第24話 元夫婦
ハール達が打ち合わせをするテントに、その女性はやってきた。
「久しぶりね。リンランディア」
「はい。アマテラス様もお元気そうで何よりです」
「貴方がアーシュの側にいてくれるから、何の心配も無しに旅に出ていられるわ。ありがとう」
「勿体ないお言葉です」
「……それで、あの馬鹿はどこ?」
リンランディアの背中で何かがピクリと動く。
「ハ、ハールは外に出ておりまして……その戦後の処理でいろいろと……」
「貴方は正直すぎるわね。あの馬鹿が戦後の処理なんてこと、するわけないじゃない」
アマテラスに睨まれたリンランディアは、額から汗がにじみ出ている。
「さっさと出てきない! オーディン」
アマテラスがリンランディアの背中にくっついて、隠れていた小さなものを平手打ちで、叩き落とす。
「イ、イテージャネーカ!」
そこには、手の平サイズに小人化したハールがいた。
「まったく貴方は! 坊やが作った玩具と遊ぶのに夢中で、娘の危機に気付かないなんて! 本当に馬鹿ですね!」
床でふんぞり返るハールを蹴飛ばすアマテラス。
「ウギャー! マ、マテ! ハナセバワカル! アレハチョットシタジコダッタンダ!」
「ピーピーうるさい!」
蹴り飛ばされて、壁にぶつかったハールを、アマテラスが踏み潰す。
「いいこと。貴方がいま生きることが許されているのは、アーシュの父親だからですよ。そうでなければ、私が貴方の上の首と下の首を、叩き斬っているのですからね!」
彼女の言葉は本気だ……リンランディアはそう思った。
「あの聖樹王から作られた棒に、坊やがした悪戯は私が消しておいたわ。完全には無理だけど。それと、アーシュの胸にあるトゲの力も、私に出来る限り弱めておいたから。後は貴方が上手くやりなさい……シニタクナケレバ」
「ハ、ハイ」
「ザンテツケンはどこ? アーシュにはあの棒があるのだから返してもらうわ」
小人ハールは、パタパタと全力で走って刀を持ってくる。
そして小人ハールが、自分の身体の数倍の刀を持って走って戻ってくる。
「コチラデゴザイマス」
アマテラスはザンテツケンを受け取ると、代わりに自分が持っていた刀をリンランディアに預ける。
「マサムネは貴方に預けておくわ。アーシュの棒にまた万が一何かあったら、この刀を渡してあげて頂戴」
「かしこまりました」
もう去っていくだろ……そう思って気を抜いていたハールを、アマテラスが握る。
「ギャ! ナニスルンダ! ハナセ!」
手の中でもがくハールに向かって、彼女は静かな声で呟く。
「神樹に亀裂が入り崩れている場所があるわ」
それだけ呟くと、アマテラスはゴミを投げ捨てるように、ハールをゴミ箱に投げ入れた。
「アーシュ達をお願いね。リンランディア」
「お任せください」
アマテラスに頭を下げるリンランディア。
そして彼女は嵐のように去っていった。
「まったく。迷惑なやつだ」
「卿も彼女の前では形無しだな」
「くそっ! 一度は俺の女にしたのに……ちょっと他の女に手を出したからって」
「彼女を妻に迎えて、他の女に手をだせる卿の気持ちが知れん」
「男という生き物は、常に己の欲望に忠実であるべきだ!」
「……アーシュが生まれていなければ、本当に卿は斬られているのだろうな」
リンランディアは一瞬遠い目で、虚空を見る。
「それで、どうするのだ? アーシュの胸にあるトゲはサタンのものだろ?」
「ああ……どうもアーシュに興味があるらしい。」
「どのようなトゲなのだ?」
「分からね~。ただ、あいつのすることだ。アーシュを殺すようなものではないだろう」
「彼女がトゲの力を弱めてくれたらしいが、アーシュを今後戦いに参加させるのは危険ではないか?」
「そんなビビッていたら何も始まらねぇよ。むしろ逆だな。アーシュを囮に使おう」
つい先ほど、アマテラスに殺されかけた男の言葉とは思えない。
リンランディアは、本当に目の前の男が馬鹿なのだと思った。
「こいつを、神の泉に戻すのをアーシュ達に行かせる」
ハールが机の上に置いたのは、リンゴのような果実だった。
「禁断の実を神の泉に戻す。サタンがこれを置いていった誘いにそのまま乗るというのか」
「そうだ。あいつが何を考えているのか分からね~が、そもそもあいつの考えを分かる必要はない。あいつは遊んでいるだけだからな」
「“一の時”より生きる者達は、神からの意思を受けている。サタンはただ遊んでいたいだけと言っていた。卿はどのような意思を受けているのだ?」
「俺は“好きに戦え”という意思を受けた。ま~神の意思なんてたいそうな言葉で言っているけど、そもそもそんなの関係ないさ。全ての命に神の意思は存在する。俺達はそれを一番最初に授かった存在ということだけだからな」
「神樹に亀裂が入って崩れていると、彼女は言っていたが……」
「さてね。それが神の意思なのか、それともあいつが何かしてるのか」
「アルフか?」
「ああ、あいつが神から受けた意思は、“世界を調整する”だ」
「世界の調整……それは世界を壊すことも含まれるのか?」
「わからん。俺は面倒事嫌いだったからな~」
「神……とは存在するのだな?」
「ああ、いるぜ。神はいる。いるけど、存在しているのか? と聞かれると、存在していないとも言える」
「全ての意思は子供達に授けた……か」
「この世界が繁栄しようが、壊れようが、神は何もしない。“零の時”から全てを創った。後は、この世界に生きる命あるもの達次第だからな」
「アルフがこの世界を壊そうとしているなら、それを止めるのもまた、生きる者達次第なのだろ?」
「ああ、そうだぜ。別にアルフがすることは神がすることじゃない。あいつも神が創った俺達と同じ存在だ」
「ならば審判の時を私は受け入れるつもりはない。愛する妻と娘が幸せに生を全うするためにも」
「俺は天界で楽しい戦いが出来ればいいさ! アルフのやつをぶっ飛ばすぜ!」
「卿がアルフと戦いたがっているのは、本当は彼女を取られるのを恐れているのではないか?」
「な、なに言ってるんだ?! べ、べ、べ、べ、べ、べつにそんなことないぜ!」
「卿も素直になれば、彼女と仲直り出来ると思うのだがな」
「俺の首が刎ねられている未来しか見えないな」
「とにかく、神樹が崩壊すればこの世界は終わるのだろう? 止めなければ」
「それが神樹が受けた神の意思で無ければな」
「どういうことだ?」
「言ったろ? 神は何もしない。何かするのは、この世界に生きる命あるもの。神樹だって同じだよ。この世界に生きる命あるものだ。神樹そのものが崩壊に向かっているのなら、止めるのは難しいだろうな」
「終わりはいつか来る……ということか」
「ああ、命あるものいずれ終わりを迎える。でも命ある間は、自分のやれること、やりたいことをやろうぜ。それもまた、神の意思だ」
「そうだな。私もやれることをやろう。クリスティーナとニニのために。」
時は遡る。
ここにも“命あるもの”として、精一杯頑張る1匹のゴブリンの姿があった。
彼は手に入れた情報雑誌を読んで、一つのアイデアを思い付いた。
そのアイデアを元に、彼は奴隷のように扱われていた巣を飛び出し、違うゴブリンの巣にやってきた。
その巣にいたボスのゴブリンロードに自らのアイデアを話す。
そのボスは、ゴブリンの言葉に耳を傾け、やってみろと1匹のサキュバスをゴブリンに差し出したのであった。
ゴブリンはそのサキュバスを使って、この力こそが全ての地下世界において、初めてのお店を開くのであった……。




