友達以上恋人未満
―君はボクの友達。
かわいい。それが初めて会ったときの印象。次に思ったことは「こんな子いたっけ?」。第二印象に関してはたぶん彼女も似たようなことを考えていたと思う。
ボクはザックス。台湾人。中学3年生のときカナダに来たけど英語力が不十分で中学1年生から入り直した。でもおかげで彼女と同じ学年になった。現在は11年生(高校2年生)。でも彼女と出会ったのはつい二週間前。一学期の美術のクラスと歴史のクラスで一緒になった。パソコン室に籠っていたのが仇となった。こんなにかわいい女の子を三年間も見逃していただなんて……。廊下ですれ違った覚えもない。きっとリナは小さいから見逃しちゃったんだ。ボク、大柄だし。会うのが遅すぎた気がするけどそれでも彼女と友達になれて幸せだ。
「おはよう!ザックス!」
美術の教室に入ったら彼女はすぐ挨拶してくれた。友好的な笑顔。ここまで達するのに少し時間がかかった。彼女の名前はリナ・キサラギ。名前からわかるとおり日本人。初めて会ったときはなぜだかわからないけど警戒されていた。まだ出会って間もないころ、どんな絵を描いているかちらっと見たら彼女は絵を覆い隠して睨みつけてきた。仲良くなったきっかけはゲーム。彼女はファイルに『ファイナルファンタジーⅨ(ナイン)』のヒロインの絵を貼り付けていた。気になったボクはリナに話しかけた。
「君、『ファイナルファンタジー』シリーズが好きなの?」
リナはクラウディアと談笑していてご機嫌だったのか嫌な顔をしなかった。
「うん!ヒロインのユウナが好きなの!」
「『ファイナルファンタジーⅩ(テン)-Ⅱ(ツー)』についてどう思う?」
「あんまり好きじゃないな~。ユウナの衣装はⅩのほうがいい!あの和服、とっても素敵だったもの」
それからボクはリナと仲良くなった。廊下でも教室でも挨拶するようになった。ボクがある程度日本語をしゃべれることを知ると日本語でも話しかけてくれるようになった。日本語を間違えたりわからない日本語があるとリナは丁寧に英語で説明してくれた。リナと仲良くなれて嬉しかった。日本のゲームやアニメが好きで習い始めた日本語がこんなところで役に立つとは思わなかった。
***
10月の午後、ボクはパソコン仲間のチャックと雑談をしていた。もちろん母語である北京語でだ。チャックは学校生活に文句を言った。
「あ~あ。何が悲しくて勉強しなけりゃいけないんだろ。勉強するのは悪くないけどなにも恋愛禁止にすることはないじゃん」
ボクは確かに、と頷いた。真面目グループは勉強に忙しいせいか恋愛する余裕がない。親に恋愛禁止されている人も多い。ボクは台湾人の真面目グループと不真面目グループの中間に当たる。親に恋愛禁止にされてるわけじゃないけど周囲に恋愛禁止されている人が多いせいかカップルが生まれない。チャックは愚痴を続けた。
「あああああああああああああ!青春してええええええええええ!彼女ほしいいいいいいいいいいい!!…………あ。なあ、おまえリナ・キサラギって知ってる?」
急に好きな女の子のフルネームが出てドキッとした。しかも知ってるどころかボクは彼女と親しい部類に入る。ボクはわざと曖昧に答えた。
「う~ん……まあ、知ってるよ」
「そっか。……あの子かわいいよな♡」
そう言った彼の顔はにやついている。ああ、やっぱりリナをかわいいと思っているのはボクだけじゃないんだ。
「リナってアジア人の中では断トツだよな!日本人なのに台湾人よりかわいいじゃん。なんで台湾人じゃないんだろうな~。台湾人だったら話しかけたのに」
「そう」
ボクは心の中で台湾人じゃなくてもボクは話しかけたよとつっこんだ。
「オレ、ムラムラしたときいつもリナのこと考えてるんだ。色々エッチなもの着せて妄想するの楽しいぞ~。ザックスは下着は白と黒、どっちがいいと思う?」
背筋がゾッとした。リナはきっと男子がこんなこと考えていることを知らない。リナが聞いたら泣くかもしれない。純粋なリナを汚したくなくて彼女の下着姿を想像できなかった。
「ど、どっちでもいいんじゃない……?」
チャックはつれないなと笑った。ボクはそのあとも聞きたくない彼の妄想に付き合わされた。
***
そのあとも何回か他の台湾人の男友達に同じ質問をされることがあった。リナ・キサラギを知っているか、と。台湾人の男子の間で密かに人気みたいだ。でも日本人だから誰も話しかけられない。同じクラスになっても何を話せばいいのかわからない。クラスが違うとますます話しかける理由がない。それにリナはかわいいから緊張する。ボクだって初めて話しかけるときはかなり勇気が必要だった。今でもまだドキドキする。身長160cm未満。黒髪ミディアムロング。大きなこげ茶の目にはコンタクトレンズ。日本人だけどチャイナ服を好んで着ている。でもカウボーイのような格好をすることもある。スカートはあんまり履かない。スカートよりズボン派なのかも。この細くて背が低く胸が小さい女の子にボクたち台湾人の男子は虜になっている。いったい何人彼女に惚れているんだろ?
ある12月の朝。チャックと廊下を歩いていたらリナとばったり会った。
「おはよう!ザックス!」
リナは日本語で挨拶した。ボクも日本語でおはようと言った。チャックをそれを見てぽかんとしていた。リナが遠ざかるのを見届けたあとチャックは中国語で詰め寄ってきた。
「おい!なにおまえリナと普通に話してるんだよ?!」
チャックはボクの体を揺さぶった。ボクより小さいのに怒りで腕力が上がっている。ボクはありのままのことを伝えた。
「同じクラスなんだ。あとボク日本語勉強してるし」
「初耳だ!」
「だって聞かれなかったし」
「おまえだけずるいぞ!オレにも紹介しろ!!」
「……クラス違うのに?」
ボクはリナの友達であることが自慢だ。他の人よりリナのことをたくさん知っている。電話番号と住所とメールアドレスを交換するくらい仲が良い。たぶんリナと一番親しい男子はボクだと思う。でもリナに告白なんてできない。好きだって言ったら今までの関係が崩れるかもしれない。たとえリナにフラれて、リナは今まで通り接してくれたとしてもボクは今まで通り振る舞うことなんてできない。ボクとリナは友達上恋人未満。一番近くて、一番遠い存在。