プロローグ
―知ってる?この学校には謎の美少女がいるんだ。
2006年9月。高等学校の初めての夏休みが終わった。ひさしぶりに会ったみんなは誰一人暗い顔をしていなかった。学校で再び勉強するのが憂鬱ということ以外は。授業はつまらないし宿題はめんどくさいしテストは大変だけどいいことだってある。仲良しの友達と毎日会える。いっしょに先生の悪口を言える。ゲームの話をできる。そしてなにより……好きな女の子に会える。
学校が始まって何日か経った。あの子はまだ見かけていない。今年も同じクラスになれなかった。名前も学年も知らないあの子。一人でいることが多い謎の美少女。早く顔を見たい。廊下を歩けばそのうちすれ違うかもしれない。ある昼休み、昼ご飯を食べ終えたぼくは仲のいい四人の友達と廊下を巡回していた。この学校には歴代の卒業生の写真が廊下に飾られている。暇なぼくたちには格好の獲物だ。下級生が毎年増える卒業写真を吟味するのは伝統のようなものだった。
「あ。オレこいつ知ってる。エリンだ。オレの兄ちゃんの友達」
「兄ちゃんってアレックス?エリンは遊び人だっけ。……あいつ卒業できたんだ」
「このベンジャミンってやつ写真写りわりぃな~」
「うわっ。見ろよこのコレットって女。すっげーブス!……なあ、好みの女の子いた?」
ぼくは女の子たちの写真を見たけどどれもぱっとしない。
「う~ん……いまいち。それに年上だとな~。このレイチェルって人は男みたいな顔してるね」
友達もぼくも容赦なく何人もの写真を指差して笑った。知っている人がいないか探していたら眼鏡をかけた友達が叫んだ。
「あーーーっ!?」
ぼくたちは同時にそいつを見た。思わず身構えてしまった。グループのリーダーが眼鏡の友達に注意した。
「なんだよ。いきなり大声出して。ビックリしたじゃん」
「え……あ、あ、あ、あれ!」
「あれ?」
「あれ見て!」
ボクたちは眼鏡の友達の指差した写真を見て目を疑った。だってそこには…………好きな女の子がいたから。
最初写真を見たときの感想は「年上だったんだ」。あの子が年上だということは薄々気づいていた。だって同い年の子は誰もあの子の名前を知らなかったから。それにあの子と同じクラスになった同い年の人は誰もいなかった。だから一学年上かもしれないと思っていた。背が低いし顔つきも幼かったから一学年以上違うとは思わなかった。でもまさか四つも上だったなんて……。名前を見てぼくたちはもっと驚いた。
[Rina Kisaragi]
リナ・キサラギ。それがローマ字で書かれたあの子の名前。ぼくたちは金縛りにあったようだった。体が動かない。でも心は叫んでいる。この緊張から逃れたくてぼくは声を振り絞った。
「日本……人」
体は硬直したままだった。ぼくの好きな女の子は、日本人だった。