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40.海水浴

 紺ちゃんに会うのは、一年半ぶりだった。

 前世の記憶を取り戻してからというもの、こんなに長い期間、花ちゃんと離れたことなんてなかった。前世でもそうだ。

 

 もうすっかり薄れてしまった記憶の中に、それでも印象深く残ってる思い出はいくつかあって、そのどれもが花ちゃんと結びついている。


 一つ違いの姉は、物心ついた頃からそれはもう私を可愛がってくれた。

 玩具の取り合いすらした覚えがない。

 私が欲しがるものを、花ちゃんはいつも譲ってくれたからだ。

 「はなちゃん、ありがとう」にぱっと笑ってお礼を言うと「いいんだよ~」といつでも嬉しそうに笑って私をぎゅうぎゅうに抱きしめてくれた。

 そんな花ちゃんを喜ばせたくて、私も必死だった。

 幼稚園でイベントの時だけもらえるお菓子も、すぐに食べたいのを我慢して家に持ち帰り、花ちゃんと半分こした。

 小学校へ行く道は、2人手をつないで。別々に帰らなきゃいけないのが嫌で、よく玄関の前に座って花ちゃんの帰りを待ったっけ。

 髪を切った花ちゃんを酷い言葉でからかった近所の男の子には、泣きながらくってかかった。もちろんかなうはずもなく、突き飛ばされて泥だらけになった私を見て、からかわれた時は平気そうだった花ちゃんまで泣いた。

 要領が悪い私は、中学にあがってから勉強についていくのが難しくなった。

 「だいじょうぶ。里香は出来る子!」

 テストで赤点を取ってきても、花ちゃんは私の頭を撫でて「一緒に頑張ろう」と励ましてくれた。

 そんな花ちゃんが、唯一私に譲ってくれなかったのが、友衣くんだ。

 今となっては、友衣くんが欲しかったのか、それとも花ちゃんを取られたくなかったのかよく分からない。

 

 うっかりマンホールに落ちさえしなければ、私たちはきっとまた仲良くなれたはずだった。

 友衣くんと花ちゃんを仲直りさせて、花ちゃんの嬉し泣きを見られたはずだった。


 だけどそうはならなくて、花ちゃんは私の為に全てを捨てた。

 

 

「真白ちゃん! 久しぶり!」


 澄み切った青がどこまでも遠く広がっている空には、雲ひとつない。

 容赦なく照りつける太陽の下、ロールスロイスが静かに家の前に止まる。ドアが開くやいなや、紺ちゃんが真っ先に降りてきた。

 嬉しくてたまらないというように私の腕に飛びつき、自分の腕を絡めてくる。

 修学旅行から帰ってきた私を、花ちゃんもこんな風に出迎えてくれたっけ。

 紺ちゃんの一挙手一投足に呼び起こされる記憶の断片が、私の胸をぎゅうぎゅうに締め付ける。

 

「真白ちゃんは、今日は私の隣ね」


 遅れて車から降りてきた紅は、しょうがないなと言わんばかりの顔で紺ちゃんを見ている。

 私と一緒に迎えを待っていた蒼を振り返ると、蒼は「しょうがないな」と声に出して言った。

 

 ノースリーブの白いワンピースに麦わら帽子というリゾートスタイルをお嬢様らしくエレガントに着こなした紺ちゃんに続いて車に乗り込んだあと、前の席を見てびっくりした。

 運転席に座っているのは能條のながさんで、助手席にはなんと水沢さんがいる。

 二人がこうして揃っているのを見るのは初めてだった。しかもいつものスーツ姿じゃなく、半袖のTシャツを着ている。くだけた格好のせいで、いつもよりうんと若く見えた。


「お久しぶりです、蒼様、真白様」


 能條さんの挨拶に「ご無沙汰してます。今日はよろしくお願いします」と頭をさげてから、紺ちゃんに視線を移す。


「今日は大人数なんだね」

「ええ。美登里ちゃんがイギリスに行ってなきゃ、彼女も誘いたかったわ。水沢を呼んだのは、ビーチバレーとかビーチフラッグとか色々遊んだらどうかなって思ったの。紅と蒼くんと能條の3人じゃ、ペアが作れないでしょう?」

「ええ~、めんどくさいよ」


 すかさず蒼が紺ちゃんの提案に口を挟む。


「それに俺らが遊んでる間、玄田たちは何するつもり?」

「もちろん、観戦して応援するのよ。ね? 真白ちゃん」


 イケメン4人のビーチバレー。そしてビーチフラッグ。

 正直に言おう。ものすごく見たい。


「楽しそう! 個人的には、水沢さんと能條さんの本気が見てみたいです」


 私の言葉を聞いて、前の座席の大人組が声をあげて笑い出す。


「お嬢様方のご期待に応えないわけにはいかないですね」

「精一杯、務めさせて頂きますよ」


 大人の余裕、素敵!

 うっとりした気持ちが顔に出たのか、向かい側に座った蒼の目つきが鋭くなった。


「そこは彼氏の応援するとこじゃないの、真白」

「だって、蒼も紅もなんでも出来過ぎなんだもん。ちょっとはへこまされ……じゃなかった、普通っぽいところが見たいなって」

「おい、ボンコ。本音が漏れてるぞ」

「あら、これは失礼? わたくし嘘がつけないたちなんです、ごめんなさいね」


 紅のツッコミにすかさずお嬢様キャラで切り返すと、紺ちゃんまでくすくす笑いだした。


「こんなこと、昔もあったわね。懐かしい」


 艶やかな茶色の髪。瞳は明るい榛色。透き通るような肌で、笑うと頬がピンク色に染まり、長い睫毛に縁どられたアーモンド型の瞳が愛らしい弧を描く。

 完璧美少女の紺ちゃんが笑うと、周りの空気は一気に華やいだ。

 ううん、美少女じゃなくたって、私は何度でもその鈴を転がすような声を聞きたいと願っただろう。花ちゃんはそういう子だった。


「蒼も紅も頑張ってね。盛大に負けて悔しがるとこ、ちゃんと記念に残してあげるから」


 膝上の籠バッグから父さんに借りたデジカメを取り出し、ふざけて構えてみせる。

 紅と蒼がそっくりな表情で顔をしかめたので、私も笑ってしまった。



 小さな入り江の端に佇んでいる瀟洒なコテージは、記憶の中のそれよりも新しいくらいだった。

 去年、外観を塗り替えたんですって、と紺ちゃんが教えてくれる。

 大きな道路から外れ、長い林道を通ってやってきた入江には、相変わらず人気ひとけがなく、波の音しか聞こえない。それにしても、砂浜脇に停めてあるロールスロイスの場違いっぷり、すごいな。


 しばらく使ってないとは思えないほど、コテージは綺麗だった。

 どうやら水沢さんとメイドさん数名が昨日来て、空気の入れ替えと掃除を済ませたらしい。冷蔵庫の中には冷えた麦茶やミネラルウォーター、ペリエなんかが並んでいた。あ、桃とパイナップルまである!

 

「では、先にパラソルを立てて参りますね」


 いつの間に着替えたのか、ハーフパンツの水着姿になった水沢さんと能條さんが一階のデッキから顔を覗かせる。


「ありがとう。私たちもすぐに行くわ」


 ダイニングで冷えた麦茶をご馳走になっていた私たちも、紺ちゃんに促され着替えることにした。


「紅たちは一階でいいでしょ。私たちが二階を使うから、上がってこないでね」


 紺ちゃんが茶目っ気たっぷりに釘をさすと、紅は「勘弁しろよ」と肩をすくめた。


「妹とボンコの着替えを覗きに行くほど、飢えてない」

「蒼くんもだよ」

「はいはい」


 紺ちゃんは笑いながら私の手を引き、二階へ駆け上がっていく。

 一瞬ちらりと振り返った視界には、苦笑してる紅と、怪訝そうに眉をひそめている蒼が映った。

 紺ちゃんがこんなに上機嫌な理由を、蒼も不思議に思ってるんだ。

 

 ――『コンには守秘義務がある』

 ――『万が一全部ゲロっちゃったら、その瞬間、コンは死ぬからね』


 トビオの警告は真実だと、私は判断している。迂闊なことは聞けない。

 心底楽しそうな紺ちゃんには、なんの翳りもないように見える。


 信じていいのかな。一緒になって楽しんでも、いいのかな。


 当たり障りない話題を探した結果、口から出てきたのは「いつもスーツ着てるから分かんなかったけど、水沢さんたちの腹筋すごいね」という、何とも変態じみた台詞でした。

 シックスパックに割れてる腹筋なんて初めて見たから、強烈に印象に残っちゃったみたい。

 自分で言って勝手に赤面した私をよそに、紺ちゃんは平然とした顔でするすると着替えていく。

 

「運転手とボディカードを兼任してるからかな? 休日はジムに通って鍛えてるみたいよ」

「もう40前なはずなのに、全然おじさんに見えないし。そっか~、すごいね」

「ね!」


 ……だめだ。

 世間話に見せかけた誘導話術とか、とてもじゃないけど私には出来ない。


「真白ちゃんの水着、可愛い。ホルターネックになってるんだ。ミニスカートのフリルが、ブラ部分とお揃いなのもいいね!」

「へへ。ありがとう」


 褒め言葉に舞い上がり、危うく「お姉ちゃんに見立てて貰った」と続けそうになった。

 今の私に花ちゃんそっくりなもう一人のお姉ちゃんがいること、紺ちゃんはどう思ってるんだろう。今まで深く考えたことのなかったあれこれが、喉と胸を塞いでくる。


「こ、紺ちゃんのビキニも可愛いよ。そういう淡い花柄ってよっぽどスタイル良くないと似合わないよね」

「そうかな。真白ちゃんに褒められると嬉しいな。実はこれと、もう一つ迷ったのがあって――」


 流行の水着について話しながら、日焼け防止の薄手のパーカーを羽織り、一階へ降りる。

 

 リビングでは、サーフパンツに着替えた紅と蒼が、大人びた肢体を惜しげもなく晒しながら、浮き輪に空気を吹き込んでいた。私と紺ちゃん用の浮き輪だ。

 2人とも全く素の状態なのに、雑誌のグラビアを飾ってもおかしくない格好良さ。こういうの、フォトジェニックっていうんだっけ。

 大体なんであんな綺麗な筋肉ついてるの? 

 運動部でもないのに、おかしくない?

 思わず自分のお腹を見下ろしてみた。

 一見真っ平らに見えるけど、何の筋肉もない、触ったらぷよぷよのお腹を。


「真白!」


 いち早く私に気づいた蒼が、浮き輪片手にニコニコしながらやってくる。

 ぽすん、と私の首にふくらんだ浮き輪をかけ、「すっごく可愛い」と水着を褒めてくれた。

 そのまま目線を下げていこうとするので、慌てて背伸びをし、両頬を挟んで食い止める。


「ストップ。見ないで。薄目で、ぼんやりしか見ないで」

「えー。今更」

「今更でもなんでも!」


 揉み合っていると、紺ちゃんにパーカーの裾をつんと引かれる。


「蒼くん、今日くらい真白ちゃんを独り占めするの遠慮してよ」

「は?」

「私と紅の前で、お触り禁止!」


 私の腰にかけた蒼の手をペチッと叩き落とし、紺ちゃんは私を自分の方に引っ張った。


「なんだよ、それ」


 ぼやく蒼を尻目に、紺ちゃんに引きずられるように玄関に向かっていく。


「紺ちゃん、もしかして、蒼のこと嫌い?」


 こっそり小声で聞いてみると、紺ちゃんは一瞬目を大きく見開き、それからプッと噴き出した。


「ううん。違うよ。今だけだから、ってこと」

「ん?」

「なんでもなーい! 行こ!」


 眩しい太陽のしたへ、眩しい笑顔の紺ちゃんが飛び出した。

 きらきら輝く茶色の髪に、目を細める。

 確かに彼女は、そこにいた。


 

 海遊びは、ものすごく面白かった。

 バーベキューは美味しかったし、イケメン4人の各種対決は予想以上に見ごたえがあった。

 どちらも一歩も譲らず、なかなか決着がつかない。

 常に体を鍛えてる水沢さんたちに対抗出来るなんてすごい、と私は素直に感心したんだけど、蒼と紅は「俺らの方が若いのに」とめちゃくちゃ悔しがっていた。


「真白が応援してくんないから!」

「それ関係ないでしょ」


 ぷぅと頬を膨らませ、こっちを睨んでくる蒼の可愛さには吐血するかと思った。

 強烈なスパイクを決め、「普段楽器しか触ってない坊ちゃま方には、負けませんよ!」とドヤ顔で言い放った能條さんが、私の中のMVPだ。面白かったな~、あれ。

 

 写真を沢山撮った。焼き増ししてあげるね、と紺ちゃんに言うと、手を叩いて喜んでくれた。

 その話を横で聞いていたひねくれ紅が「俺はいらない」と口を挟んできたので、「やだ、この人。勝手に貰う気になってる!」と大仰に驚いてみせた。怒った紅にしばらく追い回された。

 紺ちゃんも蒼も笑って助けてくれなかったの、覚えとくからね!

 

 蒼と紅に手伝って貰いながら私と紺ちゃんで砂のお城を作ったり、浮き輪に捕まって足がぎりぎりつかない深さの場所にぷかぷか浮かんだりした。

 その間、蒼と紅は遠泳競争をしていた。体力底なしか。

 

 みんなずっと笑顔で、完璧な一日だった。


 日暮れを合図に、片付けタイムに入る。

 男性陣が外の片付けを担当してくれることになったので、私と紺ちゃんは台所で、使った食器なんかを洗うことにした。


「蒼くんと真白ちゃんが、すごく仲良くて安心したな」


 スポンジを泡立てながら、ポツリと紺ちゃんが言った。


「自分ばっかり、ごめんね、花ちゃん」


 一日中遊んでくたびれていたのか、あんまり楽しくて気が緩んだのか、気づけばそんなことを口走っていた。

 ハッと我に返り、「今のなし!」と言いかけた私を、紺ちゃんは目顔で制してくる。


「まだ気にしてたのね。しょうがないなぁ、里香は」


 聞き間違いかと思った。

 少し遅れて、紺ちゃんの声が、じんわりと胸の奥に染みとおっていく。

 今まで押さえてきたものが、一気に膨れ上がり、お腹を震わせた。


「だって……っ。私の、私のせいでっ」

「泣かないの」


 紺ちゃんは困ったように微笑み、泡のついた手で私の頬をつつく。


「蒼くんは真白ちゃんのどこを好きになったのかな。聞いてみたことある?」


 唐突に話題が変わり、私はきょとんと紺ちゃんを見つめ返した。


「……ない、かも」

「トモにね、一回だけ聞いたことあるの」


 紺ちゃんは、得意げにふふん、と鼻をうごめかす。

 何かいいことがあった時に、花ちゃんがよくやった仕草だ。


「友衣くんは、なんて?」

「気づいたら好きになってたから、分からないって困ってた。お世辞でもさ。顔とか性格とか、私が喜びそうなこと言えばいいのに、そういうの言えない人だったよね」


 うん。知ってる。

 そうだったね。


 こくこく、と頷き、私は羽織ったパーカーの袖でごしごし目元を拭った。


 「今度、真白ちゃんも聞いてみてよ」と紺ちゃんが言うので、それにも頷いた。


 台所の窓から差し込んでくるオレンジ色の夕陽に照らされた紺ちゃんは、満足げな表情で私を見つめ、それから「今、すごく幸せ」と笑った。





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