第31話 地上世界
「もう20分もすれば穴は塞がります」
「分かった」
境界線を塞ぐ作業の状況を騎士が告げる。
大剣を手に持つ騎士は、髪の毛に白髪が少し見え始めている。
歳を感じさせる白髪とは正反対に、その肉体は20代と思えるほど若々しい。
今年42歳を迎えたシュバルツだ。
シュバルツの報告を受けて頷いたのは、一人の青年。
いや、青年と呼ぶのはもはや失礼だろう。
シュバルツと同じく、若々しく10代と言って信じる者がいても不思議ではない。
だが、その顔つきは歴戦の戦士の風格を備えている。
今や“世界最強”の名を持つ26歳の剣士なのだから。
剣聖ラインハルト
バハムートの化身より作られた龍王剣「エクスカリバー」を手に持ち、氷のような真っ白な鎧に身を包む。
いま、彼らは地上世界に残された最後の大穴の1つを塞いでいる。
ベルゼブブとの戦いから10年が経過した。
この間、バハムートの化身から得られた素材を使った装備の開発。
失われた超魔法の研究。
地上世界の戦力は飛躍的に高まっていた。
ラインハルトだけではなく、騎士団全員に龍王シリーズの武器、防具が支給されている。
シュバルツも、新たな龍王剣「黒炎・改」を授与されている。
そして、2人の後ろに控えるは、マリアとニニだ。
マリアは今年44歳を迎えた。
だが、その美貌は10年前と変わっていない。
いや、むしろ本当に若々しくなっているほどだ。
超魔法の研究に成功した彼女は、不老を手に入れている。
魔力量もさらに高まり、魔術師にとって限界と言われていた常識をことごとく打ち破ってきた。
ニニはラインハルトと同じく26歳になった。
可愛らしい少女は、美しい女性へと成長していった。
目覚めた魔法の才能によって、今やマリアと並ぶ最強の魔術師。
氷魔法と水魔法を使い、魔力量はマリアを凌ぐとさえ言われている。
そしてニニが手に持つ短剣は氷魔法に反応し、ニニの魔法の威力をさらに高めていた。
父親であるリンランディアが残した短剣は、氷魔法の威力を増幅させ、さらに氷龍を作り出したのである。
地上世界の戦力が高まり、聖樹の木の棒無しで大穴を塞ぐ作戦が開始されたのが3年前。
順調な成果を上げていき、1年前に1つ目の大穴を塞ぐことに成功。
そして、最後の大穴を今まさに塞いでいるところだ。
あのベルゼブブの時のように、誰かを地下世界側に残すようなことはない。
穴を塞ぐ作業の間やってくる、大穴級の悪魔は、全てラインハルト率いる第零騎士団と、シュバルツ率いる第1騎士団によって倒されているからだ。
今も、新たな悪魔バジリスクがやってきた。
見た者を石化させ死に誘う悪魔だ。
「俺がやる。全員支援に回れ」
王子はバジリスクの眼に巨大な炎の球をぶつける。
ニニが短剣を一振りすれば、バジリスクの脚が一瞬で凍る。
第零騎士団が周りを警戒し、遠距離魔法を飛ばせるものは攻撃している。
「はぁぁぁぁ!!!!」
ラインハルトの一撃で、バジリスクは雄叫びを上げる間もなく、その首は地に落ちていた。
ニニが作った聖樹草茶を特別に練り込んだ龍王シリーズには、半永続的に聖属性が付与されている。
だが、ラインハルトが使うエクスカリバーには、聖樹草茶は練り込まれていない。
なぜか。
ラインハルトは、あのベルゼブブとの戦い以降に、聖魔法に目覚めていた。
使える聖魔法は己の肉体と装備に聖属性を付与するもののみではあるが、彼は自らの力で聖属性を得ているのだ。
「辺りの警戒を怠るな」
簡潔な指示のみを発してラインハルトは再び境界線上に戻る。
彼を見るニニの顔には、笑顔と信頼……そして確かな愛情が見えた。
頼りない王子から世界最強の剣士へと、夫は自分の信頼と愛情を得ようと、全身全霊で努力していたことをニニは知っている。
シュバルツ達と共に結婚式は挙げたものの、ラインハルトは自らの未熟さを思い、ニニに認められる1人の男性になるまで鍛錬の日々を送っていた。
まだ2人に子供はいない。
この大穴を塞ぎ終えたら、ニニとの子供が欲しいな~っと密かに思っているラインハルトであった。
この場にミリアの姿はなかった。
彼女は2児の母親となっている。
現役を退いた今でも、鍛錬を怠ってはいないらしいが、実戦からはもう8年以上も遠のいている。
シュバルツと一緒に大穴を塞ぐことが彼女の目標でもあったが、1人目の子供を身籠った時、成長したラインハルトから、その目標は自分とシュバルツに預けて欲しいと言われ、現役を退くことを決意した。
ミリアは、その功績から龍王剣「真・白雪姫」を授与されている。
「終わりました」
シュバルツの報告からちょうど20分後、最後の大穴は塞がれた。
「これでもう悪魔に怯えずに暮らせる平和な世界が訪れるのですね!」
騎士団や魔術師団から歓声が上がる。
ここにいる誰もが、永遠の平和が訪れたことを疑わなかった。
それは、ラインハルト達も同じだ。
一緒にこの喜びを分かち合う……はずだった。
「え?!」
声を上げたのはニニ。
そして、ラインハルトもすぐにその存在に気付いた。
「い、今のは……」
マリアも気づいていた。
一瞬だけではあったが“聖樹の意思”を感じたのだ。
それは、自分達よりもさらに下から、遥か上空へと駆け抜けるように飛んでいったように感じられた。
ベルゼブブとの戦いで起きた奇跡。
聖魔法サンクチュアリ。
聖樹の意思が宿った木の棒が、自分達を助けてくれたことを疑う者はいなかった。
それだけに、あの戦いの後、聖樹の意思が失われたことをどれだけ悲しんだことか。
神託を受けられる女王ティアにも、一切の反応を示さなくなった木の棒。
いまも神器として女王が管理している。
あの木の棒から感じられた聖樹の意思。
その存在を感じた3人は顔を見合わせる。
それぞれ思い感じることはあっても、3人が共通して思ったこと。
何かが起こる
そして王子は、ニニとの子供作りが先に延びるな~っとも思っていた。




