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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死神の温度

死神の温度 バンドマンの話

作者: 一年卯月

「あなたは2時45分に亡くなりました」

 暗闇の世界にいる俺の目の前にいた男は胸ポケットから金色の懐中時計を取り出してそう言った。

「はぁ?あんた、なに言ってんだ?第一、俺は家にいたはずだ。ここはどこだよ?」

「ここは死後の世界。まぁ入り口ですけど」

死んだ?俺が?

「俺は死神。あなたの願いを一つだけ叶えます」

と、死神と名乗った男は言った。俺と同い年くらいだろうか。この世界と同じ様な黒のスーツを着ている。丁寧に首元までしっかりとボタンを止めネクタイを締めている。

「じゃあ、生き返らせてくれよ!俺にはまだやることがあるんだ」

「それは出来ません。死者は生き返ったりしません。」

死神はそう言った。そんなことわかっている。死んだ奴が生き返えらないことくらいわかっていた。それでも俺は……。


 俺はガキの頃から些細な問題を起こしていて、と言ってもガキのするイタズラくらいだったが。そんな俺に見かねたオヤジがギターを買ってくれた。高価な物を買い与えてとオフクロは呆れていたがこれでおとなしくなるのならと口出ししてこなかった。それが今では柄じゃないが運命だったように思える。最初は思ったように弾けずに投げ出したくなったが、毎日こいつに触れる度にそんな思いはなくなってきた。

 中学に入ってすぐ同じ様な趣味の奴らを見つけて、バンドを組み学祭やライブハウスで歌った。毎日、学校とスタジオでの練習の日々。バンドマンっていうのは意外と金がかかりその合間にバイトをやったりした。そんな辛く、厳しい毎日でもこいつとメンバーとステージに立った瞬間にすべてがブッ飛んだ。これで飯が食えるようになれたらといつしか思うようになっていった。だが、そう思っていたのは俺だけだった。

 高校進学と同時にバンドは空中分解。俺はたとえ別々の高校に行ったとしてもこのメンバーとやっていくつもりだったが他の奴らはそうじゃなかった。部活に学業に専念するだの適当なことを言って段々と疎遠になった。本気でやっていたのは俺だけだったのだと愕然とした。

 それから俺はバンドを組まず助っ人や一人でステージに立った。曲は元々、俺が作っていたからそんなこと大した問題じゃなかった。逆にバンドを組んでしまうとメンバーの粗が目につくようになり、それを指摘しては衝突することが多かったから誰にも足を引っ張られなくてせいせいした。 

 バイトとギター漬けの毎日だった俺は、親に高校だけは卒業してくれと泣きつかれなんとか卒業したが進学しないで音楽だけがすべてだった俺は泣きすがる親の手を振りほどき、全部捨てて家出同然で東京に上京。住み込みで働ける所を探したが、それでも金がなかったから働く日々の毎日。くたくたになって帰っても一秒でもギターに触ることだけは怠らなかった。住み込みのバイトが休みの時は単発バイトやライブハウスに顔を出すうちにたまにでいいから働かないかと言われるがまま働いた。音楽の為に田舎から出てきたのにやりたいことも満足に出来ていないことにささくれていた時に今のメンバーと出会った。

 印象最悪な出会い方だった。顔見知りの紹介からだったが音楽のそりが合わないことから始まり小さな事でも言い争いは絶えなかった。それでも、ひとたび音を合わせると諍いたはなかったように感じられた。はたから見える仲間との衝突も俺たちにとっては本当に些細な事でそれは相手の事が憎かったり嫌いだたりとかで起こる衝突じゃなく俺たちにの音楽をより良くする為のものだった。争っていたかと思えば次の瞬間には笑っているなんてことはざらにあった。

 そうして、暑い夏の日に俺は、あいつと出会った。あいつは、メンバーの一人と幼馴染みでよく練習にもライブにも来ていたがその時、俺は女に興味がなかったし、たとえ一人でも観客がいる中の練習はやる気が出た。我ながら単純な奴だと今さらながら笑える。

 一緒にいるうちに自然な流れで俺たちはいつからか付き合うようになっていった。その時の俺は住み込みのバイトは辞めていたが相変わらずバイトとバンドの日々で気の利いた事も言葉も言ってやれなかった。バイトで帰りが遅い時でも飯を作って待っていてくれて少しでも一緒にいる時間を作っていてくれた事に感謝しているがそんな照れ臭い事、口にできるはずもなかった。誕生日や記念日は忘れるのにふらっと寄った店であいつの好きそうなものを買って渡してやると子犬のように喜んでいるのを見るのが好きだった。あいつがいるだけで毎日が特別のように思えていた。

そんな日々が続いていたがあいつは突然俺の目の前からいなくなった。雨の降る中、買い物帰りの途中で横断歩道を渡ろうとした子供に車が突っ込みそれを助けるためにあいつは死んだ。昔から人のいいあいつならやりそうなことだと幼馴染みは言っていた。

 あいつが俺の目の前からいなくなって俺の世界は色をなくした。どこにいても誰といても何を食っても思い出されるのはあいつの事ばかりで忘れるためにバイトをバンドの練習やライブ以外入れたがふと手足が止まるときには思い出してしまう。あいつの好きなこと好きな食い物。こんなの買っても食えるはずもないのに。手に取ったものを戻すこともできない。この終わりのない絶望的な悲しみから抜け出せそうにない。どんな顔だったか。どんな曲が好きだったか。どんな声で笑っていたか。次の日には忘れてしまいそうで今にも叫び出したい、声にも言葉にもならない心の叫びが溢れてしまいそうな時に俺は曲を作った。

俺の作るものは大抵、騒がしいものだったからたまには違うもの聴いてみたいとあいつは言った。そんな時でも俺は話半分に聞き流していた。

死んだあいつのた為に寝る間も惜しんで作った曲は今までとは全く違うバラードでメンバーは最初、驚いていたがたまには趣向を変えてみるのもいいかという事で採用された。

 初めてライブハウスでこの曲を歌う。どんなに曲を作っても身内以外の奴らの前で歌うのは何回やっても緊張する。俺たちの中では満足のいく自信のあるものだが気に入ってもらえるか、今までと違うことでファンが離れていってしまわないかそれが気がかりだった。 

 息を大きく吸い込んだ瞬間、いつもあいつが立っている場所に死んだはずのあいつがいた。

 なんで、どうしてという思いがせめぎ合う中で俺は歌い切り目を開けるとそこにはもう人影はなく、かわりに沢山の歓声と拍手だった。

 俺たちのステージが終わりスーツを着たおっさんが声を掛けてきた。話を聞くとメジャーデビューしないかという話だった。やっと、やってきたことが報われるんだという事が嬉しかった。その後、俺たちはバカみたいに酒を飲み騒いだ。

 今まで、話してきた夢物語がようやく形になったんだという事を酒のつまみに盛り上がり、どこそこの一等地に家を建てて暮らすだのどの歌番組に出るだのちっぽけなライブハウスじゃなく大きい会場で客で一杯に鳴りやまない歓声を浴びたいと話は尽きなかった。

 久しぶりに酔っぱらった俺は酔い醒ましに居酒屋から少し距離はあったが終電はとっくに終わっている為、始発を待たずに歩いて帰ることにした。ギターを担ぎ、寒さに身を縮こませて家路へと帰った。そういえばあいつと飲んだ時もこうやって歩いて帰ったな。その時も同じ季節で手を繋ぎ眩しく光る星に俺たちは自然と鼻歌を歌っていた。それなのに手を繋いだ相手はここにはもういない。鼻をすすり、俺は足早に家へと急いだ。

 急に降って湧いた喪失感。あいつは俺のギターを弾く指が、声が好きだと言ってくれた。ファンレターからも俺の作る曲が好きだと言ってくれる奴がいるがそんなものよりもあいつがいない現実が続いていくことから目を背けてしまいたい気持ちになった。

 ふと目線の先に一本のネクタイが目に入った。あいつの葬式の時に使ったきりほったらかしにしていたやつだった。ほんのりとホコリが溜まっていた。バンドにかまけている時にあいつはここで飯を作っていたり掃除をしたりしてくれていた事に今更ながらに気が付いた。

 俺はメンバーに謝罪の言葉と今までの曲は好きに使っていいという旨の手紙を書きドアノブにネクタイを掛けて首を括った。


 「あなたは17時45分に亡くなりました」

暗い世界で目が覚めたあたしに黒いスーツを着た男の人はそう言った。手に持っていた傘と買い物袋も何故か消えている。

「あたし死んだの?あなたは一体誰?」

「俺は死神です。あなたの願いを一つだけ叶える為ここにいます。」

目の前に現れ死神と名乗った男の人はそう言った。

「あたしの願いは―――――――。」

「わかりました。あなたの願いを叶えます」

そう言って死神はお辞儀をして消えていった。


 その人は幼馴染みがやっているバンドのメンバーの一人だった。子供の頃からギターが恋人で今使っているのは二人目だという事を愛おしそうにお酒の席で聞いた。一人目は親から貰った大切なひとだから大事な場面で使えるのを待ってもらっていると話してくれた。

 バンドの練習を見に行っても目に入るのはあの人ばかりで誰にも悟られないようにすることで精一杯だった。ライブに行っても他の人の邪魔にならないようにといる場所は決まって後ろの隅っこ。歌い出す前のあの人と必ずと言っていいほど目があった。その度にあたしの心臓は締め付けられた。

 付き合うようになったのは自然な流だった。バイトに練習とライブに忙しいあの人にご飯を作っているのも部屋の掃除をするのも全然、苦じゃなかった。誕生日や記念日は忘れるのにそのくせなんでもない日にはあたしの好きそうなものを見つけたといって買ってきてくれたりした。そんな日々が特別だった。そんな毎日が続いて大きな会場で沢山の観客の前で幸せそうに歌うあの人を見るのがあたしの夢だった。

 でもあたしは雨の降るあの日、走る車に気がつかない子供を助ける為にあたしは死んだ。

 あたしの願いはあの人のそばにいたい。もっとあの人の声を聞き歌を聴いて夢を叶えるのを傍で見ていたかった。

「いや、そんなのだめ」

あの人がネクタイで首で括ろうとしている時も必死で止めようとしているのにくうを掴むだけで止められなかった。

 知っている。全部、知っていた。今にも泣き叫びそうな歌声も、暴れるような爪弾きも何かを忘れるためのかのように働き詰めな毎日も。時折、哀しそうに見つめる瞳も見ていて今すぐ駆け寄って抱き締めたいけれどあたしには出来なかった。ずっと傍で見ていた。見ていることしか出来なかった。でも、それがあたしの願いだったのだ。傍にいられて触れられるだけで幸せだった毎日とは違う。傍にいることでこんな苦しいなんて思いもよらなかった。



「もう一度、聞きます。あなたの叶えたい願いはなんですか?」

死神の男はそう言った。

「俺の願いはいつか話していたあいつの為に作った曲を聴いて欲しい」

「わかりました。その願い叶えましょう」

「?あいつはどこだよ」

俺は死神の襟をつかみ詰め寄った。

「目の前にいますよ。あなたの願いは曲を聴かせることです。彼女に会うことではありません」

と無表情に冷たく言い放った。

 俺は、いつの間にか手にしていたギターを鳴らした。初めてオヤジに買って貰ったギターだ。俺は金を貯め自分でギターを買ってからこいつはここぞという時にしか使ってこなかった。


 

 ライブの時に聴いたあの泣き出す一歩前の感情とは違う。優しく広がるメロディー。

 ライブを見ていた時はあんなに目が合っていてたのにそれが今では全く目が合わない。全く違う方を見ているのだ。歌い終わるとあの人は満足そうに微笑み消えた。あたしはそれを見届けると死神と名乗った男の人に

「死神さん。ありがとうございます。あたしの後悔はもうありません」

と声を掛けた。

 それを聞いた死神は胸ポケットから着ているスーツと同じような真っ黒な手帳を出して何かを記入した。

 そしてあたしはもう一度、今度こそ永い眠りについた。

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[良い点]  男性の一人称の文と女性の一人称の文を書き分けるときに、どちらか一方の文体をズラして(デスマス体にするなどして)区別する書き手は多いと思います。  そうすると、ズラしたほうの文体にクセが生…
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