表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/54

18.グループデート

 駅前広場には、もうすでに皆集まっていた。

 集合時間間違えたかな? 慌てて大きな時計台を見上げると、まだ10分も余裕がある。

 絵里ちゃんたちは私を見つけると、歓声をあげて飛びついてきた。


「久しぶり~! ほんとに真白だ!」

「この子はもう! いきなり寮に入って連絡なしとか! どうしてるか心配だったんだよ!」


 咲和ちゃんと麻子ちゃん。それに美里ちゃんと玲ちゃんまで一斉に口を開くものだから、全員の声は拾えなかった。聴音で鍛えたはずのこの耳もお手上げ状態の彼女たちの興奮が、自分の不義理のせいだと分かって、嬉しくも申し訳なくなる。


「ごめんね! ごめん!」


 両手を合わせ拝む私に、みんなはしょうがないなぁって顔で笑ってくれた。

 まだ半年しか経ってないはずなのに、随分久しぶりに感じるのは皆が大人びてしまっているから。

 服装や髪型もやっぱり中学の時とは全然違う。「その服かわいい」「髪伸びたね。いいじゃん、似合ってる」女子同士の大騒ぎに少し引き気味の男子陣は、少し離れたところで待機中です。

 

 ようやく再会の祭りが一段落し、一緒に来たはずの蒼を目で探すと、絵里ちゃんの彼氏である間島くん。そして朋ちゃんの彼氏である木之瀬くんに早速話しかけられているではないですか。

 蒼が孤立しないように気を遣ってくれてるみたい。

 相変わらずいい人たちだなぁ、間島くんと木之瀬くん。……木之瀬くん!?


「あ、あの」


 皆の輪から抜け出て蒼に近づくと、それはそれは綺麗な笑みでにっこりと微笑まれました。

 フラッシュバックのように小学校時代の悪夢が蘇ってくる。

 ……修学旅行。……圧迫面接……うっ。頭が!


 「もう自己紹介した?」恐る恐る聞いてみると、蒼は「うん。二人共、真白と中学時代仲良かったんだってね」と頷く。けど目は笑ってない。

 ちょ、それだけ!? もっとちゃんと自己紹介しといてよ、木之瀬くん!


「ましろ、久しぶり。城山くんと俺、小学校の頃さ。京都のホテルで会ったことあるよな? まさかの再会にマジでびっくりした」


 木之瀬くんがカラリとした笑顔で話しかけてくるのに、こくこくと相槌を打つ。


「やっぱりな。あの時から何か怪しいと思ってたんだって。赤い髪の方とどっちだろ?って思ってたけど、そっか。ましろの本命は城山くんだったのか」


 地雷を狙っての華麗なタップダンスに絶句してしまう。

 悪気はないの知ってるけど、お前はデリカシーゼロ人間か! 道理で私と気が合ったはずだよ! 同類の匂いがぷんぷんするぜ。


りん。真白が困ってるでしょ」


 すっかりお姉さんになった朋ちゃんがやって来て、やんわり木之瀬くんを窘めてくれる。朋ちゃんの親しげな口調に、蒼もおや? という表情に変わった。


「ごめん。懐かしくて、つい」


 朋ちゃんに向ける木之瀬くんの視線は、見てるこっちが砂を吐きそうなほど甘いもので、それで蒼も確信を抱いたようだった。


「もしかして、この二人付き合ってる?」


 腰をかがめ、耳打ちしてくる。


「うん。っていうか、言ったよね。みんな彼氏持ちのグループデートだよって」

「――忘れてた」


 てへ、みたいな可愛い顔してもダメだからね。さっきの怖い笑顔、脳裏に焼き付いてるからね。

 と思うのに、口からは勝手に「だと思ったー」なんて優しい声が出ちゃってる。

 蒼のくれる感情なら、やきもちだろうが何だろうが嬉しいと思ってしまうの、病気かもしれません。


 そして全員の顔合わせ。

 玲ちゃんの彼氏は普通にかっこいい今時の男子高校生でした。長谷川平蔵の面影はない。

 咲和ちゃんの隣に平然とした顔で並んでたのは、なんとあの田崎くんで、私はしばし絶句した。

 気が動転しすぎて、田崎くんを指差し「え? 本気で?」と咲和ちゃんに聞いちゃったよ、ごめん。

 だって、他校のバスケ部の彼女はどうなったの?

 「ましろの気持ちは分からんでもないけど、落ち着いて。改心したんだって、俺」などと相変わらずチャラチャラしてる田崎くんは供述している。耳のピアス、また増えてない? パンツ腰履き過ぎない? 

 田崎くんが悪い人じゃないって知ってるけど、でも「誠実な彼氏像」とは程遠い。咲和ちゃんとは小学時代からの長い付き合いだ。泣かせて欲しくないんだよ。

 生徒指導の先生並みの渋い顔つきになった私の肩を叩いて、玲ちゃんは「ましろ、お父さんみたい」と大笑いした。


 総勢14名という大所帯で、ぞろぞろとオープンカフェに移動し、そこで早めの昼食会。

 初めましての男子陣の顔が全然覚えられなくて、私は終始営業用スマイルを浮かべることになった。

 人見知りな蒼はもっと大変だろうと視線をやると、案外リラックスした表情で間島くんたちに挟まれている。

 会を仕切ってるのは絵里ちゃんだ。普段のんびりしてるんだけど、社交的な彼女はこういう時すごく頼りになるんです。

 誰も気まずい思いをしないように、ちゃんと目を配ってる。話の振り方も上手で、バラエティ番組の司会者みたい。いや、ちゃんとテレビを見たことないから分かんないけど、そんな感じ。

 ランチセットのデザートが運ばれてくる頃には場はすっかり和み、明るく親しげな空気に満ちていた。


「じゃー、そろそろ行こっか。会計迷惑になるといけないから、私がまとめて払うね。伝票回すから、お金頂戴」


 絵里ちゃんの声にみんながざわざわと移動する準備を始める。

 蒼がどうするか心配でつい見ちゃう私の脇腹を、美里ちゃんがうりうりとつついてきた。


「さっきから城山くんのこと見すぎ! ラブラブだなぁ、もう」

「え? あ、うん。あはは」


 まさか母親のような気分で見守っているとも言えず、笑って誤魔化しました。

 蒼はちゃんと千円札を出していた。良かった。カードしか持ってないとか言い出さなくて。


 そこからショッピングモールに移動。

 書店やCDショップを冷やかしたり、ゲームセンターでプリクラを撮ったり。

 普段街遊びをしない私と蒼は、言われるがままに着いて回ったんだけど、不思議と疲れはしなかった。プリクラの待ち時間、ようやく蒼と二人になれる。


「大丈夫? 疲れてない?」

「いや、全然。新鮮だなって。ハイになってるのかな、何かふわふわしてる」


 「一緒だ~」と笑う私を眩しげに見下ろし、蒼は頬をゆるめた。


「真白の話、沢山聞けたよ。努力家で、ずっと成績トップで、モテないわけじゃないのに浮いた話ひとつなくて、ピアノが恋人なんだろうって皆が言ってたって」

「あー、うん。そんな感じ」


 改めて聞かされると面映ゆい。

 まあ、正確にいえば、松田先生という憧れの君がいたんですけどね。

 玲ちゃんは特に、私がどれだけ一方的に熱をあげてたか知ってるはずなのに、蒼には言わないでくれたみたい。


「真白、おいで。女子だけでも撮ろ!」


 麻子ちゃんがビニールカーテンから顔をのぞかせ、手で招いてくる。


「後で蒼とも2人で撮ろうね」

「うん。ほら、行っといで」


 蒼がこころよく背中を押してくれたので、そのまま皆のところに合流する。

 はしゃぎながら、色んなポーズを取ってはパシャリ。

 出てきた小さな写真の私たちは、別人のように色白で、瞳は少女漫画の主人公みたいに黒々と大きくなっていた。なんだこれ! お腹を抱えてみんなで笑う。

 笑いすぎて涙目になってる玲ちゃんに「松田先生のこと、蒼に言わないでくれてありがとね」と言うと、彼女はきょとんと目を丸くした。


「だれ、それ?」


 ははーん。そういうことにしてくれるんだ。

 いくら過去のこととはいえ、彼女が中学の先生の追っかけしてましたなんて蒼が知ったら、いい気分しないもんね。


「ううん、何でもない」

「変なましろ」


 玲ちゃんは不思議そうな顔で私を眺めた。


 蒼と二人のプリクラは、一切加工なしの普通バージョンで撮りました。

 みんなとの大騒ぎですっかり気が大きくなった私が蒼の腕にくっつくと、蒼は一旦私の腕をほどき、肩を抱き寄せてきた。ぐっと身体が接近した途端、心臓がバクバクいい始める。

 今は夏で薄着だもんだから、余計にしっかり感触を拾っちゃうんですよ。蒼との骨格の違いを意識せずにはいられなくなる。


「ち、近くないですか?」

「だって、フレームからはみ出ちゃ駄目なんだろ?」


 蒼はにっこり笑って私の耳に唇を近づけた。


「……ってのは、言い訳。真白があんまりかわいいから、俺が抱きしめたくなっただけ」


 甘く優しい囁き声に真っ赤になった私を、画面の光が捉える。

 

「見て、ましろ。すげーかわいい顔してる」

「わーっ、なし! 今のなし!」


 選択画面のOKボタンを押そうとする蒼と揉み合いになり、外で待ってた間島くんに「イチャつくのもほどほどにしといてね」と釘をさされました。はい。すみません。

 外から差し込む光が橙色を帯び、日暮れを知らせてくる。

 楽しい時間ってどうしてこう、過ぎるのが早いんだろう。

 でも夕食は蒼をうちにお招きしてるんだよね。母さんが張り切ってたから、そろそろ帰らなきゃ。


「絵里ちゃん、今日は企画してくれてありがとね。すごく楽しかった」


 帰り際、絵里ちゃんを捕まえて心からの感謝を伝える。彼女は満面の笑みを浮かべ、それから唇をへの字に曲げて、泣き笑いみたいな表情になった。


「ホントのこと言ってもいい?」


 わけが分からず、とりあえず頷く。


「真白を遠くに連れてくピアノが、私、途中から嫌いだった。コンクールのせいで、真白は青鸞に行っちゃうことになったし、滅多に会えなくなった。ずっと、ずーっと一緒だったのに。応援なんかしなきゃよかったって、どっかで思ってた」


 幼稚園からの付き合いの絵里ちゃんの、本音を私はこの時初めて知った。


「バカみたいに子供でしょ? でも今は心から応援してるよ。プロになった真白のコンサート、絶対聴きに行くからね!」


 喉の奥を熱い塊が塞ぐ。

 目の表面を覆う水の膜で、絵里ちゃんがぼやけてしまう。


「大切な親友なんです。どうかよろしくお願いします」


 絵里ちゃんは隣に立ってた蒼にペコリと頭を下げ、それから太陽みたいに底抜けの笑顔で「またね!」と私たちに向かって手を振った。

 一生懸命我慢してた涙が、その笑顔を見た瞬間目尻から溢れて、私は慌ててバッグをあさる羽目になりました。ハンカチどこ!


 帰り道、蒼は私の手を握り、「絶対大事にするから」と約束してくれました。

 今でも充分、大事にしてくれてるよ。

 また泣けてくるでしょ。そういうこと言わないで。


 家に帰るまでにはなんとか涙を引っ込め、私たちは揃って玄関の扉を開けた。


「ただいま~」


 奥からすぐに母さんとお姉ちゃん、それに父さんまで出てくる。一家総出のお出迎えに、さすがの私もたじろいだ。


「おかえり。あらあら、まあまあ」


 母さんは蒼を見て、意味なく手をパタパタと振った。


「こんなに大きくなっちゃって! 道で会っても……分かるわね。すごく男前だもの。小さい頃は目がくりっとして美少年って感じだったのが、そのまま美青年って感じになって」


 蒼の成長ぶりを絶賛する母を、父さんがぎょっとした顔で見遣る。

 そういえば、一番最初に蒼と会った時も母さんはこんな感じだったっけ。


 「ありがとうございます。今日はお言葉に甘えてしまってすみません」蒼は動じず、微笑ましげな眼差しで答えた。

 すっかり舞い上がった母さんは「こんな素敵な子が、義理の息子になるかもしれないのね……」と呟き、私を真っ赤にさせた。

 父さんはといえば、抗議したそうに口を開け閉めしてたけど、理性と常識が勝ったみたい。


「こんなところで立ち話もなんだから、入って」

「お邪魔します」


 父さんの後に蒼がついていく。

 二人の後ろ姿を見て、私は今までのことを思い出さずにいられなかった。

 蒼の方が父さんより背が高いことに、不思議な感覚を覚える。


 小さな背中にランドセルをしょって、真冬だというのに薄着な蒼が、この廊下を通っていったんだった。

 初めて彼がうちに来た日のことがありありと脳裏に浮かび、胸がいっぱいになる。

 さよならを告げた後、蹲って号泣したのもこの玄関だったな。


「ほら、ましろも。感慨にふけってないで、行こ」

「揚げ物の下準備まではばっちりだから、手伝ってちょうだいね」


 母さんとお姉ちゃんが、立ち止まった私を振り返り、明るい笑顔で声をかける。

 全てが夢のように幸せな時間だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ