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9.サポートキャラ始動

 いよいよ本格的に授業が始まった。

 効率のいい授業の取り方や練習室予約の裏ワザ、どの先生の教え方が上手いか、などの有益な情報を美登里ちゃんが流してくれたのですごく助かった。全部自分で決めなきゃいけないから、色々迷ってたんだ。

 蒼はどうするのかと聞いてみれば、チェロ専攻の必須科目以外は全部私と一緒のクラスを取るという。


 「あー、分かった! 考えるの面倒なんでしょ」

 「違うけど、じゃあそれで」

 「えっ。違うの?」

 「……真白って、大人になったら壺とか買わされそうで心配」


 買わないよ!

 蒼って、必要に迫られないと頑張らない感じがして……気怠げな美少年イメージというか。ごめん、ごめん。もう高校生だもんね。あの頃とは違うよね。


 

 亜由美先生のレッスン日は、今は土曜日に変更してもらっている。

 平日の夕方に通うのが時間的に厳しくなったっていうのと、ソルフェージュのクラスがなくなったというのがその理由。紺ちゃんと私を最後に、亜由美先生は新しいお弟子さんを取らなくなったのだ。

 というわけで、土曜の午前中は、美登里ちゃんと一緒に亜由美先生の家へ通っている。

 どうして美登里ちゃんも一緒かというと、彼女が副科でピアノを選択したからです。

 お兄さんであるノボル先生に教えてもらうことも最初は考えたらしい。

 「でもヨーロッパまで毎週飛ぶのは、面倒だなって思ったの」と美登里ちゃんは笑った。面倒とかそういう問題じゃなくない? 使うのは自家用ジェットだったりしてね。――ありえる。

 ノボル先生が駄目なら亜由美先生がいい、と美登里ちゃん自身が希望したそうだ。「親友の妹さんだもの、断る理由がないわ」と先生も快く引き受けてくれたらしい。親友、というそのあっけらかんとした言い方に、私はこっそり涙した。

 

 ああ、でも大丈夫かな。

 亜由美先生の半端ない完璧主義に泣かされないといいな。

 私がそんな心配をしてるとも知らず、美登里ちゃんは終始ご機嫌だった。

 レッスンを終えてサロンに戻ってきた時なんて「マシロとコンの話聞いてたからナーバスになってたんだけど、すごく優しくて安心したわ」とまで言ったんですよ。

 あなたが受けたのは、本当にアユミ マツシマの指導ですか?

 すぐには信じ難く、先生にそれとなく聞いてしまった。


 「そうね。プロを目指してる生徒さんと、ある程度弾けるようになるのが目標の生徒さんでは、教え方は違ってくるわね」

 「あ、そういう……」

 「なあに、真白ちゃん。甘い指導をご希望?」

 「とんでもないです! 今のままで最高です!」


 だから、先生。にんまり悪い顔で笑うのはやめて下さい。


 レッスンが終わった後は、美登里ちゃんと昼食を食べて帰るのが習慣になった。

 こんな時でもないとゆっくりガールズトークできない、というのが彼女の言い分。高級レストランだったら行けないという私の主張も聞いてもらえた。

 支払いなら気にしなくていいのに、って不満そうだったけどね。高校生のおこずかいで行けるお店だって、結構美味しいんだよ?


 「真白って変わってる。私の知り合いはみんな喜んでたし、当たり前って顔してたけど」

 「そういう人もいると思うよ。でも、私は苦手。そもそも美登里ちゃんのお金じゃないし、奢ってもらう理由がないよ。将来働くようになって自分のお金が入ったら、その時は特別な日に奢って? たとえば誕生日とか。私も美登里ちゃんをお祝いするのに、とびきりのレストランでご馳走できるよう頑張るから」


 いい考えだと思ったんだけど、彼女は新種の珍獣を見つけたかのような顔をした。

 昔ながらの上流階級の価値観は、庶民のそれとは全然違う。莫大な資産を運用して雇用を生み出す側だから、自らあくせく働くという考え自体持ってないものだと後から知って、美登里ちゃんは本当に美坂財閥のお嬢様なんだなぁって感心した。


 

 その日は、駅前のモールに入ってるサンドイッチ専門店に立ち寄った。

 注文の仕方が分からなくてまごついてる美登里ちゃんは、非常に可愛かったです。世間知らずな美少女のお世話なんて、したくてもなかなか出来ないよ。役得!

 

 栗鼠みたいに一生懸命サンドイッチをほおばってる美登里ちゃんに、教えてもらった情報のお礼を言うと、彼女は口の中のものをきちんと飲み込んだ後、紙ナプキンで上品に口元を押さえた。


 「私はフルート専攻の3年生から聞いたの。ほら、うちはピアノ科と違って合同実習も多いでしょ。マシロは寮生なんだから、そっちで上級生との繋がりが出来るんじゃない?」

 「うん。親切に話しかけてくれる先輩は何人かいるよ。でも、そこまで長く話す機会がないっていうか……」

 

 作曲科の阪田さかた先輩とか、弦楽科のミチ先輩とか。寮生の中でもとびきり人懐っこくて、賑やかなことが大好きなお二方には気にかけて貰ってる気がする。

 といっても、顔を合わすのは朝食と夕食の時くらい。

 「今日も仲いいわね~。あんまり見せつけないでよ」なんて微笑ましそうに笑って、ちょこっと立ち話をしていく程度なんだよね。蒼はその間、私の隣で大人しくご飯に集中している。


 「もしかして、寮でもソウが邪魔してるんじゃないでしょうね」


 私の話に相槌を打っていた美登里ちゃんが、急に目つきを尖らせた。


 「どうして? 蒼がそんなことするわけないじゃん」

 「どうしてって聞きたいのはこっちよ。マシロの中のソウって、一体どんな男なわけ?」


 改めて聞かれると、どうなんだろう。

 素直で可愛くて、優しくて、いつも私を気遣ってくれる大切な人であることは間違いない。

 怒るとちょっと怖いけど。あと、他人に厳しめだけど。……ん? 何か引っかかる。ザラリとした異物が胸の内側を小さく引っ掻いた。


 「この際はっきり言うけど、このままマシロに仲のいい友達が出来なかったら、それはソウのせいだからね。あいつが独占欲丸出しでマシロにくっついて、周りを牽制してるからだよ」

 「あー、それは私も薄々気づいてた。いっつもカップルでいると、お邪魔かな? って話しかけにくいものだよね」

 「……だめ。噛み合わない。ソウの猫かぶりを甘くみてたわ」


 ぼやいた美登里ちゃんが、何かを思いついたと言わんばかりに瞳を輝かせた。


 「ねえ、マシロ。ソウの本音、知りたくない?」

 「ほ、本音?」


 本音、ということは建前があるということで。

 もしかして、私を異常にお姫様扱いしてくるあの態度は、蒼の建前なんだろうか。美登里ちゃんと一緒にいる時の方がのびのびしてるとは思ってたけど。うわ~、ショック。

 知りたい。蒼が本当はどう思ってるのか。

 彼の言葉を疑ったことは一度もないけど、薄皮一枚で隔てられているようなもどかしさは、ずっと感じていた。


 「マシロだって、このままでいいとは思わないでしょう? あなたの世界もソウの世界も、すごく狭く閉じられたものになっちゃうのよ」

 「それは困る!」


 私は即答した。

 蒼は幸せになるべき人だ。もっと広い世界で、みんなに愛されて、小さい頃寂しかった分まで、うんと人生を楽しんで欲しい。


 「じゃあ、決まりね。寮に帰ったら、ソウを呼び出してくれる? 中庭に噴水があるでしょう? そこで私がいろいろ突っ込んで聞いてみるから、マシロはこっそり隠れてて。近くにちょうどいい茂みがあるといいんだけど」

 「え? まさか、盗み聞きするの!?」

 「Just Do It!(いいからやって) マシロが一緒にいたら、あいつは絶対に本音を吐かないわよ。賭けてもいいわ」

 「えー。……う、うん。分かった」


 美登里ちゃんの有無を言わせない迫力に飲まれ、思わず頷いてしまう。

 蒼への裏切り行為にならないかなって、最後まで心配だったけど、「大丈夫よ。もしバレても蒼は傷ついたりしないから」と彼女は太鼓判を押した。そこまで自信を持って言い切れるなんて、羨ましい。

 美登里ちゃんがサポートキャラだからこその進行なのか、それとも彼らの間にある絆の成せる業なのか。

 紺ちゃんがここにいたら相談できたのに、というところまで思考が巡って、自分の幼さにがっかりした。いつになったら、姉離れ出来るの?

 もっとしっかりしなくちゃ。ちゃんと自分で考えて、その結果の責任だって自分で負わなきゃ。


 美登里ちゃんちの車で寮まで送ってもらう間にもじっくり考え、私は決意を固めた。

 何も手を打たないまま、後悔するのは嫌だ。当たって砕けよう。

 真白さえいればいい、なんてそんな悲しいこと、いつまでも蒼に言わせたくない。


 「美登里ちゃん、よろしくね。色々考えてくれて本当にありがとう」


 寮の外門に到着し、車を降りる。送迎のお礼に続けてそう言うと、彼女は一瞬ポカンとして、それから弾けるように笑いだした。


 「ずっと黙ってるから何かと思ったら、まだ悩んでたのね、マシロ。なんてキュートなの!」

 「え、いや、そんなこと」


 ただ鈍臭いだけなんだけど。

 ずいぶんいい風に捉えてくれたらしい美登里ちゃんは、両手をぎゅっと拳の形に丸め、「任せて!」と頼もしく請け負ってくれた。

 



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