第22話 失意
ベニとラミアは、意識を失ったアーシュの生存を確認した後、戦線から離脱。
後方部隊のところにアーシュを届けるために走った。
上空では、リンランディアが大蛇と激しい戦いを繰り広げている。
「本気ではなく遊んでいるだけだろうが、それでもこれほどとは。“一の時”に生まれし者達は別格と、改めて思い知るよ、サタン」
「そうでもないよ、氷王。君のその神弓「シヴァ」の嵐を久ぶりに浴びたけど、その弓をそこまで使いこなせた者は記憶にないさ」
「お褒めの言葉を頂き恐縮する限りだよ!」
弓から放たれる矢は、嵐のように大蛇を襲う。
だが、ダメージを与えているとは思えない。
「“鍵”は貴様が持っているのだろう?」
「持ってるよ。欲しいの?」
「白々しい言葉だ。貴様の気まぐれでベルゼブブを地上界に送ったのだろうが!」
大蛇の一部を氷漬けにする。
そのまま氷のように砕こうとするが、大蛇の魔力で氷はあっという間に溶けてしまう。
「大丈夫だよ。ベルゼブブは死んだから。君の大事な奥さんと娘は無事だよ」
「何を企んでいるサタン!!」
「別に何も……僕はただ遊んでいたいだけ。それが僕が受けた神からの意思だから」
「迷惑な神の意思だな!」
「いいのかい? 神に向かってそんなこと言っちゃって」
「神罰なら既に受けているからな!」
「ははっ! そうだったね。」
リンランディアは全力だ。
氷王と呼ばれ、嵐を呼ぶ神弓「シヴァ」で全力で攻撃している。
それでも、この大蛇の鱗を傷つけることすら出来ない。
「ハールと会ったのだろう? 彼はどこだ?」
「オーディンなら、僕の作った玩具と遊んでいるよ」
「玩具?」
「上手く作れたと思ったんだけどな~。でもやっぱりダメだね。僕には創ることは出来ない」
オークの巣の中心から、巨大な雷が、地から天へと昇っていく。
「あ~あ、終わっちゃったかな」
氷王と大蛇の前に、8本脚の軍馬に跨り、その槍にオークを串刺し、真っ赤な血を浴びた黄金鎧を着たハールの姿があった。
「ハハハッ! 楽しかった! 久しぶりに歯ごたえある相手だったぞ!」
ハールは心底嬉しそうだ。
「もうちょっと持つかな~って思ったけど、ダメだったね」
「それじゃ~約束通り、次はお前が遊んでくれるんだろ?」
リンランディアも弓を構える。
もとより2対1が卑怯だと思う相手ではない。
「遊んであげたかったけど、トゲも刺せたし……そろそろ帰るよ」
「トゲ? また悪巧みか?」
「そんなところかな。お土産置いておくね。またね、雷帝に氷王」
ハールとリンランディアが同時に雷と嵐の矢を放つが、爆発の後に残ったのは脱皮して残った大蛇の皮と、1つの果実だけだった。
戦いは終わりへと向かっていった。
オーク達の敗走が始まったのだ。
自分達の首領が倒されたことが分かったのか、巣を放棄して散り散りになって敗走していく。
中には、お気に入りのサキュバスと一緒に逃げだそうとするオークまでいる。
サキュバス達も逃げていく。
里の者達が自分達のことを受け入れないと知っているのだ。
捕まれば、そこに待っているのは死であろう。
リンランディア達は、逃げだしたオーク達を殲滅していく。
ハールのやる気がゼロであること以外は、みんなよく動いた。
ただ、ハイオークに進化した主だった者達は殲滅出来たので、1匹残さず倒すという必要もない。
彼らも、この暗黒世界の住人なのだから。
ベニとラミアは、アーシュの側から離れない。
いまだに意識が戻らないアーシュを心配している。
やる気を無くしたハールが戻ってきて、アーシュの様子を見にきたが、「心配ない」の一言で去っていった。
彼は、愛娘の胸の中に刺さったままのトゲに気付いているのだろうか。
その視線は一瞬、愛娘の胸に向けられたように見えた。
数時間後、戦は里の死亡者ゼロという形での大勝利で幕を閉じた。
ハールの狼に跨り、里に凱旋するみんな。
アーシュは意識が戻らず、ハールが抱えての凱旋となった。
俺はアーシュにひたすら癒しの魔力を送った。
アーシュがこんなにもひどい傷を負ったのは、俺のせいだ。
俺の意識がなくなっている間、俺はアーシュを傷つけ続けたのだろう。
アーシュの美しい肌が痛々しいほどに傷ついていた。
暗闇の中に囚われていた俺を救ってくれたのは、アーシュの声だった。
俺の名前を何度も何度も呼んでくれた。
俺があの苦しみに耐えられず、意識を手放したせいだ。
傷ついたアーシュを見る度に、自分に怒りと情けなさを感じる。
どうして、俺は耐えなかった。
戦闘中だったんだぞ。
あれくらいの苦しみ……アーシュが受けた苦しみに比べたらずっと軽かったはずだ!
くそっ、いったいあれは何なんだ?!
前にも突然俺の力を奪い、意識を奪っていこうとしていた。
間違いなく言えることは、空白の持ち主だ。
あいつが何かしてやがる!!!!
どうやって、俺に触れずに俺に干渉しているんだ?!
前回はゴブリンキングが倒されただけで、それほど深く考えなかったが、今回のようにアーシュに危害が及ぶことを思うと、これはもう分からないでは済まされない。
俺に強制的に力を発動させるだけではなく、俺の力を強制的に奪うことも出来るとは。
今度もまた同じようなことになったら?
またアーシュを傷つけてしまったら?
取り返しのつかないことになってしまったら?
俺はもうアーシュに持ってもらわない方がいいんじゃないか?
アーシュに持ってもらえるような武器ではない。
アーシュの想いに応えない。
力を出さないようにしよう。
ただの木の棒となって、アーシュに捨ててもらおう。
アーシュは俺を持つ前は、刀を持っていた。
あの刀だってきっと良い刀のはずだ。
電光石火だって、もう俺無しでも立派に使いこなせるじゃないか。
そうだよ、俺がどうして必要なんだ?
要は強い武器を持てればいいんだ。
俺である必要はない。
俺がアーシュに持っていて欲しかっただけだ。
俺の勝手な希望だ。
こんな、いつ力がなくなるか分からない棒なんかより、強い刀を持った方がいいに決まっている。
……ごめんなアーシュ。
俺のせいで、こんな姿に。
今は、今だけは、君に癒しの魔力を流すことを許しておくれ。
アーシュが目覚めた後、俺はアーシュに魔力を流すことをやめた。




