1章その2
とうとう狐が出てきます。
場所は変わり、ここは僕の部屋。鍵付き。そこそこ広い。
さて、これから話すのは彼女に気持ちを読まれないように頑張りながら考えた僕なりの仮説だ。二人だけの秘密、と言われたが生憎僕はそういう専門の人じゃないのだ。オカルト研究部にいたりするならまだしも、由緒正しき帰宅部の一員だからなあ。そんなときは専門家を呼ぼう。この専門家が僕の彼女と“似た体験”の刻印のようなものだ。
「呼んだか?」
僕のバッグの中からぴょんと飛び出し大きくなった(といっても十歳にも満たない幼女並みの背丈だが)女の子が首をかしげてこちらを見る。この白髪ロングヘアーに白い肌でレインコートを着た赤目の女の子は、僕の相棒だ。
今の名は最上夜白、やしろちゃんだ。彼女は僕のバッグに住んでいる。まあ、家だと普通にでてきているのだが。なぜこのような幼女が体を大きくさせたり縮めたりできるのか、というと、何も黒づくめの組織が関与しているわけでない。
彼女はこの日本を中心とした世界中で脅威を放っている“九尾の狐”なのだ。御年四千歳。イレギュラーな妖狐で、長になったこともある、というか今もトップに立ち続けている神だ。彼女は僕の願いを叶えた代償に、僕を止める条件に、僕に取り憑かなければならなくなった、ちょっとした被害者(被害狐?)であるがそれはまた次の話。
「そちのわらわを愛する気持ちはよーくわかったから、はよ呼んだ理由を話してほしいものじゃのう。」
「夜白、お前を憑かせたのは、あの陰陽師なんだよな。」
単刀直入に聞く。そうしないと彼女はだんだん飽きてきて食べ物に目が移ってしまうからだ。可愛いだろ?な、可愛いだろ?僕は別にロリコンなわけではなく彼女を溺愛しているだけなのだ。勘違いをするのではないよ。
「そうじゃ、わらわを憑かせたのは陰陽師じゃ。それもかなりレベルの高い。」
「まて夜白、お前、レベルなんて単語を使ったらキャラが崩れるんじゃあないのか。」
「もうよい、混ざった感じの言葉で話す。それがわらわのアイデンティティじゃ。」
「しょうがない。それは置いておくとして、レベルの高い陰陽師は赤目で、八重歯が鋭いのか?」
「よもやそんな陰陽師はいない。」
断言した。しかも食い気味で。そうまでして否定したいか、僕の考えを。
「いるならば陰陽師ではなく、誰かの式神である可能性が高い。まあその説明じゃと、吸血鬼という線もあるがそれはないであろう。」
「あれ、僕は吸血鬼だと思ってたんだけど。」
陰陽師はあくまでも可能性をつぶすために聞いただけだったのだが、まさか僕の予想が見当はずれだったとは、思っていなかった。
「純系の吸血鬼はわらわが追い返してしまったからの。それから来ぬ人、いや来ぬ鬼となってしまったのじゃ。」
追い返した、そんな単語を聞くのは二度目だ。一つは妹が黒光りするヤツを追い返したくらいだが二つ目にこんなにスケールのでかい追い返した、を聞くなんて思っていなかった。
それにしても、吸血鬼でない、か。式神なら操っている人がいるはずだから何とかなる、と僕は思っていた。吸血鬼を追い返した世界を牛耳る九尾の狐と僕がいるからな。
僕の能力?
そんな大したものでもないよ。ただ、僕自身がちょっと化け物を引き付ける程度の簡単な能力さ。
「自意識過剰になってきたの、そち。そんな説明より、早くわらわのために今日のアイスを取ってきてはくれぬか。今日は暑くて仕方がのうての。」
別れた帰り道に今日のアイスを買ってきていたのだがそれを知ってのことだろう。奮発してハーゲンダッツを買ったのだ。アイスが好きな彼女のために新商品を買ってきたのだ。高いし、痛い出費だった。なのに彼女は、一口食べるとスプーンを置いてこう言ったのだ。
「スーパーカップでよかったのに。」
やれアイスを取ってこいだの、美味しくないだの、着替えを取ってこいだの、我儘放題の夜白の相手をしてやって、あいつが寝始めたころ僕は調査を開始した。
調査って響き、かっこいいね。…こういう時もっと勉強して語彙力をつけたほうが良かった、と切実に思う。
さて、僕の部屋には中学三年生にしては立派なデスクトップPCがおいてある。もちろん僕専用だ。履歴を見られる心配はなく、何でもイイことし放題だ。例えば年齢制限のあるサイトとか。
話がそれた。けれど、僕は健全な男子中学生なんです。許してください!
本題。赤目と八重歯で調べてみた。予想通り、吸血鬼関連がヒットした。かの有名な怪奇小説のキャラも、とある漫画のキャラクターも、必ず赤目ってわけではないが、八重歯が特徴的なものは吸血鬼、ヴァンパイアってやつが筆頭みたいだ。
あとは猫くらい…。猫、猫だ。
七瀬さん、猫がいたって言ってたな。なるほど、猫の式神か。猫の式神を持つ陰陽師だとかそんなところを調べておこうか。ネットではなく独自の」ネットワークになるがな…。不本意だが夜白以上に博識な人間(?)に聞かなくてはならないかもしれないな。あと、願いの正体がわかっていない。
「今の願いはただ一つ、あなたから逃げることよ」
ってのが叶えられていないから奥底にある願い、家庭の状況とかにあるのかな。
よし、明日からは七瀬紬の身辺調査と専門のヤツと連絡を取らねばならないな。忙しいな。
現在時刻ちょうど丑三つ時だ。明日のために早く寝よう。あっと、今日のために、かな。
睡眠時間は約三時間。まあ、大丈夫さ、都合がよく今日は金曜日ですし、明日から三連休だ。今日は学校で七瀬さんを捕まえて、調査中心に頑張ろう。いつもと同じように趣味の時間を三十分、六時半に両親と妹と家族全員で朝食を食べて、学校に行こう。そしてサボろう。
「あれ、お兄ちゃん。趣味の時間はどうしたの?朝のトレーニング終わりの妹様を出迎えてくれたのかな?感謝感謝!妹はうれしいぞ!おおいに勉学に励みたまえ!」
「そういうわけじゃない。ただ単に洗面台に顔洗いに行こうとしたら運悪くお前が帰ってきたんだよ。」
朝のトレーニングをしていた妹が帰ってきたようだ。僕の妹、鈴は現在中学1年生。僕とは違って、陸上部に所属している。今は夏の大会に向けて調整中だ。1年生のくせに大会なんて出やがって、と思うだろう。うらやましいことに彼女には才能がある。入部テストで50m走6.5とかいう中学3年生男子の速めの人のタイムをたたき出してしまったため、努力してきた2年生、3年生のベンチの人たちの順位をさらに1つ下げさせて、晴れてメンバー入りしたのだ。
「運よく、だよ、お兄ちゃん。まあそんなことより、早く朝ごはん食べに行こうぜ!」
ちなみに頭の方はダメダメだ。こいつ2年後とかスポーツ推薦もらえたりするのかな…。そんな風に思いながら騒がしい妹と両親と朝食を終え、
「行ってきます。」
と妹より先に出発した。
「おーい、そち、そち。千鶴!!反応しろ!」
「はい、ごめんなさい!すみませんでした夜白様!!」
「わらわがちょいと人差し指でサインをすればこの町は一瞬じゃぞ。」
「おお恐ろしい。で、どうしたんだ?」
まだ僕の頭が冴えていないことを察した夜白は丁寧に文章を作ってくれた。
「私はおなかがすいたので、学校に行く途中にあるコンビニでアイスを買ってほしいのです。お分かりいただけたでしょうか…。」
「ほんとにあった呪いのビデオシリーズじゃないんだからそのナレーションはやめろ!」
やっと冴えてきた。しょうがない、スーパーカップを買ってやろう。つくづく甘いなと自分でも思うが仕方がない。夜白、普段あまり食べないからなあ。
「アイスはおいしいなあ!わらわは幸せじゃぞ!」
「それはよかった。だがな?なんでバッグの中にいないんだ?なんで外に出てるんだ?変な目で見られてるんだけど!?ねえ!」
「五月蠅いなあ…。わかっとるわ!これでよいか?」
そういって一言、くらいのスピードで物質生成と形状自在の術式を唱えたみたいだ。さすが狐の長。と、感心していたら、目の前に買ったアイスを持った美少女が立っていた。
僕よりちょっと低い身長の同い年女子くらいの姿だが、僕のすぐ隣を通り過ぎた同学年から、中年サラリーマンまで幅広い男性のストライクゾーンの顔だ。
ほんとに尊敬するよ。さすがです。
「どうした?これじゃ不服か?」
「いえ、結構です。というより十分すぎます。ありがとうございます。」
駅方面に歩いていたら見覚えのある女子がいた。もちろん見覚えのある女子といえば一人しかいないだろう。七瀬紬が駅の前で突っ立っていた。
「あれ、七瀬さん?大丈夫?迷った?」
ツッコミを期待していったのだがどうやらそんな状態ではなかったみたいだ。
返事がない、ただの屍のようだ。
そんなテンプレートが思いついたので言おうと思ったが、その瞬間、彼女が後ろにふらっと倒れた。重みを感じさせない倒れ方だった。近づいていてよかった。とっさに反応してお姫様抱っこみたいな形になってしまったがこの際どうでもいい。息はあるが、どうも顔色が悪い。
「うっ…嫌…やめて…どうして…お父さん…ねえ…」
かすれた声で彼女はそういった。
やめて。
どうして。
おとうさん。
やはり何か過去にあったのだろう。とりあえずさっさと学校に行って保健室行きだ。彼女を抱えたまま駅構内に入っていこうとすると、僕、七瀬さん、夜白の三人とも無重力状態になって後ろから抱え込まれた。ビビる僕、動じない夜白。
「み~つけた!」
20代後半の疲れた大人のような低い声がして僕たちは空へ連れていかれてしまった。
次回彼らのいる場所が変わります。どこに連れていかれるのか、乞うご期待!!
最後まで読んでいただきありがとうございました。