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彼ノ記憶

作者: 福宮薫

なぜ彼女は泣いているのだろう。

なぜ彼女は笑っているのだろう。

なぜ俺はこんなに苦しいのだろう。俺は何もできない。

ただ、彼女の名を、叫んだ。





「───ッ!!」

けたたましく鳴り響く時計の音。俺はそれを止め、ゆっくりと起き上がった。

「夢…?」

体中が嫌な汗をかいている。

(なんだったんだ…いったい…)

そして、夢の中に出てきた“彼女”は…


「………花宮?」



*



暑い。それしか感想がない。

まだ初夏だというのに、あり得ないくらいの暑さだ。その中で、セミは元気に鳴いている。

「よくやってられんなあ…」

俺はポツリと呟いた。

「あちー」

そう言って机に突っ伏す。

「なあにへばってんのさっくん!」

「…あー?」

俺は顔もあげず、頭上の奴に対し返答をした。

…冷たい?そんなことはない。別にこいつが嫌いとか、そういうんじゃないからさ。

そして、こいつも、そんなことで動じる奴でもない。

「もう!陸上部のエースの名が泣くよ?西園寺朔久(サイオンジサク)くん!」

「別にいいじゃねえか…俺も人間なんだから、暑さにへばってもいいだろ…」

「ダメです!ちゃんと部活に参加してください!!」

そう言われ、肩を叩かれる。

「さすが小言鬼マネージャーだな、花宮(ハナミヤ)

しょうがなく俺は体を起こし、伸びをする。すると、花宮は笑った。

「なによ、小言鬼って」

「実際そうだろ?」

「まあね」

花宮はそう言うと、綺麗に微笑んだ。

「さっ、早く行こう?」

綺麗な、笑みだった。



*



帰り道。花宮と俺は一緒に帰りながら、他愛ない会話をしてした。すると、花宮は急に声をあげた。

「あ!!」

「な、なんだよ急に」

「そうだ、そろそろ夏祭りあるよね?」

「そりゃああるけど…」

「ね、一緒に行く?」

そう言って、俺の顔をのぞきこんでくる。

(確か…来週の土曜日か。その日はなんの用事もねえな)

「別にいいけど」

俺がそう返すと、花宮は花が咲いたように笑った。

(…あれ)

でも、何かがおかしい。何かが…。

(泣いてる…?)

花宮は確かに笑っている。でも、どこか泣いているように、俺には見えた。

(俺…これ、知って───)

「…西園寺くん?どうしたの?」

きょとんとした顔で、花宮は俺の顔を覗きこむ。

「いや…別に」

「………そう」

そう答えた彼女はやはり、綺麗に微笑んでいた。


(ああ…分かった)


そうだ、これを…俺は、知っているんだ。今ここにいる俺は知らない。

だが、別の俺は、この先のことを知っている。

彼女がどこか悲しそうな訳も、どんな出来事が起こるのかも。

(なら、俺は───)

もう同じ過ちは、犯さない。



*



夏祭りの日。

俺は待ち合わせ時間より十分早く着いた。

(あいつは…まだ来てないか。まあ、あいつは早く来る方でもないしな)

そんなことを考えていると、遠くにあいつが見えた。が、俺は目を見開いた。そう、花宮は、

「ごめんねさっくん、遅くなっ………さっくん?どうしたの?」

俗に言う、浴衣、を着ていたのだ。

「おーい?西園寺くん?」

「ッ、いや、なんでもない」

「そう?じゃ、行こ?」

「ああ」

言えない。絶対に言えない。

(凄く似合ってる、だなんて)



*



花宮と並びながら…いや、花宮の少し先を歩いていると、急に花宮が止まった。

疑問に思いながら視線の先をたどると、射的に行き着いた。

さらにその先は、景品のウサギのぬいぐるみ。

「ほしいの?」

「えっ!?い、いや別に?全然?」

そんなことを言っているが、目は完全に泳いでいる。

「………」

俺は無言のまま、動いた。もちろん、到着点は分かりきっている。

「一回」

「はい、まいど」

俺はおじさんから銃を受け取り、狙いを定める。

(………)

そして、撃つ。見事にあたったが、落ちるわけがない。

そのまま続けて、二発三発と撃つ。

すると、四発目でウサギのぬいぐるみがゆっくりと落ちていった。

すると、背後でパチパチと拍手が聞こえた。

「さすがさっくん!部活のない日はゲーセンにこもっているだけあるね!!」

「最後の一言は余計だ、馬鹿」

俺は鼻をならした。

「兄ちゃんさすがだね!はいよ!」

おじさんから受け取り、それを花宮に渡す。

「…ありがと」

そう言って、彼女ははにかんだ。



*



「あー!楽しかった!!」

そう言って、彼女は伸びをする。そして、

「さっくん、今日はありがと」

首を傾け、ニコッと笑った。そして俺に向かって手を振り、

「じゃあ、また明日ね」

そう、お決まりのセリフを残し、去ろうとする。だが、俺は

(今度こそ───)

「逃がさない」




花宮の腕を、しっかりと掴んだ。

「花宮…お前、嘘ついてるだろ」

「な、なに?どうしたの、さっくん?私、何かした?」

彼女の目は明らかに泳いでいて。本当に予想外の出来事には対応できないやつだな、とつくづく思う。

「俺達に明日なんか…ないくせに」

「ッ!!」

花宮は、目を丸くした。だが、すぐに冷静な顔になって、俺に問う。

「…どうして?」

「花宮が俺がいる世界から消えるから」

「ふっ…ふふふ、本当に知ってるんだね」

花宮は俺の手を振り払った。そして距離を取ると、口の端を吊り上げた。

「そうだよ。私は私の望みを叶えるために世界をまわってる。だから、今回もこの日が終わったら去る予定だったんだけど…よく気が付いたね。あなたで二回目だよ。もしかして、一回目のあなたと共鳴したのかな?」

「俺には分からない。俺が知っているのは、この日にお前が消える。それだけだ」

「へえ」

彼女は興味薄げに頷いた。

今度は俺が、花宮に尋ねた。

「なあ、花宮。お前はなんで、世界をまわってるんだ?」

「…いいよ。あなたは二回目だからね、教えてあげる」

そこで、花宮は俺に背を向ける。そして、“お伽話”を紡ぎ出した。

「昔々、あるところに花宮玲という少女と西園寺朔久という少年がいました。少女は、少年に好意を抱いていました」

「ッ!?」

遠回しのようで直球な告白を受け、俺は内心動揺した。彼女は続ける。

「少年と少女は仲が良く、楽しく日々を送っていました。しかし、それも夏祭りの日まででした」

(え…?)

思わない展開に俺の頭は混乱する。

「夏祭りに少年と少女と行ったことが同級生に伝わり、お互いがぎこちなくなってしまったのです。その結果、二人は疎遠になり、しばらくして、クラスも変わってしまいました。そして、少女は願いました。過去に戻りたいと。少女の思いはあまりにも強く、そして少女はかつて、女神の恩恵を受けた人間の子孫だったため、神様は少女の願いを叶えました。以来、少女は様々な世界で少年と楽しい時を過ごし、それが終わると、また世界をまわるのだとさ」

めでたし、めでたし。彼女はそういって、にこやかに微笑む。

俺は思わず叫んだ。

「ふっ…ふざけんな!それのどこがめでたしなんだよ!!」

「だって、そうでしょ?少年も少女も楽しい時だけ過ごせるんだから、いいじゃない」

「違う!俺が言いたいのはそういうことじゃ…」

「大丈夫。今日が終われば、西園寺くんの中から私の存在は消えるから」

「そういう問題でもない!どうしてお前は、今を変えようとしないんだ!?どうして!!」

「そ、それは………。無駄…だ…から、よ…」

それを言ったっきり、花宮は沈黙した。俺は頭をかきむしる。

「ッ…!!ああもう!!」

俺は花宮に近寄り、後ろから抱き締めた。

「馬鹿、だから泣くなよ…」

「…だ、だって…だって、無理だったの…。どうやっても、どの世界でも、私とさっくんは元には戻れなかったの!!」

「どの世界でも?冗談だろ。まだ、この“世界”が残ってる」

花宮の泣き声が、止まった。

「俺は、今ここにいる俺は。どの世界の俺とも一緒だけど、どの世界の俺とも違うんだ。そうだな、共通してることで、今まで伝えていなかったこと言えば…」

ああ、きっと一回目の俺はここを間違えたんだ。だが、俺は…間違えない。

「玲のことが、好きってこと」

「え…?」

花宮の瞳が、俺を捉える。

「聞こえただろ?幻聴とかじゃないから、安心しな」

「さっ…朔久くんっ…」

彼女はぼろぼろと大粒の涙を溢した。俺は彼女を、今度は前から抱き締めた。

「朔久くん…私も、好きだよ。大好きだよ、朔久くんっ…」

花宮は、俺を抱き締め返してきた。

(どうだ?他の世界の俺。俺は)

「明日を、手に入れたんだ」

俺は微笑みながら、あやすように、玲の頭をそっと、なでた。

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