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あの子は違う

―おれはただ知ってほしかったんだ。


「よお!ジョーデン!」

「よお!」

 外を歩いていたらカナダ人の男友達が挨拶してきた。差し出された手の平をオレはなんの疑問も持たずに叩いた。ハイファイブだ。

「なんだ~?その頭は~?ついにおまえも髪染めたのか~?」

「そうだよ。わりーかよ?」

 おれたちはにやにやしていた。お互い合意のうえでふざけていた。

「こいつ~!オシャレな頭になりやがって~!」

 ルカはオレの茶髪をいじった。せっかくジェルでツンツンにしたのに形が乱れてしまった。あとで直さなきゃな。二人でじゃれあっていたら別のカナダ人の友達が話しかけてきた。

「おう、ルカ。なにしてるんだ?」

「よお!ジョーデンが髪を染めやがったんだ」

「なに!?おめでたいじゃねーかこのやろー!」

 うるさいやつが二人から三人になった。通りすがりのカナダ人の女の子たちはくすくす笑っていた。


***


 おれはジョーデン。カナダ人に限りなく近い韓国人。10年生(高校1年生)。最近髪を染めたばっかり。韓国人だけどカナダで生まれ育ったからあんまり韓国人という自覚はない。親と韓国人の生徒とは韓国語で話している。でも韓国人の生徒とはそんなに仲がよくない。韓国で生まれ育ってカナダに移住してくる韓国人はなぜかカナダで生まれ育った韓国人を嫌う。おれ以外のカナダ人寄りの韓国人も似たような目に合っている。韓国人なのにカナダ人と仲良くしているのが気に入らないらしい。カナダ人と仲良くしてなにがいけないんだろう。

 歴史のクラスに入ったら他のカナダ人にも頭のことで話しかけられた。

「ジョーデン、見違えったな!」

「一瞬誰だかわからなかったぞ」

「あら。かわいいじゃない。ハリネズミみたい♡」

 女の子までおれに話しかけてきた。カナダ人のベティだ。みんなで笑っているとルカが質問した。

「なあ。ところでなんでアジア人ってみんな髪の毛を茶色に染めるんだ?」

「あっ。それあたしも気になる」

「そういえば茶髪が多いな……」

 話を聞いておれはため息をつきたくなった。またこの手の質問だ。中身はカナダ人なのに外見が韓国人だから韓国人として見られてしまう。

「知らね~よ~。おれカナダ生まれなんだぞ」

「でも一応アジア人だからオレらより詳しいじゃん」

 そんなこと言われても困る。なんで他のアジア人が茶髪にするか考えたことなかった。

「おれ本当は金髪にしたかったんだよ。でも初めてだったから明るい茶髪になっちゃったんだ」

「なるほど」

「最初は金髪にできないから茶髪になるのか」

「ありがとな、ジョーデン!」

「次は金髪になるといいな!」

 ありのままのことを伝えたらみんな納得した。ふう。これだから見た目は韓国人、中身はカナダ人は辛い。この外見である限り誰もおれをカナダ人として認識してくれないんだから。肌は黄色なのに中身は白い。…………バナナかよ。


***


 この二学期の歴史のクラスには英語(国語)のクラスと共通のクラスメイトが三人いる。そのうち一人がさっき出てきたルカ。もう一人は同じ韓国人のナターシャだけどあまり親しくない。最後の一人は女の子で日本人だった。リナ・キサラギ。ファーストネームは普通だけどラストネームは変わっている。大人しくて真面目な子。服はお洒落だったりシンプルだったりとその日によって違う。リナとは特に親しいわけじゃないけどいい子だっていうのはわかる。それはある晴れた日の午後。天気がよかったので英語の先生は特別に外で授業を行うことにした。先生は適当にグループを作ると教科書に書かれた詩について考察しろと言った。そのときたまたまリナと同じグループになったんだ。グループメイトはそれぞれの意見を述べ最後に話しあったあと分析結果をまとめた。

「お前ら~。教室に戻れ~」

 体育教師のようにたくましい男の先生は教室から生徒たちを読んだ。生徒たちはへいへいと返事をしながら教室へ戻っていく。オレも立ち上がろうとしたけど脚に力が入らない。ずっと草むらの上に座っていたせいだ。

「うあ~。立てね~。足が痺れた~!だ、誰か……お手を~」

 ふざけて助けを求めたらルカは笑った。

「しっかりしろよ~。ジョーデン~。ふざけてないで戻るぞ~」

 他のクラスメイトも振り向くものの笑うか無視するかのどちらかだった。ただ一人だけ違ったのはリナだ。リナは左右前後を確認した。誰もオレを助けてくれないと知ると彼女はオレの前に立った。そして困った顔で両手を差しのべた。細い腕でオレを引っぱる自信がなかったんだろう。オレはぷっと笑ってしまった。

「いや、いいんだ。冗談だから!」

「そう……?」

「だいじょーぶだいじょーぶ!気にするな!」

 そう言いながらオレは立ち上がって、リナのあとに教室に入った。


***


 ベルが鳴った。歴史のクラスはがやがやしていた。先生が教室に入ったばっかりだったので生徒たちはまだ話している。ルカは他のカナダ人の友達とオレの知らないアーティストのことで話していた。四人の会話に参加できないオレはたまたまベティと話すことになった。

「あんたはアジア人だけど話しやすくて助かるわ~。アジア人ってお堅い人が多いじゃない。あそこにいる女の子を見てよ。いかにも真面目で冷たそう」

 ベティはオレにそのアジア人の女の子を見るように目配せした。リナのことだ。リナはノートになにか書きこんでいた。……オレはリナの友達じゃない。リナに恋しているわけでもない。でもなにも知らないやつがリナを悪く言う筋合いはないと思った。ベティは多くのカナダ人と同じようにステレオタイプに捕らわれている。アジア生まれのアジア人は台湾人・韓国人・中国人・日本人に関係なく全員真面目で厳しくてケチで冷たいと勘違いしている。リナが日本人ということすら知らないだろうし、日本人はアジアで最も優しい人種と言われていることも知らないんだ。

「そんなことないよ。リナは……優しいよ」

 ベティは顔をしかめた。

「そう?どこが?」

 オレは今まで英語と歴史のクラスで見たことを思い出した。リナはオレが消しゴムを落としたとき拾ってくれた。ペンを貸してほしいと言う人がいたら真っ先にペンを貸した。立ち上がれないとふざけたオレに手を差しのべた。お腹が空いたとぼやいたクラスメイトにお菓子を分けてあげた。鼻水が止まらないクラスメイトにそっとティッシュを差し出した。小さな体からは小さな思いやりがあふれている。小さすぎて目立たないだけだ。

「消しゴムを落としたら拾ってくれるし、物を忘れたら貸してくれる。困っている人がいたら手を差し伸べてくれる。笑ったらかわいい。どこにでもいる、優しい女の子だよ」

 ベティはぽかんとしていた。信じられないという顔をしている。見ようとしないから見えない。知ろうとしないから知らない。考えないからわからないんだ。人は人種・見た目だけでなく環境・背景・性格によって違うことを。同じ国だからって同じ性格とは限らない。

「へえ~。そうなんだ」

 ベティは嫌いじゃない。リナよりベティと話すことが多い。でもベティのアジア人に対する偏見は好きじゃなかった。きっとベティの抱くアジア人のステレオタイプは間違っていると言っても彼女は知ろうとしないだろう。巻き毛の女の先生が黒板の前に立った。

「みなさんこんにちは。お待たせしました。授業を始めましょう」

 アジア人に偏見を抱くカナダ人生徒は先生を見習うべきだ。見た目・人種・性格・背景に関わらず全ての生徒を平等に見てくれるんだから。

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