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(3)デッキを作ろう

 精戦大会に参加するとなれば、召喚するためのカードが必要になってくる。


 ホログラムの精霊は、なにも完全な空想から作られたものではなく、本物の精霊をベースに作られている。だがそれを説明するには少々『ゲームの精戦』の成り立ちに触れておかねばならないだろう。


 精戦というものは元来、古くから存在する召喚士同士の殴り合いであり、精霊と契約を交わし、共に戦場に立つことで成り立っていた。しかしゲームとして気軽に精戦するなら、古代のようにいちいち精霊と契約をするのはかなり面倒である。


 そこで、ある民俗学者が『簡易契約召喚陣』なるものを開発して、カードと召喚媒体だけで精霊の姿を電子データに変換するという、とんでもないことをやってのけた。この『簡易契約召喚』のおかげで、現代はカードとハードディスクさえあれば、どこでも気軽に精戦ができる仕様になった。


 所詮『簡易契約』なので、召喚される精霊は古代のように本物ではなく、ただの精密なポリゴンデータとなる。行動原理は人工知能でカバーされた、いわば『人工精霊』だ。

 要するにホログラムの精霊は、本物の精霊の皮を被ったゲームキャラクターということになる。これのおかげで気軽にゲームの精戦ができるようになったのだから、簡易契約サマサマである。


 さて、久しぶりに精戦をやるとなって、ミコトは早速近くの精霊カードショップに入って必要なものを物色していた。

 今は認識阻害魔法なるもので、本来の日本人の姿から、どこにでもいるようなアメリカ人の姿に化けている。大会や監視カメラで自分の元の姿が映ったらちょっとした大問題なので、変装は念入りである。


 ミコトは店の棚に並んだカードパックを睨み、デッキ構成を考えた始めた。


 精戦中に召喚士が召喚する精霊は、市販で販売されているカードでデッキを組んでから選ぶことになっている。

 カードには二種類あり、魔法カード、精霊カードと分かれている。どちらも名前通りの機能だ。


 カードを選ぶにも制限があり、精精霊のカードを使用する際、カードのランクに応じてコストが消費されるようになっている。


 精霊にランクの幅は1から10。

 魔法のランクは1から5。

 召喚士の持つ最大コストは100。


 召喚時のコスト消費量は、ランクの数値で決定される。ランク1であれば1のコストを消費。ランク10であればコスト10を消費する。要するに、強いカードを入れようとすればそれだけ召喚できる精霊の数も減ってしまうようになっている。


 このコスト100の中でどれだけの精霊や魔法カードを、いかに効率よく、いかに戦略性を持ったものにするかが勝利の鍵となる。


 ミコトは学生時代に使っていたカードデッキをまだ持っている。しかしそのまま使うのは身を隠している身として如何なものかと言うことで、今回は新しいデッキを組むことにした。


 漠然とした戦略を考えながら店内のカード10枚パックを三つほど選び終わると、ラフィールがトントンと肩に前足を置いた。


『キュゥ……』

(なんだ?)


 ラフィールが視線で訴える先には、召喚するときに必要なサモンボードが並んでいる棚があった。


 サモンボードはカードから精霊を召喚するために必須の道具だ。召喚する精霊はホログラムであり、そのホログラムを作る媒介の道具がなければ精戦どころではない。


 ラフィールは精戦大会にミコトが出ることを反対していたはずだが、場所を教えてくれるあたり、案外楽しみにしているのかもしれない。ミコトは肩に乗るラフィールを撫でながら、教えてもらった棚の方へ向かった。


 サモンボードは磁力で宙に浮く『テーブル型』が一般的だが、他にもホログラムでカードを浮かせる『杖型』、カードがページ内に表示される『書物型』などと、種類は豊富である。テーブル型の亜種の『絵巻型』なんてものもあるが、派生型は中々使い勝手が悪いのでパスだ。


 以前ミコトは精霊を感覚で操れる杖型サモンボードを愛用していたが、精霊界に置き去りにしてしまったので、今回は数で押し切れる書物型にしてみようと思う。


 気に入った色の書物型サモンボードを抱えて、ミコトは会計場所に向かった。営業スマイルが眩しい店員はテキパキと会計を済ませた後、カウンターの下から小さな機械を取り出してサモンボードの調整を始めた。


「じっとしててくださいね」


 店員が機械からコイルのようなものを引っ張り出して、ミコトのこめかみに押し当てながら新調した書物型のコードにそれをつないだ。


 何をしているかというと、サモンボード所有者の脳波を測って内部のAIに記憶させているのだ。こうすることで『簡易契約』したホログラムの精霊たちを思考やイメージで操ることができるようになる。


 この「イメージで精霊を操る」というのがビギナーには鬼門で、独学で習得するのは難しい。設計図を書いたことがない人に自転車を作れと言ってるようなものだ。ただ遊ぶだけなら声やボタンで指示も出せるので、ビギナーはそれで済ませる人が多い。


 数秒ほどコイルを当てられていると、書物型サモンボードが光り出し、自動的に電源を落とした。


「はい。これでこのサモンボードはあなたのもです。カードを読み込む方法は分かりますか?」

「分かりますよ」


 デッキデータをサモンボードに送るには、デッキ枠にカードを詰め込んで、そのデータを取ったUSBをサモンボードに差し込むだけだ。DSにカセットを入れるのと同じである。

 一通りの説明を終えて、店員の元気な「ありがとうございました」を背中に受けながらミコトは店を後にした。


 クーラーで調整された温度から一転、灼熱のアスファルトの上に出て一瞬で汗が出た。この暑い中を笑顔で通り過ぎていくアメリカ人は逞しい限りだ。そんな彼らの横でミコトは干からびていく。


 さり気なく日陰を選びながら近場のカフェに入ると、入り口から噴き出す冷気を浴びてようやく灼熱から解放された。

 ミコトは店内の冷気に感謝したくなるような気持ちになりながら、比較的空調の聞いた奥の席に移動した。適当にカフェオレを注文し、早速デッキの設定に取り掛かる。


 先ほど購入したカードパックは、各10枚のカードが種族別にランダムで入れられている。

 例えばミコトの手元にあるカードパック『魔族シリーズ』では、魔族とそれに関する魔法カードが、レアもランクも関係なく入っている。何が出るかは開けてからのお楽しみだ。


 早速『魔族シリーズ』を開けてみると、お目当てのカードが一枚だけ入っていた。しかし低ランクカードの割合が高い。


「あちゃー、同じカード三枚引きかよー」


 カードパック内に同じカードが入るのはあまりないはずだが、こればかりは運が悪かった。


 続いて『ランダムシリーズ』では、ランク8から10までのレアカードが何枚か入っていた。


「出目が荒ぶってる」


 喜んでいいのかわからないと苦笑して、最後のカードパック『魔導シリーズ』を開ける。

 結果はまあまあだった。


 何も考えずに選んだカードパックでデッキを組んでみると、種族も何も関係のない混沌としたものになった。ランダムシリーズで出たカードがいい味を出している。


「ヤベェ、扱えるかコレ」


 頭を抱えながらミコトはカフェオレを飲む。放置していたせいで氷が溶けきって、ほとんど味がしなかった。


 有り合わせで作ったデッキだが、すべてを詰め込めば制限コスト100にぴったりハマる奇跡が起きた。そのせいで追加でカードを購入するのは気がひけるし、このデッキでどこまでいけるかも試してみたい気持ちがむくむくと湧き上がる。


 どうせ精戦大会はこれっきりだから、このデッキのまま挑んでしまおう。

 ミコトは一気にカフェオレを飲みきると、テーブルにチップを置いて席を立った。あとは大会の受付をするだけだ。


―――――――――――


 微かな揺れを感じて、クラマは微睡んでいた意識を目覚めさせた。うっすらと目を開ければ、もはや見慣れたファーストクラスの席が映る。右を見てみれば、小窓の中に青空を横切る白い雲が間近で流れていった。

 クラマは膝に乗せたブランケットを畳むと、グッと伸びをして欠伸をする。


 ポン、と機内アナウンスが入って、一時間後に空港に着陸する旨が、日本語、英語の順で放送された。


「クラマ」


 席の脇にあるカーテン越しに呼び掛けられたので、クラマはさっとそれを開けた。

 そこにはクラマとそう年の変わらないイギリス人青年が立っていた。成人を超えているはずなのに、青年の端正な顔立ちはあどけなさがまだ残っている。


 クラマはその青年のグレーの髪にできた寝癖を見て、思わず笑った。


「はははっ、何だその寝癖はっ」

「クラマもかなりひどい寝癖だからな?」


 青年は太い眉毛をきゅっとしかめたが、口元は微かににやけさせていた。クラマはその様子を見て笑みを深める。


「そんなに楽しみかい。精戦大会が」

「もちろん。世界大会ほど盛り上がらないだろうけど、地方独特の楽しさがあるからさ」


 子供のようにウキウキとする青年を見ていると、クラマはふと旧友を思い出した。


 世界一周してくると宣って、三年前に行方不明になった元同級生の大馬鹿者。精戦大好きでバカな点は、目の前にいる青年とそっくりだった。


 同じ学校に通っていた人間なら、ミコトを知らない奴はいない。彼は精霊が見えるらしく、人がいない時には虚空に向かって会話をしていたと言う噂も何度か聞いたことがある。その噂がピタリとやむほどの世界的大事件が四年前に起きたのだが、それは今は関係ない。

 たとえ変人であろうとクラマにとってミコトは命の恩人であり友人だ。行方不明になっていようが、いつかひょっこり帰ってくるのではと、根拠もなく考え続けている。

 そう信じていられるのは、いま目の前にいるイギリス人の友人のおかげでもあった。


「クラマ。今回の大会にミコトは来るかな」


 同じことを思い出していたらしく、青年がそう語りかけて来るので、クラマは小さくかぶりを振った。


「どうだろうね。ほとんど世界中の大会を回っても見当たらなかったんだから、あまり期待はできないよ。大会には出ないようにしているのか、もしくは君みたいに出禁にされたか」

「あいつならあり得るな」


 青年は軽く頷いたが、クラマは自分で言い出しておいて彼の反応を不満に感じた。どんな反応がほしかったのかは自分でもわからないが、少なくともおざなりな返答が来るとは予想しなかった。


 この青年と一緒にいると、クラマはまだミコトを探す旅を諦めようとは思わない。だが、日に日に枯れていくように見えるこの友人を傍で見ていると、もう死んでしまったのでは、という思いが脳裏を掠めるようになった。

 ミコトはそう簡単に死ぬような奴ではないとクラマは知っている。でも自分から口にした瞬間、もう会えなくなるような気がするのだ。


 クラマが嫌な想像に眉間に皺を寄せると、イギリスの青年は沈んだ空気を換えるように明るい声を発した。


「クラマ、いつもありがとうな。忙しいのに飛行機まで手配してくれて」

「何言ってるんだい。僕だってこの大会のプロデュースが仕事だ。君はついで。礼はいらないさ」

「そのついでが頻繁だから、言わせてくれよ」


 不器用にはにかむ青年が無理をしているのは明らかで、クラマは一瞬視線を逸らした。


 青年が精戦大会を楽しみにしているのは嘘ではないだろう。だが同時に、この大会でもミコトを見つけられないのではという不安のせいで、精戦を純粋に待ち遠しく思うことができないのも、容易に想像できた。


(ミコト、あの時僕が引き止めておけば、彼がこんなに必死に探し回ることもなかったんだろうね)


 クラマは内心で深くため息をつき、青年にひらひらと手を振った。


「ほら、着陸準備がそろそろだろうから、席に戻ったほうがいいよ」

「ああ。じゃあまたな、クラマ」

「降りる前に寝癖を直しときなよ……アレク」


 頭を指差せば、名を呼ばれた青年は良くできた作り笑いを浮かべた。

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