エピローグ
黒い髪。黄色い肌。大きな目。思わず見とれてしまった。初めてあの子を見たときぼくは確信した。あの子は仲間だ。友達も同じことを思っていたに違いない。あの子はぼくたちと一緒だ。中国を恐れ、故郷を捨ててカナダに移住した台湾人だと。だって台湾人であるぼくが一目惚れしたんだもの。台湾人と間違えてもしかたがない。カナダでは日本人は少ない。他の地域と比べてアジア人が多いB.C.州でも日本人は少数派だ。だから日本人はレア中のレア。普通黄色い肌の人を見たら台湾人か韓国人かと考える。この学校で一番多いアジア人は台湾人。二番目に多いのは韓国人。約千五百人の生徒の二十五パーセントはアジア人と言われているけど日本人なんて十人もいないと思う。そもそも同じ学年で日本人なんていたっけ?
「もうあの子いないんだ……」
別の友達が言った。再び沈黙が訪れる。もうあの子は……リナ・キサラギはハーフムーン・セコンデリー・スクールにはいない。廊下ですれ違うこともない。彼女が卒業したあとどこへ行ったのか見当もつかない。さっきしゃべった友達がもう一度口を開けた。
「オレ……あの子のこと好きだったんだ」
少し間があった。
「オレも」
「オレも」
「ボクも」
「ぼくも」
ぼくたちはみんな彼女が好きだった。初めて見たときから気になっていた。なんて名前なんだろう。どこから来たんだろう。どんな性格だろう。廊下で一人でいるところを見てもあの子のことを知ることはできない。わかるのはあの子はいつもかわいくていつもかわいい服を着ているということだけ。
「もうあの子には会えないんだ……」
誰かが言った。その通りだ。ここはハーフムーン・セコンデリー・スクール。州で5番目に良い学校。進学校でも専門学校でもあって私服で通える自由な学校。卒業後の進路は生徒次第。先生と相談する必要なんかない。自分の人生自分で決めろ。カレッジや大学に進学してもいいし就職してもいい。州の外に行っても海外に行ってもいい。だけど……ああ、リナ・キサラギ。あの子はどこへ行ったの?まだB.C.州にはいますか?他の州に行きましたか?アメリカの大学に行ったのですか?まさか日本に帰ってないよね?そうでなきゃカナダに移住した意味なんてない。……どっちにしろあの子にはもう二度と会えない気がする。仮にカナダの大学へ進んだとしてもカナダは広すぎる。同じ州の同じ大学に行ったとしてもキャンパスが大きすぎて……生徒が多すぎてきっと見つけられない。彼女がどこへ行ったか知る術はない。
ぼくたちは黙って卒業写真をあとにした。さようなら、リナ・キサラギ。たぶん初恋だった。ぼくは君がどんな五年間をここで過ごしたか知らない。君は最初から最後まで謎の美少女のままだった。