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(6)意図せぬ邂逅

「アレク、外に行こうよ」


 クラマに誘われたアレクは、本当は外に行きたくなかったが、精一杯の作り笑顔で「行く」と答えた。


 夏のニューヨークは、雑多な色と音に満ちていた。こうも人が多いと蒸し暑くて気が滅入ってしまう。ここ最近は特に、世界中の精戦大会に出る旅が上手く行かなくなってきたから、アレクは一層人混みにうんざりした。


 アレクは今、召喚士協会の妙な規則のせいで大会出場を出禁にさせられ、今週末のニューヨーク州精戦大会も観戦しかできない状態だった。

 おかげでニューヨークの精戦大会は楽しみだが、心から楽しめそうにない。自分が出場できないなら尚のこと楽しみが半減したし、人でごった返す観客席では人探しだって苦労する。一番嫌なのは、ステージに立てないがゆえに探し人に自分の存在を気付かせられないことだった。


 はっきり言って、憂鬱だ。


 楽しくもないのにアレクが世界中の精戦大会を巡るのは、高校時代に同期だったミコトを探すためである。

 アレクにとってミコトは、同じように精霊が見える数少ない友人であり、同じくらい精戦が大好きな人間だ。学校時代も、ライバルとしては申し分ない相手だった。


 高校を卒業して間もなくミコトが行方不明になったと聞いてから、アレクは地元のロンドンでじっとしていられず、クラマやほかのツテを辿って、世界中の大会に出た。


 精戦好きのミコトなら、きっとどこかの大会に出ているはず。


 そう思ってやってきてもう三年。ミコトらしき人物の姿はなく、彼の噂でさえ全く聞かなくなった。世界中を旅する人間の所在を見つけるのは困難なことだと十分理解している。だが、目撃情報までぱったり消えうせてしまうのは、いくらなんでもおかしいではないか。


 本当にミコトがいなくなってしまったなんて、考えたくなかった。しかしこうも長く見つけられないと、嫌でも最悪なことを考えてしまう。


 ………最近は本気で笑えていない。


「あの店で飯を取ろう」


 クラマはアレクの気を知ってか知らずか、東洋人らしい顔立ちに笑みを浮かべてこちらの手を引いてくる。暑い空の青さや風の湿気より、クラマの汗ばんだ手にアレクは安堵した。


 クラマが選んだ店はどこにでもあるファストフード店だった。

 店内はお昼時で人が多かったが、窓際付近に運良く空いている席があった。注文はクラマがしてくるとのことで、アレクはお言葉に甘えて席に座って待つことになった。


 このような時でも、アレクはついついミコトの黒髪を探してしまう。


 ミコトは日本人とどこかの国のハーフで、濡鴉色の髪に、精霊にも似た涼しげな顔立ちをしていた。


 丁度、窓際に座る青年のように。


「………っ!?」


 アレクは咄嗟に席を立って青年に駆け寄った。

 その人物にろくな挨拶もせず、肩を掴んでこちらを向かせる。


「うお!?」


 急に肩を掴まれた青年は驚きの声を上げてアレクを見た。


 その青年は、どこにでもいるアメリカ人の顔をしていた。




――――――――――




(う、嘘だろおい)


 アレクに肩を掴まれたミコトは、平静を装いながらも背筋に冷や汗をかいていた。

 ミコトは今、安上がりで済むだろうと選んだファストフード店で、フレムに注文を任せてテーブルで待っていた。それだけなのに、目の前には会いたくて仕方なかった、いや絶対に会いたくなかったイギリス人の親友がいる。


(どんだけ悪運が強いんだ俺は)


 ラフィールが影から出てきていなかったことに心底感謝した。もしラフィールがいたら一発でミコトだとバレていただろう。


 ミコトは自然に息を大きく吸い込み、アレクに対してさも初対面らしい態度をとった。


「なんだ? 俺がどうかしたか?」

「………いや、人違いだったみたいだ。ごめん」


 覇気のない声音でアレクは手を離すと、そのまま元の席らしき場所に戻っていった。その後ろ姿は年寄りのように哀愁が漂っていて、疲れ切っている。ミコトは彼らしくない暗い雰囲気を気にかけつつ、自分にかけた認識阻害魔法の確認をした。


(解けてない、な)


 今の自分はミコトではなくカトルという架空の人間の外見である筈だ。ピンポイントでアレクが突っ込んできた理由が全くわからない。


 疑問符を頭上で大量発生させながら、さりげなくアレクの表情を盗み見る。


 目があった。


 同時に目をそらす。


(本当になんなんだ………)


 他人のフリをするために必死にテーブルの滑らかな表面を睨みつける。テーブルの角には、先客がやらかしたのであろうマヨネーズがべったり張り付いていた。ミコトは何も考えずに、テーブルに備え付けてある紙でマヨネーズの汚れをさっと拭き取る。


(………何やってんだ俺)


「フレ……カトル様……カトルさん! 持ってきましたよ!」


 めちゃくちゃ言い間違えながらフレムがハンバーガーをボードに乗せて戻ってきた。助かった、と自分の頰が緩むのが分かる。


「フレム、ナイスだ」

「え?」

「いや、ありがとう。食べようか」

「はい!」


 ぴょこんと向かいに座ったフレムが、ニコニコとしながら紙に包まれたハンバーガーにかぶりつく。ご飯を食べるだけでこんなに生き生きしている彼女を見ているだけで、こっちも和やかな気持ちになってくる。

 ミコトは滅多に食べない料理を前にして、両手を合わせていただきますと言ってから食べ始めた。


「あーファストフードの味だー」


 懐かしの味に感動していると、正面でフレムが首を傾げた。


「ファストフードを食べにきたんですよ。当たり前じゃないですか」

「そうだけど、久しぶりだったから」


 ミコトはそう笑ってもう一度ハンバーガーにかみつく。甘辛いソースとマヨネーズ、溢れて来る肉の旨味が絶妙にマッチしている。シャキシャキしたレタスやトマトが、肉の脂っぽさを拭い去り、さっぱりした後味を残した。

 確かに美味しい。美味しいが、視界の端に映り込む親友の姿のせいで、食べたそばから味を記憶できない。


(早く食べて早く観光しに行こう。俺自身がファストフードになるんだ!)


 半ばパニックで意味不明なことを考えまくっていると、向こうの席でアレクが急に立ち上がった。


 ミコトはついアレクを見ないように視線をテーブルに固定する。


 足音は、遠のく。


 アレクはただお手洗いに立っただけだった。


 驚かせやがって、と内心で文句を言って口の中の物を飲み込む。窓際の席から見える大勢の往来が憎たらしくて仕方ない。これだけの人間がいてなぜカモフラージュができない。なぜ遭遇した。そもそも、なぜファストフードなんて選んでしまったんだ。


 苛立たしげな咀嚼ついでに、ミコトはコーラをストロー越しに飲み始める。


「やぁ、ちょっといいかい」

「んぶぇ」


 聞き覚えのある爽やかな声に吹き出しそうになった。


 炭酸にむせながら顔を上げると、そこにはなんと日本人がいた。しかもその日本人、見覚えのある顔立ちだった。笑顔を張り付かせるだけで女の子が寄ってくる、そんな大和男子の顔。


 間違いなく、高校時代にかなりお世話になった第二の親友である。


(クラマやんけぇ!)


 なんでいるんだという言葉をコーラと一緒に腹のなかにしまいこんで、ミコトは笑みを浮かべた。


「なんだ?」

「そこの席に友人が座ってた筈なんだけど、見なかったかい?」

「さぁ? トイレじゃないか?」

「そうかい。ありがとう」


 クラマは清涼な雰囲気を撒き散らしながら踵を返した。


(………心臓に悪い)


 親友二人に心臓発作で殺されそうだ。死なないけど。

 ミコトは細く長い深呼吸をすると、詰め込むように食べかけのハンバーガーに噛み付いた。


「カトルさん? どうかしました?」

「なんでもないから気にしないで食べろよ」

「は、はい」


 フレムは返事こそしたが、クラマに対してチラチラと視線を向けていた。そんな目立つ行動をしないでほしい。


 しかし三年ぶりに見た二人の姿だが、制服を着ていないだけでほぼ高校時代と同じ見た目で安心した。目立った病気も怪我もしていないらしい。精神的な変化でアレクのほうはちょっと暗い人間になってしまったようだが、それに反比例するかのようにクラマはイケメンオーラに拍車がかかっている。人生の敗者と勝者を見た気がした。


 ミコトはフレムより一足先にハンバーガーを食べきると、ソースでベタベタな紙を小さく折りたたんでボードに置いた。


 すると、近くの席に座っていたクラマがギンッと折りたたんだ紙を睨み付けた。


 丁度その時にアレクがお手洗いから帰ってくる。何故かアレクまでもがミコトの折り畳んだ紙を凝視した。


(なんなんだよぉ!)


 畳んだ紙のいったいどこに興味を惹かれたというのか。

 意味の分からなさに発狂しそうだった。


 向かいではまだフレムが小さな口でもぐもぐと大きなハンバーガー食べていて、ようやく半分に達したところだ。まだまだ時間がかかりそうである。あと半分。その間ずっとこの視線にさらされると思うと、さっき食ったハンバーガーがこみ上げそうだ。


 ミコトは早くしてくれとフレムに念を送る。


 それが伝わったわけではないだろうが、おもむろにフレムが涙目で訴えてきた。


「うぅ、アメリカの食べ物ってどうしてこう大きいものばかりなんですかぁ」

「食べきれないなら持ち帰れば?」

「冬ならそうしますけど、夏ではお腹を下してしまうかもしれないじゃないですか」

「それもそうだな。………手伝おうか?」

「い、いいんですか?」

「ああ」

「ありがとうございます!」


 フレムは目に見えて顔色を良くし、ハンバーガーのまだ口をつけていない部分を切り取り始めた。


「優しいんですね。カトルさん」


 ぶっちゃけるとミコトは早く食べ終わってほしいだけである。フレムに対する気遣いは実質30%程度だった。


「当然のことだろう」


 ミコトは白々しく宣って、フレムからおずおずと差し出されたハンバーガーの破片を受け取ると、適当にテーブル脇に置かれている紙で包んでさっさと口にした。この味もなかなかイケるな、と思い始めたところで、体の側面に親友二人分の視線が突き刺さる。


(どうしよう、味覚障害になりそうだ)


 あいつらのせいで急にハンバーガーをおいしいと感じられなくなった。早く食べないといけないのに、口の動きが緩慢になってくる。機械的に咀嚼し、飲み込むだけで精一杯だ。引きつった喉越しの音が気まずい。人に監視されている状況でおいしく飯を食べられる人間が、はたしているだろうか。


 なんでこっち見てるんだよ、と不満げにアレクたちを見れば、四つの瞳とぴったりかち合った。珍獣でも見るような目つきである。


(認識阻害さん仕事してくださいよ!)


 そんな状況でもなんとかハンバーガーを食べきると、同じタイミングでフレムも食べ切っていた。


 ミコトは待ちわびた通り、席を立つ。


「よし、行くか」

「あ、待ってくださいカトルさん。まだ預かったお金のお釣りを渡していませんよ」

「それはお前にやるよ」

「でも」

「いいから、な?」


 頼むから早く外に行こう! はよ! はよぉ!


「分かりました。ありがとうございます」


 花が咲くような笑顔を見せて、フレムも席を降りた。


 か、勝った! 見たかアレク! クラマ!


 口元がヒクつかないように全力で能面になりながら二人を振り返る。



 めっちゃ見てきた。



 ミコトはフレムの手をさり気なく掴むと、そそくさとファストフード店を後にした。

 店内の空調から外れ、炙るような太陽の光の中を進む。背後からの視線が未だに張り付いている気がして、足を止める気にはならない。


「か、カトルさん? 歩くの早いですよ?」

「ああ、悪い」


 無理に引っ張ってしまったせいで、フレムが転びそうになっていた。ミコトは手を離す代わりにすぐに支えて、今度は歩調を合わせるようにゆっくり歩く。


 もうあの地獄のファストフード店はもう見当たらない。やたら顔の整った日本人もいないし、太眉のイギリス人もいない。


 ミコトは歩きながら、日陰を選ぶように道の脇に身を寄せた。


「カトルさん。先ほどの二人は、お知り合いだったんですか?」


 頃合いを見計らったように、フレムがおずおずと尋ねてきた。


「そうだな。けど今は他人だよ」


 他人の筈なのにああも話しかけられると、バレていないか不安になる。精戦大会を終わらせたらさっさと精霊界に通じている門を探して隠居生活に戻ろう。


 そこまで考えて、ミコトは二年後に自分が精霊界に帰った後、フレムがどうなるかについてにようやく思い至った。


「やべぇ」

「どうしました? 忘れ物ですか?」

「そういうわけじゃないぞ」


 心配するフレムをいなしつつ思考を巡らせる。我ながら間抜けなほどの無計画さに虫唾が走った。


 もしミコトが精霊界に帰ったら、フレムはひとりぼっちになってしまう。兄を探している彼女にとってはようやく見つけた手がかりらしいが、置いていかれたらどうなってしまうだろうか。ほかに兄を探す当てがあるならともかく、昨日の懇願の必死さを見ればほかに当てはないと考えておくべきだ。


 一人にするぐらいなら、一緒に精霊界へ行くべきなのか?

 だが人間が精霊界で長く過ごすのは色々と危険だ。不意打ちで魔法が飛び交うわ、生きるためでなく娯楽のために捕食して来る魔物がいるわで、命がいくつあっても足りない。そもそもそんな場所にフレムの兄がいるとは思えなかった。


 では人間界で適当に世界を回るか?

 だがそれで兄を見つけられるわけもなく、フレムの財布事情も相まってすぐに破綻するだろう。ミコトも賭けバトルに身をやつせばどうにかなるだろうが、そこまでする義理はない。けど、見捨てられるほど悪になりきれない。


 二年間、という単語が脳裏に浮かんだ。


 アシェエマは精霊界への期間まで二年間という具体的な数値を出した。

 どうせミコトは不老不死で、これから永遠に生きるのだから、たった二年ぐらいは、この子のために費やしてもいいんじゃないか?


「なぁ、フレム」

「はい」


 アシェエマの言いなりになるのは癪だが、チンケなプライドを潰すだけで誰かを救えるなら安いものだ。


「俺は二年間しか、フレムの兄探しに協力できない。そのあとは何が何でも別れることになる。だから、もし兄の手がかりがあるのなら、すぐに言ってくれ」


 フレムは驚いたように目を見開くと、いきなりキラリと瞳を潤ませて顔を伏せるように頷いた。


「はい。ありがとうございます。カトルさん」


 泣きそうになっているフレムに驚いて、ミコトはワタワタしながら慰めようと頭を撫でた。その拍子に、彼女の頰からポタポタと涙が落ちてしまった。


 どうして泣くんだ。うれし泣きなのか嫌だったのかわからず、ミコトはボロホテルに帰るまで悶々と頭を悩ませることになった。

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