第43話 ラグナロク
穴を抜け天界にたどり着いた時、全ての人が声を失った。
ここが……天界?
それはアマテラスであっても例外ではない。
悪魔達を天界に誘導したものの、まだ数日しか経っていない。
しかも、ここは地上世界から天界に繋がる場所。
悪魔達の多くがここまで辿り着き、戦闘を繰り広げたと考えるのには無理がある。
そこに緑あふれる恵みの大地はなく、不毛の大地が広がる。
そこに透きとおる美しい水はなく、土と泥で濁った水が流れる。
そこは光輝く世界ではなく、暗黒の世界。
空が今にも落ちそうなほどの闇。
手を伸ばせば天を掴めると錯覚するような闇。
既に崩壊は終わりに近づいていた。
アマテラスが穴から振り返ると、聖樹王……天界では神樹と呼ばれるその木は、腐り崩れていた。
「これは……世界が……終わる」
人々から絶望の気がもれる。
いったい何のために天界に来たのかと。
アマテラスでさえ、この状況で人々を鼓舞する言葉が見つからない。
「下を向くな!!! 終わりを待つの?! 自分達で歩みを止めるの?! 違う! 私達は未来を掴みにきたはず!」
「みなさん! 前に進みましょう! 終わりません! 聖樹様の意思が天界にいらっしゃるなら、私達の世界を救って下さるはずです! 希望を捨てないで!」
人々を、そしてアマテラスさえも鼓舞したのはアーシュとニニだった。
希望
聞き方によっては、使い方によっては、これほど無常で無情なる言葉もない。
でも、人には希望が必要だ。
前に進む意思があるなら、そこにはいつだって希望があるはずだ。
それは自らの中にあるかもしれない。
他人に求めるかもしれない。
何だっていい。
それは、自分の中にだけある、自分だけが知っている希望なのだから。
神の神殿へと一直線に走りだす。
途中、天界の戦闘兵や、悪魔達と遭遇するも、最低限の戦闘におさえ、ひたすら神の神殿を目指す。
「もう少しです!みな頑張って!」
先頭を走るアマテラスとハール。
2人は神の神殿の前で待っている宿敵の魔力を感じていた。
神の神殿が目視できる距離まで来た時、それは現れた。
ラインハルト達がその姿を見た時、彼らは一様に驚いた。
ナール?
聖樹の狩り手であるナールと同じ姿をしたドワーフがいたのだ。
だが、最初に見えたそのドワーフの後ろには数十……いや数百人のドワーフ達がいた。
彼らはラインハルト達を見ると、歪んだ醜い笑みを浮かべながら、人々の前で巨大化していった。
「スプリガンだ!気をつけろ!」
リンランディアの声が響く。
「アルフの奴め。スプリガンをここで待ち伏せさせていたのか」
天界の宝物庫を守護するスプリガン。
凶暴なその性格は、敵と認識した相手には容赦しない。
手に持つ巨大な斧で襲いかかってくる!
「騎士団! 魔術師団前へ!! ここは我らで抑える!! 王子! アマテラス様! 先へ行ってください!」
シュバルツが声を上げ、スプリガンに立ち向かっていく。
「おおお!!!」
シュバルツを見た騎士団、魔術師団が一斉にスプリガンと戦い始める。
「アーシュいけ! ここは私達に任せろ!」
リンランディアが里の者達と一緒に、スプリガンを止めにかかる。
「行くぞ!」
ハールが雷を放ち出来た道を、ハールとアマテラスが駆け抜ける。
「みんな……死ぬなよ!」
ラインハルトが走り始めると、ニニとマリアが続く。
「すぐにアルフ王を倒してくるから!みんな頑張って!」
アーシュ、ベニ、ラミアも神の神殿に向かって走り出す。
「ぬおおおお! なんて硬さに馬鹿力だ!」
数百といる巨大なスプリガン相手に死闘が始まる。
その巨大からは想像もつかない早さで動き、見た目通りの馬鹿力に強靭な肉体。
そして、凶暴さを隠そうともしない歪んだ醜い笑みが恐怖を誘う。
だが、ここにいる者達はそんな恐怖に負けることはなかった。
「醜いな……姿ではない。その心が! 邪魔だ! 砕け散れ!」
シュバルツが龍王剣の大剣「黒炎・改」で光速の如く斬りかかる。
「負けない……カルとナミのためにも……愛する人のためにも!」
ミリアも龍王剣「真・白雪姫」でスプリガンの脚を突き砕いていく。
シュバルツ達は数百のスプリガン相手に優勢だった。
だが……シュバルツ達の後ろから、天界の戦闘兵が迫っていた。
「後ろからきたぞ! 天界への道で戦ったやつらだ! 光の弾丸がくるぞ!」
天使のような彼らは、距離を取り光の弾丸を放ってくる。
それはスプリガンもろとも、人々を葬る。
「くそったれ! 魔術師団! 後方に結界を展開しろ!」
「いるな」
「ええ……私達も決着をつける時かしら」
神の神殿へと向かったハール達。
その神殿の前にある広大な広場。
そこに彼らはいた。
子供と小さな犬。
状況が違えば、近所の小さな子が可愛い犬と一緒に散歩している。
そんな風にも見えただろう。
だが、目の前にいる子供と犬は、そんな可愛い存在ではない。
ラインハルトやアーシュ達も一瞬で悟った。
「やあ。待ってたよ」
「遅刻したかしら?」
「いやいや、ちょうどいい頃じゃないかな。世界の終わりの時にぴったりだよ」
「よ~犬っころ。元気だったか?俺に斬り落とされた指は治ってないみたいだな」
「……お前も裂かれた片目は失ったままか、オーディン」
お互い戦闘態勢へと移行する。
アマテラスは天女の衣から神々しい力が溢れ、ザンテツケンを抜く。
オーディンは、身に纏う鎧が黒から黄金へと、そしてグングニルを構える。
子供は背中から12枚の翼が生え……その姿を堕天使ルシファーへと変える。
子犬は、みるみるうちに巨大化し、巨大な狼フェンリルへとその姿を変えた。
アーシュ達からすれば規格外の力がせめぎ合っている。
一歩でも動けば殺される。
そんな力を前に、脚が止まってしまう。
「君達は神殿に行きなよ。アルフが待っているよ」
ルシファーの言葉に驚くラインハルト。
アマテラスが振り返る。
「行きなさい。ルシラは神殿にいるわ。貴方達ならきっと……世界を救えるわ」
「行ってこい。お前はオーディンとアマテラスの子だ。アルフや神なんかに負けるんじゃね~ぞ」
「はい……行ってきます!」
広場の中央をそのまま走りぬける6人。
自分達が通り過ぎると、後方では巨大な力の衝突が始まった。
アーシュ達は振り返ることなく、神殿を目指す。
そして、神殿に到着する。
神殿を守る者は誰もいなかった。
奥へ奥へと向かうと、既にその扉は開かれていた。
その先には、大いなる翼を持つ天使と、その後ろの玉座に座る青年。
そして、玉座の前に置かれた真っ白な木の棒。
「ルシラ!!!!」
アーシュの声が神殿に響いた。
世界最後の戦いが始まった。




