第27話 誘導
お父様から禁断の果実を、神の泉に戻してくるように頼まれた私達は、すぐに神の泉に向かった。
ラミアの白蛇であっという間に着くと思っていたら、途中でおかしな子供に出会う。
こんなところに子供が?
私が子供を襲う獣に雷を落としたら、次の瞬間、子供はその獣をあっという間に倒してしまった。
私は驚いた、あの獣はそんなに簡単に倒せるものじゃない。
子供はひょうひょうとした調子で、自分の素性を話していたけど、私には信じられなかった。
この子供が嘘をついていることは明白だったけど、いまは神の泉に向かうのが先決。
さっさと行こうとすると、自分もそっちに向かうから乗せていってと言ってきた。
私は嫌な予感しかしなかったので断りたかったのだが、ベニちゃんとラミアが子供1人では危ないからと承諾してしまった。
あの獣を簡単に倒す子供に危険なんてないと思うけど。
普段のベニちゃんとラミアなら、こんな怪しい子供を受け入れるとは思えない。
何かがおかしいと、私はさらに警戒を高めていた。
そんな私の警戒はあっけなく崩れた。
神の泉までついてきた子供。
私達が禁断の果実を泉に戻したあと、この泉の底から湧き出るように、禁断の果実がいくつも浮かび上がってきた。
私達は驚いた。
どうして禁断の果実がこんなにたくさん?
動揺する私達を楽しむかのように、子供は泉に近づくと、禁断の果実をかじって食べてみせた。
死んだ! 私はそう思った。
禁断の果実とは、神のみが食べることを許された果実だ。
この世の全ての力を授かると言われているけど、神以外が食べたら、その場で死んでしまう。
それが禁断の果実である。
それなのに、目の前の子供は禁断の果実を食べても、何ともないように手を広げて言った。
「この果実を食べて僕は強くなったんだ。お姉ちゃん達も食べてみたら?」
この果実から力を得た?
本当にそんなことが?
私は禁断の果実を指差し、子供に訊いてしまった。
「この果実を食べたら死ぬはずよ? どうして君は死なないの?」
「そんなの嘘だよ。それはこの果実から力を手に入れないように作られた、真っ赤な嘘さ」
嘘? 禁断の果実に関することが嘘?
でもどうして、そんな嘘が必要だったの?
食べるだけで強くなれる。
私が強くなれば、ルシラの本当に持ち主に近づける。
もうルシラを傷つけない。
誰にもルシラを傷つけさせない。
そんな力を得られるの?
私の足は、泉に向かっていった。
そんな私を止めてくれたのは、ベニちゃんとラミアだった。
私は軽い笑顔で、2人に冗談だよと言いながらも、心の中では果実を食べたいと思っていた。
そんな私の欲望を子供が刺激してくる。
「お姉ちゃん食べてみなよ。雷帝より強くなれるよ」
お父様より?
あの雷帝よりも?
私は再び泉の果実を取りにいこうとしていた。
身体が勝手に。
ベニちゃんが本気の形相で怒ってきた。
私は、はっ!っと自分を取り戻して、ベニちゃんに謝る。
本当にどうしたんだろう。
お父様より強くなることは私の目標だけど、禁断の果実に手を出すことは大罪だというのに。
強くなりたいという想いが曲がった方向で動いてしまったのかな。
私は、気持ちを落ち着かせて、早く里に戻ろうと思った。
里に戻って、ルシラとお風呂に入って、艶々に磨いて、一緒に寝ようと思った。
私がそう思って里に戻ることを決めた時、子供が何か呟いた。
それと同時に、私の胸の中にある何かが、黒く光りだした。
その黒い光はあっという間に私を包み込んだ。
私の意識は闇に囚われた。
一瞬で闇の中に囚われた私は、手と足を鎖で繋がれていた。
目の前には、巨大な……あまりに巨大な蛇がいた。
勝てないとか、殺されるとかじゃない。
何かを感じることすら許されない。
この存在の前では、自分という存在すら感じられない。
蛇は私を見ている。
見ているかどうか分からないのに、見ていると分かる。
蛇は囁いた。
“僕の力を受け入れるんだ”
君の力を受け入れる?
私が? どうして?
だって、私にはルシラがいる。
私の力はルシラ。
“僕の力の方が強いよ?”
君の方が強い?
そうね、君の方が強い。
君の方がずっと強い。
きっと私とルシラでは、君に勝てない。
どんなにもがいても、きっと勝てない。
“だから、僕の力が必要でしょ?”
君の力が必要?
どうして必要なの?
いらないわ、君の力なんて。
私が欲しいのはルシラとの力。
他の力なんていらない。
ルシラがくれる優しい力。
ルシラがくれる温かい力。
ルシラがくれる逞しい力。
ルシラがくれる……ルシラがくれる……
“君を傷つけたのに?”
ルシラは1度も私を傷つけたことないわ。
私が彼を傷つけた。
彼に頼って、自分を見つめなかった私が彼を傷つけた。
“彼を傷つけたのに?”
そう、私は彼を傷つけた。
あんなに優しい彼を。
自分のことばかり考えて、彼を傷つけた。
“君は彼に相応しくない”
私は彼に相応しくない。
私は彼の側にいたらいけない。
彼にはもっと相応しい人がいる……。
“だから僕のもとにおいで”
彼と離れて君のもとに?
君のもとに…
君のもとに……
“それが彼の幸せのためだよ”
彼の幸せのために、私は君のもとに……
ルシラ……
私の心が闇に落ちようとした時、天から降り注ぐ光の中から、その人の手が伸びてきた。
愛しい貴方が、私の名前を呼びながら……
アーシュ!!!




