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第1話 考察する少女

 



 ――黒髪の少女は考察する、何故こうなったのか……。


 10mはあろう表面の皮が裂け一切の臓物を曝け出したおぞましい巨人が目の前に立ちはだかっているのだ。


「――なにこれ」と項垂れながらも思考を巡らせ迫りくる危機を脱却する術を考える。


 そんな彼女の思考を他所に栗色の髪の少女が叫んだ。


「燃えてきたよっ!!」栗色の髪の少女は叫ぶや否や跳び上がった、地を蹴る脚は豪快で空を翔る姿は天馬の様に美しかった。


 少女の口元から覗く八重歯がさながら獲物に対する猟犬の如く光を放ち、瞬く間に巨人との距離を詰める。

 上半身を捻り腰に携えた剣に手を添える、全身全霊を込めた一撃を――


「行くよっ! 必殺のアークドライッ」




 ――パチンッ




「んぎゃっ」何かが潰れた音がした。

 同時にけたたましい音と校舎の一部が崩れたのである。黒髪の少女は気付いた、もう一人の少女の姿が見えない事に、しかしすぐさま視線を校舎から巨人に戻し黒髪の少女は安易に思った。


(まぁ、頑丈だから多分大丈夫でしょう――)


 巨人はと言うと邪魔な虫でもいたのか、払う様に手を振り回している、それを見ながら黒髪の少女は次に我が身の心配をしなくてはいけないと考えていた。


 先程まで倦怠感に蝕まれていた脳内も特攻ばかのお陰で平常な思考を取り戻している。

 冷静に分析を行う、幸いにも巨人の動きは遅い、体勢を整え歩き出そうとしているがその動き自体は脅威に見えない、普通に走れば逃げる事も十分に可能であろう。

 しかしこのまま放置と言う訳にも行かなかった、何故ならば……この巨人は自分達が作り出した物であった。



 時は遡り数分前――



 暗幕により外光を遮断した仄暗い部屋で『古後里詩緒こごりしお』は作業に没頭していた。

 白いブラウスの襟元には聖紋の刺繍が施されたネクタイと赤いチェック柄のスカート、丈はやや短め――。

 詩緒はその上にいつも黒いローブを羽織っているのだが開けたローブから際立つブラウスが全体の暗さを軽減させている。



 ゴリゴリッ、ゴリゴリッ――



 黒髪を揺らしながら木製の棒を器用に前後に動かし中心にある鉄製の円盤を動かす、薬研やげんと言われる道具に似ているが詩緒が磨り潰している物は薬草の類ではなく鉱石である。



 ゴリゴリッ、ゴリゴリッ―― 黙過集中。



「くっ! どうりゃ!」

 カチカチッ

「ぬぅ、これならどうだっ!」

 カチャカチャ

「うぐぅ、このまま……よし! 今だっ!」

 ガチャガチャッ



 ガリガリッ、イライラッ―― 黙過集中。


「行くよっ! 必殺のアークドライッ」


 ブッツン――



「ブハッ! テレビ消えちゃったんですけど!?」


 作業に集中している詩緒は見向きもせずに片手に持ったリモコンを机の上に戻した。


「あうぅぅ、詩緒ちゃん酷いよ、本当に酷いよ……後少しでラスボス倒せそうだったのに……」


 ペタンと座り込みフルフルと震えながら涙ながら訴えている『久世くぜアリア』は詩緒とは全く対照的な雰囲気を醸し出している、ふんわりと浮いた栗色の淡い髪と膝丈まで捲くったジャージを穿き上は久世くぜと大きく書かれた体操着を着ている。


 そんなアリアに詩緒は冷たく言い放つ。

「アリア、静かにして下さいね」


 濡れた子犬のように震えていたアリアに見向きもしない詩緒は決して性格が悪いとか嫌っている訳ではない、この程度で反省するのであればどれだけ気苦労が軽減されるのか長年付き添う友人として身に染みて分かっていた。


「う~、超絶エクストラモードだったのに、詩緒ちゃんのバカバカ!」


「ゲームは1日10分までと決めましたよね、それに何で裸足になる必要があるのか分かりません」


「ふふふ、よくぞ聞いてくれました! では説明しようじゃありませんか、超絶エクストラモードとは1ステージから最終ステージまで足の指で操作する事により解放される裏モードでっ……て10分とか短っ!?」


「取り合えず無茶苦茶と言う事は分かりました、それであれば途中でセーブするなり」と言いかけた詩緒の言葉を遮り「そんなロマンがない事はプロとして出来る分けないじゃんっ」とアリアは拳を握り締め豪語し始めた。


(ロマンって何……それにこの子はいつからプロになったの……)普通に答えた自分が恥ずかしいと詩緒は思った。


「アリアの気持ちは分かりました。では、明日からゲームは1日3分で」


「えぇ! 減ってるよね!? カップラーメンじゃないからね!?」


 グスグスと芋虫の如く床に這いつくばって唸っているアリアを無視して詩緒は作業を続けた。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


「ところでさぁ、霊法士エーテリアルって霊撃士エーテリオンと何が違うの?」


 唐突の質問、という訳ではなくこの質問は何回されたであろう、詩緒からして見ればうんざりする質問なのである。それに先程までの悲壮感はどこに行ったのやら、切り替えの早い性格はアリアの長所とでも言っておこう。


「ですから何度も言うように霊法士エーテリアルは遠距離による攻撃法を行う者や治癒法を使う者、召喚法を使う者もいれば様々な異常状態を引き起こしたりと体外へ霊子エーテルを放出する事が出来る者を霊法士エーテリアルと呼びます。

 それに対して体内に霊子エーテルを廻らせる事により身体強化を行い常人よりも遥かに優れた腕力や脚力や耐久力を備えた者を霊撃士エーテリオンと呼びます。そしてお互いにメリットデメリットがある訳で――」


 それでも律儀に答える詩緒、それは生真面目な性格であるが故か他人との交流を最も不得意とする彼女唯一の人間らしさでもある。


「うーん、つまり霊子エーテルを使うって意味では一緒だよね?」


 先程まで磨り潰していた魔鉱石は見事な程に粉々になり固体時に在った青緑色の色は混じり合い絶妙な色を醸し出している、少し力み過ぎた詩緒は肩に手を置きながら首を左右に曲げ溜め息を吐きながら思う、この説明も何度した事かと――。


霊法士エーテリアルにとって媒介は必需品ですが、霊撃士エーテリオンにとっては強化された身体能力が武器になるので媒介は必ず使用する訳ではありません、ですが流石に素手で戦闘する人は居ませんから直接触れる事が出来る物であれば武器として使用しています、例えばアリアの剣みたいに。

 それに比べて霊法士エーテリアルは直接触れていなくても能力を使用する事が出来ますが、逆を言えば媒介がないと能力が使えないと言う事です、だからこうやって私は媒介を作っているのですけど……」


 どうせ言っても聞いてないから良いやと、独り言を話す様に力なく言った。


「えー! 詩緒ちゃんって霊法師エーテリアルだったの?」と聞こえた気がしたが詩緒は無視をした。



 そう、古後里視緒は霊法士エーテリアルであり魔導物と言われる媒体を使い能力を行使する者である。魔導物とは霊子エーテルを通す事により様々な現象を起こす物質であり、その形状は多種多様で有名どころとして呪殺に使われる五寸釘や人型漆黒紙も魔導物に含まれる、そして汎用性に優れた魔導物としては魔鉱石が掲げられているのだ。


 詩緒は三角に折られた紙の上に盛られた粉末状の魔鉱石を人差し指程度の長さはあるガラス官に注ぐ、話半分、いやまったくと言って良い程興味を示さない彼女はライアンの顎を外したり変なポージングを決めさせたりと遊んでいた、それを見て詩緒は更に肩を落としたのであった。


「そして最も重要なのが相性ですね、媒介がないと能力が使えない霊法士エーテリアルは遠距離攻撃と支援に特化している為に近距離での戦闘には不向きです、逆に霊撃士エーテリオンは媒介が無くとも能力が使え近距離攻撃に特化し盾となり剣となる事が出来ますが遠距離攻撃を相手にするには防戦一方になってしまうので遠距離での戦闘は不向きと言えます、そこで霊法士エーテリアル霊撃士エーテリオン二人一組ツーマンセルによる戦闘が基本となっています、因みに授業では最初に習う基礎中の基礎ですけどね……」


 アリアは不思議そうに詩緒に尋ねる。

「何か今日の詩緒ちゃんはいつもより説明が丁寧だよね、どうして?」


「そうですかね? じゃ、今日は特別と言う事で」 


「ふむふむ、そうなんだ」


 詩緒は三角に折られた紙の上に盛られた粉末状の魔鉱石を人差し指程度の長さはあるガラス官に注ぐ、説明を求めた当の本人が話半分、いやまったくと言って良い程興味を示していない証拠にふむふむと頷きながらもライアンの顎を外したり変なポージングを決めさせたりと遊んでいた、それを見て詩緒は更に肩を落としたのであった。




 人体模型のライアン―― 

 筋肉の動きや中身の働きと仕組みを理解する為に剣術や徒手の授業で使用されていた、その為に一般的な人体模型と違い無駄に筋肉量が多くてムキムキである、そして中身の造形も細部までこだわっており暗がりで見たら本物の人間と見間違う程の出来であった。

 唯一の救いは下着(ぱんつ)を履いている事、誰が履かせたのか最初から履いていたのかは謎であった。


 学園七不思議の一つ――

 怪談染みた噂が出来る程なのだが……話の内容は動く筈のない人体模型が動いた、と言うより動く筈のない人体模型が自ら下着(パンツ)を履いたと言う面白話(ネタ)に仕上がっている始末である。

 しかし、幾ら面白話(ネタ)で在ろうと殆ど全裸のムキムキ男が部屋の一角に佇んでいる場景は一部の人を除いては目の保養にもならない、知らず入った教室にこんな物が置いあれば気の弱い者は悲鳴を上げるだろうに、実際に何度かその様な事があったのである。


 結果―― 

 こだわり過ぎて気持ち悪いから校舎に隣接する物置小屋行き。

 その人体模型が保管されている物置小屋と言うのが霊法研究倶楽部と称して使っている詩緒の部室でもあった、以前から訪ねて来る者は少なかったが人体模型を置いてからは近寄る者すら居なくなったのだ、人との交流を苦手とする詩緒にとって有り難い守り神的な存在である、一名例外を除いては――



 この人体模型、とある有名な人物が手掛けた代物だと言うのは今の彼女達には知る由もない。



 さて、例外である少女とはどの様な人物なのか? 先ず彼女の憧れは筋肉。そちらの偏った趣味ではなく純粋に強固たる肉体に憧れを抱いているのである。


 少女は言わずとも女性なのだが……入学当初に測定した霊子量エーテルマターが常識から逸脱していると大きな話題を呼んだのは有名である、その為に少女の潜在能力ポテンシャルの高さを知る者は多い、しかし実力者ランカーと言われる学園上位者エリートに少女が名を連ねる事はなかった、理由は能力制御コントロールがまったく出来ないと言う事、そのお陰で当初の期待視は薄れ今となっては半ば少女の潜在能力ポテンシャルについては忘れられていた。


 そして少女はその容姿からは想像出来ない能力の持ち主であるが性格は天真爛漫で思い立てば直感的に体が先に動いてしまう正に典型的な見ていて危なっかしい娘なのである。

 しかし少女の本質を知らない者にとっては純粋無垢な美少女であり、ある種において理想的な妹属性故に一部のファン(マニア)クラブがあるのだが当の本人は知る由も無い、そんな天真爛漫な少女にも唯一の悩みがあった、それは身体の華奢さである。先に述べたがそんな能力を持ち合わせていても久世アリアは見た目はか細い少女なのである。


 因みに、詩緒も十分に可愛いのだがその交流を苦手とする性格故に人との会話を避けていた為に影が薄く余り知られていないのであった。



 ――そして事件は起きた。



 アリアが認める筋肉……。いや、人体模型ライアン(因みにアリアが勝手に名付けた)を強化すべくサプリメントと称した加工中の魔鉱石やら、研究中の怪しい液体やらをライアンに飲ませたのである、実際に飲み込めるはずもなく魔鉱石を口に入れ込み怪しい液体をぶっかけたと言う方が正しいではなかろうか。

 何故、アリアはこんな事を始めたのか? 答えは詩緒が構ってくれなかったので暇でオママゴトをしていた、ただそれだけであった。


 ――しかし、これがこんな結果になろうとは、アリアはライアンを強化するつもりであった、実験は成功。彼女の予想を上回る飛躍的強化……、いやいや、何の因果かどの様な理論なのか、偶然が偶発し更に付け加えて言うならば実験何てものはしていない、詩緒は何が起きたのか分からないと抜け落ちた天井から覗く青空の下で茫然と立ち竦んでいた。


 実験(オママゴト)をしたアリアはと言うと、その瞳を爛々と輝かせ巨人と化したライアンを見上げていた。


 こうして詩緒は当事者として窮地に追い込まれているのであった。



 そして時は冒頭に戻る――



 何故こうなった、原因の追求は免れないであろう。しかし要因は分かっているが肝心な原因が分からないのでは説明のしようがない、だが今はその事を考えていてもしょうがない、先ずは目の前のライアンをどうにかしなくてはいけないと詩緒は考えながら校舎を横目で見た。


 残念ながら物置小屋ぶしつは壊滅状態であったが校舎自体はアリアが突っ込んだ箇所以外は無事なようであり詩緒は内心ほっとした。


 さて、どうするべきか―― 幸いライアンの動きは遅い、かと言え被害がこれ以上出ない理由にはならない、やはりここで動きを止めるのが一番良いであろうと詩緒は決心した。


 立ち位置が風上である事を確認する、腰骨よりやや斜め下に巻いているウエストベルトから黒い粉が入ったガラス官を抜き出す、ガンベルトの様に銃弾を差し込むタイプであり詩緒は如何なる時も複数個常備している、それをライアンの足元に投げつけると同時に胸の前で両手を組み詠唱を始めた。


 ふわりと襟先まである黒髪が浮き上がる「敵を滅ぼす紅炎よ苦難を照らす輝炎よ、汝等その力を示し我が敵に裁き与えよ―― 爆炎滅殺プロミネンス!」


 黒い粉がチカチカと光った刹那、爆音を轟かせライアンの片足を吹き飛ばしていた。


「おぉっ! 詩緒ちゃん凄いよ!」


 校舎に突っ込んでいたアリアが何事もなかったように損壊した校舎から身を乗り出し元気に手を振っていた。


 ライアンの方はと言うと失った片足によりバランスが保てなくなりゆっくりと仰け反りながら先程損壊した場所に居るアリア目掛けて倒れて行った、それを間近で見ていたアリアであったが寸前まで危機感を感じていなかった、迫り来る巨影に呆けていたのだ。気付いた時には既に遅い――。


「え、ぴゃっ!」


 先程のけたたましい損壊音とは違い重く低い倒壊音が辺り一面に響いた。


 大きな砂煙が巻き上がり目標は完全に沈黙、辺り一面が静まり返る頃合を見計らって詩緒はボソッと言った。



「――あ、吹き飛ばす足を間違えました」



 ――此れにて巨人騒動は終わりを迎えた。訳も無く先程まで辛うじて一部損壊であった校舎は同じ場所に倒れこんだライアンによって半壊となっていた。


 この後、元のサイズに戻っていたライアンは瓦礫の下から出て来たアリアに抱えられていた。

 アリア自身も流石に無傷では済まなかった、手足を擦り剥いた程度に……。


「えへへ、さすがライアンは強かったね! ところで詩緒ちゃん何か匂わない?」


 と言っていたが勿論、詩緒は無視をした。




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