第32話 聖樹王の異変
最後の大穴を塞ぎ終えたラインハルト達が城に戻るのと同時に、女王にある報告が上がっていた。
聖樹王の根や幹にひびのような亀裂が生じている
その報告と同時に、ラインハルト達から聖樹の意思を感じたことを告げられた女王。
46歳を迎えマリアのように不老ではないため、年相応の容姿となってきたが、その発明がもたらす恩恵はいまだに増え続けている。
「何が起きる……」
女王はすぐに、聖樹王の監視を指示。
10年前と同様に、超大穴が発生する最悪のケースも想定した体勢を指示した。
ニニは自ら聖樹王の幹の偵察に向かうと告げる。
彼女の短剣から作られる氷龍に乗れば、聖樹王までも瞬く間に到着出来るからだ。
ラインハルトはニニ1人で偵察に行くのはちょっと心配ではあったが、今やマリアと並ぶ魔術師となったニニに、必要以上の心配をするのは、例え夫であっても失礼だと思い、女王の判断に任せた。
女王は、何があっても戦闘行為は避けてすぐに報告に戻ることを条件に、ニニを聖樹王への偵察に行かせた。
短剣で氷龍を作り出したニニは、すぐに聖樹王へと飛び立った。
焦っている……自分の気持ちをそう理解していた。
理解しても、焦る気持ちを抑えることは出来ないと思った。
聖樹の意思が遥か上空へと飛んでいった時……喜びではなく、悲しさ苦しさを意思は纏っていたように思えたから。
自分を助けて救って、そして祝福してくれた聖樹の意思がこの世界にまだ存在しているなら、そして困っているなら、自分の出来ることは何でもしてあげたい。
ニニは全速で聖樹王の幹に辿り着いた。
「これは?!……そんな、どうして……」
辿り着いたニニが見たものは、巨大な世界を支える聖樹王の幹に亀裂が入り、まるでそこから木が腐っていくかのように崩れて始めている様。
「どうして聖樹王が……いったい何が起こっているの?」
聖樹王に手を当て、その魔力を感じ取ろうとするニニ。
しかし、彼女に聖樹王の魔力からの声が届くことはない。
亀裂からの腐食はいたるところで散見された。
ニニは亀裂を見ながら、徐々に徐々に、上空へと上がっていく。
明確なラインがあるわけではない。
空飛ぶバイクで天界を目指した時に、雷で落とされたそれは、どこからというラインがあるわけではない。
だが、ニニはそのラインを越えた。
聖樹の意思が上空へと昇っていったのなら、向かった先は天界なのでは?と思わざるを得ない彼女の心が、危険な高度まで彼女を押し上げていった。
そして、目視できないほどの遥かな高みから、それは落とされた。
「きゃあああああ!!!!!」
一瞬で氷龍は砕け散り、ニニは意識を失った。
気絶したニニは、そのまま地上へと落ちていく。
この平らな世界にどのような重力法則が存在するのか分からないが、ニニは加速的にスピードを増しながら、地面に向かって落ちていく。
そして、地面に衝突する直前……ニニを受け止めたのは、硬い大地ではなく、優しい2つの腕。
水魔法で加速するニニのスピードを落とし、地面に衝突する直前に、愛しいわが子を抱いた彼の両腕だった。
時は遡る。
神の泉に禁断の果実を戻しにきたアーシュ達は、サタンとの戦いの最中にルシラの意識が失われてしまった。
サタンは2つの輝く玉を置いていった。
それは、地上世界と天界への鍵だ。
地下世界に堕ちた者は、基本的に地上世界にも天界にも行くことは出来ない。
特に魔力の大きい者ほど、神によって遮られた結界を通ることが出来ないのだ。
だが、その結界を破ることが出来る者がいる。
サタン、そして神に代わり天界を治めるアルフ。
この2名が持つ鍵を使うことで、結界を一時的に開けたり閉じたりすることが出来るのだ。
聖樹王の木の根から、自然発生的に生じる穴には歪んだ結界が発生する。
小さな穴は魔力の低い者だけが通れる。
穴が大きくなればなるほど、魔力の強い者でも通れるようになる。
地上世界側からすれば、穴の大きさによって悪魔がやってくるように見えていたが、実際にはさらに奥にある結界を通れるかどうかによって、やってくる悪魔は決まっていた。
穴の大きさによって、結界の強さが決まっていたので、間違っていたわけではないのだが。
そして10年前、自然発生ではなく、サタンによって人為的に発生させた超大穴の結界が一瞬だけ開けられ、ベルゼブブは地上世界へとやってきた。
サタンは2つの鍵を置いていった。
恐らく罠だろう。
サタンのことなので、ただ単に遊んでいるだけとも思えるが。
ルシラの存在を感じれなくなり、泣きじゃくるアーシュを優しく抱きしめるアマテラス。
彼女が振り向くことを恐れているハール。
彼女から上手くやりなさいと言われていたが、結果的に何も出来ずに終わってしまったのだから、これはザンテツケンが飛んでくるか? と身構えていたのだが、彼女からすれば、こんな馬鹿に構っているよりも、今は愛しい娘のために、一刻も早く動き出すべきと思い、ハールの存在は忘れることにしたのであった。
「アーシュ。大丈夫よ。ルシラの存在が消えたわけではないわ。ルシラはきっと天界に引っ張られてしまったのよ」
「て、天界に?」
「そうよ。天界を治めるアルフ……彼が何らかの方法でルシラを引っ張ったんだと思うわ。お母さんはそれを感じれたから」
「そ、それじゃ、天界に行けばルシラを取り戻せるの?!」
「ええ、きっと取り戻せるわ。だから泣くのはやめましょう。お母さんと一緒にルシラを取り戻しましょうね」
愛しい娘に元気を出させるため、嘘ではないにしても今は希望を持たせることを決めたアマテラス。
実際、天界に引っ張られたであろうルシラの存在がどうなっているのか、彼女でも分からないのだ。
地下世界に堕ちた者で中で、唯一、天界に自由に行くことが許されている彼女だからこそ、ルシラが天界に引っ張られていくのを感じられた。
でもそれ以上のことは分からない、天界に行ってみないことには。
「リンランディア。貴方はこの地上世界への鍵を持ってすぐに向かって頂戴。そして地上世界を治める女王ティアに、聖樹王が崩れ始めていることを告げて、天界に攻める準備をするように言って頂戴」
「アマテラス様……天界を攻めることで、この聖樹王の異変を止めることは出来るのでしょうか?」
「分からないわ。でも行ってみないことには何も始まらない。地上世界の者達は、なぜ異変が起きているのかも分からないでしょう。そのまま置いておけば、何も分からないまま、ただ滅びるのを待つだけよ。伝えて構わないわ。天界を治めるアルフ王の審判の時だと。そしてただ滅びるのを待つか、戦い未来を掴むか……彼らも選択の時だわ」
「例え、その先に滅びしか待っていなくとも?」
「……そうかもしれない。天界に行き、アルフを攻めても何も変わらないかもしれない。でも待つだけより、自分達の意思を示すことをきっと彼らは選ぶわ」
「わかりました。では先行して地上世界に向かい、女王に状況を伝えて参ります」
「お願い、私も後から向かうから」
地上世界の鍵を持ち、リンランディアは穴の先に向かう。
その先にある門に鍵の球をはめれば、聖樹王の根から地上世界へと行けるはずだ。
「オーディン」
「お、おう」
額に冷や汗を流しながら、ハールは返事する。
「貴方の命はもう少しだけ生かしてあげるから、地下世界の悪魔達を上手く誘導して、天界に導きなさい」
「おいおい、いいのかよ。悪魔を陽動に使おうってのか?」
「いいも悪いもないのよ。これから始めるのは天界を治めるアルフへの反逆、さらに言えば私達をお創りになった“神”への反逆にも等しいのだから」
「神にとっては反逆でも何でもないけどな。俺達の意思は神の意思そのものだ」
「そうよ。私達の意思なの。世界を決めるのは」
「んじゃま~上手く誘導しておくさ。こっちは任しておきな」
「……これすら出来ないようなら、本当に斬られることを覚悟しなさい?」
「はい……」
ハールは天界への鍵を持ち立ち去る。
残されたアーシュ、ベニ、ラミアと一緒にアマテラスは一度里に戻るのであった。




