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(4)観戦してたら

 精戦大会の受付も終えて、ミコトは近くの格安ホテルにチェックインした。古ぼけたホテルは内装までもが全体的に薄汚れており、サービスらしいサービスのないただの寝床でしかないが、人の少なさがとても気に入った。金銭的に余裕があるにしても、しばらくはここを拠点に活動するつもりである。


「あっちぃー、あついよー」


 狭いベッドルームに荷物を投げ込んで早々、ミコトはダミ声で暑さを嘆いた。直後、べシンとラフィールに頭を叩かれた。


『キュ! キュウ!』


 この、馬鹿! と罵られた気がして、ミコトはへらへらと片眉を下げた。


「悪かったって。大会終わったらヌーヴァス君の頼みごととか門とか探しに行くから。大丈夫だって」

『キィイイイイ!』


 でも心当たりとか何もないじゃん! と憤慨してバタバタと翼を動かすラフィールをなだめるべく、ミコトはもふもふの矮躯を抱えて、壁際に置かれた椅子に座った。膝の上で耳の後ろを撫でてやれば、ラフィールはすぐに機嫌を戻した。都合のいい仔犬である。


 ラフィールは気持ちよさそうに目を細めた後、思い出したようにミコトに顔を向けた。


『キュキュ、キュイ?』

「何でボロホテルに泊まるのかって? こっちの方が落ち着くからだよ」


 基本精霊界でも野宿に近かったミコトにとって、清潔すぎる場所は居心地が悪かった。壁にちょっとシミがある程度が丁度いい。綺麗だと汚してしまうのが逆にストレスになる。


 ミコトはどさっと硬いベットに仰向けになると、ラフィールを持ち上げて顔を覗きこんだ。


「さて、もうやることないし寝るか? ……ああでも、汗かいたまま寝るのはないな。シャワー浴びる前に服でも買うか」

『キュウ、キュイ』


 魔法で洗えばいいじゃない、とラフィールが苦言を呈した。ミコトはわかってないなと口角を釣り上げる。


「たまには人間らしいことしてみたいじゃん」

『………キュウ』


 こういうところでは無駄遣いするのに、とラフィールが呆れているが、ミコトには知ったこっちゃない。同じ服ばかりを着ているのは気がふさがるし、今はじっとしているより街を見て回りたい気分だった。

 ミコトは早々に起き上がって出掛ける準備を終え、ラフィールを自分の影の中に仕舞ってから夕暮れ時のニューヨークへ赴いた。


 ボロホテルはダウンタウンの隅に位置しているため、数分ほど歩けばすぐに人通りに出られた。日が傾いてきたというのに人はまだ多く、店を探すにも道を歩くにもひと苦労だ。人口密度がスカスカの精霊界にいたせいで、人ごみには余計に疲れが溜まる気がする。

 だが、久しぶりの人間界は思いの他目新しいもので、街並みを眺め歩くだけでも映画鑑賞のように楽しく感じられた。


 人にぶつからないように気をつけながら服屋を探していると、前方のちょっと広くなっている通りが急に騒がしくなった。興味を引かれて群衆に紛れ込んで見れば、召喚士と思しき男三人組が、ドイツ人らしき少女に向かって何か話しかけていた。


「三人相手にいいのかぁ? 賭けバトルで有り金全部なくなっちまってもしらねぇぞ?」


 三人の中でも一際チャラい男が、テーブル型サモンボードを宙に広げながら笑みを深める。左右に立つ男二人も似たような笑い方をした。話の流れからして、意外にも少女のほうから男三人に向かって『賭けバトル』を吹っかけたらしい。


 賭けバトルは文字通り金銭を賭けた勝負であり、召喚士に関して言えば精戦で金を巻き上げる手段である。サモンボードをお互いに持っているならば、召喚士はいつでもどこでも精戦を行えるのだから、こうしたストリートバトルは珍しくない。これもまた召喚士の仕事なのだ。


 さて、賭けバトルを宣った十代ぐらいのドイツ人少女は、三対一と言う不利な状況にも関わらず、可愛らしい容姿に似合わぬ不敵な笑みを見せた。


「そっちこそ、私に負けたからって後からごちゃごちゃ言わないでよね」


 さらっと小さな口から出た流暢な英語にミコトは舌を巻いた。あの若さでここまで喋れるのは素直にすごいと思う。まったく緊張していない口ぶりからして、あの少女はストリートバトルに慣れているのだろう。


「はっ、精々楽しませろよ?」


 男のセリフを合図に、彼ら四人は同時にサモンボードを構えた。三人の男たちが持つサモンボードはテーブル、腕輪、書物型だ。


 対するドイツ人少女は杖型を指先で持つようにし、堂に入った構えを取った。


 ミコトは杖型を愛用していたので、少女に妙に親近感を覚えた。賭けバトルは一攫千金の可能性もあるが、場合によっては一文無しになる危険性も孕んでいる。そんな野蛮なものに一人で挑もうとする少女の心意気にも好意が持てるし、同時に心配した。近くに保護者らしき人物は見当たらないし、負けてしまったら生活的にも危ういのではなかろうか。


 当人でもないのにハラハラしているミコトの目の前で、四人のサモンボードが精戦の準備を完了させた。それに呼応するかのように、四人の周囲にホログラムでできた網目状の格子が構築される。


 この格子はホログラムに実体をもたせた『ネオホログラム』というもので、精戦中、野次馬の侵入を阻んでくれる。原理はよくわからないが、複雑な電気信号が人間の神経に小さな刺激を与え、脳に「何かが触れている」という錯覚を起こすものらしい。


 半透明のネオホログラムが完璧に四人と外界を遮断すると、四人のサモンボードが青白く発光し始めた。今頃デッキデータがサモンボードにダウンロードされ、カードがホログラムとなって具現化していることだろう。

 書物ならばその紙の中に。

 テーブルならその上に。

 腕輪なら表面の画面に、各々カードが表示される。

 そして杖使いであれば、胸のあたりの高さでカードが浮遊していることだろう。ちなみに具現化したカードはサモンボードに対応する脳波を持つ本人にしか見えないので、手札の覗き見など不正行為は出来ない。


 カードのダウンロードが完了してまもなく、ネオホログラムの格子の中で数多の光が溢れた。


 光が消えた時、すでに格子の中はニューヨークの通りから一転、広大な荒野へ変わり、その上に四人は立っていた。間近で世界の変化を見ていた野次馬から小さな感嘆の声が漏れる。


 この光景は、サモンボードに内蔵されたデータと、ネオホログラムの相乗効果で作られた仮想世界である。もちろん、現実体である男たちと少女はネオホログラムのせいで格子に囲われた場所を越えられないが、ホログラムの精霊なら、格子に囚われず仮想世界内を自在に行き来できる仕様である。


 言い方は悪いが、広大なステージの中、召喚士は棒立ちで精霊同士の戦いを指揮することになるのだ。


 そして肝心の精戦の決着は、召喚士のヒットポイントが0になったほうが負けである。

 また、チームを組んで精戦をする場合、全員のヒットポイントは共通となり、人数×100となる。だから今回の精戦は、男三人組は共通のヒットポイント300で、ヒットポイント100の少女と戦うのだ。


 サモンボードが場所の設定を終えると、双方が対峙する中央に精戦開始のカウントダウンが表示された。


 5、4、3、2、1。


『BATTLE!』


 先に動き出したのは男たちだった。


「来い! 『ロックゴーレム』!」

「『ナイトサラマンダー』!」

「『ポイズンフロッグ』!


 テーブル型、書物型、腕輪型と順に彼らが呼び出したのは、ランクもそこそこの精霊たち。テーブル型の召喚したロックゴーレムだけは中の上ぐらいで、今のところ一番強い精霊である。


(ポイズンフロッグは、精霊界だと魔物だったか)


 ミコトは妖精の国のサラマンダーと、魔の国のポイズンフロッグが仲良く並んでいることに深い感慨を覚えた。精霊界で絶賛戦争中の妖精の国はどうなったろうか。アシェエマがエルフたちにフルボッコにされていることを願う。


 ミコトはそんなくだらないことを考えながら、いまだ召喚をしていない杖使いの少女を見た。少女が召喚に出遅れたのは他でもない、杖型のデメリットで足止めを食らっていたからだ。


「天界の守護者よ 我らが祈りを聞き届けたまえ 彼の御身を顕現させ 我らを救いたまえ 『エンジェルナイト』『エンジェルガードナー』『エンジェルマジシャン』!」


 詠唱が終わるなり、少女の目の前に天界シリーズでもレアな部類に入るエンジェルアーミー達が召喚された。


 ここまでくれば分かるだろうが、杖型のデメリットは精霊を召喚する際に『詠唱』を必ずしなければならないのだ。強い精霊ほど詠唱が長いのでタチが悪い。


 それでも杖の愛用者が減らないのは、詠唱による時間ロスを覆すほどの使いやすさ。


「ナイトサラマンダーよ、あいつを攻撃しろ!」

「いけ! 『ポイズンフック』だ!」


 書物型と腕輪型が立て続けに攻撃支持を出した。薄い鎧を身に着けた赤いトカゲが甲高い声を上げ、小盾を構えながら片手直剣を携えて突進した。その後ろを巨大蛙が随行する。二体の精霊は共に少女本人をまっすぐ狙っていた。


 ちなみに精戦のダメージ計算は、プレイヤーと召喚した精霊とで別々に算出される。さらにダメージを受けたのがプレイヤーか精霊かでも、召喚士のヒットポイントの減少分が変わる。

 例えば相手が自分の精霊を倒したならば、倒された精霊のランク分だけ召喚士のヒットポイントが削られる。そして召喚士自身が直接攻撃を受ければ、相手の精霊のランク分の二倍の数値がダメージとなる。

 要するに精霊と召喚士、どっちを殴ってもダメージが入るが、召喚士を殴ったほうが大ダメージになるということだ。


 大ダメージを狙って、地面を這うような低さでナイトサラマンダーは少女に向かって疾駆する。


『ギギャ!』


 声帯を擦るような奇声とともに炎の直剣が少女を襲う。しかしその寸前でエンジェルナイトが動いた。


 エンジェルナイトは盾でしっかりナイトサラマンダーの攻撃を受け切ると、間髪入れずシールドバッシュで吹き飛ばした。

 地面に叩きつけられたナイトサラマンダーは身を起こす間も無くエンジェルナイトの剣で貫かれ、断末魔を上げながら体を横たえた。ヒットポイントがなくなったナイトサラマンダーは、その後ガラスのように砕け散って消失した。


 その消滅エフェクトの隙間を抜って、毒々しい巨大蛙の姿をした敵のポイズンフロッグが現れた。体が大きい分足のバネは凄まじく、少し身をかがめただけで三メートル以上も高く飛び上がった。


 ポイズンフロッグは空中で腹を膨らませると、攻撃直後で動けないエンジェルナイトを押しつぶさんと落下していった。


 だが、あわや直撃と思う前に、横からエンジェルマジシャンの炎魔法であっさり撃ち落とされた。ポイズンフロッグは消し炭となり、地に落ちる前にポリゴン片となって砕け散った。


 ――――杖型のメリット。


 それは、一度召喚して仕舞えば、声で指示をしなくとも、あとはタクトのように感覚だけで複数の精霊を操れることである。感覚で操れるのはテーブル型も同じだが、杖型の方がより動作も短く、精霊に細かい指示が出せる。イメージ力が高ければ高いほど、精霊が召喚士に答えてくれる仕様だ。


 しかし、杖型以外のサモンボードたちも性能は負けていない。


「ロックゴーレムのユニークスキル! 『底なし沼』!」


 テーブル型の男が叫ぶと、少女の目の前にいるエンジェルアーミーたちの足元が泥水となり、見る見るうちに彼らの体を飲み込み始めた。沼に沈む速度は緩慢であるが、明らかに彼らの動きを阻害していた。


 ユニークスキルとは、精霊一体ずつが持つ固有スキルで、一定の条件を満たして足すことで一度だけ発動できる。通常、精霊のユニークスキルは一体につき単体攻撃であるものが多い。ロックゴーレムの『底なし沼』もカードの説明には『単体攻撃』と明示されている。


 だがテーブル型で精霊を召喚した場合、単体攻撃であっても()()()にユニークスキルをもたらすことができる。しかもテーブル型はチェスのようにカードを移動すれば精霊も移動するので、戦況の把握がしやすいのだ。細かいイメージをしなければいけない杖型と違って、テーブル型は大雑把なイメージでも戦えるのが大きな利点である。


 『底なし沼』により沈んでいくエンジェルアーミー達は、少女の杖の指示を受け、すぐに白い翼をはためかせて脱出を試みた。


 だがそれより早く、


「『ポイズンスネーク』! エンジェルナイトにデスバイトだ!」


 腕輪の男が、精霊を召喚しきる前に指示を出した。

 ポイズンスネークは召喚陣に現れるなり、全身のホログラムが中途半端にも関わらず真っ直ぐエンジェルナイトに這い寄った。


 すかさずエンジェルマジシャンが迎撃するが、テーブル型のロックゴーレムがポイズンスネークとの間に飛び込んで、岩の巨体で全ての魔法を防ぎきってしまう。

 ポイズンスネークはロックゴーレムの援助で難なく毒々しい巨体を飛び上がらせると、エンジェルナイトの翼に噛み付いた。底なし沼から浮上しかけたエンジェルナイトは巨大蛇に引きずり降ろされ、再び沈んでいってしまう。


 分かり辛いが、腕輪型は、召喚のポリゴン構成段階や召喚の演出中でも行動を起こすことができる。ざっくらばんに言えばヒーローが変身中に全裸で殴りかかってくる感じだ。

 さらにサモンボードに内蔵されたAIが、攻撃場所やタイミングの最適解を導き出して行動するようになっているため、精霊のランクが相手より劣っていても、場合によってはバトルに勝つことが可能だ。


 その例として、エンジェルナイトがポイズンスネークより高ランクであるのに、引きずり倒され沼に再び沈んでいったのが当てはまる。腕輪型AIはポイズンスネークの攻撃力の不足分を『底なし沼』でカバーする選択をしたのだ。

 これこそが、腕輪型がイメージや戦略をかなぐり捨てて、物理で殴るのが好きな人に大人気な所以である。


「エンジェルガードナーのユニークスキル発動!」


 まだまだ余裕の少女が杖を振ると、底なし沼から脱出したエンジェルガードナーが立ち上がり、天使の輪を輝かせた。


 エンジェルガードナーのユニークスキルは『光雨』。

 味方が死に瀕した、または死んだ時、敵の精霊に範囲攻撃を行う。ランクが4以下の精霊は一発でロスト、召喚士にも固定値30ダメージを与える鬼畜スキルだ。現在エンジェルナイトが底なし沼で死にかけているので発動条件を満たしたのだろう。

 今男たちの場にいる精霊は、ロックゴーレム以外はランク4以下のワンパン圏内だ。これで勝負が決まる。


 エンジェルガードナーの天使の輪が一際眩く輝くと、空を覆い尽くすほど大量の魔法陣が頭上で渦を巻き、閃光の矢を具現化させた。


「『時間泥棒』召喚! さらに時空魔法『ドットクロック』!」


 『光雨』が地に落ちる寸前、書物型の男が叫ぶ。

 召喚の声に呼ばれて、陣から怪しげな格好をした『時間泥棒』が登場した。さらに召喚陣の隣で『ドットクロック』の魔法陣が展開され、巨大な懐中時計がコミカルな動きを交えて飛び出てくる。


「時間泥棒のユニークスキル『タイムタイム』! さらに魔法『ドットクロック』発動!」


 書物型の男の指示に合わせて、時間泥棒は両腕を体の前でクロスさせると、裏返った掛け声とともに体をのけぞらせた。それを切っ掛けに時間泥棒の体からセピア色のビームが放たれ、エンジェルガードナーの体を覆い隠してしまう。

 すると、少女の頭上で具現化していた矢の雨が魔方陣の中に逆流し、その魔方陣さえも消えうせてしまった。だがエンジェルガードナーは諦めずに同じ魔方陣を描き始める。


 しかしそこへ『ドットクロック』の白黒エフェクトが水面のように広がり、せっかく描かれた『光雨』の魔方陣を侵食した。それによって、作られていく光の矢のスピードが先ほどよりも格段に、じれったいほど遅い。よく見れば、少女のそばにいるエンジェルマジシャンも『ドットクロック』の影響を受けてか、ノロノロとした動きでその場から動けていない。


 書物型の男がやったことは、『光雨』を時間泥棒の『タイムタイム』で発動直前まで巻き戻し、『ドットクロック』で相手の攻撃が終わるまで相手の精霊全てをスロー再生にするというものだ。


 よって、助け出されるはずだったエンジェルナイトは『ドットクロック』の効果で羽ばたくこともできずに、かろうじて出ていた頭を底なし沼に沈めることになった。


 沼の中でナイトの消滅エフェクトがちかりと瞬き、少女が悔しげに顔をゆがめる。


 書物型のサモンボードの利点は、簡潔に言えば、召喚と魔法を同時に三つまで発動できることである。他にも利点はあるのだが、使用者の男はそれを使う気はないようだ。


(しっかしえぐいコンボ決めるなぁ)


 『光雨』は演出モーションがめちゃくちゃ長い。だからこのタイミングで『ドットクロック』を使われると、約三分も精霊たちが使い物にならなくなる。新しく召喚する精霊は『ドットクロック』の効果を受けないが、杖型の彼女は召喚するにも詠唱しなければならない。


 つまり、少女は詠唱で新しい精霊を召喚するまで、無防備になるのだ。


 この場を凌ぐには高ランクの精霊が望ましいが、ランクが高ければ詠唱も長引き、詠唱中は厳しい戦いを強いられることになる。


(これをどう切り返すか)


 ミコトは少しワクワクしながら少女を見る。


 案の定、彼女は幼さに見合わぬ不敵な笑顔を見せた。


「行け、時間泥棒!」

「ロックゴーレム!」

「デスバイトだ!」


 一斉攻撃を仕掛ける三人の前で、少女は杖を振った。


「ちりぬる花こそ美しや。いでませいでませ『花槌ノ巫女』」


 少女は舞うような動きで杖を振り、短い詠唱を終える。低ランクの精霊を召喚したらしい。


 とん、と少女がつま先を下ろすと、そこから波紋が広がり、光が溢れる。その波紋の中央から輝くような白を纏った巫女姿の女性が顕現した。洋風の天使軍とは明らかに違う、和風の存在。


 そこへ時間泥棒が真っ先に飛びかかる。


「ユニーク、発動!」


 勝利を確信した少女の声が響き渡った。


 刹那、時空に一閃の歪み。


 時間泥棒の後ろにいた精霊二体も、その歪みに触れる。


 刹那の静寂の後、花槌ノ巫女はいつのまにか抜いていた刀を徐に納刀した。


 カチン、と音がなると、スローになっていたエンジェルガードナー、エンジェルマジシャンが突如として動き出し、飛びかかってくる三体の精霊達を迎え撃った。


 エンジェルガードナーの拳が、小柄な時間泥棒の鳩尾にめり込む。

 他二体にはエンジェルマジシャンの爆裂魔法が炸裂する。


 時間泥棒は魔法の余波で爆散し、ポイズンスネークは大ダメージを食らって後方へ吹き飛ばされた。流石にロックゴーレムは吹き飛ばなかったが、魔法が直撃した左腕がボロボロと崩れ落ちた。


「な、『ドットクロック』が!」


 書物型の男は魔法が解除されたことに驚きながら、自分の前がガラ空きであることに気づいた。このままでは相手からの直接ダメージを防ぐことはできない。男は大ダメージのリスクを恐れたのか、慌てて書物を開いて新しく三体の精霊を呼び出した。その動きにつられるように、腕輪の男も盾に成り得る精霊を召喚する。


 冷静だったのはテーブル型の男だけだった。


「待てバカ! 精霊を引っこめろ!」


 そこへ滑り込むように少女の声が響く。


「残念でした」


 蠱惑的に笑う少女が、細い指先を空へ向ける。


 少女が召喚した花槌ノ巫女のユニークスキルは『破魔ノ刀』。つまり先ほどの抜刀は、精霊ではなく()()を切ったのだ。

 それは『ドットクロック』で封じられていたものの解放を意味する。


 ハッと男達が空を仰いだ、その瞬間。


『光雨』


 無数の雷が轟音とともに地面に突き立ち、世界が金色に染め上げられた。









『WINNER』


 少女の頭上で派手なエフェクトと共に文字が光る。


 誰もが押し黙り、そして同時に息を吸った。

 わあっと耳が痛くなるほどの拍手と観客の声がニューヨークの通りを満たす。見ている人の人数分だけ勝者への賛辞は大きな波のように押し寄せた。


 騒ぎの中心にいる少女が狼狽している間に、ネオホログラムの格子はパラパラと崩れ落ち、仮想世界を解体し始めた。格子がなくなればもちろん群衆が押し寄せてくるわけで。


「わっ、ちょっと!」


 少女はあっという間に群衆に囲まれてしまった。


(まぁこんな目立つ場所で、三対一の勝負に勝てばこうなるよな)


 ミコトは苦笑しながら、少女に突撃する群衆とは逆方向に進んだ。


 すると、先ほどの男三人組がミコトと同じように群衆を掻き分けて逃げているのが割と近くで見えた。男たちはこの混乱に乗じて、賭けバトルを無かったことにするつもりらしい。


(あーあーあー。根性なしかよあいつら)


 ミコトは苦笑を引っ込めると、スルスルと人の隙間を縫って三人にたどり着いた。


「よっ、いい勝負だったな」


 と肩を叩いて声をかければ、三人は面白いように飛び上がった。テーブル型使いの男が、派手な髪をガリガリと掻きながら視線をそらす。


「あーそう言ってもらえるとありがたいなー」


 と男は口にしたが、その目は早く離れたいと語っている。

 ミコトとの会話が聞こえたのだろう、近くにいた人たちも「惜しかったなー」とか「最後にドジ踏んだなー」と話しかけながら、さり気なく少女の方へ男三人を流し始める。さすがにこの状態で逃げることはできないだろう。


 ミコトは適当に群衆の流れに付き合ってから、自然に離れて行った。


(やっぱ面白いな。ゲームの精戦は)

『キュキュ!』


 後ろをついてくるラフィールが心底楽しそうに鳴いた。彼女もミコトの目を通して観戦していたらしい。


(さっさと服買ってシャワー入って寝るか。人混みのせいで汗がひどいし)


 ミコトはすぐ近くにあった服屋に入ると、一面の窓ガラスから人で溢れる通りを眺めた。すでに混沌とした群衆の大移動は収まり、ずっと向こうで少女がホクホク顔で小さな財布を抱えているのが見えた。

 ミコトは微笑ましい少女の顔から視線を逸らし、服選びに没頭することにした。


 店内では穏やかな曲が流れ、奥の方から店員の細やかな談笑が聞こえる。ミコト以外に客もいないので、人目を気にすることもなく思う存分服選びができた。折角人間界に来たのだから、今日はゆっくり見て回るのもいいかもしれない。


 服を買うのは何年振りだろうか、と頭の中で数え始めたせいか。ミコトは新しい客が来ていることにも、すぐそばまで人が来ていることにも気づかなかった。


どん、と肩口がぶつかる。


「悪い」


 謝罪を述べて服選びに戻ろうとすると、がっしりと腕を掴まれた。驚いてそっちを見れば、先ほど賭けバトルで大勝利を収めたドイツ人少女が立っていた。


 すわ、俺が新しいカモかと腕を振りほどきかけたが、少女の表情でつい動きを止めてしまった。


 その小さな顔いっぱいに、カモを見つけたというよりは、感動の再会を連想させる喜びが彩られている。こんな顔をする子の手をどうしてふり払えよう。


 少女は大きく息を吸って、小さな声を絞り出した。


「やっと、見つけた……!」

「お、おお。何を」


 動揺して尋ねると、少女は大きな瞳でミコトをまっすぐ見上げた。


「精霊王フレスビス様!」


 誰だよ。


 …


 ……


 ………


 シャワーを浴びて、新品の服に袖を通して、ボロホテルで借りている一室に戻って見れば、床の上に正座した十五歳前後の少女がいる。

 すっと通った鼻とやたら大きな青い瞳は人形じみていて、緩く結わえた亜麻色の髪がなだらかに波打っている。美しい容姿はたとえシンプルな服でも引き立つものだと、よく理解できた瞬間である。


(つかなんで居座ってんだ。いや、わかってたけど!)


 ミコトはタオルで髪を乱暴に拭きながら少女の前に来る。


 それを忠犬のように見つめる少女。青い瞳からは絶対に離れないという確固たる意思が伝わってくる。


「ッだぁぁあああ! 俺さっき帰れって言ったよな!?」

「言いました。だけどフレスビス様の側を離れるわけには」

「そのフレスなんとかってのも人違いだとも言ったよな!? そんでもって分かりましたって、お前納得してたよな!?」

「フレスビス様が私を危険から遠ざけるための方便でしょう?」

「違う。断じて違う! 俺の言葉を額面通り受け取ってくれ!」

「そこまでして私の心配をしてくださるとは、精霊王とはこれほどの器なのですね」

「違ええええええ!」


 ミコトは発狂した。言語の通じない相手にどれだけ言葉を重ねても不毛であると知ったが故に叫んだ。


 ひとしきりタオルを振り回して怒気を軽く拭いさると、ミコトは深呼吸を繰り返してベッドに座った。


「………ちょっと整理しようか。君名前は?」

「フレムです」

「よしフレム。保護者は?」

「いません」

「君が最初に旅に出た目的は?」

「四年前行方不明になったジュール兄様を探すためです」

「召喚士になったのは?」

「兄もまた召喚士ですから、私も召喚士として名を上げれば、私を見つけてくれると思ったからです。賭けバトルなら未成年でも稼げますし」

「なぜ精霊王を探すように?」

「カードの精霊が教えてくれたのです。精霊王フレスビス様と共に行動すれば、いずれ兄の元へ行けると」

「へぇ。で、その精霊王が誰だって?」

「貴方様です」

「納得いかねぇ!」


 ミコトは盛大にベッドにひっくり返って顔を覆った。


 少女フレムの言い分もさることながら、自分が精霊王と認定されていることが意味不明である。

 確かにミコトの旧姓は外人だった父由来で『フレスビス』だが、それを知っているのは高校時代の友人だけだ。そんな姓を彼女が知っているのも問題だが、どこから精霊王来た。どんなに記憶を振り返っても精霊王になった覚えはない。半分精霊であっても王ではない。そもそも精霊界には本物の精霊王『ヴィーリズ』がいるのだ。


(あいつに「俺が精霊王だ!」なんて言ってみろ。五十回ぐらい殺されるわ)


 やたらプライドの高いヴィーリズ王の顔を思い出すと、なんとしてもフレムが自分を精霊王と呼ぶのを止めなければならない気がした。何より知り合いにフレスビス姓を聞かれたらマズイ。


「なぁフレム。よく聞け。俺は、精霊王じゃ、ない」

「ですが」

「ですがもクソもねぇ! お前が俺をフレスビスだとか精霊王とか呼ぶだけで俺の首が飛ぶんだよ! 下手するとお前まで打ち首だ!」


 より明確にいうと精霊王ヴィーリズにミコトがタコ殴りにされる未来が来る。

 もっと最悪の事態は、三年前に苦労して失踪したミコトの存在が誰かにバレて、人間界で過ごすことを余儀なくされる恐れがある。ある意味で死だ。


「そ、そうなのですか」


 ようやく事の重大性に気づいたフレムの顔が青ざめる。


「では、なんとお呼びすれば?」

「名を呼ぶな。俺とまず関わるな。以上」


 もう話を切り上げたくて雑に締めくくると、フレムは小さな手でミコトの手を掴んだ。


「そんな! 私はどうしても兄に会わなくてはいけないんです! 貴方様と一緒にいなければ、私は、私は!」


 終いにはボロボロと泣き出された。ミコトは急に居た堪れない気持ちになる。泣かせる気は無かったが、ここまで必死になるとは思いもしなかったのだ。すぐに慰める気にはならないが。


 『フレスビス』を知るフレムの存在は、下手をすると「ミコトが生きている」と友人たちにバレてしまう要因となる。さらに言えば、ミコトが不老不死の化け物だってことも世間に知られるだろう。


 そういう点でフレムがミコトの側にいるのも危険だが、だからといって野放しにするのも危険だ。


 今は人類で溢れかえっているので、フレムがミコトの知り合いに出会う確率は限りなく低いだろうが、もしもを考えると恐ろしい。もしミコトの知り合いに会って、ついうっかりフレスビス姓を漏らされたら、アレクあたりに鬼の形相で追いかけまわされそうだ。目に見えない危険に怯えるよりは、近くに置いておいたほうが、リスク軽減になるかもしれない。


 ………それに、フレムは今、保護者がいない。無茶な賭けバトルで誰かの恨みを買っていたら、あるいは大損してしまったらと思うと、例え他人でも心配なわけで。


 狭くボロい部屋の中、少女のすすり泣きがこれでもかと響き渡る。


 結局、ミコトは折れることにした。


「わかった。フレム、君を一緒に連れて言ってもいい」

「………ほ、本当ですか!」

「ただし、俺と一緒にいても本当に兄に会えるかはわからない。そもそも俺は精霊王じゃないし、お前の兄の居場所なんて皆目見当がつかない。それでも一緒に」

「行きます! 行かせてください!」


 即決かよ。


「ふ、フレム。もうちょっと考えた方が良くないか?」

「必要ありません。兄に会える可能性が少しでもあるのなら、私はそれに賭けます」


 あまりにも強い口調で言い切られるので、ミコトはそれ以上何も言えなかった。

 代わりに、降って湧いた疑問が脳裏を駆け巡る。


(何がそこまでフレムを駆り立てるんだろうな)


 生き別れた兄に会いたいのはよく分かるが、フレムの場合は全てを捨ててでもという強さが滲んでいる。中学生ぐらいの少女が抱くにはあまりにも強すぎる願いだった。それに他人のミコトに必死に頼み込んでくる理由も思いつかない。


 フレムのちぐはぐさに思い悩んでいると、彼女は濡れた目元を擦りながらこう尋ねてきた。


「あの、それでどうお呼びすれば?」

「ん? そうだったな。じゃあ適当にカトルとでも呼んでくれ」

「カトル様ですね」

「様と敬語は、できればやめてほしいんだが」

「それは……善処、します……するから」


 顔を真っ赤にして訂正するフレムが、一瞬だけ小動物に見えた。


「………やっぱり、敬語ぐらいなら、無理に直さなくてもいいや」


 敬語を抜かすだけで赤面するなら、訂正も無理は禁物である。

 ミコトは恥ずかしそうにもじもじしているフレムに苦笑しながら、そっと手を差し出した。


「とりあえず、これからよろしく?」

「は、はい。よろしくお願いします!」


 フレムはぱっとミコトの手にしがみつくようにして握手を交わすと、心底嬉しそうに顔をほころばせた。

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