第33話 父と娘
男は美しく育った女性を抱いて飛ぶ。
その目に浮かぶのは涙。
その目に映るのは愛しい娘。
「んん……」
女性は気がつくと、自分は天使に抱かれていた。
天国に来てしまったのだろうか? 女性は一瞬そう思ってしまった。
目に映った美しい氷の羽。
そして天使のように見える白く美しい肌の男性。
天使だと名乗られたら、そうだと信じたであろう。
「気がついたかい。危ないところだった。天界の雷を受けて地面に真っ逆様に落ちているところだったよ」
「あ、ありがとうございます。助けて下さったのですね」
女性はこの美しい天使のような男性が自分を見つめる目に不思議と温かい感情を抱いた。
夫以外の男性に抱かれているのに、嫌悪感も湧かない。
もう大丈夫、自分で氷龍を作って飛べます……そう言えばいいのに、女性はその言葉を口に出来ない。
なぜだろう……。
「私はニニと言います。貴方様は……」
「……」
男性は何も答えず飛び続ける。
そしてニニの口からその言葉が零れた……
「おとう…さん」
男性は我慢していた涙をこらえることが出来ず、涙が頬を濡らしていく。
ニニを強く抱きしめながら。
「ニニ……大きく……大きく元気によくぞ……お、お母さんに似て美人に育ったな」
「お父さん……」
強く強く抱きしめ合う父と娘。
ニニにとっては自我が芽生える前に訪れてしまった別れ。
初めて感じる父親の温もりと愛情。
「すまなかった……たくさん苦労をしてきたろう」
「ううん……私は何も苦労なんてしてないわ。お母さんと2人で、一生懸命に幸せに暮らしていたわ。お父さんこそ……地下世界で、いっぱいいっぱい大変だったよね」
「父さんも大丈夫だ。地下世界に堕ちてから、この日が来ることをだけを心の支えにしてきた。ニニとお母さんのことを思えば、どんなことだって乗り越えられたよ」
「お父さん……ああ、本当に会えるなんて……夢じゃないよね」
「ああ、夢なんかじゃないよ」
再び強く抱きしめ合いながら、親子は空を飛び城を目指す。
「お父さん、聖樹王に亀裂が入って腐食が始まっているの。何かお父さんは知っているの?」
「ああ、それを伝えに父さんはやってきたよ。何が起こっているのか、この地上世界を治めている女王に伝えるつもりだ」
「聖樹の意思のことは?」
「聖樹の意思?」
「ううん、なんでもないの……10年前に私達を助けてくれた聖樹様……聖樹の意思と呼ばれた特別な木の棒があってね。その存在をつい先日感じたの」
「木の棒?!」
「え?」
リンランディアは地下世界にあった黒色の木の棒のことをニニに話す。
その話を聞いたニニは、それが聖樹様であると確信する。
「そ、その木の棒よ!その木の棒はいま地下世界にあるの?」
「木の棒は地下世界にあるにはあるのだが……アマテラス様曰く、木の棒に宿っていた存在は天界に引っ張られてしまったとか」
「アマテラス様? えっと、その人は木の棒に宿っていた存在を感じれる人なのね?」
「ああ、天界に住んでいた者達の中でも、さらに特別な存在のお方だ。間違いない」
「天界に引っ張られた……聖樹様はいま天界にいらっしゃる……」
あの木の棒に宿っていた特別な何かが天界に引っ張られたことは事実だろう。
だが、その存在がいま現在どうなっているのか、それはアマテラスでも分からない。
そのことをニニに告げることは出来ないリンランディアであった。
「お父さん、見えてきたわ。私達のお城よ」
「ああ。私に抱き抱えられたままではニニも格好がつかないだろう?“グラディウス”は使いこなせるな? 氷龍を作って自分で飛ぶといい」
「はい、お父様」
ニニは氷龍を作ると、リンランディアと一緒に城に向かう。
空からニニの氷龍と一緒に、氷の羽を羽ばたかせる天使が降りてきたと、城が一時混乱状態となったのだが……。
「私ごときに頭を下げる必要はございません。氷王リンランディア様」
ティアは頭を下げてお辞儀をする彼の前で膝をつき、礼を示す。
「地上世界を治める女王が何を仰いますか」
「いえ、貴方様だからこそ、私はどんな謝罪の言葉を尽くしても、どんな罰を受けようとも、私は許されることはないのですから」
「もう25年以上も前のことです。そして貴方に悪意は一切無かったことを私は存じております。どうかご自身を責めないでください。私は今日こうして愛しい娘と妻に再会出来たのですから」
リンランディアは城に着くと、女王に会う前にニニに引っ張られてクリスティーナと再会していた。
クリスティーナは46歳になっていた。
彼女は涙を流しながら、自分がおばさんになってしまったとくしゃくしゃな笑顔を彼に見せた。
彼は妻を抱きしめながら、何度も何度も感謝と愛の言葉を囁いた。
リンランディアが女王の間に向かうと、その扉の前に1人の男性がいた。
彼はリンランディアの姿を見ると、その場で土下座をした。
リンランディはその彼の肩を優しく叩き、「君は何も悪くない。胸を張って生きてほしい」とだけ告げて女王の間に入って行った。
男は涙を流していた。
「聖樹王の異変について貴方に伝えなければいけないことがあります」
リンランディアは静かに語り始めた。
いま何が起こっているのか、そしてこの世界がどこに向かっているのかを。
「世界の終わり……か」
女王はリンランディアからの話を聞き終えた。
聖樹王が崩れる。
それはこの世界の終わりを意味する。
天界を治めるアルフ王がいったい何を思い、聖樹王を崩そうとしているのか。
地上世界に対する大罪の審判なら、地上世界だけを滅ぼせばいい。
だがこのままでは、この世界そのもの、地上世界も地下世界も、そして天界までもが滅んでしまう。
神の意思は全ての終わりを望んでいるの?
女王としてこの世界に転生してきてから、自分を導いてくれた存在。
聖樹の木に宿った同じ転生者であるいっちゃんにすら、ついに話さなかった存在がいる。
その存在を女王は神だと思っていた。
神が私をこの世界に導き、この苦しむ地上の人々を救えと言っていると思っていた。
それは違ったのだろうか。
神は終わりを望んでいるのだろうか。
いや、違う。
それは違うはずだ。
彼女は私に夢の中で言った。
“私達の意思こそ神の意思”と。
神が終わりを望もうとも、私達は終わりを望まない。
ならば、それもまた神の意思のはず。
女王は控えるラインハルトとシュバルツに告げる。
「我らは天界を攻める! 神がこの世界の終わりを望むなら、私達の手で新たな世界を掴む! 全軍に準備させろ! 天界への道は氷王が開いてくれる!」




