デビュー戦前夜
魔王軍秘密会議の中継が終わると、シャルロッテはテレビのスイッチを切った。
「どうじゃ? デストロイ早乙女よ。明日の試合に対する意気込みを聞かせてくれ」
シャルロッテは真に尋ねてきた。
「出る前から負けること考える馬鹿がいるかよ」と真は気合い充分で答えた。
その次に真が条件反射的に『出てけ! コラ!』と言いそうになって止めておいたのは、また内緒の話である。まあ、さすがにビンタをしようとは思わなかったが。
「うむ。つくづくお主は頼もしいのう。お主の放つ台詞の一つ一つを聞いていると、妾の心の中の熱いものが滾ってくるぞ」
「その話もいいが。色々他の話の続きを聞かせてくれ」
「他の話とはなんじゃ?」
「そうだなー。さっき言っていたが、なぜ“アントニオ猪木”や“タイガー・ジェット・シン”の名前をこの世界の人間であるシャルロッテが知っていたんだ?」
「ああ、そのことか。この世界にはどこからともなく、いくつか異世界から流れてきたモノがあるのじゃ。その中の一つが『プロレススーパースター列伝』というプロレスラーの真実の姿を描いた完全ノンフィクションの伝説的な名著なのじゃ。その書物は我が王城の宝物庫に納められておる。妾は王女の特権として幼少の頃よりその書に親しんでいたのじゃ。だからこそ妾は異世界のプロレスやプロレスラーに精通しておるのじゃ」
「なるほど。それは素晴らしい英才教育だな」
真は感に絶えないような表情で言った。
「そうなのじゃ。ところでタイガーマスク編に少しだけ出てきた大仁田厚というのは、どんなプロレスラーなのじゃ」
シャルロッテは目を輝かせるようにして、興味深々の様子で真に聞いてきた。
「あー、その話をすると長くなるので、時間がある時にしよう」
女子からプロレスについて心から真剣に質問をされる。そのシチュエーションに真は喜びにうち震えそうになった。本当はメチャクチャ、大仁田厚について語りたいのだが、プロレスファンについては周知のことだが、大仁田厚のプロレス人生について語ろうとすれば本当に時間がいくらあっても足りないので、涙を飲むような気持ちで、ここは自重しておいた。
「それで、この闘いにルールとかあるのか?」
「あるぞ、基本的には6メート40センチ四方の四角形の舞台の縁に三本のロープを張り、そこに二人の戦士が上がって闘うのじゃ」
「勝敗はどうやって決めるんだ?」
「相手の両肩を舞台、つまりマットにつけて三秒間、スリーカウントのフォールを審判に数えられたら負けじゃ、あと相手を何らかの方法で相手を苦しめて相手が降参、ギブアップをしたら負けじゃ。ちなみにフォールしている最中や相手を苦しめている最中にロープに相手の身体が一部でも触れれば、両者の体は離されて、再び立った状態から闘いを再開するのじゃ」
「そうか、他に何か注意があるか?」
「リングから場外から出てレフェリーが20秒数えているうちにリングに戻らなければ闘いから逃げたと見なされて負けになるぞ」
「つまり、ほとんどプロレスと同じルールなんだな」
「そうなのか? それは何よりじゃ」
シャルロッテは嬉しそうに言った。
「さて、それなら聞くべきことは聞いたからとりあえず飯にしよう」
「そうじゃな。よし、誰かデストロイ早乙女に食事を用意しりもろ」と、シャルロッテは周りにいる侍従たちに命じた。
「とりあえず、10人前ほど用意してくれ」
「なんと、そんなに食べるのか?」
「食べるのもトレーニングのうちだからな。体格を維持をするためには人よりも食べなくてはいけないんだ」と、真は山本小鉄イズムのようなことを言った。
「なるほどな、さすがはプロレスラーじゃ」と、シャルロッテは感心している。
真は、シャルロッテたちに案内されて長い廊下を通って、中央に巨大な円形のテーブルが置かれている、大きな食堂へと行った。
真たちが席につくと、料理が運ばれてくるまでの間、シャルロッテはさっきの大仁田厚の話を聞かせてくれとせがんできた。
真は、喜んで大仁田厚について熱く語った。だが、大仁田厚の奇妙なプロレス人生について語るには時間がいくらあっても足りない。
真の目の前に贅の限りを尽くした豪華な料理が大量に運ばれてきて、それを貪るように食べながらも、真は大仁田厚について語り続けた。
シャルロッテは、その話をまるで伝説の英雄の物語を聞くようにして、興味深々の面持ちで楽しそうに聞いていた。まあ、色々な意味で大仁田厚は伝説の人物だが。
「さて、少し物足りないが明日は試合があるから、食事の方は軽めで済ましておこう」
「なんと、本当に全部食べてしまうとはすごいのう」
シャルロッテは、真が平らげてしまい空になったいくつもの皿を見て驚きながら言った。
「食事も終わったし、明日に備えて寝るとするか」
「なんじゃ、もう寝るのか。それよりももっと大仁田の話を聞かせてくれ、シンニホンプロレスとやらに乗り込んだ大仁田はどうなったのじゃ」シャルロッテが残念そうに言った。
「俺も話を続けたいのは山々だが、もう夜も更けたし、何より明日は試合の日だ。せっかく見に来てくれるお客さんの前でいい試合を見せるために体調をできるだけベストコンディションに保とうとするのもプロレスラーの役目の一つだ」
「確かにその通りじゃな」
シャルロッテはそれでも未練がましそうに言った。
「心配しなくても、これからも話を聞かせてやる。大仁田の話も面白いが他にも面白いプロレス話はたくさんあるからな」
「本当か! 『プロレススーパースター列伝』や、大仁田の物語のように面白い話がたくさんあるのか?」
シャルロッテは嬉しそうだ。
「ああ、本当だとも。だからとりあえず今日は寝かせてくれ本来ならトレーニングもしたいのだが、明日は試合があるから、軽く後で腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットを1000回ずつやって眠ることにしよう」
「わかった! ところでお主はいつまでその格好でいるつもりなのじゃ? 寝るときまでその格好なのか?」
真はこの世界に来てから、今までずっとショートタイツとリングシューズのままであった。周りの人間たちは何とも言えないような気まずそうな目で真のことを見ている者も多かったが、シャルロッテは『プロレススーパースター列伝』を読んでいたため、プロレスラーとはそういうものなのだと、順応しているようであった。
「そうだな。裸で寝ても問題ないが、一応さっきも言ったようにコンディションを保つためには何か着るかな」
真は危なく某プロレスラー○○の下ネタエピソードを、話しそうになったのを危ないところで、何とか堪えた。
「誰か、デストロイ早乙女に就寝用の服を用意せよ」
シャルロッテが周りの者に言うと、侍従たちは表面が赤い金ラメのド派手なガウンを持ってきた。
「姫、こちらの品でよろしいでしょうか?」
そのガウンを持ってきた侍従がシャルロッテに尋ねた。
「よろしいぞ。サイズの方は合っているじゃろうか? どれ、デストロイ早乙女よ、試しに着てみよ」
真はそのガウンを見ると、目を見張って驚きながら喜んだ。
「こ、これはまるで……」
真は思わず声をあげると、急いでそのガウンに袖を通すと、両手を口に当てて上半身を反らして「Wooo!」と声と叫んだ。
「な、なんじゃ。いきなりどうしたのじゃ?」
シャルロッテが驚いている。
「いや、あまりにもリック・フレアーの入場時に着ていたガウンに似ていたので、思わず真似をしてしまったんだ」
「おお! リック・フレアーは『プロレススーパースター列伝』に登場してきたから知っておるぞ。なるほど、リック・フレアーはそういうガウンを着ておったのか」
「そうだ。だから、こういうコスチュームを着ると、そのプロレスラーの真似をしたくなるのはプロレスファンの性なんだ」
「なるほどな。その気持ちは妾にもわかる気がするぞ。妾もアンドレ・ザ・ジャイアントの真似がしてみたいぞ」と、シャルロッテは実現するには、自分の外見と完全にほど遠いような願望を口にした。
「そうだな。アンドレといえば、やっぱりハンセンとの田園コロシアム決戦が……、おっと危ない。プロレスの話をすると止まらなくなるから今日はやめておこう」
「なんじゃ? アンドレ・ザ・ジャイアントとスタン・ハンセンがどうしたのじゃ? ぜひ聞かせてくれ」
「俺も話したいが、今夜は寝かせてくれ」
「むう、仕方がないのう。では、誰かデストロイ早乙女を寝室に案内してやれ」
シャルロッテは本当に残念そうだ。
そして、真は一人用としては大きすぎるような豪華な寝室に案内され、トレーニングをこなしてから心地よい緊張感の中で眠りについた。