレはもと来た道全てを戻って距離をとった。
「うぉおおおおおお!!」
達也は思い切りジャンプし頭から体当たりするようにフェンスを飛び越え、ぐるんと回転して受身を取りながら地面に着地した。それとは違い、シンは軽々と一飛びで腰ぐらいの高さのあるフェンスを飛び越えた。
「よっしゃ!! あとは逃げて人気の無いとこまで行くだけだな!」
達也は走り出そうとするが、そこである異変に気付く。
「シン?」
シンが着地した状態、地面に膝をつけたまま立ち上がろうとしないのだ。
「悪い……俺は、行けない」
「え?」
「さっきの攻撃、かわしたはずだった……。いや、かわしたんだ。でも、駄目だった……」
「何を言って………」
その時、シンの左の首筋にうっすらと真横に線が入り、次の瞬間、さっきの右手のようにそこから大量の血が噴き出てきた。
「シン!!?」
「やっべ……こりゃ、平気じゃ…ねぇ……わ………」
そのままぐらりと体が傾き、地面に向かって倒れる。素早く達也はそれを受け止めた。
「おい! おい、シン!! おい!!!」
首筋からは止むことなくどんどん血が噴き出してくる。
「やべぇ…動脈までいってやがる……」
すぐに持っていたハンカチで押さえる。血はすぐにハンカチを赤く染め上げ、そこから滲み出てきた。むしろ滲み出ると言うより『だだ漏れ』の状態だった。
「くそっ!!」
達也は上に重ねてきていた半そでシャツを脱ぎ、首に少しきつめに巻きつけ結んだ。
「多少息苦しくなるかもしれねぇが……」
だが、血はそんなに早く滲まず出血もかなり抑えられていた。
「ひとまずは何とかなったな……」
だが、そう思ったのもつかの間、今度はジーンズの左の裾がパックリと割れ、そこからも血が流れ出してきた。
「!? くそっ!どうなってんだよ」
『フハハハハハハハ!!』
「!!?」
後ろを振り向くと、そこにはワルキューレが浮かんでいた。
『マズ一人。案外簡単ダッタナ。次ハオ前ノ番ダ!』
「てめぇ~………」
達也は立ち上がり、構えようとするが、ガシッと脚を掴まれる。
「!?」
見ると、シンが朦朧とした目で達也を掴んでいた。
「行く…な……。あいつの……能力が分かるまで…戦……うな………」
そのまま目を閉じて気を失ってしまった。
「シン!!」
『フハハハ!! 結構勢イヨク出テタカラナ。アト一、二分ホットキャサッサト死ンジマウゼ。フハハハ!!』
「クサレ野郎がーーー!!!」
達也はシンの警告を無視してワルキューレに突っ込んで行った。ナイフを振り回すが、ことごとく避けられ、さらにこちらに突っ込んできた。
「くっ!」
とっさに左に避けてそれをかわし、反撃に出ようとした瞬間、
ブシュゥウウーーーーー!!
「!!? グアァアアア!!」
右肩の部分にいつの間にか傷を付けられていた。
(切り口が鋭い所為か!!? 筋肉を動かすまで切られたことに気付かなかった)
『フハハハハハハハ!!』
勝利を確信したかのような高笑いがワルキューレから聞こえてきた。
「まだ何かあるのか……。まだ何か…奴の秘密が……!!」
どもッス!!
今回の奴はメチャクチャ片言です。書くのめっちゃメンドかったです。ちなみに本体が片言喋りというわけではなく、あくまで無線のようなもので話しているからあんなふうに聞こえているだけです。
さて、実は事情により、次回は10月23日(金)になります。いつも見てくださってる方々、まことに申し訳ありません。それからはまたいつもどおり水曜日に出していきたいと思っています。
それではまた次回。