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43.三年目

 三年生の卒業式は、よく晴れた。

 彼らの新たな門出を祝福してるみたいなお天気に、早くも鼻がツンとする。

 良くしてくれた寮の先輩たちは言うまでもなく、富永先輩とももう簡単には会えなくなると思うと、無性に寂しくなって、式でもその後のプロムでも、私はずっと涙を堪えていた。

 富永先輩とは今までだって、そうしょっちゅう顔を合わせていたわけじゃない。それでも、練習室の名簿に記された力強い筆跡に私も頑張ろう! と励まされたし、実習クラスでの入れ違いなんかで、「お疲れ様」と声をかけられることもあった。同じ道を先に進んで行く先輩のまっすぐさに、私は随分救われていた。

 

 ひどく感傷的になったのは、ダンスが踊れないせいで壁に貼り付き、先輩方の華やかなステップを眺めるくらいしか、やることがなかったからかもしれない。人間、暇だと余計なこと考えるよね。

 ……それにしても、なんだよ、プロムって。

 この行事にだけはどうしても馴染めない。どうしてみんなワルツとかカドリールとかさらっと踊れちゃうわけ?

 一年の時は、着ていくドレスがなくて欠席した。

 周りはプロムの為に新調するって張り切ってたし、一着しかないコンサート用ドレスで行くのは何だか憚られたんです。見栄っ張りと笑うなら笑え。

 あからさまに揶揄されたことは幸いなことに一度もないけど、私はこの学院では異端の貧乏学生だって自覚はある。今年のプロムに出られたのは、父さんがドレスを買ってくれたからだ。

 理事長が父さんに「去年プロムを欠席したのは、女子生徒では島尾さんだけでした」と言いつけたらしい。トビーめ! 直接何もしてこなくなっただけで、意地悪な性根は変わってないみたい。

 「ご両親のお許しがあれば、私がドレスを贈ってもいいのですが」とまで言われ、父さんはすごく恥ずかしい思いをしたという。「気が回らない親でごめんな」と何度も謝られ、私は何度も首を振った。

 

 会場までエスコートしてくれた蒼に、「もしかして踊れたりする?」と聞いてみる。

 蒼はすまなそうに「うん、まあ」と眉をさげた。謝らなきゃいけないのは、こっちの方なのに。

 蒼と踊りたい女の子は沢山いるみたいで、露草館に入った時からチラチラ視線が飛んできてる。

 狭量な私は、「踊ってきていいよ」とも言ってあげられず、蒼のスーツの袖口をきゅっと掴んだ。

 蒼の住んでる世界との隔たりを感じてしまうのは、こういう時。

 私の着てるドレスが10着は買えそうな、高級ブランドのスーツを隙なく着こなした蒼を、恨めしく見上げると、蒼は「心配しなくても、どこにも行かないから」と小声で言った。

 それから私の手をほどき、きちんと繋ぎ直してくれる。

 住んでる世界が違っても、このままずっと一緒にいられるって信じたくなるのは、こんな時。

 

 富永先輩を目で探すと、人気者の先輩らしく、色んな人にせがまれて一緒に踊ったり、談笑したりしていた。そんな富永先輩を少し離れたところから立花さんが、それは恐ろしい目つきで睨んでいるのも同時に見えてしまい、びくっとした。

 遠目に立花さんと目が合う。

 立花さんの視線は下へと移動し、私と蒼の繋がれた手で5秒くらい止まった。何だか申し訳なくてもぞもぞ手を動かし、離そうと試みる。

 蒼は「だーめ」と叱るように言って、今度は指を絡める恋人繋ぎに変えてきた。

 立花さんはというと、お人形さんみたいに可愛い装いから遠くかけ離れた険しい表情で、再び富永先輩の監視に戻っていた。……先輩。刺されないうちに気づいた方がいいですよ。

 

 

 三年にあがったら、流石に今までとは色々違ってきた。

 一番大きいのは、進路のこと。

 Aクラスの子は殆どが青鸞の付属大学に進むみたいだし、私もこのままの成績をキープし続ければ大学でも奨学金を狙えると後藤先生には言われている。

 だけど他のクラスには、音楽に見切りをつけて、一般の大学を受けることにした子が結構いるみたい。涼ちゃんも「私は付属を受けるけど、ヴァイオリンは一生道楽だろうなぁ」と微妙な顔で笑っていた。

 好きというだけでは食べていけない残酷な現実の前で、私たちは散り散りになっていく。

 美登里ちゃんと涼ちゃん以外で、すごく仲良しになれた子は残念ながらいないけど、皆とそこそこ楽しくやってきただけに、無常感を覚えてしまう。

 ずっと変わらないものなんてないんだな。


 ひたひたと押し寄せてくる高校時代の終わりに、割り切れない思いを持て余していたある日。

 私は、美登里ちゃんに呼び出された。


 美登里ちゃんからの「今すぐ会いたい」メールを読んだのは、日曜の夕方近くになってからだった。

 ずっと充電スタンドに立てっぱなしにしていたせいで、着信ランプに気づくのが遅れてしまった。

 時間を確認してみると、メールをくれたのはお昼の13時すぎ。

 場所は、寮からバス停5つ分先にある繁華街のカフェだ。

 さすがにタイミング外しちゃったな、と申し訳なく思いつつ電話をかけてみる。呼び出し音はするものの、美登里ちゃんは出ない。何だか嫌な予感がしてきて、10コール目で電話を切り、今度はメールを送ってみた。しばらく携帯を握ってうろうろしてみたものの、返信もコールバックもない。

 こんなことは初めてだった。


 手早く部屋着からワンピースに着替え、お財布とハンカチをポーチに突っ込む。部屋から飛び出し、バス停へと走った。

 どうか勘違いでありますように!

 誰もいなかったら、美味しいケーキでも買って帰って、涼ちゃんとお茶しよう。そうしよう。

 

 バスに乗ってる間も、私はそわそわしっぱなしだった。

 何度も携帯を取り出しては、着信がないか確かめる。目当ての場所で降り、人ごみをすり抜けるようにして美登里ちゃんが指定したカフェを目指した。

 カフェの前は、丸く開けた休憩所になっている。蒼とも何度か来たことがあったから、迷わずたどり着けた。休憩所の木製ベンチに、美登里ちゃんはぼんやり座っていた。

 白のプリーツスカートにオフショルダーのニットを合わせ、厚底のサンダルを履いた美登里ちゃんは今日も文句なしの美少女だったけど、表情が全てを台無しにしている。

 親の仇を目前にしたような顔で、美登里ちゃんは目の前の石畳をじっと睨みつけていた。

 13時過ぎからこうしていたのなら、ざっと3時間は睨まれ続けている。その石畳はいつ爆発してもおかしくない。


「美登里ちゃん!」


 私が声をかけると、美登里ちゃんはのろのろと顔をあげ、そしてくしゃり、と顔を歪めた。

 涙腺が決壊するという表現がぴったりだった。美登里ちゃんの下瞼にぶわりと浮かんだ涙の粒が、次から次へと溢れ落ちていくのを見て、今日だったのかな、とうっすら予想した。

 少し前から美登里ちゃんは、「そろそろけじめをつけないと」と口癖のように言っていたから。


「ま゛じろ゛じゃん」


 泣きすぎて大変なことになっている。

 道行く人の興味本位な視線に晒されるのは可哀想だ。美登里ちゃんの腕を取り、無理やり立ち上がらせた。

 確かこの近くにカラオケがあったはず。そこでなら、ゆっくり話を聞ける。

 被疑者を連行する警察みたいな勢いで、私は美登里ちゃんを引きずった。ジャケットを羽織ってたら、脱いで上から掛けたかったくらいだ。とりあえず、ハンカチを顔に押し付ける。

 わんわん泣いている女子高生連れを前にしても、カラオケの受付のお姉さんはマニュアル対応を崩さなかった。カラオケに来ることなんて滅多にないし、勝手が分からないから、こういうの本当にありがたい。はい、禁煙です。車は運転しません。学生証あります。

 とりあえず2時間でお願いし、薄暗い部屋に入った。

 美登里ちゃんをソファーに座らせ、「どうしたの」と聞いてみる。


「……アサギのお母様にばれて、呼び出されたの。アサギに、二度と近づくなって。アサギにも、本当のことを、話すって」


 美登里ちゃんは、しゃくりあげながら途切れとぎれに話してくれた。


「なんのつもりか知らないけど、私たちは一切、美坂家にご迷惑をかけるつもりはありません、って最初に言われて、わたし、違うって言ったの。ただ、アサギと一緒にいたかっただけです、って。そしたら、今度は気持ち、悪い、って。きもちわるいって、鳥肌が立つって。アサギは知らないのに、よくそんな残酷なことが出来るわね、って言われた。……そう言われるだろうなって、わかってたけど、アサギのママって、アサギと雰囲気がよく似てて――」

「もういいよ」


 血を吐くように独白する美登里ちゃんの声を、それ以上聞いていられなくて、私は彼女の肩を抱き寄せた。


「無理して言わなくてもいいんだよ」

「そのうちアサギも、家に帰ってきて、嘘だろう? って何回も言ってた。お母さまの話を聞いて、びっくりした顔して、それから、それから、ミドリはいつから知ってたの? って。わたし、答えられなかった。アサギは、腕をさすってた。嫌悪感が、全部顔に出てた。……嘘だったら良かったのに!! アサギと私の血が繋がってるの、全部ウソだったら、よかったのにっ!!」


 聞いてるだけで胸が切り裂かれるような悲痛な叫び声をあげながら、美登里ちゃんは私の膝に突っ伏した。


「ただ、好きだったんだよ。好きで、好きで、少しでも長く傍にいたかっただけなんだよ。結婚したいとか、キスしたいとか、叔父だって分かってからは、そんな大それたこと、一回も望んだことなかった。もうちょっと、って先延ばしにしたせいで、あんな顔、させちゃった。アサギにあんなこと、言わせちゃった!」

「うん。うん」


 慰めることも励ますことも出来ず、私はバカみたいに相槌を繰り返しながら、美登里ちゃんの華奢な背中を摩った。

 大和さんの反応を責める気持ちは起こらなかった。美登里ちゃんも、大和さんに怒ってるわけじゃない。

 お母さんからいきなりヘビーな出生の秘密をぶちまけられた大和さんは、どんなに驚き、傷ついたことだろう。私は美登里ちゃんの友達だから、彼女に肩入れも同情もしてしまうけど、一番可哀想なのは大和さんだってことくらい、分かる。

 分かるだけに、やるせなかった。


 一時間くらい泣いていた美登里ちゃんが、ようやく落ち着いてきたので、飲み物を取りに行ったり、おしぼりを貰いにいって水で濡らしたりした。

 冷えたおしぼりを目の上に乗せ、ソファーの背もたれにぐったり寄りかかった美登里ちゃんの口元に、烏龍茶のストローを近づける。弱々しく水分を補給する彼女は、滅多打ちにされてリングサイドに戻ってきたボクサーみたいだった。


 そこからまたしばらく、ぐったりしたままの美登里ちゃんを介抱していると、私の携帯が、ついで美登里ちゃんのスマホが震えた。

 私のは蒼からで「どこに出かけたの? スリッパがある!」という所在を確かめるもの。

 わざわざ玄関の靴箱を見に行ったのか、蒼よ。

 美登里ちゃんはスマホの着信相手を見て、ウッと口元を押さえた。一度きつく目を瞑ったあと、通話拒否ボタンを押し、何度か操作を繰り返す。


「……もしかして、大和さんから?」

「うん。着信拒否して、アドレスも番号も消した。もう会わない約束したし、さすがにこれ破ったら、自己嫌悪で死にたくなる」

「美登里ちゃん」

「そんな顔しなくても、ホントには死なないわよ。私、図太いの。誰より自分が可愛いの」


 そんな風に大和ママに言われたんだろうか。

 

「誰だって、自分が一番可愛いよ」


 とっさに言い返すと、美登里ちゃんは疑うように目を細めた。


「マシロが言ってもね」

「私も、私が一番可愛いよ!」

「うん……ありがとう」


 大声で一体何を言ってるんだ、というような私の主張に、それでも美登里ちゃんはふにゃりと笑ってくれた。泣きすぎてパンパンに腫れた目は、しょぼしょぼと瞬きながら、再び涙を数粒こぼした。


 

 返信がないのに焦れた蒼から、電話がかかってくる。

 今いる場所と、簡単な事情を説明すると、蒼はすぐに迎えにきてくれた。

 城山の車でまず美登里ちゃんを送り届け、それから蒼は車を寮へと向わせた。車の中で、蒼はずっと無言のままだった。

 寮に着いたのは19時過ぎで、門限ギリギリだった。

 人気ひとけの少ない食堂で、もそもそと夕食を咀嚼する。お腹は空いているはずなのに、ちっとも食が進まない。

 蒼は音を立てて箸をトレイに置くと、大きな溜息をついた。


「だから言ったんだ。深入りするなって」

「うん……」

「最初から、こうなるって分かってたはずだろ? もともと別れる予定だったんだし、全部一気に片がついて逆に良かったじゃん」

「そんな言い方しなくたって」

「マシロは、誰にでもすぐ同情するから。だから、美登里にもつけ込まれるんだよ。今日だって、いいように振り回されてさ」

「……もういいよ。蒼には分かんないよ」


 蒼に婚約者がいるのを知ってて、それでも好きになってしまった私には、美登里ちゃんを自業自得だと笑うことなんて出来なかった。

 先なんかなくたって一緒にいたいと思って付き合い始めたの、私だけだったのかな。

 今度の学コンで優勝できなかったら、私も蒼パパに「うちの蒼に近づくな!」って言われちゃう立場なのに。


 何だかすごく悲しくなって、衝動的に立ち上がった。


「私だって麗美さんから見たら、婚約者のいる蒼に、ちょっかい出してる泥棒猫だよ。忘れたの?」

「――それはっ」

「駆けつけたって、結局何も出来なかったけど。でも一人で帰れなかった美登里ちゃんの気持ち、分かったよ。振り回されてなんかない。私がしたくて、勝手にしただけ」


 ご馳走様、と手を合わせ、先にトレイを片付けに行く。

 固く唇を引き結び、そのまま食堂を出たところで、肩を掴まれた。

 思い詰めた顔をした蒼に、力強く引き寄せられる。


「ごめん、言いすぎた」

「……振り回されてないよ」


 蒼のさっきの糾弾には、私への不信も含まれてて、それもすごく痛かった。

 誰にでもすぐ同情する女だと思われてるのが、悔しかった。


「美登里に親身になってるの見て、不安になって」


 蒼は苦しげに口を開いた。


「高校出たら俺は別の大学行くから、今までみたいには近くにいられないの、怖くて。ごめん。知らない奴に、俺よりもっと可哀想な奴に、真白を取られるような気がしたんだ」


 あんまりな言いように、我慢していた涙がにじむ。


「可哀想だから、好きになったんじゃないっ!」


 蒼のパーカーの紐を思い切りひっぱり、噛み付くみたいなキスをして、私はそのまま走って逃げた。

 


 


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