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45.最後の寮祭

 紺ちゃんとは去年からマメに連絡を取り合うようになっている。

 夏休みにまた会えるかな? と期待していたのだけど、今年は桜子さんや千沙子さんたちとヨーロッパを巡るらしい。

 ニース、クラクフにブリュッセルか。

 いいな~。地名を聞いたことしかないけど、素敵なところなんだろうな。

 

 『たまには親孝行しないと、と思って。紅にも同行してもらうつもり。高校最後の家族旅行を楽しんできます!』


 紺ちゃんらしい優しいメールをほんわかした気分で読み返し「一推しスポット見つけたら、写メで送ってね!」と返信する。

 

 喜々として紺ちゃんと紅を連れ回すであろうセレブママーズたちを想像するだけで、自然と笑みがこぼれてきた。

 

 

 ひたすら勉強を重ねて迎え撃った前期試験は、高評価でクリア出来ました。

 これで付属大学の奨学生推薦を受けられることが本決まりになる。後藤先生は私の手を取り、ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでくれた。

 親身になってくれる担任の先生で、本当に良かった。


 美登里ちゃんは恒例のイギリスへ、そして蒼は塾の夏期講習へ、と皆それぞれ忙しい夏休みを送っている。

 私も出された課題に追われる毎日だ。

 推薦が決まったからって、気は抜けない。最後まで特待生としてトップを走らないとね。

 

 それにほら、寮生としては最後のお祭りがあるわけですよ。

 実行委員の一人に選ばれた私は、衣装チームに配属された。

 劇に必要な衣装や小道具をリストアップして、借りられそうなものと手作りしなきゃいけないものに分ける。付属大学の演劇部へ挨拶に行って、借りる段取りを付ける。作る衣装や小道具の材料を揃える。

 やらなきゃいけないことは、山のようにあった。

 

 今年の演目は『椿姫』。

 衣装の豪華さが売りのひとつだから、全く手を抜けなくて大変です。

 受験態勢に入ってる蒼は、前日のステージ設営にだけ参加すると言っている。

 ヒーローのアルフレード役をやってもらえるんじゃないかと期待していた女子生徒たちは、蒼の不参加表明を耳にし、一斉に落胆の溜息をついた。


「島尾さんがヴィオレッタでいいから、城山を説得してよ~」

「なにその投げやりな配役!」

 

 両手を合わせて拝んでくる舞台監督の竹宮くんには申し訳ないけど、蒼はとっても頑固なんだよ。

自分で一度決めたことは絶対に覆さない。


「そんな暇ないって直接断られたんでしょ? 諦めよう。ほら、ピアノ科の上代くんは? 上代くんも似合うと思うな、アルフレード」

「うーん。それしかないかなぁ」

「ヴィオレッタ役に皆川さんを据えると、了承して貰いやすくなると思うよ。がんばれ!」

「うぃーす」


 台本を手にトボトボ去っていく竹宮くんを見送ったのは6月のこと。

 今頃彼は、練習の追い込みに必死になってると思う。

 

 そういう私も家へは戻らず、勉強とピアノの練習の合間を縫っては面談室に通っている。

 寮祭の準備期間だけ、面談室は縫製ルームへと大変身するんです。

 ずらりと壁際に並んだ30体近いトルソーには、色とりどりの衣装がかかっている。

 衣装の胸元にピンで止められてる大きな白い布。その布にチャコペンで書き込まれている配役名とまだ揃っていない衣装をチェックするのが、私の主な仕事です。もう殆ど揃ってるけど、靴下や手袋なんかは意外と抜けやすいから、しっかり数を把握しなきゃ。

 面談室では、すでに沢山の子が忙しそうに立ち働いていた。


「あ、真白! ヴィオレッタとフローラのヘッドドレスってどうなった?」

「作ってきたよ。こんな感じでどうかな?」


 ヘッドドレスは手作りした。

 ボンネ型にドレスと同生地で作った薔薇を何種類かあしらい、模造パールと羽根を散りばめる。ヴィオレッタの分は金色を中心にしてうんと艶やかに、フローラの分はアイボリーを基調に緑やオレンジの差し色を使って愛らしく纏めた自信作だ。

 針金を扱うから指先に怪我しないよう全神経を使ったし、かなり疲れた。

 存分に褒めて下さい、お願いします。


「うわ~、可愛い。買ったんじゃないよね?」

「違うよ。余分な予算なんてもうないでしょ」

「だよね。いやでも、これすごいよ!」


 率直な賞賛に、舞い上がってしまう。

 手先を使う系の仕事なら任せて! と胸を張ったら、わらわらと集まってきた子達に、追加で色々作らされる羽目になった。

 

 大量の材料が入った紙袋をぶらさげ、トボトボと自室へ戻る。

 途中で遭遇した涼ちゃんには、気の毒そうな目で見られた。

 うう……他にも沢山仕事はあるのに、すぐにいい顔しちゃう自分が憎い。


 

 くたくたの状態で迎えた前日のリハーサル。

 実際に衣装を合わせての通し練習に、臨時で作られた楽屋は殺気立っていた。


「恥ずかしいとかないから! ほら、さっさと着替える!」

「ちょ、待って! だってこれ、タイツだろ? うわああ、分かった! せめて自分で履かせてくれ!」


 衣装チームは全員女子。

 男子用の楽屋から聞こえてきた悲鳴に心の中で合掌し、私もせっせとキャストの着せ替えに励んだ。


 

 本番はお天気にも恵まれ、大勢のお客さんに来てもらえた。

 

 去年も一昨年も、美登里ちゃんと大和さんが二人で観に来てくれたんだった、とぼんやり思い出す。

 「今年はいいわ」寂しげな笑顔でチケットを拒んできた美登里ちゃんは、春から5キロは痩せている。

 ――これ以上はダメだ。

 危機感を覚えた私と蒼が、しょっちゅうお菓子やパンを渡すものだから、彼女のスクールバッグからはいつも甘い匂いがした。


 主役の上代くんと皆川さんは、ぴったり合った呼吸と迫真の演技で、会場の溜息と涙を誘っていた。

 普段は関西弁の上代くん達。

 標準語の台詞を覚えるのは大変だったみたいだけど、練習の苦労を覗かせない立派な椿姫でした。すごい!


 かなりの期間と労力をかけて準備してきたお陰で、春冬祭は無事終了した。

 

 

 寮祭が土曜に行われるのは、明けの日曜日を片付けに当てる為だ。

 次の日の朝、私は汚れてもいいシンプルなTシャツとジーンズに着替えて、部屋を出た。

 祭りの後特有の寂寥感が、寮内を満たしている。

 これで、本当に夏も終わりだな。

 しみじみ感慨にふけりながら、中庭と寮の玄関周りをみんなで手分けして片付けていく。


 お昼ご飯の時、食堂で鉢合わせした蒼には、なぜか渋い顔をされた。


「片付けは下級生の仕事だろ。一昨年も去年も、俺らちゃんとやったじゃん。なのに、なんで真白がそんな格好してんの?」

「えーと。実行委員だから?」

「他の実行委員は売上の計算がどうとか言って、涼しいラウンジでだべってたぞ」

「そうなのか。涼しいの、いいなぁ」

「いいな、じゃない!」


 そんなに蒼が怒んなくたって。


 午前中、蒼は露草館の図書室へ行くと言っていた。

 

 思うように勉強がはかどらなかったのかな?

 ここはひとつ、私が彼女らしく労ってあげようではないか。

 

 ジーンズのポケットに突っ込んできた小銭入れを取り出し、食堂の端に設置されてる自販機に向かう。


「お疲れ様」


 蒼は、私が彼の前に置いたアイスコーヒーを凝視した。


「……なんで?」

「勉強で疲れちゃったのかな、って。あれ? 違った?」

「ちがう。けど、……ありがと」


 蒼はアイスコーヒーをごくごくと飲み干し、空の紙コップをタァンと勢いよくテーブルに戻した。


「昼からは、俺も手伝う」

「え、いいよ。勉強しにいって」

「二人でやれば、その分早く終わるだろ。っていうか、終わらせる」

「う、うん」


 スイッチの入った蒼は、恐ろしくてきぱきと働いた。

 次に何をしていいか分からず立ち止まってる下級生にも、どんどん仕事を振っていく。ラウンジからは会計以外の実行委員を呼び戻し、外に蹴り出していた。

 

 三時過ぎには、ほぼ全部の片付けが終わってしまった。


「あとは?」

「借りた衣装のチェックだけ。これは私の担当だから、ひとりで大丈夫だよ」

「――ふぅん」


 蒼の瞳がいたずらっぽく煌く。


「聞いた? 終わりだって。衣装は俺と真白でチェックしてくるから、しばらく面談室は立ち入り禁止な。以上、解散」


 周りにいた下級生たちに向かって言い放ち、蒼がシッシッと手を振ると、「ええ~」「なんかやらしい!」と一斉にブーイングが起きる。


「うるさい。さっさと行けよ」


 蒼の冷たい声に追い立てられ、皆は文句を言いながらもその場を離れていった。


「え? あ、ちょ、待って――もう~。蒼が急かすから、お疲れ様も言えなかったよ」

「それは向こうが真白に言う台詞。ほら、行こ」


 さっきまでの無表情から一転、無邪気な笑みを浮かべた蒼に腕を引っ張られる。

 

 面談室のレイアウトは、すっかり元に戻っていた。

 借り物のトルソーは先に運搬トラックに乗ったみたい。

 あとは、部屋の隅に積み上げられた衣装箱の中身と、管理ノートを突き合わせるだけだ。


「じゃあ、私が箱を開けて読み上げるから蒼がチェックしてくれる?」

「いいよ。でも箱の移動は、俺がやるから触んないで」


 近くにあった軍手をはめて、作業に取り掛かる。

 蒼の手際がいいせいで、それもあっという間に終わってしまった。


 最後の箱に入っていたのは、ヴィオレッタのドレスだ。

 本番ではこっちは使わなかったんだよね。

 衣装合わせの時、皆川さんの髪の色と合わないって、ヘアメイク担当のさっちゃんに却下されたんです。茶色い髪の皆川さんには、確かにアイボリー色のドレスの方がよく映えた。

 

「でもこっちのオレンジ色のドレスも綺麗だよね? 一目惚れして借りてきたのに、残念だったな」

「ねえ、真白」

「ん?」

「ちょっとでいいから、着てみてよ」


 はぁ!?

 さっきからやけに嬉しそうだと思ったら、それが目的だったのか。


「いや、私の髪にもこの色は合わないと思う。暖色の同系だし」

「絶対似合うって」

「うーん……じゃあ、ちょっとだけ。あっち向いててね!」


 蒼は扉のところにパイプ椅子をかませ、すぐには開けられないようにしてから、おおげさな身振りで両目を覆った。


「はい、いいよ」

「あっち、向いててって言った」

「ちぇ」


 蒼の座った椅子も、しぶしぶ壁側を向く。

 

 完全に蒼の動きが止まったのを確認してから、手早くTシャツを脱ぎ、脇ファスナーを下ろして広げたドレスの中に飛び込んだ。

 想像以上にパニエが重いし、かさばる。

 ウエストがもたついてしょうがないので、思い切って下も脱ぎ捨てた。スカート部分を整えてから、脇ファスナーを引っ張り上げる。

 ストラップレスのブラで良かった。

 手探りで大きく開いた襟を整え、蒼の方を振り返ると、ちゃっかり蒼はこちらを向いていた。


「あ、あっち向いててって言ったのに!」

「だって、見たかったもん」


 見たかったもん、じゃない。

 痴漢だよ、痴漢! と顔を真っ赤にして抗議する私の前にやってきて、蒼ははぁ、と息をついた。


「すっげぇ綺麗」


 それから手を伸し、一つに結んでいた私の髪をほどいてしまう。

 ふわりと下りた髪を梳く蒼の手つきの優しさに、何だか急に胸が痛くなった。

 衣装のせいで綺麗に見えるだけだよ、と心の中で思ったけど、言えなかった。


「……満足した?」


 泣きそうになったことに気づかれまいと、明るい笑顔を作って聞いてみる。


「うん。――花嫁みたい」


 褒め言葉として「お姫様」ではなく「花嫁」を選んだ蒼の瞳は、ショーウィンドウ越しに眩い宝石を見たかのような憧憬に満ちていた。

 まるで絶対に手が届かないと分かっているみたいな、諦めが入り混じった寂しい眼差しに、私の胸の痛みは強さを増す。


「じゃあ、花婿は蒼だね」


 その通りだと頷いて欲しくて、子供みたいな返事をしてしまった。

 蒼は頷きも否定もせず、「ほんと、すげえ綺麗」とただ繰り返した。



 


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