第21話 停電
前回までのあらすじ
リスタとの戦闘からしばらく経ち、季節は七月になっていた。
季節は七月。
辺りにはそろそろ夏の風物詩、蝉が鳴きはじめてきた上旬のころ。
六月に発生していた蒸し暑さは、よほど俺たち人間と離れ離れになるのが嫌なのか、ズルズルとこんなところまで引っ付いてきやがり、あまつさえ夏の暑さと合体を果たし、不快指数を上げまくるただの迷惑野郎に成り下がっていた。
「よっしゃ! いまだ!そこで攻撃攻撃!! 一番強い魔法使え!!」
「待って!あたしもうMP少ないからお兄ちゃんのアイテム貸して!!」
そんなクソ暑い日が続く夜、俺はというと妹とゲームをやっていた。ちょうどラスボス戦の真っ最中である。
「だー!ほら! やっぱ魔法のほうが効くんだよこいつ!剣そんなに効かない! てかヤバイ!回復魔法使ってくれ!!」
「また!? これだとMPすぐ無くなっちゃうよ!?」
俺たち兄妹は夏の暑さをぶっ飛ばせ! と、言わんばかりに白熱し、むしろ暑さに拍車を掛けるが如くの熱中っぷりだった。台所のほうからお袋の早く風呂に入りなさいという声が聞こえてくるが、今はそれどころではない。こちとら、日曜の朝早くから居間のテレビを陣取り、飯と便所を除いて全ての時間を費やしてここまできたのだ。その最終目標を、むざむざ風呂程度で棒に振ってたまるか。
「よーっしゃ! あと一撃あと一撃!!」
「やったやった!勝てる勝てる!!」
やった、やったよ! 苦節十数時間。これを、この時のために頑張ってきた。それがついに報われる。妹が素早くコントローラーの矢印ボタンを押して、カーソルを最強の魔法に合わせる。あとはボタンを押すだけだ。
「いっけーーーーーー!!」
「いっきまーーーーす!!」
「静かにしなさい。もう夜よ」
途中、お袋の興を削ぐような言葉が聞こえたが、ここはあっさり無視。妹がボタンを押した。グェーッ! と声を上げながら、ボスのでかい体が崩れ落ちる。やった! 全ク……
ブツンッ―――
…リ……!?
唖然。何も言えなかった。今まさに、俺と妹は体を共に向け合いながらハイタッチの体制に入っていた。直後に画面は真っ暗。テレビの電源ボタンを某名人張りの連打で押すが反応なし。恐る恐る今度はゲーム機に妹と共に視線を向ける。
……信じたくなかった。ゲーム機の電源ランプはテレビ画面と同じく真っ暗になっていた。この時の俺の気持ちが分かるものは是非、挙手をするように。共に気持ちを分かち合おう。
しかし、そんな考えはあとに思い立ったもので、実際この時の俺は怒りと悲しみをでたらめにミキサーに放り込んでミックスしたような、やりきれない感情に襲われていた。それは、今まで隣で同じ時間を歩んできた妹も同じ気持ちらしく、隣で俺と同じくやりきれない顔になっていた。
そして、この原因の発端であるに違いない奴に一言言ってやろうと、俺はでかい声で、
「母さ……!!」
プツンッ―――
「…ん……!?」
と言ってやろうと思ったが、今度は居間の電灯が消えてしまった。
「ちょっとーー!! 大丈夫ーーー?」
奥からお袋の声が聞こえてくる。質問から察するに、どうやら電気が消えたのは居間だけではないらしい。
「ねえ、お兄ちゃん」
不意に妹に呼ばれ、声のしたほうを探す。なにぶん、まだ目が慣れていなくて探すのに苦労する。こんな時になんだ? 便所に付き合ってほしいのか?
「こっちこっち。見て、外」
俺は聞こえてきた方向、窓際のほうに向かう。さっきと比べるとだいぶ目が慣れてきて、妹の姿もぼんやり見えてくるようになる。
「どれだよ?」
「外外。ほら」
見てと言われて見てみても、辺りは真っ暗。何を見せたいのかと思うが、よく考えりゃ妹の言いたいことが分かった。窓から見える景色には、一つも明かりが見えない。つまりここら一帯が全部停電したということだ。これはお袋に文句を言うのは見当違いだな。
「マジかよ……」
俺はさっき出来上がった、怒り&悲しみのミックスジュースをどうすることもできずに、ただ事態を受け入れることしかできなかった。
結局、その夜は電気は復旧することなく、俺は電気のつかない部屋で泣き寝入りをかました。
次の日の朝。
あれから一晩たっても、まだ電気は復旧しておらず、この七月のクソ暑い一日の初めから扇風機に始まりエアコンなどの冷房器具は全面停止状態。おまけに……、
「冷蔵庫も止まっちゃってるの忘れてて、今日の朝ご飯は買って食べて。ねっ?」
食物にとっての冷房器具、冷蔵庫もお釈迦になってしまい、結局今朝は妹と早めに家を出て、近所のコンビニで飯を食おうと思ってきてみたのだが、
「マジかよ……」
よく考えりゃ、自分のうちの近く一帯が停電しているのだ。当然家の近くに位置するこのコンビ二にも停電の魔の手が伸びており、弁当系のものは全て駄目になっていた。おまけに考えることはみんな同じらしく、唯一無事なパンも販売コーナーから全て姿を消していた。
「お兄ちゃん……」
妹の潤んだ瞳が俺を見つめる。やめろ! そんな目で俺を見ないでくれ妹よ! これは俺にはどうすることもできない。頼むからそんな悲しそうな目で俺を見ないでくれ。
しょうがなく、朝に食うものではないが、スナック菓子のコーナーからいくつかを選出し、今日の朝飯とすることにした。今日ほど人間は自然の力には勝てないってことを思い知らされたことも無いだろうな。
それから朝飯をパパッとすませ、俺と妹はそれぞれの学校へと歩を進める。途中、香川と佐藤のいつものコンビと遭遇、昨日の停電のことをくっちゃべりながら歩く。
「あー…、それにしても最悪だよな。いまだに復旧しないんだからよ。電力会社はなにやってんだか」
こんなような香川の愚痴を聞くと、どうやら各家の被害はウチとさほど変わらないらしい。その証拠に、道行くほとんどの学生の手にコンビニ袋がぶら下がっていたからだ。まあ、いまさら気付いたが、昼飯のことはお袋から聞かされてなかったな。まあ、購買や学食がいつもどおり運営してくれることを祈ろう。
「あっちー……」
案の定、学校の中は暑かった。
別に暑いのはいつものことだ。月白高校は教室にはエアコンが着いていない。しかし、図書室や職員室、その他もろもろの特別教室には設置されており、図書室などはろくに本も読まない連中などの溜まり場になっている。だが、今回はさっきから述べている通り、ザ・停電。エアコンは起動不可。したがって、普段は涼みに行っている奴らも教室にごった返しており、人口密度の上昇で蒸し風呂状態だった。おまけにこの暑さで全員が無気力状態であり、ホームルームのときに、先生、エアコンを教室につけてください、と言った香川は担任・村岡を含めたクラス全員からスルーされていた。唯一、俺にとっての救いは、学食が普通に運営していたことだけだった。
「あっついわね〜……」
そんなこんなで放課後。パタパタと下敷きをうちわ代わりにしている部長を横目に見ながらいつも通り部室に来ていた。どうせ帰ってもやることは無いし、休んだら部長に何言われるか分からんからな。他のメンバーも似たようなことを考えているのか、全員集まっている。しかし、みんないつもの覇気は無い。美樹は机に突っ伏したままピクリとも動かないし、坪井は半ば放心状態になってるんじゃないかと思うほど虚ろな眼でパソコンをやっていた。あの西田でさえ、いつもどおりただ本を読んでいるだけのように見えるが、何分かおきに額の汗を拭いていた。いつもは口数少なく無表情の西田だが、やはり暑いと感じるのは俺たちと同じなのだろう。
「あー!もう!! つきなさいよもう〜……!」
そう言って部長は部室に備え付けてあるエアコンのリモコンボタンを連打する。ここ、月白高校部室棟は校舎よりもあとの近年建てられたものである。だが、狭い土地の中で無理やり押し込んだように建てられたそれは日当たりが悪く、夏は蒸し暑く冬は日が当たらず寒いという最悪の場所であるため、特別に部室棟の部屋の全てにはエアコンが設置されている。しか〜し、ただいま午後三時四十五分、こんな時間になってもまだ電力は復旧しない。
「あー!ホントに! 電力会社何やってんのよ!!」
イライラしながら、部長はリモコンを乱暴にテーブルに叩きつける。
「まあまあ、美咲」
そう言って宥めている三好先輩にも大粒の汗が浮き出ていた。それにしても、部長の言うとおりだ。電力会社はいったい何やってんだ。こっちは早く直してくれないと、涼むこともできないし、いつイライラしている部長の怒りの矛先が向けられるか分からないから落ち着けたもんじゃない。
「達也」
て、言ってるそばから来ちゃったよ……。
「なんか怖い話でもしなさいよ」
「なんでっすか?」
「暑いからに決まってるでしょ! さっさと身の毛も弥立つ、ここにいる全員が失神するほど怖い話をしなさいよ!」
んな無茶な。
「じゃ、僕が代わりにやりましょうか?」
そう言って手を上げたのはシンだった。
「えっ? ホント!? さすが真司君、この役立たずとは出来が違うわ」
本来なら俺はここで何か言うべきなのだろうが、今はもう怒る気力も、その根底となる怒りの感情を生成する気力も無かった。見ると、さっきまでグッタリだった連中も、口こそ開かないがこっちに目を向け聞く体制に入っていた。
「じゃあ………」
そして、シンの身の毛も弥立つと言う怖い話が始まった。
「何もあそこまで怖いのでなくてもよかったんじゃねぇか……」
「悪い悪い。でも、とびっきり怖いやつ、みたいなこというからさ」
部活も終わり、今は帰宅中。今日は電灯が点かないため、早めに切り上げることになった。それにしても、さっきのこいつの怖い話にはほんとに勘弁してほしかった。
「言いだしっぺの部長が怖がるほどだったからな、あれ。最後のほう絶対気絶してたぜあの人。俺が二回呼んでやっと気付いたからな」
「ハハッ、まさかあの怖いものがなさそうな美咲が怖がるとはなぁ」
そう、本当に大変だった。話を聞き終えた後と言ったらそれは大変なことになっていた。さっき言ったとおり、部長は半気絶状態。三好先輩はいつものにこにこ顔のまま完全気絶。坪井は耳を押さえて部屋の隅で丸くなっているし、美樹にいたっては泣き出す始末。西田は無表情だったがあれも本当にいつもどおり冷静だったかどうかは分からない。俺も正直この歳でなんだが、今日は夜中トイレに行けるか心配だ。
「あ、おい。見ろよ」
シンに促され、示されたとこを見てみる。ちょうどまっすぐ行くと電力会社の車が数台停まっているのが見えた。
「まったく、ちゃんと仕事してほしいよな」
「別に停電は電力会社の所為じゃなだろ」
俺たちはそんな話をしながら、何の気なしに車が停まっている場所に言ってみた。そこはここら一帯の電気を全て管理している変電所の前だった。
「でも、ホントに早く直ってほしいよ。昨日は夜中からだったからいいけど、今日はそのまま夜になんだぜ。電気どうしろって……」
そう言ってシンのほうを見る。だが、シンは俺の話を聞かずに、ただ目の前の変電所を見ていた。
「どうした?」
「いる……」
「へっ?」
「この中に……何かが」
俺は少しイラついて頭を掻いた。別にイラついたのはこの暑さの中、早くうちに帰りたい俺の歩みを止められたからじゃない。シンの言う何かの正体が分かっちまう自分にイラついていたんだ。
「そんなこと……」
「これだけ車が停まってるんだ。おそらく結構な人数が来たんだろう。けど、今人の気配を感じるか?」
俺は黙って変電所を見た。確かに、でかいワゴン車三台で来たということは、少なくとも十人は来ていてもおかしくないだろうが、今変電所からは人の気配が欠片も感じ取れない。それどころか、なにかドス黒く、重い気配だけが漂っていた。
「行こう。このままじゃマズイことになる」
「…結局こういうことになるのか」
こんな場所に現れて、魔界の住人というのはイメージどおり人に迷惑を掛けるのが好きらしい。今日の俺はかなりイラついてるから容赦しねぇぞ。
俺とシンは変電所の中に入っていった。
どうも〜。
今回は季節感無視のお話です。まあ、前の話あんだけ無駄に長くしたからそのつけが回ってきただけなんだけどね。
さて、この間久しぶりにこれを読み直してみたんだけど、メチャクチャ下手くそだった。自分で言うようだけど。だから今回読み直して変だと思った第4話の本文を新たに書き直しました。シンが達也に本当の名前を言うとこです。
第4話既に読んでた人はぜひ読み直しを進めます。前の文章より格別にいいと思いますので。
それでは、また次回。