『世界中を壊しても、砕けないほどの愛が』
この話に登場するエビフライ伯爵こと、吉崎孝則は、作者が過去に執筆した『えびふらい』、『えびふらい2』の主人公。そして、今回の話は、『えびふらい2』から、一年数か月後の話…。
「出たな!エビフライ伯爵め!」
五人の赤、青、緑、黄、桃色のボディスーツ達が、断崖絶壁を前に叫んでいる。
断崖絶壁の上には、やけにリアルなエビの頭の形をしたマスクを被ったタキシードを着た男、その名も、エビフライ伯爵の姿が。
「ふはは!よく現れたぞ!カケラレンジャー!!」
と、エビフライ伯爵が笑う。
そう、これは日曜朝放送の人気特撮ドラマ番組、『モザイク戦隊カケラレンジャー』のスタジオでの収録光景である。
番組主演者たちのほとんどがイケメンの美男美女ばかりであるため、現在のイケメンブームも手伝い、この番組の視聴率は鰻登りであった。
そして、この番組で忘れてならないのが、影の人気者。悪役のエビフライ伯爵である。
『山登り戦隊ヤマレンジャー』、『骨折戦隊ギブスシテンジャー』、そして、今作、『モザイク戦隊カケラレンジャー』と三年連続で主演している名物キャラであった。
このエビフライ伯爵を演じている吉崎孝則、27歳の妻子持ちは、数々の下積みの経験をしたが、そのエビフライ伯爵での演技力を認められ、今では、多くの映画、ドラマに脇役としてだが主演。もちろん、本人の夢であったエビフライ伯爵としてでなく、吉崎孝則本人としての主演である。
周囲からは、これからが期待される役者として注目を集めている。
まさに、すべてが順調に行っている彼だが…。
「カット!」
「お疲れさまですー!」
収録終了後、吉崎はマスクを脱ぎ、大きく息を吐いた。そして、スタッフから渡されたペットボトルの水をゴクゴクと飲んでいた。
すると…。
「HEY、ミスター・吉崎…」
この番組の監督で、長い付き合いのトミユキ・ヨシノ監督が彼に声をかけた。
「あっ、監督、お疲れさまですー!」
と、吉崎は監督の方に体を向け、挨拶をするが、監督は渋い顔をしていた。
長い付き合いである監督のいつもと違う表情に、吉崎は気付いた。
「どうかしましたか?」
そう吉崎が言うと…。
「YOUは、NOW、売れてきているYOだね…」
監督は、自分の口に手を当てて言う。
「あっ、はい、おかげさまで」
ヘラヘラとした表情で、吉崎が笑う。
そんな彼の表情を見て、監督の眼光が鋭くなった。
「HEY!YOU!なんだい、その緩み切ったフェイスは!!」
スタジオ中に響き渡る大声で、監督は叫んだ。
いきなりの激怒に、吉崎は目を大きく見開いて驚く。彼だけでなく、周りにいた主演者、スタッフの皆が驚いた。
「最近のYOUのエビフライ伯爵には、『ソウル』がナッシング!!」
『ソウル』と言われて、吉崎は韓国を思い浮べたが、どうやら、『魂』の方の『ソウル』のようだ。
「エビフライ伯爵は、ワールド征服を狙うためなら、ドゥーイングをセレクトしないデビルなんだYO!!ファーストの頃のエビフライ伯爵には、そのデビルのソウルがあった!!しかし、バッド!!NOWのYOUには、そのデビルのソウルが、まったく、ナッシング!!NOWは、エビフライ伯爵じゃなく、ただのえびにエッグを浸して、パン粉を塗し、オイルでフライにした伯爵だYO!!」
と、監督からの厳しい指摘をもらった吉崎はフラフラと家路を歩いていた。
彼は、かなり落ち込んでいた。監督からの厳しい指摘に落ち込んでいるのでなく、言われたことすべてが、最近、自分が感じていたことだからだ。
(監督の言うとおりだ…。最近、エビフライ伯爵をやっても、どこかしっくりこない…。孤独な悪役、エビフライ伯爵なのに、その孤独さが、表現出来ない…)
今の彼は、満たされている。だから、今の自分が孤独を表現するのが難しかった。
過去に苦労が多かった者が、いざ幸せを得ると、無意識に自分の心のコントロールが難しくなってしまう…。今の吉崎は、まさにそれだった。
(最初の頃、エビフライ伯爵しか役がなかったし、身の回りの環境もひどかった…。あの頃の俺には、孤独の中でもがく、ガムシャラさと、粗さがあり、それが役に反映されていた…。あの頃のエビフライ伯爵は、邪悪だが、人知れず自分の孤独に涙を流す怪人、エビフライ伯爵だった…)
過去の彼にとって、エビフライ伯爵は嫌な役でしかなかったが、本当の幸せをくれた役であり、いい意味でも、悪い意味でも、もう一人の自分である。そのエビフライ伯爵を表現出来ないのは、自分を否定しているような気持ちであった。
今のかけがえのない家族を手離すことは出来ない。しかし、もう孤独がわからなくなった今の自分は、過去の自分であるエビフライ伯爵を表現出来ずにいる。
今、抱えている矛盾に悩みながら、家路を歩いている。今の彼には、街のネオンが眩しすぎる。
家路の途中にある、ライトが二つしかない暗い公園。そのブランコに、吉崎は腰を掛ける。
そして、缶コーヒーを飲み、ため息を吐いていた。
すると…。
「どうしたのですか?お兄さん?」
「!」
いつのまにか、目の前に現れたゴスロリ服の少女に話し掛けられ、吉崎は驚く。
「誰だい、君は!」
「越島ジェリと言います」
吉崎の前に現れたのは、我らの多重人格少女、越島ジェリである。なぜか、彼女は公園に居た。
「お兄さん、なにか悩み事でも…」
どうやら、ジェリは役者の吉崎を知らないで、話し掛けているようだ。
「いや、なんでもないよ…。ていうか、君なんなの…」
なんで、見も知らない少女が話し掛けてきたのかを聞いた。今の世の中、物騒なので、吉崎は警戒した。
「ああ、実は、私、借金の保証人を探してまして、たまたま、いい具合に人の良さそうな貴方に保証人をやってもらおうかと…」
とんでもないことを、口走る彼女に吉崎は鼻水を吹き出した。
「なに言ってるだ、君は!!」
知らない人の保証人になんぞ、なれない彼は激怒した。
ジェリはカバンから、書類を出した…。
「名前を書いて、判子押してくれればいいだけですよ」
「嫌だよ!ていうか、友達にでも頼めよ!!」
そう吉崎が言うと…。
「友達なんか、いませんわ」
平然と、ジェリは言った。
吉崎の口が止まった。
「そんなことより、保証人になってくださいな」
ジェリは吉崎の顔に、書類を押しつけた。
「君、友達が居ないって…」
書類を顔に押しつけられながら、吉崎は喋る。
「私、親からも、ほぼ見捨てられてますわ。それより、判子を」
「君、そんなんで孤独とか感じないの…」
吉崎は、『君、寂しくないの?』と言いたかったが、なぜか、孤独の方が口に出た。あと、顔に押しつけられる書類が、彼の呼吸を困難にさせる。
「人は所詮、他人の心なんて、100パーセントも理解出来ませんわ。人は自分の汚い所を、他人に隠してしまうのだから、本当に心が通じ合う友達や家族なんて居ませんわ。そんなの片腹痛いですわ。人間なんて、皆、孤独ですわ」
吉崎の体に、言葉では表現出来ない彼女の唯我独尊ぷりに稲妻が走った。
そして、顔に押しつけられる書類を、手で破り捨て、吉崎は駆け足で逃げた。
片手にあった飲みかけのコーヒーが飛び散っていた。
翌日のスタジオでの収録…。
断崖絶壁に立ち、吉崎ことエビフライ伯爵は、カケラレンジャーを見下しながら言う。
「所詮、この世は嘘で塗り固められた芝居だらけ!他人を理解するなんざ、出来るわきゃねぇんだよ!!くくっ、あっひゃっはははははははははははは!!!!」
と、暴走したテンションで吉崎はエビフライ伯爵の演技をする。
そのすざましい演技に、監督が唸る。額には、汗が流れていた。
「どうやら、エビフライ伯爵としての、なにかを見つけたようだな…」
監督は眼鏡を外して、汗を手で拭いた。
収録終了後、吉崎はエビフライ伯爵のマスクを脱ぎ、家族に電話をした。
「ああ、もしもし…。今日は、帰りは早くなりそう…。うん、帰りに、美味しいエビフライでも買ってくるよ…」
吉崎は、先日のジェリの言い分から見つけた、気付いてないだけで、誰もが、心のどこかに、孤独を抱えている。
その見えない孤独こそが、エビフライ伯爵としての彼だ。
だけど、吉崎孝則としての彼は『本当に心が通じ合う家族』になれるように、努力する27歳の男だ。
「ははは!うん…、なんたって、パパは、エビフライ伯爵だからね」
越島ジェリの人格その3 ノーマル(ゴスロリ系)・ジェリ:基本人格。天上天下唯我独尊。どこか、ズレている。 彼女のモデルと名前の由来は、あえて名前は伏せますが、作者が好きな音楽ユニットのボーカルの女性。そのユニットは、ジャンルがよく変わるため、ボーカルの女性は、その時のジャンルや、雰囲気に合わせて、ファッションが次々に変わり、まるで別人のように姿が変わることから、ジェリの多重人格キャラを作りました。