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(7)召喚士の仕事

今更になって下書きのまま投稿していることに気づきました。


修正 ハイル→ミコト

   改行後の空白


意味不明な文章を読ませてしまい申し訳ございませんでした。m(_ _)m

 昼食を取り終えたアレクたちがファストフード店を出て間もなく、電話でニューヨーク支部の召喚士協会に呼ばれた。仕事の時間だと気持ちを切り替えながらも、アレクはなんでこのタイミングでと不満をこぼさずにはいられなかった。


 召喚士協会という名の会社は、不定期に会社員、もとい召喚士を呼び出しては、精戦の普及活動はもちろん、精戦大会のマネージメントなどと言った雑用を押し付けてくる。精戦だけで食っていけると思うなよ、とはニューヨーク召喚士協会の支部長ギルマンの口癖である。


 さて、そんな組織に名指しで呼ばれた時は、大抵面倒ごとを押し付けられると決まっていた。


 潮の香りがかすかに漂う、都市と港の中間に位置する召喚士協会の建物は、知らないものが見れば博物館だと答えるような古臭い外見だ。そこを出入りするのは家族連れなどではなく、金に飢えた召喚士、仕事に呼ばれて面倒くさそうにする召喚士、あるいは、デッキを片手に輝かしい笑顔を浮かべる新米召喚士だ。

 アレクたちは同質的かつ意気込みの落差が激しい召喚士たちの隙間を縫って、気だるさをごまかすように早足でエントランスの受付に向かった。


 受付嬢はアレクと隣のクラマを見るなり、軽い挨拶を交わしてすぐに受話器を取って連絡し始めた。自分たちから事情を話すまでもなく、支部長の秘書を名乗る女性に奥へと案内される。


 カツカツと神経質そうなヒールの音を引き連れる秘書についていきながら、アレクは沈んだ気持から仕事の気分に切り替えようと廊下を見渡した。建物内は、レトロな外見とは裏腹に近代的な様相だ。デスクワークに集中する静けさと、白塗りの壁とリノリウムの床は、かつて通っていた高校の校長室前を思い起こさせた。


 変に緊張した足取りで進んでいくと、廊下の突き当たりに真新しい扉が現れた。秘書の女性は、赤いネイルを握ってその扉をノックした。


『入れ』


 内側から応えがあり、秘書が失礼しますと言いながら扉を開ける。


 どこにでもありそうな応接室だった。オフィス独特の湿っぽい書類の香りが、部屋の隅の大きな本棚から漂う。一面ガラス張りになった大窓からは、青々とした木々の葉が日差しの白に溶けかけているのが見えた。


「わざわざ来てくれてありがとう。アレク君、クラマ君」


 斜め正面でスーツを着た男性が丁寧に出迎えてくる。


「お久しぶりですね。ギルマン支部長」


 アレクが社交辞令を述べれば、出迎えた男性――ギルマンはいかつい顔つきに、人好きのする笑顔を作った。


「やぁ、本当に久しぶりだ。三年……いや四年ぶりか。まぁ座ってくれ」


 ギルマンは手の仕草で秘書の女性を下がらせると、応接室の中央にあるソファにアレクたちを促した。


「支部長直々とは、また大層なお仕事なんだろうね」


 ソファに座るなりクラマがこれ見よがしに皮肉を言う。ニューヨークの精戦大会のマネジメントの助っ人に呼ばれただけのクラマにしてみれば、別の支部から仕事を押し付けられるのが不愉快なのだろう。

 彼の不満を理解しているのかいないのか、タメ口を使われたギルマンは特に怒るでもなく苦笑した。


「うちの支部は有能な人間が少ないからな。つい外部に委託しないといけない」

「支部長がそれ言っちゃうか」

「人材育成に時間を割かないからそうなるんでしょ」


 アレクが呆れ、クラマがずけずけと文句を言えば、ギルマンは顔色を窺うようにクラマに視線をよこした。


「まだ根に持っているのか? クラマ君のティーセットを割ってしまったことを」

「オーダーメイドだったからね。おんなじものを買い直されても許せないよ」


 苛立ちとおふざけを含んだクラマの声音をアレクはたしなめた。


「クラマ。一応相手は支部長だから」

「一応って、アレク君………」


 ギルマンは若い召喚士二人からの評価が低いことにショックを受けたらしく、がっくりとうなだれた。恰幅のいい彼のその姿は鮭を逃した熊のようだ。


 アレクはギルマン支部長の元気がないことに気づいたが、よもや自分のせいだとは思わずそのまま本題に入った。


「ギルマン支部長。オレも呼んだってことは普通の仕事じゃないんですよね」


 精霊が見えるアレクが加わる仕事は、普通に大会のゲスト参加か、半分ほどが精霊がらみの調査のふた通りになる。今アレクは大会を出禁にされているため、必然的に後者であろう。


「ああ、そうだ。まずはこれを見てくれ」


 気を取りなおしたギルマンはすでにテーブルに用意されたノートパソコンを手早く操作し、くるりと画面をこちらに向けた。


 画面内ではすでに動画が再生されていた。場所はどこにでもあるような小さな精戦大会の様子で、体育館のステージに似た場所でバトルが行われようとしている。

 ステージの左側には腕輪型サモンボードをつけた長身の男性。

 右側には、テーブル型を広げるボクサーのような男が立っていた。


「右側に立っているガタイのいい方に注目してくれ。彼はダルガスって言う、つい最近召喚士として有名になった奴だ。それ自体は問題ないんだが、ダルガスと対戦した人が、揃って不可解な状態に陥っている」

「不可解な?」


 アレクが聞き返すと、ギルマンは厳しい表情を作った。


「そう。対戦した召喚士は、全員ではないが、次々と召喚士をやめていくんだ。色々調べてみると、辞めていった人たちはみな、精戦恐怖症になってしまったようでな」


 精戦恐怖症というのは、文字通り精戦に関することに恐怖を覚えるものである。


 精戦は知っての通り、ホログラムで再現された精霊同士の戦いだ。その再現度は側から見ても違和感がないほどで、精戦の最中は精霊を本物と錯覚してしまうこともある。そんな状況で精霊が牙を剥くのだから、気の弱いものはトラウマになってもおかしくはない。

 しかも精戦には『痛覚反映機能』が付いているため、精霊から直接ダメージを受けた際、召喚士は痛みでますます恐怖を感じてしまう。

 それらが積み重なって、精戦を行うことを精神的に拒否してしまう現象が起きるのだ。


 だが精戦恐怖症はすぐに治るものでもある。


 所詮ゲームであることに変わりなのだから、恐怖だってホラーゲームと同じだ。痛覚反映機能も電気マッサージ並みの痛みなのですぐに慣れる。


 だというのに、ギルマンの話では恐怖のあまり召喚士を辞めてしまう事態にまで発展しているらしい。


「そのダルガスっていう男の精霊が余程怖いんですか?」


 アレクが簡単な憶測を述べると、ギルマンは首を横に振った。


「ダルガスのデッキは、誰でも持っているような精霊ばかりだった」

「なら違いますね」


 となると、ダルガスの戦い方に問題があるのだろう。


 アレクが視線をパソコンの映像へ戻せば、長ったらしい司会者の紹介が終わり、ついに精戦が始まるところだった。

 精戦の進行は、典型的な精戦と同じ形だった。強い精霊を召喚して召喚士の守りを固め、弱い精霊や遠距離攻撃ができる精霊でちまちま相手にアタックする。


 この『チキン戦法』と呼ばれる典型的進行は、召喚士が直接アタックの二倍ダメージにより、一気に戦況が不利になるのを恐れた結果である。

 もし召喚士がランク10の精霊に直接攻撃を受けたら20ダメージだ。100のヒットポイントでは五回で死ぬ。しかも高ランク精霊が潰されれば、ヒットポイントもランクの分だけ大きく削られるので、強い精霊をガンガン戦場に送りたくないのもわかる。


 だからチキン戦法でこうして低ランクの精霊を戦わせ、互いにちまちまとヒットポイントを減らすのだ。

 こういう戦いになった場合、後半は強い精霊同士のバトルが繰り広げられ、最終的に手持ちの精霊が残った方が、ダイレクトアタックで勝利を決めるようになる。


 画面内のダルガスの対戦も概ねチキン戦法の公式に当てはまっている。

 だが少しだけ違和感があった。


「ダルガスの相手、何か苦しそうだね」

「うん」


 クラマの指摘にアレクは首肯する。

 ダルガスと対戦している長身の男性は、自分の精霊が破壊されるたびに胸を押さえてもがいていた。それが苦痛によるものなのは明らかだが、誰も止めに入ろうとしない。むしろ観客の歓声が常より高かった。明らかに痛がる男性の反応を楽しんでおり、もっとやれと叫ぶ声すらある始末だ。


 精戦はもうゲームではなく、一種のコロセウムになっていた。


 直接攻撃を受けない限り召喚士に痛みは反映されないのに、なぜ彼はここまで苦しんでいるのだろう。


 長身の男性の苦しみようは異常の域まで達する。


 やがて長身の男性は苦痛に耐えきれず、早く戦いを終わらせるために立て続けに精霊を召喚し、一斉攻撃をかけた。そこには高ランクの精霊まで混じっているのが見える。もう勝つための理性はないらしい。


 ダルガスは大量の精霊を見て、待ってましたとばかりに顔を歪めた。それからテーブル型の表面を叩いて、ゴブリンのような精霊『ファハン』に何かを指示する。


 『ファハン』は子供じみた矮躯で一気に前線へ飛び出すと、ユニークスキル『てんごのベール』を放った。これは単体攻撃だが、ダルガスはテーブル型のため全体攻撃として機能する。


 通常より拡大した黄色いベールはオーロラのようにたなびき、雨あられとなった精霊たちの進軍に覆いかぶさった。


 そのベールが粒子となって消えた頃には、その場の精霊全て――味方だったはずの精霊までもが、長身の男性に殺意を向けていた。


「これは………」


 あとは目を覆いたくなるような袋叩きで、男性のつんざくような絶叫が精霊の下から聞こえた。ダメージエフェクトの赤い飛沫が鮮血に見える。


 ホログラムの格子が消えた頃には、横たわって動かない男性の姿が残るのみだった。


 苦痛ありきで、精霊が殺意をもって殴りかかってくれば、確かにトラウマものである。

 アレクたちが呆然としていると、ギルマンは苦虫を噛み潰したような顔でパソコンを回収した。


「な? 酷いだろう?」

「ええ。そもそも、この状況はどう考えたっておかしいです」


 アレクは背を向けたパソコンを睨みつける。


 長身の男性はダルガスによって『てんごのベール』が放たれるまで、直接攻撃を受けていない。なのに延々と苦痛を味わっている様子だった。精霊が破壊されるたびにそれが悪化していったのを見ると、破壊された精霊によるヒットポイントの減少分までもが『痛覚反映機能』に計算されてしまっているようだ。

 しかも痛覚のレベルが精戦に支障が出るほど異常で、常に召喚士を蝕んでいる。


 そんなことはサモンボードの機能上あり得ない。


「どちらかのサモンボードが壊れてた、とか?」


 簡単な原因をアレクが述べると、ギルマンはすぐに否定した。


「何回も調べたけど、どっちも壊れてなかった」

「デッキは調べたのかい?」


 今度はクラマが質問するも、また首を振られる。


「異常なしだ。因みにステージもな」


 では、機械の故障ではないということか。

 それ以外で考えられるのは対戦者の体質ぐらいだが、たくさんの人が同じ被害に遭っているので参考にならなそうだ。


 アレクは熟考ののち、あまり期待せずにこう聞いた。


「精戦恐怖症を発症した人たちの特徴は?」

「中級者から下まで。特に多いのがビギナーだ。ダルガスに勝てる実力の子達も、奴と戦ったが、何故か全員負けてたんだよな。その子達も若干は恐怖症になってたけど、今は元どおりだ」


 つまり、実力のある召喚士なら、ダルガスと戦っても恐怖症は比較的大丈夫らしい。負けることに変わりはないが。


 デッキ構成を見る限り、ダルガスは初心者だ。多少の戦略性は見えるが、戦ってみれば明らかにそれとわかる稚拙さがある。なのに、相手に苦痛を与え、理性を奪い、自分よりより強い者に勝利を収めている。


 アレクにはダルガスの戦い方が不正行為に思えた。密かな怒りが沸き起こり、低い声を出す。


「ギルマン支部長。依頼内容はわかりましたよ。オレたちはこの人をとっちめればいいんですね」

「ま、まあそうだ。この映像を見るに相当辛い戦いになる。無理はしないように。それと」


 ギルマンは動揺を隠すようにトンッとパソコンのエンターを押し、再びこちらに画面を向けた。


 ブルーライト表示されたのは今週末に行われる精戦大会の参加者名簿で、中央あたりにダルガスの名前が載っていた。


「この大会にはダルガスも参加する。クラマ君は運営係だろう? この大会でダルガスに関する情報を洗い出してくれ」

「わざわざ大会の話を持ち出すなんて、性格悪いね、支部長」


 クラマがシニカルに口角を釣り上げる。


 ギルマン支部長は、大会でダルガスの不正のカラクリを暴けと言っているのだ。多少の被害が出ようとも、大会であれば精戦履歴を合法的に残せるし、何かあればすぐに召喚士協会が手を出せる。ダルガスの手の内を探るにはうってつけの環境だった。


「ギルマン支部長」


 アレクは怒りを無理矢理飲み込んで、続ける。


「ダルガスが大会に出て仕舞えば、より沢山の人が巻き込まれることになるんですよ? ダルガスの参加を無効にした方が良いのではないですか?」

「そんなことをして向こうが駄々を捏ねたらどうなるか、分からんでもないだろう?」


 もっともな指摘にアレクは奥歯を噛み締めた。


 試合映像を見た限りだと、ダルガスは高慢な男に見えた。大会に出場できなくなったら、無差別に誰かに精戦を仕掛け、大会で出す犠牲者よりも多くなるかもしれない。


 大会が始まる前にダルガスを取り押さえればいいのだろうが、サモンボードや精戦記録に明確な証拠はない。逆に不当な拘束としてこちらが不利益を被るだろう。不正行為を明らかにしなければ、同じようなことを未然に防ぐことができない。

 その点、ギルマンの提案は確実性がある。だからクラマも反対しなかった。


 方法は、これしかないのだ。


 アレクは手を握りしめ、口を開いた。


「分かりました。ですがオレは精戦大会を出禁にされている。まさか観戦だけしていけという事ですか」

「アレク君が見ることに意味がある」

「………ダルガスは、魔法を使っている可能性があると?」

「そうだ」


 魔法を使える人間は早々いない。

 人間が魔法を使うには、精霊と契約し、彼らの力を借りられる状態でなければならない。


 精霊との契約をするには、大前提に彼らの姿や声を知覚できることが要求される。精霊の声が聞こえる人間は少なく、見える人間はもっと少ない。さらに精霊と契約を成立させる方法を知る人間はさらに限られてくる。


 ダルガスがその奇跡的な現象を起こしているとは思えないが、現に科学的に証明できない出来事が起きているのだから、魔法の可能性も否定できないだろう。


 魔法を使う際、人間のそばに手助けをする精霊の姿が見える。アレクはその精霊がいるかどうかを見るためにここに呼ばれたのだ。

 ダルガスの精戦中、精霊が側にいれば、魔法を使ったと確定できる。魔法には同じく魔法を使える召喚士をぶつければいい。ギルマンの考えはそんなところだろう。


「もし本当に魔法を使えるのなら、あいつがいればな」


 アレクが独りごちると、向かいに座っているギルマンは懐かしそうな表情になった。


「その言い方だと、シラヌイ家のお嬢さんじゃなくて、ミコトのほうか。めっきり姿を見せなくなっちまって、もう三年か」


 奇しくも、高校時代を共に過ごした時間と同じぐらい、ミコトは行方知れずのままだ。あの精戦馬鹿が大会に出るたびに、そこにいるギルマン支部長も観戦に行っていたと、昔聞いたことがある。


「ミコトがいれば、この映像を見ただけでダルガスのカラクリが分かったかもね」


 ほんの少し明るい調子でクラマが言うと、ギルマンは深く頷いた。


「そうだな。それどころか正々堂々ぶん殴るだろう。四年前の白昼夢事件の時も、魔法使って暴れてた奴をボコボコにしていたぐらいだ。あの瞬間はおれもぞっとしたな」


 白昼夢事件とは、人間界が精霊界と繋がったことで、実体化した精霊が『神龍』に操られて民間人を大量虐殺した事件だ。


 その事件の間、人間は精霊と契約をせずとも一時的に魔法を使えるようになり、その影響で威張り散らした召喚士がいた。

 そいつは「世界はこのまま作り変えられるべきだ!」と宣ったせいで、ミコトに爆裂魔法で鼻をへし折られていた覚えがある。


 ダルガスにとっては恐ろしい出来事だったらしいが、アレクは恐怖を覚えるどころか爽快だった。精霊の気も知らぬ馬鹿はああなって当然だと、アレクは心の底から思ったものだ。


 話は逸れたが、精霊をよく知るミコトがいれば、被害も出さずに事態を収拾できる気がする。

 ここにいれば、彼もきっと喜んで手伝ってくれるはずだ。


「あー、そろそろ帰ってこいよ。あの精戦馬鹿」


 アレクが気だるげな声を上げると、窓の外で一羽の白い鳩が慌てたように飛び去っていった。

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