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禁断のセリフ

 そして、迎えた運命の朝。


 真は健やかな気分で目を覚ました。

 真は豪華なベッドから起き上がると、自分の身体を見回して自分がプロレスラーの肉体のままであることを、確認して安堵のため息を漏らした。


 もしかしたら、昨日のことが夢ではなかったのかと不安になったのだ。


 安堵した真は次に、今日行われる自身のデビュー戦に向けて期待感で気分が高揚していくのが感じられた。


「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我あり」

 真は思わず前田日明の台詞を呟いた。

 呟いたあと、真は失敗したと思った。今の台詞は自分でもかなり決まったと思ったのだが、誰も聞いている者がいない。

 後で、シャルロッテに今の気分を聞かれた時にこの台詞を言おうと思って真は、部屋に設置されていた全身が映る大きな鏡の前でさっきの台詞をできるだけ格好よく言えるようにと、さまざまな決めポーズを取りながら「選ばれし者の恍惚と不安、二つ我あり」と、言い続けた。


 そうして、時間をすごしていると「何をしているのじゃ? デストロイ早乙女よ」と、突然、背後からシャルロッテに声をかけられた。


「い、いや。なんでもない」

 真は気まずさで顔面を紅潮させながら答えた。


「何もしてないわけはないじゃろう。鏡に向かって決めポーズを取りながら、えーと、『選ばれし者の恍惚と不安、二つ我あり』なんて繰り返し独り言を言っておるのじゃからな。それは、一体何の儀式なのじゃ? プロレスラーは皆朝になるとそのような変なことをするのか?」


「いいだろ、もうそのことは。それよりノックくらいしてくれよ」と、真は年齢相応の少年が部屋に一人で自分の世界に入っているときに、突然部屋に入ってきた母親に対するような気恥ずかしい思いを抱きながら言った。


「ノックなら何度もしたぞ。お主が起きてこないから妾が直々に起こしにきてやったのじゃ。光栄に思うがよい。ところが返事がないので、何かと思ってドア開けたらお主は夢中になって何か変なことをやっておったのじゃ。ところで、話は戻るがさっきの行動は何なのじゃ?」


「だからー、この話はこの話はこれでおしまい。もうその話はなし。シャルロッテは何も見なかったし、何も聞かなかった。それでいいだろ?」


「お主は何をそんなに焦っておるのじゃ。それに顔もなんだか赤いぞ。もしかして、何か恥ずかしいことでもしておったのか?」


「もう、この件については何も聞かないでくれ」

 真はシャルロッテにお願いするようにして言った。


「あ! もしかして、デストロイ早乙女はエッチなことをしてたのではあるまいな! エッチなのは良くないぞ!」


「だから、それは……」


「姫様、よろしいでしょうか?」


「なんじゃ? ジョセフィーヌ」

 なおも追及してこようとするシャルロッテを扱いかねた真に助け船を出すように、シャルロッテの隣に立っていたジョセフィーヌと呼ばれたメイド服を着ている美しい女性が口をはさんできた。おそらく、シャルロッテ付きのメイドなのだろう、しかしその表情は一切崩さなかったため、どこか冷たい印象を真に与えていた。


「デストロイ早乙女様は外見のわりに、まだお若いようですので、そのようなことをしてしまうのも仕方がないかと存じます」


「なんじゃ? “そのようなこと”とは、若いと一人であんな珍妙なことをするのか? 妾もあんな恥ずかしいことをするのようになるのか? 妾はそんな風にはなりたくないぞ」


「そうは言っても姫様も自室にお一人でおられる時に服の胸の部分にクッションを積めて鏡の前でポーズをとりながら、『ウッフーン』とか『アッハーン』とかおっしゃっておられるではないですか」


「ジョセフィーヌ! お主はまた妾のプライベートタイムを覗いておったな! あれは違うのじゃ! 妾は将来巨乳のナイスボディーのセクシープリンセスになる予定じゃから、そうなった時に困らないように人知れず練習をしておったのじゃ!」

 シャルロッテは顔を真っ赤にしながら言った。


「いいですね。その姫様の恥ずかしがりながら怒る姿もお美しい。その顔を思い出しながら食事をしたら、おかずなしでご飯三杯はいけます。今、手元にカメラがないのが残念です」

 ジョセフィーヌは相変わらず無表情のまま言った。


「お主は、隙あらば妾のことを盗撮しようとしたり、妾の声を盗聴しようとするから、公務中のカメラや録音機器の類いの所持が禁止されておるじゃろ」


「はい。そうしなければ、姫様付きの専属メイドの任を解かれると申し渡されましたので苦渋の思いで泣く泣く命にしたがいました。私にとって姫様の存在は神の福音とも言えるほどの、奇跡のような存在でございます。そんな姫様のお側を離れることになれば、私は生きる意味を失ってしまいます」


「お主はいい加減妾を四六時中監視するのをやめよ」


「いいえ、やめません。先程も申しました通り、私にとって姫様の存在は生きる意味であると言っても過言ではありません。朝起きて一人でいるときは姫様とこれから過ごす一日を思い、夜眠る前には姫様のその日の言動を思い出しながら安らかな眠りにつくのです」

 そう言っているジョセフィーヌの表情は無表情のままだったが、わずかに興奮したようにハアハアと呼吸が乱れていた。


 真はそんなジョセフィーヌの姿を見て少し引いた。


「とにかく、お主は妾のプライベートタイムを隠れて覗くでない。さもないと、今度こそ父上にお願いして妾専属メイドの任を解かせるぞ」


「……わかりました。姫様の命とあれば、出来る限りの善処はいたします。それに、そういうプレイなのだと自分に言い聞かせれば私の妄想もはかどります」

 ジョセフィーヌは言いながら、やや嬉しそうにジュルリと舌なめずりをした。それを見て、真はまた少し引いた。


「何だかいまいち納得がいかんが、そのようにせよ」


「かしこまりました。できるだけ前向きに受け止めておきます」


「うむ。それにしてもデストロイ早乙女よ。お主が先程やっていた行為がそれほどまでに恥ずかしいことじゃったとはのう。それではさっきのことはなかったことにしよう」


「……ありがとうございます。シャルロッテ様」

 真は恥ずかしさで、消え入りそうな声でそう言った。


「それでどうじゃ? 今日の試合に対する意気込みは?」

 そう問いかけるシャルロッテに対して真は困惑してしまた。さっきの台詞はもう使えないしどうしようとテンパった真は思わず頭にうかんだ禁断の言葉を口に出してしまった。


「時は来た! それだけだ」


 部屋の中に沈黙が訪れた。

 明らかにその台詞がスベってしまったことは明らかであた。


 その沈黙に耐えかねたように、シャルロッテはプッと吹き出してしまった。もしもこれが大晦日恒例の『ガキの使い 笑ってはいけないシリーズ』だったらシャルロッテは尻を叩かれていただろう。


「いや、すまん。あまりにもお主のスベり具合が面白くて、つい笑ってしまった」とその言葉とは裏腹に全く悪びれた様子を見せずにシャルロッテは行った。


 それを見て真は『シャルロッテなんて、ここでタイキックを受ければいいのに、それも全盛期のサムゴー・ギャットモンテープの、もしくはランバー・ ソムデートM16』の、と思ったのは内緒の話である。


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