いつの日かの記憶(原作:弥生 祐先生『巡りて叫べ!』)
これは、カンコツ工房先生の、“換骨奪胎小説プロジェクト”の暖簾分け作品です。依頼を受けた作品を新たに作り直す……簡単に言うとリメイクしてみよう、という企画です。今回は弥生 祐先生から依頼を受けました『巡りて叫べ!』をリメイクしてみました。弥生 祐先生の作品とあわせて、是非読んでみてくださいませ。
私は、あの時のことを覚えている。
もう忘れてしまったかと思っていた遠い日のことを。まだ何も書かれていない、白紙のノートを開き、そのページをただぼんやり見つめていたかのような、そんな日の出来事を。
そう、あれは……、
漆黒の、暗闇だった。人気のない、何かを見ることも出来ない暗闇、その身にまとわりつくような、狭く息苦しい暗闇の中、私は必死で何かを求めてもがいていた。そう、温かい家を。真綿のような、心地よさに包まれたあの穏やかな家を。だが、そこへ戻ることは許されず……、
助けて!助けて!
心の叫び空しく、不意に何者かの手によって、私は無理やりその暗闇から外へと引きずり出される。
途端に感じる明るい光。眩しささえ感じる程の、強い光。だが、私はそれをはっきり見ることが出来なかった。薬でも打たれているのだろうか、意識がぼんやりと白濁してしまって、視界の焦点もぼんやりとしてしまって、光を感じながらも、何かを見るということができなかったのだ。
だが、ぼんやりとしか見えなくとも、私ははっきりと感じていた。幾人もの人間が、私をじっと見つめていることを。上から下まで嘗め回すよう、好奇の眼差しでじっと見つめていることを。
そして、そんな私の姿は……そう、裸だった。その、一糸まとわぬ、恥ずかしい姿を、私は私を囲む者達にさらしていたのだ。
屈辱的だった。
そして、恐かった。
その視線が、囲む人々が。
じわじわと胸に侵食してくる、そのえもいわれぬ恐怖に、思わず私はこの場から逃げだしてしまいたい気持ちになる。そして実際そうしようと、私は立ち上がるべく体に力をいれてゆくが……何故だか上手くそうすることが出来なかった。本当に、これでもかという程、必死で体を動かそうとしているというのに……。
何故、何故、
全く何も、訳の分からぬ状態に、私の頭は混乱する。
そして、わき上がる恐ろしさに、私はただひたすら泣き続け……。
そう、必死で助けを求めるかのよう、大声をあげて泣き続け……。すると、
「はっ!」
暗い闇の中、私は不意に目を覚まし、ベッドから飛び上がった。その視界に入ってくるのは、見慣れた私のマンションの寝室。勿論、襲いくるあの得体の知れない恐怖など全くない……。
ようやく戻ってきた現実。その現実をしみじみと実感して、私はホッと胸を撫で下ろす。そして、体中を駆け巡る脱力感と共に、
夢……そう、夢を見ていたのだ……。
しかと確認するよう、そう胸の中で呟く。
すると、不意に隣から、
「どうしたんだ、なんか、うなされてたみたいだけど」
隣で眠っていたと思っていた彼が起き上がり、心配そうな表情で、私にそう語りかけてくる。どうやら私のたてる物音で起きてしまっていたらしい、それに私は申し訳ない気持ちになりながら、ポツリ、
「夢を……見ていたの……」
「嫌な夢か?」
その言葉に私は首を横に振る。
「分からない。でも、すごく恐かった。とてつもなく恐ろしい、過去の出来事……」
「過去の?」
コクリと頷く私。
「でも、いつだったか思い出せなくて……」
そう、こうしていても、まるでついさっきあった出来事でもあるかのよう、あの恐怖はまざまざと蘇ってくるのに。私の体も思わず、ガタガタと震えてしまうというのに……。
静かに落ちる薄暗い闇の中、間接照明の灯りだけがほのかに灯る、ぼんやりとした不確かな空間の中、お互いの境界すらもあやふやなそこで、私は隠せぬ不安も露にそう思いながら、震える体で思わず顔をうつむける。
すると……それに彼はすぐに私の気持ちを察したのか、表情を更に心配げなものにしてゆくと、いたわりを込めた手でその肩を抱き、ギュッと側に引き寄せ、そして……、
「過去は過去だよ、嫌なことなら、無理に思い出さない方がいい」
寝間着を通して感じる温もり。その心地よい温もりにようやくといったよう、私の心は落ち着きを取り戻してゆく。
そう、あれは夢、何の害も及ぼさない、唯の幻……。
そして、やがて何とか震える体もおさまると、彼は……もう大丈夫だと思ったのか、頃合をみて、私をベッドへと横たえていったのだった。体の上に掛けられるのは、柔らかな布団。もう眠りにつきなさいと、私に伝えるかのように。それに私は従うようコクリ頷くと、布団の中へともぐり込み、更なる安心を得るべく、彼の側に寄り添って目を瞑っていった。
私に回される、彼の腕。
変わらずそこにある、心地良い温もり。それに私は身を委ねながら、再び眠りへと入ってゆく時を待った。すると……。
しばらくして、意識の深淵へと落ち込む私。そう、またもやってきた眠りの時。そして、避けられぬ運命をその身に受けるかのように、やがて夢も私の元にやってくる。訳の分からぬ恐怖の……そう、あの時の悪夢の光景が。
惜しげもなく皆にさらされるのは、私の裸体。自分の意志とは無関係に、さあ皆さん御覧なさいとでもいわんばかりに……。私は皆の視線を浴びながら、これをどうすることも出来ず、そこから逃れようとでもするように、ただくねくねと身を悶えさせるばかり。
そして、ひたすらその胸を満たすのは……、
恐ろしい、恐ろしい、
だが、どうにも出来ないこの思い。
そうして私はふと考える。
これは……いつのこと?
一体、これは……、
そんな私の上に、今度は不意に何か大きな影が降ってくる。どうやら仰向けに寝かされているらしい、私の上に。これは恐らく……何者かの人の影。
やだ、誰!こっちにこないで!
段々と近づいてくるそれに、私の恐怖は最大限にまで引き出される。
何とかこれから逃れようと、必死で大声を出して泣き叫ぶ。
だが、その抵抗にも、私の気持にも構うことなく、その者は更に体を近づけてきて……そして……、
「ほーら、パパでちゅよ〜、こっちを向いてくだちゃーい」
「馬鹿ね、あなた。まだ分からないわよ」
一冊のノート。
開けばそこは何も書かれていない真っ白なページ。
これから色々書き綴られるだろう私のページ。
だが今は何も分からぬまま、私はただひたすら泣き続けていた。
了
いかがでしたでしょうか?
リメイク企画第五弾になります。
今回はオチが命の作品。原作より文字数が増えた……言い換えれば饒舌になってしまった関係上、オチへのヒントが満載で、バレバレだったかな〜とちょっとヒヤヒヤしている御山野です。
オチわかんなかったよ〜と、言っていただけると嬉しいのですが、さて、どうなるやら……。
(あ、ちなみに今回は、二人称の作品を一人称か三人称にというリクエストつきでした!)




