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22.春冬祭(後編)

 大勢のお客さんの対応に追われているうちに、休憩時間になった。

 慣れない接客に必死だったから気付かなかったけど、もう13時。交代要員に引き継ぎを済ませた途端、お腹が強烈な空腹を訴えてくる。

 そこらじゅうから食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきてるもんだから、余計に。


「お疲れー。売上も上々だし、来年の予算確保出来そうだな」


 タクミ先輩は上機嫌で小さな手提げ金庫のお金を集計し、次の責任者に申し送りしてる。

 皆川さんはと云うと「お疲れ様でした」と大きく一礼し、そのまま急ぎ足で去っていってしまいました。ああ……結局仲良くなれなかった。チャンスだったのに、自分の要領の悪さが憎い!

 猛省しながら皆に挨拶し、私たちも移動することにした。


 蒼がお腹を押さえながら「さすがに腹減ったな。真白は?」と聞いてくる。


「私も! 喉も乾いたし、お昼にしよ」

「とりあえず適当に買って、分けっこするか」


 分けっこ、だって。蒼の言い方がすごく可愛くて、口元がだらしなく緩んでしまった。

 ニマニマほくそ笑む私を見て、蒼も目元を和らげる。


「なに、その顔。俺、変なこと言った?」

「ううん。蒼は可愛いな~と思って」

「それ、男に対しての褒め言葉じゃないから」

「えー。やっぱりカッコいいって言われる方が嬉しいもの?」


 「……うそ。真白に褒められるなら、何でも嬉しい」と蒼は俯き加減に呟き、自分の台詞に照れてはにかんだ。

 母性本能にガリガリと爪を立てられ、私は心の中で「むり! 可愛すぎ!」と一人悶える羽目になった。


 山茶花寮インヴェルノ側の開けた場所に大きなテントが張ってあって、そこが簡易休憩所になってるんだけど、如何せんちょうどお昼どき。

 日陰でご飯を食べたい人達で、すでにぎゅうぎゅうです。

 お盆を過ぎたとはいえ、まだ8月。容赦なく照りつける太陽のせいで、私も汗びっしょりだ。

 クリームイエローのTシャツで良かったよ。白だと下着が透けそうだし、濃い色だと汗染みが気になりそう。


「どこもいっぱいみたいだね。……そうだ! 中央ステージに行かない? 飲食禁止じゃないし、そこで座って食べながら、演奏聞こうよ」

「俺はいいけど、真白は暑くない?」

「大丈夫。行こ!」


 蒼の手を引っ張ろうとして、衝撃の事実に気がつきました。

 やだ、この人、汗かいてない!

 手の平もさらさらだし、顔もつるんとしてる。

 

 そういえば昔、『女優さんは顔に汗かかないらしいよ』って花香お姉ちゃんが教えてくれたっけ。

 蒼は不思議そうに首をかたむけ、私の手を握ってくれる。汗で湿った手をな!


「……汗かいてて、気持ちわるいよね、ごめん」


 早口で謝ると、蒼はますます不思議そうな表情になった。


「なんで。暑いし、普通だろ?」


 蒼はかいてないじゃんかー。キャラ補正か。そうなのか。

 でもそれでいくと私は、曲がりなりにもこの世界の主人公ヒロイン。薔薇の香りの汗をかいたっていいはずなのに、なんだこの格差。つらい。 


「それに、気持ち悪いのは俺の方だよ」

「どういう意味?」


 ぎゅっと私の手を握り締め、蒼は恥ずかしげに頬を染めた。


「汗かいてる真白、色っぽいなってさっきから見蕩れてた」


 主人公補正よ、ありがとう。

 今すぐ地面にひれ伏し、転生の神様に感謝の祈りを捧げたいくらいです。



 すっかり気を良くした私は、安心して蒼にくっつき、人混みの合間を縫っては屋台をはしごした。

 焼きそばにたこ焼き、それにかき氷をゲット。炭水化物祭りだけど、今日くらいいいよね。

 氷が溶けないうちに急げ! と中央ステージを目指す。

 予想通り、ステージ前にずらりと並んだパイプ椅子には空きがあった。トロイメライの柔らかな音色が、私たちの頭上をふわりと流れていく。

 さすが青鸞。飛び入り参加のOBたちの奏でる音楽は、どれもかなりレベルが高い。

 素敵な演奏を聞きながら、大好きな人の隣で出来立ての屋台メニューを頬張る。なんて最高の一日なんだろう。


「蒼の氷も一口、ちょうだい」


 私は定番のイチゴ味。蒼はグレープフルーツ味を選んだ。

 手を伸ばす前に、蒼が自分の容器からひとさじ掬い、私の口の前まで持ってくる。

 ……こ、これは!


「早く口開けないと、溶けるよ」

「ちょっと待って。心の準備が」

「いいから、ほら。……あーん」


 その場で吐血しなかった私を誰か褒めて!

 無自覚女心キラーの蒼は、真っ赤になりながらも何とかスプーンをくわえた私を見て、嬉しそうに笑っている。

 さっぱりとした柑橘の酸味が喉を滑っていくけど、正直味わってる余裕はない。恥ずかしいやらドキドキするやらで、脳内はプチパニック状態だ。


「俺も真白の食べたい」

「蒼は甘すぎるの苦手じゃん。イチゴ、すごく甘いよ。やめといたら?」

「やだ、食べたい」


 その言い方、卑怯! どこまで私をトキめかせれば気が済むんですか。

 心拍数が正常値を大きく振り切ってる気がする。私の心臓、大丈夫かな。

 

「もー、しょうがないな。はい」


 何とか平然を装い、容器ごと渡そうとすると、蒼はふるふる頭を振って拒否してきた。


「俺にもさっきのして?」


 その場に鼻血を撒き散らさなかったのは奇跡だと思う。

 ええ。アーンしましたよ、私も。

 えへへ、と満足げに微笑んだ蒼をその場で押し倒したくなりましたよ。我慢したけどね!


 イチャイチャしながら食事を終え、ゴミ捨てから戻ってくると、ちょうどステージにクラシックギターを抱えた初老の男性が出てきたところだった。

 運営の用意したマイクスタンドを調節し、ギターの前に合わせている。

 続いて他の参加者も登場し、結局、5弦にフルート、オーボエ、イングリュッシュホルン、クラリネット、そしてトランペットがステージ上に集まった。

 トランペットはなんと、皆川さんでした。そっか、ステージに出る予定があったから急いでたのか。


 「かなりの人数が揃ってるわね。一体、何を演奏するのかしら?」

 「ギターソロと管弦編成って言ったら、アレでしょ」


 周りの人たちも曲目を察したらしく、期待に満ちた眼差しでステージを見つめている。

 私もきちんと座り直し、聴き入る体勢を取った。


 明るく軽快な第一楽章。高らかに鳴り響く管のファンファーレ。そして有名な第二楽章へ。

 爪弾くギターの音色の上に、哀愁漂うイングリッシュ・ホルンの旋律が被さっていく。それに応えるように再びギターで奏でられる主旋律。一瞬でゾワリと鳥肌が立った。


 うまいっ!

 ギターのおじいちゃん、めちゃくちゃ上手い!


 指揮者がいないとは思えないほど、ソリストと残りのメンバーの息はぴったりだ。

 楽譜を各自前に立ててるけど、これ、本番一発勝負でしょ? 信じられない、どういうことなの。

 

 終盤の聴きどころは何といっても、情熱的にかき鳴らされるギターソロとヴァイオリンのピチカートとの応酬。そしてトゥッティ(全奏者による合奏)。

 文句なしに素晴らしい合奏だった。時間の関係なのか、第三楽章まで聞けなかったのが残念でなりません。

 演奏が終わると、いつの間にか増えている沢山のお客さんの間から「ブラボー」の声が次々にかかる。私も精一杯の拍手を送った。蒼も珍しく、大きく手を叩いてる。

 本当に音楽って素敵。

 こんなにも私の胸を熱く揺さぶり、魂を高く舞い上がらせるものが他にあるだろうか。


「最高だったね!」

「有名な人なのかもな」


 なかなか鳴り止まない拍手と歓声をバックに、蒼と小声で絶賛し合う。


「あー、今ものすごくピアノ弾きたい」

「俺もチェロ触りたい」


 蒼の晴れやかな笑顔に、胸がスッとした。

 今みたいな顔で、ずっと笑ってて欲しい。その為なら私、なんだって出来るよ。



 中央ステージ前を離れ、これからどうしようか、と相談していたところで、携帯が鳴った。メールの着信表示を確認して、中身を開く。


 蒼が怪訝そうに「誰から?」と聞いてきたので、にっこり笑って安心させた。


「美登里ちゃんだよ。中庭の噴水のところに来てるって。行こ!」

「ええー。せっかく二人きりだったのに」


 不満げな蒼を宥めながら向かった待ち合わせ場所。

 噴水前のベンチにいたのは、美登里ちゃんだけじゃなかった。見知らぬ男の人が、親しげに美登里ちゃんとお喋りしている。

 あれ? チケット一枚しか渡さなかったはずだけど、あれ?

 

 私と蒼に気づくと、美登里ちゃんは勢いよく立ち上がり、こちらに駆けてきた。

 彼女の後から、私たちより少し年上に見える彼もついてくる。


「お招きありがとう、マシロ!」

「ううん。来てくれてありがとう」


 後ろの彼が気になり、ついチラチラ見てしまう。美登里ちゃんは幸せそうな表情で彼を見遣り、私に告げた。


「急に予定が空いて、一緒に来られることになったの。こちら、大和やまと 浅葱あさぎさん。二つ上の高校三年生。私のとっても大切な人よ」

「そういうの、恥ずかしいからやめて。――えっと、はじめまして。大和です。今日はいきなりお邪魔してすみません」

 

 大和さんは、人懐っこい笑顔で私たちに挨拶してくれた。

 挨拶を返そうとした私を遮るように、蒼が一歩前に出る。


「はじめまして、城山 蒼です」


 蒼の自己紹介に、大和さんはサッと顔色を変えた。

 気まずげに眉を曇らせ「君が……」と呟く。


「美登里、ちょっと」


 険しい表情を浮かべた蒼は、いきなり美登里ちゃんの細い腕を掴み、離れたところへ引き摺っていってしまった。

 いつもなら盛大に抵抗しそうな美登里ちゃんも、されるがままに着いていく。

 その場に残された私と大和さんは、呆然と二人の背中を見送った。


「……重ね重ねすみません。彼がここにいるって知らなくて」

 

 大和さんが謝罪で沈黙を破るものの、状況がさっぱり掴めない私は、首を振ることしか出来ない。

 蒼を知ってたってこと? え、どういうこと。蒼はなんで急に美登里ちゃんを? 訳が分からない。


「あの、大和さんって美登里ちゃんの彼氏さん、ですか?」


 しょうがないので、一番気になることから順番に確認してみることにする。

 大和さんは目をぱちぱちと瞬かせた後、ゆっくりと頷いた。


「そうなんですね。美登里ちゃんにそんな人がいるなんて、初めて知りました」

「いや、ちょっと前に再会したばっかりなんだ」


 再会とな。

 ますます謎が深まる。


「お付き合い自体は長いんですか?」

「そうでもないかな。小さい頃はしょっちゅう遊んでたけど、美登里は途中でイギリスに行ったから」

「なるほど」


 再び沈黙。

 だめだ、ちっとも状況が掴めない。

 大和さんをベンチに座らせ、真ん前に仁王立ちして、とことん追求したい。

 じれったい気持ちを募らせ始めたところへ、蒼が戻ってきた。

 

 さっきの硬い表情から一転、柔らかな営業スマイルを浮かべてる。

 初対面の相手をすっかり魅了してしまう優しい笑顔。よそ行きモードに突入した蒼を見て、何か事情があるんだ、と鈍い私もようやく察した。

 美登里ちゃんは、私の方を見ようとしない。

 

 こんな時、蒼と美登里ちゃんを繋ぐ絆に、私は嫉妬してしまう。家同士の付き合い込みの婚約者だもん、仕方ない。自分に言い聞かせるたび、胸の底が暗く濁る。


「すみません、動転してしまって。美坂さんからは聞いてると思うんですが、俺は彼女との婚約を断るつもりです。どうか、気にしないで下さい」

「あ、いや。こちらこそ。図々しく一緒に来てしまって、すみませんでした」

「音楽劇は16時からなんですよ。先に場所を取った方がいいかもしれません。毎年盛況みたいですから」


 蒼が説明すると、大和さんは「そうなんですか。音楽には詳しくないんですが、実は楽しみで」とにこやかに答える。


「案内しますね」


 蒼は大和さんを促し、先を歩いていこうとする。

 数歩歩いたところで蒼は、立ち止まったままの私達を振り返り、美登里ちゃんを睨みつけた。まるで脅しつけるみたいなアイコンタクトに、美登里ちゃんは唇を噛む。


「先に言ってて。飲み物を買っていくから」


 美登里ちゃんは明るい声で言い放つと、私の手を掴んで足早に逆方向へと歩き始めた。


「え、美登里?」

「すぐに来ると思います。席だけ取っておきましょう」


 戸惑う大和さんを蒼が連れて行く。

 私は目をしろくろさせながら、美登里ちゃんに着いていくしかなかった。


 美登里ちゃんは、中庭の特設ステージから少し離れたところにある臨時のジューススタンドへ向かい、ミネラルウォーターのペットボトルを4本買ってくれた。

 お財布を出そうとする私に、2本押し付け、「チケット貰ったし、これくらい奢らせて。一応、ソウの分も」と微笑む。

 気の毒なくらい、ぎこちない笑みだった。


 それからのろのろと歩き出し、美登里ちゃんは何度かさくらんぼみたいな唇を舐めた後で、ようやく口を開く。


「アサギとは、別荘のある蓼科で出会ったの。私が6歳でアサギは8歳になったばかりだった。私たちはすぐに仲良くなって、時間を見つけては森で遊んでた。お互いが初恋で、大きくなったら結婚しようね、なんて約束して」


 ほほう。いい話じゃないですか。ロマンティックじゃないですか。

 親の決めた婚約を嫌がった理由が、ストンと胸に落ちてくる。

 と同時に、どうして今、そんなに辛そうなのか、ますます分からなくなった。


「イギリスに行ってる間は?」

「文通してたわ。途中までは」


 美登里ちゃんは立ち止まり、きつく目を閉じた。


「お願い、マシロ。私を軽蔑しないで。嫌わないで、おねがい」

「ちょっと待って。ごめん、私、本当に話が見えないんだよ」


 泣き出しそうに顔を歪める美登里ちゃんの背中を、慌ててさする。

 私が撫でたのがまずかったのか、美登里ちゃんの大きな二重の目から、ぽろりと涙がこぼれて落ちた。


「アサギは私の叔父よ。ずっと知らなかった。知った時には、もう遅かった。アサギが好きなの。どうしようもないの」


 美登里ちゃんの衝撃的すぎる告白は、ただ私の鼓膜を打ち、頭には入ってこなかった。

 高校三年生の、おじさん。おじさんって何歳からを言うんだっけ。

 ああ、違うか……叔父さんか。

 

 ――叔父さん!?


 叫び出しそうになるのを、寸でで堪える。


「だ、だだだ、ど、どど」


 誰の、いや、どっちの? と聞きたかったのに、急にスキャットし始めた私を見て、美登里ちゃんは泣き笑いの表情になった。


「relax(落ち着いて)、マシロ。祖父の隠し子よ。認知はしてるみたいだけど、本人は知らないわ。アサギが生まれてすぐ、アサギのお母様は結婚してるから、継父を本当の父親だと思ってる」

「――そうなんだ。……ごめん、なんて答えていいか分からない。……あ、でも美登里ちゃんのこと、嫌ったりとかはないから! それは絶対ないから!」


 慌てて付け加えると、美登里ちゃんは顎に梅干みたいな窪みを作って、私を見つめ返してくる。

 小さい子供が泣くのを我慢してるみたいな、幼い表情に胸が激しく痛んだ。


「ノボルが家を継がないなら、私が。私が継がないのなら、全てを知ったアサギが継ぐことになる。蒼との婚約話が宙ぶらりんなの、私には好都合なの。何も決断しなくて済むから」


 ごめんね。本当にごめんね、と美登里ちゃんは繰り返した。

 

 美坂家のごたごたと美登里ちゃんの気持ちを知っていた蒼は、堂々と大和さんを連れてきた美登里ちゃんにカッとなり、どういうつもりか問い詰めたらしい。

 「二度と会わない方がいい、ってソウには言われてたのに、会ったらもうダメだった」と美登里ちゃんは血を吐くような声で言った。

 

 あまりに重すぎる話に、私は目眩を覚えた。

 

 ……しかも今日の演目、ロミオとジュリエットだよ。


 

 美登里ちゃんは大きく息をつくと、ハンカチを取り出して目元を拭い、それから口元をぐにぐにと指で押した。


「ね、いつもどおりに見える?」

「うん。見えるよ」

「マシロも、笑って? アサギに知られたら、私、生きてられない」

「そ、そんなこと言われたらますます緊張しちゃうじゃんかー! 美登里ちゃんのバカー!」

 

 我慢できず抗議した私を見て、美登里ちゃんはクスクス笑いだした。


「ね。バカだよね。私、ずっと誰かにそう言って欲しかったみたい」


 今まで見た中で一番綺麗な笑みを、美登里ちゃんは浮かべた。


 

 結論から言えば、渾身の演技が出来たと思います。

 心配そうにきょろきょろ辺りを見回す大和さんが視界に入った途端、絶対にボロは出せないと悟りましたよ。


 「お待たせ!」美登里ちゃんが声をかけて、大和さんの頬にペットボトルをくっつける。

 眩しいくらいまっすぐな眼差しで、大和さんは美登里ちゃんを見上げ、ホッとしたように頬を緩める。

 たったそれだけで、彼がどれほど美登里ちゃんを愛しく想っているのか分かってしまった。


「遅かったね。混んでたの? 俺が買いに行けば良かった。島尾さんも、すみません」

「全然大丈夫ですよ」


 突然、スピーカーがブツッと音を立てる。


「劇の上演、30分前です。スタッフは中庭に集合して下さい」


 スピーカーから実行委員長の枯れた声が流れてきたのを合図に、私と蒼は彼らから離れた。


「もう行かなきゃ。劇が終わったら、すぐに撤収作業に入らなきゃいけないんです。楽しんでいって下さいね」と声をかけると、「ありがとう」わくわくした表情の大和さんが答える。

 美登里ちゃんも「また、学校でね」と手を振った。


 急ぎ足で観客席をあとにしながら、私は蒼のTシャツの裾を掴まずにいられなかった。


「…………美登里ちゃんたち、どうなるのかな」


 口からこぼれたのは返事のしようがない問いかけで、蒼に大きな溜息をつかせてしまった。


「どうにもなんないよ。行き止まり。美登里だって分かってるはずなのに、真白を巻き込みやがって」


 憤りに満ちた声に、私の胸の重りは更に重量を増した。

 完全な傍観者である私でさえ、こんなにも苦しい。

 美登里ちゃんはどれほど苦しいか。


 

 ――『頼りないし、聞くだけになる可能性大だけど、いつでも言ってね。誰かに聞いてもらうだけで気持ちが楽になるってあるし』

 ――『これ以上お荷物を抱え込むつもり? 本当にお人よしね』


 彼女と交わした会話を思い出し、グッとお腹に力を込める。

 何も出来ないけど、ホント出来ないけど、聞くだけで美登里ちゃんの気持ちが軽くなるのなら、どんと来いだ! 


 だけどリアルジュリエット展開だけは、勘弁してね。美登里ちゃん。


 


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