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第1話 終わりの日

朝一番に悪い夢を見ると、その日は大抵いいことは起きない。


悪い夢のせいでテンションが上がらないせいか、それとも、いいことがあったがそれをいいことだと感じることができないせいか、とにかくそういう日には必ずと断言してもいいほどいいことがあったためしがない。

そういうジンクスが俺、草薙達也くさなぎたつやにはあるのだ。


「あ〜…。それにしても最悪だ」


そんな愚痴をたれながら狭い階段を朝食をとるため下りてゆく。

 だが、愚痴だって言いたくなる。化け物に襲われる夢など最悪中の最悪の夢だ。昔これと似たような夢を、誕生日に見たことがある。誕生日当日にそんな夢を見たってだけでも最悪なのに、その日、親父が自分で渡してくれたプレゼントの上に酔っ払って寝転がり踏み潰したという、普通ならトラウマになりそうな事件が起きたからだ。あわや俺が心待ちにしていたゲームソフトは親父ゴジラの襲来により見る影を失った。まあ、新しいのを買ってもらったが。

だから、悪い夢を見た日にいいことが起こらなくなるという風に思うのは当たり前だ。おまけにそんな事態が起こった時と同じくらい悪い夢を見るなど、かけらもいいことを期待できない。

 憂鬱な気分で朝食をとり、妹と洗面台の立ち位置の取り合いをしながら歯を磨き、ふと思った。

(夢の中のあいつ…、どっかで見たっけ?)

そんなことを不意に思った。顔じゃない…、うまく言えないが、あんなような…、「存在」というべきなのか…とにかく昔見た気がする。

だがすぐに、馬鹿馬鹿しいと、自分から自分にツッコミを入れられた。羽の生えた人間などこの世にいるはずがない。いたとしてもそんな奴と知り合いや友達になるなど、少なくとも俺はごめんこうむる。 所詮夢は夢、俺の作った想像の産物だ。どっかで見たことあるというのはきっと、似た夢を最近見たからだろう。我ながら珍しくどうでもいいことにあまりできのいいほうでない頭を使っていると、

「先、とった!」

「あっ!おまえ!」

妹に先にうがいの権利を取られた。ここ最近、これで負けたことは一度もなかったがと思い、

「あっ…」

と、思い出した。


「今日、一回目だ…」


今日はじめての嫌な事だった。












 その後は、制服に着替え台所に行き、母親特製の弁当を受け取り、妹と一緒に玄関を出て、途中で妹は小学校に道で待っていてくれた自分の友達と一緒に向かい、そこから俺は一人で学校に向かうという、まあ、いつものような特に変わったことのない通学だ。そのまま町の中心のほうに位置する県立校である月白高校に向かう。ここが俺の通う学校だ。

 学校の頭のほうが見えてきて、同じ制服の奴らがちらほらと見えるようになってきたころ、

「う〜す!草薙!」

 いきなり後ろから延髄えんずいに軽い衝撃を受けた。声を聞いただけで誰だかわかる。後、行動でもわかる。こんな風な挨拶をするのはあいつだ。

「よう、香川かがわ。」

 俺は振り向きながら軽く挨拶。

「おはよう、たっつん」

 そしてこれも、誰だかわかる。おれをこのあだ名で呼ぶのはこいつしかいない。

「よう、佐藤さとう

 俺は、ニヤケ面した香川の少し後ろにいる奴にも挨拶した。この二人は俺の友達…、いや、悪友といったほうがしっくりくるだろう。香川は高校から、佐藤は中学からの仲だ。

「どうした?今日はなんか少し暗い感じだな」と、香川。

 よく分かるなと思い、理由を話そうとしたがやめた。高校生にもなって夢見が悪かったから機嫌が悪いなんていったら馬鹿騒ぎが好きな香川のことだ、きっと公衆の面前にもかかわらず馬鹿みたいに馬鹿笑いするに決まっている。なぜだって? 馬鹿だからに決まっている。だから俺のためにも、そして爽やかな朝を満喫しているであろう道行く皆様にこいつの汚い笑い声を聞かせないために黙っておこうと思っていた矢先に、

「その顔、もしかして悪い夢でも見たの?」と、追いついた佐藤がいった。佐藤貴様!

 そう思っていると案の定、

「悪い夢見た…? うそ…、まじで…?」

 早くも少し笑いが漏れている。耳を塞ごうとしたが遅かった。

「ぶぁっはっはっはっはっはっはっはっ! 馬っ鹿でぇーーーー!!!アハハ!! お前ぇいくつだよ、アハハハハハハハ!!」

 壊れたスピーカーのほうがまだいい音だと思えるような大声で笑い出した。周囲のみんながこっちを見ている。とてつもなく恥ずかしい。俺は壊れたスピーカー、もとい、香川を一発叩いた。

「あいたっ、なにすんだよ」

 俺は顎で周りを見ろと促した。すでに周りの皆様から痛い視線を存分に受けている。それも笑い声を上げた本人だけでなく俺たち三人全員にだ。俺は深々と溜め息をついて、佐藤を促し、早足で残り少ない学校への道のりを歩き出した。

「あっ、おいっ!待てよ、おいってばっ!」

無視して黙々と歩きながら、

「あっ…」と、言って溜め息。

「二回目…」


 今日の嫌な事二回目だ。


「どうしたの?」

 心配した佐藤が顔を覗き込んでくる。もとはといえばこいつが原因だ。俺は佐藤の頭も一発殴ってやった。ただし、香川のときより少しやさしくだったが。

「いたっ、なんだよたっつん」

 俺は自分で考えろとアイコンタクトを残して、さらに歩くペースを速めた。

「あっ、待ってよたっつん」

「おーい!待てって!」

 香川も追ってくる。俺は一度も振り返らず歩いた。

 玄関に入り、内履きに履き変えた頃に、始業ベルが高らかに鳴った。













「今日は転校生を紹介します」

 いきなり担任の村岡むらおかが言い出した。

 転校生? まだ5月の半ばだぞ? 随分変な時期に転校してくるな。まあ、親の転勤などもあるのだろうが。やっと環境にもなれて友達もできてくる時期に転校なんてかわいそうにと思っていると、

「それじゃあ、入って」

と、村岡が扉のほうに向かって声をかけた。

 よく見ると、クラス全員の目に希望の光が満ちていた。男子はかわいい女子を、その逆に女子はかっこいい男子が扉を開けて入ってくるのを想像しているのだろう。

 扉が開いた。

 どうやら神様は女子の味方をしたらしい。

 男子であった。

 カッコいいと言うよりは、どちらかといえばかわいいという部類に入る整った顔立ち。背は俺より若干低く、170〜165cmぐらいだろう。髪は質がいいのが一目で分かるサラサラヘアーの持ち主で、眼鏡をかけている。ホームルームの時間であるため女子は精一杯声を落として歓声をあげた。それに比べ、男子は若干、さっきよりテンションが落ちている。分かりやすい奴らだ。まあ、俺も少し期待していたが。

「じゃ、自己紹介して」

と、村岡がチョークを渡した。

「はいっ」

と、転校生はそれを受け取り黒板に名前を書く。コツコツと軽快な音を鳴らしチョークを滑らせ、自分の名前を書き終わり、こっちを向いて自己紹介した。


久我真司くがしんじです。よろしくお願いします」


 普通の挨拶のはずなのに…、健気だ。そしてなんか守ってあげたい感じがするような挨拶だ。女子もついに溜め込んでいた感情が臨界に達したのか、

「キャ〜〜〜!!」

 完全に声を抑えずに全開の声で叫んでいる。静かにしろと言う村岡の声はもはや聞こえていない。完全に暴走状態だ。転校生、もとい、久我真司も困ったような表情をしていた。

 その後、なんとか暴徒と化した女子を落ち着かせ、村岡は久我に一番後ろの席に座るように言い、久我は女子からの熱い視線を受けながら席に着き、一限の授業中も同じ視線を浴びていた。

 そして休み時間、案の定久我の席の周りには女子が集まっていた。どこから聞きつけたのか、もう他のクラスの女子まで教室の外から見ている。見物料をとったら結構な額になるだろうなどと考えていると、

「面白くない!」

 いきなり後ろから声をかけられ、かなり動揺した。振り返ると香川がいた。その後ろに佐藤もいる。

「なにが面白くないんだ?」

 何かは分かりきっていたが、今朝の仕返しにわざとこいつの口から言わせてやる。

「決まってんだろ!あいつだよ、あ・い・つ!転校生だよ!」

 そういって久我を指差す。

「別にいいだろ。転校生なんてみんなああゆうもんだろ」

「いいや、違う! あれは奴の策略で女子はみんなあいつに洗脳されたんだ!」

 例えあいつに洗脳術があろうがなかろうが人気取りの勝負ならこいつが奴に勝つ見込みなど文字通りかけらも存在しないだろう。

「まあまあ、いいじゃない。転校生なんだし」

 と、佐藤はよく分からないフォローを入れているが、香川は全然聞いていない。

 俺は相手にするのが疲れたので、佐藤に香川のフォローを任せ、久我のほうを見た。女子達の質問攻めに四苦八苦しながらも楽しそうに笑っている。と、ちょうど目が合った。一瞬、久我は驚いたような顔をした。さっきまでの笑顔から若干笑いが消えてこっちを見ている。それに気付いた女子達も全員こっちを見てきた。なんだなんだ? 俺は何もしてないぞ。何かするどころか、まだお前とは会話一つかわしてないんだぞ? すると、不意に久我が立ち上がりこっちに向かってきた。思わず後ずさろうとしたが、椅子に座っていたため意味はなかった。そうこうしている間に、久我は俺の目の前まで来ていた。香川と佐藤に助けを請おうとしたが、すでに奴らは山火事を察知したリスのようにどこかに消えていた。あいつらめ、裏切りやがった。

 久我の方に向きを返すと俺をじっと見つめていたため、思わず軽く身構えた。すると、不意に右手を出してこう聞いてきた。

「君、名前は?」

 そう聞かれて言わないわけにはいかないため、俺は答える。

「草薙達也」

 そう言ってやったら、久我は軽く口元を歪めた。その表情をどこかで見た気がしたが、思い出そうとする前に、久我が言った。

「僕と友達になってください」

 一瞬わけが分からなかった。なぜ始めて会って、話もしたことのない人間に友達になってくださいと言えるのだこいつは?

 だが、友達になってくれと言われることはべつに嫌なことでもないし、無下にするのは良心が痛むし、こいつがかわいそうだ。だから、さし伸ばされている手に自分の手を伸ばし、

「ああ…」

 そういってこいつの目を見た瞬間だった。何かとてつもない寒気が俺の背中を走った。恐怖のような、憎悪のような、よく分からないが負の感情が一気に俺に襲い掛かってきたようだった。俺は思わず握りかけていた手を弾いてしまった。久我がよろめく。なぜかは分からないが、体全体がこいつを拒否した感じだった。久我ははじかれた右手を撫でながら、

「そうだよね…、いきなり友達になろうなんて、おかしいよね…」

 そう思うならいきなり声をかけるな!

「…ごめん」

 そう言って久我は教室から走って出て行った。なんだあいつは?それにしても…、あの笑い方…どこかで…と、思って考えていたら声をかけられた。

「草薙〜」

 見るとクラスの女子が全員俺の周りにいる。と、いうより囲まれている。さっき俺の名前を呼んだ女子の口調から察するに、明らかにさっきの久我としていたようなおしゃべりがしたいわけじゃないと分かった。そして、俺がなぜこんな状況になったのかもすでに分かっている。だが、ほんとのことを言って弁解しても許してくれないのも分かっている。久我の目を見たら急に寒気がしたなんていったら、火に油を注ぐことになること必至だろう。だから、現段階でこいつらが俺に向けている怒りを素直に受け止める方が幾分か刑は軽いだろう。


「三回目だ…」


 今日は始まったばかりだが、嫌な事はまだ続きそうだ…。

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